上 下
24 / 68

24. 聖なる毒キノコ

しおりを挟む
 その後、しばらく釣りを続けたものの、浮きはピクリとも動かなくなってしまった。

「今日はもうダメだね」

 大物を釣れなかったセリオンは、ガックリしながら首を振った。

「そろそろ帰る?」

「そうだね。お家にお魚が届くのを待つかな……」

 セリオンは大きくため息をつくと、浮きを引き上げ、帰り支度を始めた。

「本当に持ってきてくれるかな?」

「一応あれでも精霊王だからね。約束は守るでしょ。もし、守らなかったらおねぇちゃんがパンチ! してあげて」

 セリオンは無邪気にパンチのジェスチャーをしながら笑う。

「い、いや、暴力はちょっと……」

 ソリスはマズいところを見られちゃったと、顔を赤くしながらうつむいた。

「そう? なんだかすごく戦いなれてて僕ビックリしちゃった」

「そ、そんなことないんだけどね。あははは……」

 ソリスは冷汗をかきながら頭をかいた。


      ◇


 話をしながら森の中を歩いていく二人。途中、セリオンは精霊王翠蛟仙アクィネルがやったイタズラの話や、今までに釣り上げた大物の話をしてくれて、とても盛り上がった。

「こんなのどかなところにも、いろいろ面白いことがあるのね」

「そうなんだよ。毎日いろんなことが起こるんだ。でも、おねぇちゃんがいてくれた方がもっともっと楽しくなるね」

 セリオンはまぶしい笑顔でソリスを見る。

「そ、そう? 良かった……」

 ソリスはその笑顔の輝きにドキッとしてしまう。いまだかつてここまで誰かに受け入れられたことがあっただろうか? もちろん仲間たちとは心を許し合ってはいたものの、それでも分別ある大人の距離感はあったと思う。セリオンの屈託のない無垢なる受容はあまりにストレートすぎて、アラフォーのソリスには眩しすぎる。

 ソリスは思わず顔を背け、ギュッと目をつぶってしまう。

 しかし――――。

 もし、自分がアラフォーのおばさんだと知ったら、セリオンはどう思うのだろう?

 ソリスはふとそう思うと、ドクンと心臓がはねた。

 パン屋のおばさんも孤児院の同期も、知り合いのアラフォーの女性はみんな成人した子供がいるのだ。セリオンからしたらアラフォーのおばさんなど『おねぇちゃんの母親』である。こんな気さくに心を開く対象などではないはずだった。

「ダメ……、ダメよ……」

 ソリスは真っ青になり、思わず首を振った。

 この無垢な笑顔を失うなんて考えられない。命懸けの苦労の果てにたどり着いた、まるでオアシスのようなこの心温まるスローライフを、絶対に失うわけにはいかない。

 ソリスは悪い汗のにじむ額を手でぬぐい、キュッと口を結んだ。


      ◇


 しばらく森を縫いながら進む獣道を歩いていくと、足元に何か赤いものがあるのに気がついた。

「あれ? これは……何?」

 立ち止まり、しゃがみ込むソリス。

「あっ! タマゴタケだ! これ、美味しいんだよ!」

 セリオンは碧い目をキラキラと輝かせた。

「えっ? 見た目は毒々しいけど……」

「大丈夫! 掘ってみて。崩れやすいからそっとね」

 う、うん……。

 ソリスは恐る恐る落ち葉をかき分け、根元を掘ってみる。

 なるほど、根元には卵のような白いツボがあり、それを割って生えてきているようだった。

 へぇ……。

 掘り上げたタマゴタケをじっくりと見れば、真っ赤なのは傘の上だけで、裏や軸は薄黄色になっている。確かに美味しそうに見えた。

 ふと見まわすと、他にも何本も生えているのに気がつく。

「あっ! まだまだたくさんあるわ!」

「本当だ! ディナーが豪華になるぞ!」

 二人はいきなり現れた大自然の恵みに、嬉々としてキノコ狩りに興じた――――。

 バスケットいっぱいに獲れたタマゴタケ。二人は満足そうににんまりとほほ笑む。

「こんなにたくさん、食べきれないわね」

「うん、残りは街へ売りに行こう。結構高値で売れるんだよ」

「本当!? お金も稼げちゃうなんてラッキーだわ!」

「おねぇちゃんが来て、運が向いてきたみたい。ありがとう」

 ニッコリと笑うセリオン。

「そ、そう? よ、良かった……」

 ソリスは恥ずかしくなってキノコの山に目を落とし、落ち葉などを取り除く。

 すると、そのうちの一つの傘に白いイボイボがついているのに気がついた。

「あれ? このキノコ、イボが付いてるわ……?」

 ソリスは不思議そうにそれをつまみ上げる。

「あっ! ダメダメ! それはベニテングダケ。毒キノコだよ」

 セリオンは慌てて叫んだ。

「えっ!? 毒キノコ……? 危なかったわ……」

 胸をなでおろすソリス。

「食べた人は『女神様と交信できた』とか言ってるけど、危険なキノコだよ!」

「め、女神様と!?」

 ソリスの心臓がドクンと高鳴った。自分の秘密も仲間の蘇生も今、女神様に全てがつながっているのだ。 

「いやいや、単なる幻覚だよ。毒で女神様呼べる訳ないもん」

 セリオンは眉をひそめ、首を振った。

「げ、幻覚……なのね……」

「塩漬けにすると毒は抜けるので持って帰ろう。毒さえ抜けば美味しいよ!」

「毒を……抜く……」

 ソリスはその白いイボイボをまじまじと見つめながら、秘められた不思議な力に魅入られていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

傭兵アルバの放浪記

有馬円
ファンタジー
変わり者の傭兵アルバ、誰も詳しくはこの人間のことを知りません。 アルバはずーっと傭兵で生きてきました。 あんまり考えたこともありません。 でも何をしても何をされても生き残ることが人生の目標です。 ただそれだけですがアルバはそれなりに必死に生きています。 そんな人生の一幕

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、 【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。 互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、 戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。 そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。 暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、 不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。 凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

処理中です...