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25. 無言の陶酔
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お花畑へと戻ってきた二人は、家の裏にある家庭菜園でトマトとズッキーニ、ハーブを収穫して家へと戻る――――。
「ふはぁ、疲れたねぇ……」
セリオンがドアを開けた時だった。
「遅いじゃない、あんた達!」
ダイニングテーブルに座っていた若い女性が、不機嫌そうな声を出す。その手にはワイングラスを持ち、酔っぱらっているようだった。
へ?
ソリスは焦る。二人が帰ってくることを知っている人物、一体誰だろうか?
見れば銀色に輝く美しい髪に透き通るような白い肌、瞳は氷のように澄んだ青色で、冷たく神秘的な輝きを放っていた。
「勝手に上がらないでっていつも言ってるでしょ! もう! ワインまで飲んで!」
セリオンはプリプリと怒る。
「あれを見てもそんなこと言えるかしら?」
女性はニヤッと笑うとキッチンを指さした。
え……?
そこには虹色に輝く大きな鮭が横たわっていた。
「おぉぉぉぉ! こ、これはまさか……ミスティックサーモン……?」
セリオンは駆け寄って、その美しく輝く魚体を眺めまわし、ほれぼれする。
「うちの子たちに無理言って一番いい奴を探してもらったのよ。幻の魚よ、どう?」
「いやぁ、最高だよ! ありがとう! 早速調理しよう」
セリオンは嬉々としてエプロンをかけ、ウロコ取りにとりかかる。
「あのぉ……、もしかして……」
ソリスは恐る恐る女性に声をかける。
「何よ? 私が分かんないの?」
女性はその碧い瞳でソリスをにらみ、ワインを一口含んだ。
「せ、精霊王さん……ですよね?」
「そうよ? あんたに痛めつけられたところ、まだ痛いんですケド?」
翠蛟仙はジト目で不満をこぼす。
「ご、ごめんなさい……。人間にもなれるんですね」
「本体だと食事できないんでね。美味しいもの食べるなら人にならないと」
翠蛟仙はニヤッと笑い、美味そうにまたワイングラスを傾けた。
「おねぇちゃん! ちょっと手伝ってくれる?」
キッチンでセリオンが呼んでいる。巨大な魚をさばくのは小さな身体ではなかなか簡単ではないようだ。
「ハーイ、今すぐ!」
ソリスは慌てて駆けて行った。
◇
「ハイ! 出来上がり!」
セリオンは巨大な楕円鍋をオーブンから取り出すと、少しヨロヨロと危なっかしく運んでテーブルの上にドン! と、置いた。
「どれどれ? 美味しくできたか?」
翠蛟仙はペロッと唇を舌で舐めながらふたを開ける。ぼうっと湯気が上がり、ハーブの香りがふわっと広がっていく。ミスティックサーモンは表面に焦げ目がつき、野菜とハーブのエキスの中で煮込まれている。アクアパッツァを作ったのだ。
「おー、美味そうだ! 上手上手!」
翠蛟仙は待ちきれずに、まだフツフツと煮汁が沸き上がっている中、フォークでひとかけら身を取るとパクリとほお張った。
「ズルーい! ちゃんと取り分けようよ!」
セリオンはプクッとほおを膨らませる。
「おほぉ! これはまた……」
恍惚とした表情で至福の時を満喫する翠蛟仙。
「じゃあ、私が……」
ソリスが大きなスプーンとフォークで取り分けていく。身をゴソッと取ると、オレンジ色の鮮やかな切り口からはジュワッと芳醇なエキスが湧きだしてくる。脂ののった最高級のミスティックサーモンの身は旨味の塊だった。
「こ、これは美味しそうね……」
ソリスも思わず、ゴクリとのどを鳴らしてしまう。
一緒に煮ていた野菜とタマゴタケも添え、豪華なディナーが出来上がった。
「では、待ちきれないのでカンパーイ!」
セリオンがリンゴ酒のグラスを二人に差し向けた。
「カンパーイ!」「カンパーイ!」
チン! チン! とグラスの澄んだ音が部屋に響く。
「どれどれ……」「いい香りだわ……」
みんなまずはミスティックサーモンにフォークを入れた。
ジューシーな身がホロホロとほぐれ、口に入れた瞬間その濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。
「うはぁ……」「ほわぁ……」「はぁぁ……」
脳髄を駆け巡る至福の快感に圧倒され、全員がただ無言で陶酔する。本当に美味しいものを食べた時、人は言葉を失ってしまうのだ。
しばらくの間、みんなミスティックサーモンの魅力に取り憑かれ、ただフォークを動かしながら、至高の美味しさを堪能することに没頭していた。一緒に入れたタマゴタケもいい出汁を出して、期せずして奇跡のマリアージュになっていたのだ。
あっという間に食べ終わってしまった三人――――。
「いやぁ、これはすごいよ……」
セリオンは恍惚とした表情でリンゴ酒をちびりと飲んだ。
「こんなに美味しいならまた探させないとね。ふふふっ」
「今まで生きてきた中で一番美味しい一皿だったわ……」
ソリスは宙を見上げながらつぶやいた。
「今までって十年くらい? ふふふっ」
セリオンは無邪気に聞いてくる。
「えっ!? あっ……まぁ……そうね……」
ソリスは余計なことを言ってしまったと思わず苦笑いした。三十九年だなんて口が裂けても言えないのだ。
翠蛟仙はジト目で何か言いたそうだったが、口はつぐんだままだった。
「ふはぁ、疲れたねぇ……」
セリオンがドアを開けた時だった。
「遅いじゃない、あんた達!」
ダイニングテーブルに座っていた若い女性が、不機嫌そうな声を出す。その手にはワイングラスを持ち、酔っぱらっているようだった。
へ?
ソリスは焦る。二人が帰ってくることを知っている人物、一体誰だろうか?
見れば銀色に輝く美しい髪に透き通るような白い肌、瞳は氷のように澄んだ青色で、冷たく神秘的な輝きを放っていた。
「勝手に上がらないでっていつも言ってるでしょ! もう! ワインまで飲んで!」
セリオンはプリプリと怒る。
「あれを見てもそんなこと言えるかしら?」
女性はニヤッと笑うとキッチンを指さした。
え……?
そこには虹色に輝く大きな鮭が横たわっていた。
「おぉぉぉぉ! こ、これはまさか……ミスティックサーモン……?」
セリオンは駆け寄って、その美しく輝く魚体を眺めまわし、ほれぼれする。
「うちの子たちに無理言って一番いい奴を探してもらったのよ。幻の魚よ、どう?」
「いやぁ、最高だよ! ありがとう! 早速調理しよう」
セリオンは嬉々としてエプロンをかけ、ウロコ取りにとりかかる。
「あのぉ……、もしかして……」
ソリスは恐る恐る女性に声をかける。
「何よ? 私が分かんないの?」
女性はその碧い瞳でソリスをにらみ、ワインを一口含んだ。
「せ、精霊王さん……ですよね?」
「そうよ? あんたに痛めつけられたところ、まだ痛いんですケド?」
翠蛟仙はジト目で不満をこぼす。
「ご、ごめんなさい……。人間にもなれるんですね」
「本体だと食事できないんでね。美味しいもの食べるなら人にならないと」
翠蛟仙はニヤッと笑い、美味そうにまたワイングラスを傾けた。
「おねぇちゃん! ちょっと手伝ってくれる?」
キッチンでセリオンが呼んでいる。巨大な魚をさばくのは小さな身体ではなかなか簡単ではないようだ。
「ハーイ、今すぐ!」
ソリスは慌てて駆けて行った。
◇
「ハイ! 出来上がり!」
セリオンは巨大な楕円鍋をオーブンから取り出すと、少しヨロヨロと危なっかしく運んでテーブルの上にドン! と、置いた。
「どれどれ? 美味しくできたか?」
翠蛟仙はペロッと唇を舌で舐めながらふたを開ける。ぼうっと湯気が上がり、ハーブの香りがふわっと広がっていく。ミスティックサーモンは表面に焦げ目がつき、野菜とハーブのエキスの中で煮込まれている。アクアパッツァを作ったのだ。
「おー、美味そうだ! 上手上手!」
翠蛟仙は待ちきれずに、まだフツフツと煮汁が沸き上がっている中、フォークでひとかけら身を取るとパクリとほお張った。
「ズルーい! ちゃんと取り分けようよ!」
セリオンはプクッとほおを膨らませる。
「おほぉ! これはまた……」
恍惚とした表情で至福の時を満喫する翠蛟仙。
「じゃあ、私が……」
ソリスが大きなスプーンとフォークで取り分けていく。身をゴソッと取ると、オレンジ色の鮮やかな切り口からはジュワッと芳醇なエキスが湧きだしてくる。脂ののった最高級のミスティックサーモンの身は旨味の塊だった。
「こ、これは美味しそうね……」
ソリスも思わず、ゴクリとのどを鳴らしてしまう。
一緒に煮ていた野菜とタマゴタケも添え、豪華なディナーが出来上がった。
「では、待ちきれないのでカンパーイ!」
セリオンがリンゴ酒のグラスを二人に差し向けた。
「カンパーイ!」「カンパーイ!」
チン! チン! とグラスの澄んだ音が部屋に響く。
「どれどれ……」「いい香りだわ……」
みんなまずはミスティックサーモンにフォークを入れた。
ジューシーな身がホロホロとほぐれ、口に入れた瞬間その濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。
「うはぁ……」「ほわぁ……」「はぁぁ……」
脳髄を駆け巡る至福の快感に圧倒され、全員がただ無言で陶酔する。本当に美味しいものを食べた時、人は言葉を失ってしまうのだ。
しばらくの間、みんなミスティックサーモンの魅力に取り憑かれ、ただフォークを動かしながら、至高の美味しさを堪能することに没頭していた。一緒に入れたタマゴタケもいい出汁を出して、期せずして奇跡のマリアージュになっていたのだ。
あっという間に食べ終わってしまった三人――――。
「いやぁ、これはすごいよ……」
セリオンは恍惚とした表情でリンゴ酒をちびりと飲んだ。
「こんなに美味しいならまた探させないとね。ふふふっ」
「今まで生きてきた中で一番美味しい一皿だったわ……」
ソリスは宙を見上げながらつぶやいた。
「今までって十年くらい? ふふふっ」
セリオンは無邪気に聞いてくる。
「えっ!? あっ……まぁ……そうね……」
ソリスは余計なことを言ってしまったと思わず苦笑いした。三十九年だなんて口が裂けても言えないのだ。
翠蛟仙はジト目で何か言いたそうだったが、口はつぐんだままだった。
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