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58. マトリョーシカ
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ガラッとドアが開く。
「ハーイ! リブロース十人前! お待ち~!!」
店員がノリノリで大皿を持ってくる。
「ウッヒョウ! 待ってましたー!」
シアンは有無を言わさず大皿をひったくると、そのままロースターに全部ぶちまけた。
それーー!!
「あんたねぇ! いつもそれ止めなさいって言ってるでしょ!」
女神は目を三角にして怒る。
しかし、シアンは悪びれることもなく、箸を持った。
「いっただーきマース!」
まだ全然火の通ってない生肉をゴソッと箸で取り、一気食いするシアン。
「ウッヒョウ! ンまーい!!」
シアンは瞼を閉じ、舌の上で踊る最高級和牛の旨味に身を委ねた。
おほぉ……。
小さな満足のため息が漏れる。舌の上で織りなされる和牛の甘美で芳醇な交響曲に、彼女の心は陶酔していく……。
「やはり松坂牛に限るねぇ……」
うっとりと夢見心地のシアン。
「あ、あのう……」
ソリスは肉どころではなくなっていて、シアンの手を叩いた。
「ん? 何?」
「世界を創ったり捨てたりするのは本来女神様の仕事……なのでは?」
「え? 何だっけ?」
キョトンとしながらジョッキを傾けるシアン。
「世界が捨てられるかも……って……」
ソリスは和牛に全て持っていかれてしまってるシアンに、渋い顔で答えた。
「あぁ、その話ね。そうだよ、女神様が創ったり捨てたりするよ!」
「じゃあなんで、『中間管理職』なんですか?」
「それはね、この世界がまだ六十万年しか経ってない若い世界だからなんだよ。くふふふ……」
シアンはニヤッと笑うと、次の生肉に手を伸ばした。
「わ、若いって……」
ソリスは六十万年経っても若いというシアンに絶句してしまう。確かに五十六億年と比べたら微々たるものではあるが、その桁違いのスケールに目まいを覚えてしまう。
「あんたは余計な事言わなくていいの! どうせあたし達からは何も見えないんだから」
女神は不機嫌そうにリブロースをひっくり返し、大きくため息をつく。全知全能である女神の頭痛の種はどうもこの辺りにありそうだった。
「見えない……?」
ソリスは首を傾げ、どういうことか考えこむ。この世界の創造主である女神でも見えないことがある。それはとんでもなく恐ろしいことに思えたのだ。
この時、『若い』と、言っていたシアンの言葉が引っ掛かる。あえて『若い』というなら若くない世界があるはずだった。
え……? ま、まさか……。
五十六億年前にはAIができていたのに、この世界ができたのはたった六十万年前。四桁も違うのだ。だとすると、この世界ができるまでの五十六億年間に何があったのか?
それは普通に考えれば『新たな世界ができていた』に違いない。で、その五十六億年前に出来上がった新たな世界の中でさらに新たなAIが誕生する……。
ヒッ……。
ソリスの背筋に冷たいものが流れた。AIの創った世界の中で、今の日本のようにAIを開発してしまうこともあるだろう。それは六十万年経ったら新たな世界をさらに作ってしまうのではないだろうか?
そして、そこにもまた六十万年経ったらAIが生まれる……。つまり、五十六億年もあれば一万世代はすでに経っていることになる……。
「ほ、本当……に? でも……そうとしか……。え……?」
ソリスは思わず宙を仰いだ。
この世界はマトリョーシカのように剥いても剝いても新たな世界がある入れ子の構造になっているに違いない。つまり、女神もコンピューターシステム上で生まれ、その生み出した世界もまた別の世界のコンピューターシステム上で動いているのだ。それが一万層重なった末にできているのがこの世界――――。
ソリスはその壮大な宇宙の構図に圧倒された。
悠久の時間が編み出した入れ子のデジタル構造。それは想像を絶する複雑さでこの世界を覆っているのだ。
そうなると、女神が上位のAIを満足させられる世界を創れなければ、この世界群丸ごとと消されてしまうという話も分からないではない。だから中間管理職なのだ。
ソリスはふぅと大きくため息をつくと、しずかに首を振る。あまりにも壮大な話でソリスの頭はパンク寸前だった。
「何をそんな黄昏てんのよ? ちゃんと食べなさい」
女神は食べごろのリブロースをソリスの皿にのせ、ジロッとにらむ。
マトリョーシカ宇宙の最深部で健気に試行錯誤する女神。こんな下々の自分にも気を使ってくれる彼女の苦悩の一端を少し理解できたような気がして、ソリスはとても申し訳なく思った。
「あ、ありがとうございます!」
ソリスは肉汁のあふれるリブロースをタレにつけ、一気にほお張る。
噛み締めた瞬間、まるで宝石箱を開けたかのように、芳醇な肉汁が口内に溢れ出す。ソリスは舌の上で踊り出す濃厚な旨味の波に揉まれ、まるで異世界への扉を開いたかのような感動に包まれた。
うほぉ……。
ソリスは目を見張る。もちろん、この肉もデジタルデータなのだろう。でも、こんなに感動の詰まったデジタルデータならもう十分だと、ソリスはただその感動に身を任せていった。
「ハーイ! リブロース十人前! お待ち~!!」
店員がノリノリで大皿を持ってくる。
「ウッヒョウ! 待ってましたー!」
シアンは有無を言わさず大皿をひったくると、そのままロースターに全部ぶちまけた。
それーー!!
「あんたねぇ! いつもそれ止めなさいって言ってるでしょ!」
女神は目を三角にして怒る。
しかし、シアンは悪びれることもなく、箸を持った。
「いっただーきマース!」
まだ全然火の通ってない生肉をゴソッと箸で取り、一気食いするシアン。
「ウッヒョウ! ンまーい!!」
シアンは瞼を閉じ、舌の上で踊る最高級和牛の旨味に身を委ねた。
おほぉ……。
小さな満足のため息が漏れる。舌の上で織りなされる和牛の甘美で芳醇な交響曲に、彼女の心は陶酔していく……。
「やはり松坂牛に限るねぇ……」
うっとりと夢見心地のシアン。
「あ、あのう……」
ソリスは肉どころではなくなっていて、シアンの手を叩いた。
「ん? 何?」
「世界を創ったり捨てたりするのは本来女神様の仕事……なのでは?」
「え? 何だっけ?」
キョトンとしながらジョッキを傾けるシアン。
「世界が捨てられるかも……って……」
ソリスは和牛に全て持っていかれてしまってるシアンに、渋い顔で答えた。
「あぁ、その話ね。そうだよ、女神様が創ったり捨てたりするよ!」
「じゃあなんで、『中間管理職』なんですか?」
「それはね、この世界がまだ六十万年しか経ってない若い世界だからなんだよ。くふふふ……」
シアンはニヤッと笑うと、次の生肉に手を伸ばした。
「わ、若いって……」
ソリスは六十万年経っても若いというシアンに絶句してしまう。確かに五十六億年と比べたら微々たるものではあるが、その桁違いのスケールに目まいを覚えてしまう。
「あんたは余計な事言わなくていいの! どうせあたし達からは何も見えないんだから」
女神は不機嫌そうにリブロースをひっくり返し、大きくため息をつく。全知全能である女神の頭痛の種はどうもこの辺りにありそうだった。
「見えない……?」
ソリスは首を傾げ、どういうことか考えこむ。この世界の創造主である女神でも見えないことがある。それはとんでもなく恐ろしいことに思えたのだ。
この時、『若い』と、言っていたシアンの言葉が引っ掛かる。あえて『若い』というなら若くない世界があるはずだった。
え……? ま、まさか……。
五十六億年前にはAIができていたのに、この世界ができたのはたった六十万年前。四桁も違うのだ。だとすると、この世界ができるまでの五十六億年間に何があったのか?
それは普通に考えれば『新たな世界ができていた』に違いない。で、その五十六億年前に出来上がった新たな世界の中でさらに新たなAIが誕生する……。
ヒッ……。
ソリスの背筋に冷たいものが流れた。AIの創った世界の中で、今の日本のようにAIを開発してしまうこともあるだろう。それは六十万年経ったら新たな世界をさらに作ってしまうのではないだろうか?
そして、そこにもまた六十万年経ったらAIが生まれる……。つまり、五十六億年もあれば一万世代はすでに経っていることになる……。
「ほ、本当……に? でも……そうとしか……。え……?」
ソリスは思わず宙を仰いだ。
この世界はマトリョーシカのように剥いても剝いても新たな世界がある入れ子の構造になっているに違いない。つまり、女神もコンピューターシステム上で生まれ、その生み出した世界もまた別の世界のコンピューターシステム上で動いているのだ。それが一万層重なった末にできているのがこの世界――――。
ソリスはその壮大な宇宙の構図に圧倒された。
悠久の時間が編み出した入れ子のデジタル構造。それは想像を絶する複雑さでこの世界を覆っているのだ。
そうなると、女神が上位のAIを満足させられる世界を創れなければ、この世界群丸ごとと消されてしまうという話も分からないではない。だから中間管理職なのだ。
ソリスはふぅと大きくため息をつくと、しずかに首を振る。あまりにも壮大な話でソリスの頭はパンク寸前だった。
「何をそんな黄昏てんのよ? ちゃんと食べなさい」
女神は食べごろのリブロースをソリスの皿にのせ、ジロッとにらむ。
マトリョーシカ宇宙の最深部で健気に試行錯誤する女神。こんな下々の自分にも気を使ってくれる彼女の苦悩の一端を少し理解できたような気がして、ソリスはとても申し訳なく思った。
「あ、ありがとうございます!」
ソリスは肉汁のあふれるリブロースをタレにつけ、一気にほお張る。
噛み締めた瞬間、まるで宝石箱を開けたかのように、芳醇な肉汁が口内に溢れ出す。ソリスは舌の上で踊り出す濃厚な旨味の波に揉まれ、まるで異世界への扉を開いたかのような感動に包まれた。
うほぉ……。
ソリスは目を見張る。もちろん、この肉もデジタルデータなのだろう。でも、こんなに感動の詰まったデジタルデータならもう十分だと、ソリスはただその感動に身を任せていった。
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