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20. 自制
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「ど……、どなた?」
男の子は不安そうに眉をひそめる。
「あっ、ごめんなさい! 怪しいものではないです。山賊に追われて迷い込んでしまいました。良ければ食べ物と軒先を貸していただきたく……」
男の子は不思議そうに首をかしげ、目を凝らしてソリスを見た。
「山賊に……?」
男の子は周りを見回し、小さな女の子一人だと分かるとニコッと笑い、うなずいた。
「いいよ! ようこそ。さぁ、入って!」
「あ、ありがとうございます!」
何とか野宿せずに済みそうになったソリスはホッと胸をなでおろし、深々と頭を下げた。
◇
「おじゃましまーす……」
恐る恐る部屋に入ると広いリビングには暖炉の灯がともり、その前にはゆったりとしたソファーが置いてあった。
「うわぁ……、素敵……」
ソリスは目をキラキラ輝かせながら両手を組んだ。ずっと森の中を歩き疲れた先にたどり着いた暖炉はまるでオアシスだった。
「ソファーにでも座ってて。今、お茶入れるから……」
「あ、ありがとうございます」
ソリスは暖炉の炎に両手をかざして暖を取り、大きく息をついた。
「はい、どうぞ……」
少年はニコッと笑うとティーカップをローテーブルに置いた。少年は青いリボンをワンポイントにした、白と青の柔らかな布が複雑に重なり合う、見たこともないデザインのシャツを羽織り、動くたびにサラサラと布が揺れ動いた。下は青い短パンで細い足がニョキっとのぞいている。
「あっ、ありがとう……。私はソリスって言います。あの……お家の方は?」
ソリスは辺りを見回した。
「ははっ、ここは僕一人しか住んでいないよ。僕はセリオン。はい、クッキーもあるよ」
セリオンは落ち着いた物腰で、クッキーの入ったバスケットをソリスに勧めた。
「ひ、一人……。そ、そうなんだ」
ソリスはその奇妙な話を怪訝に思いながらクッキーを一つつまむ。
「お客さんが来ることなんてほとんどないから、ロクなおもてなしができないけど、ゆっくりしてって」
セリオンはニコッとかわいらしい笑顔を見せた。
「おもてなしなんてそんな、クッキー最高に美味しいです!」
「ふふっ、良かった。それ、僕が焼いたんです」
セリオンはほほをポッと赤く染めると照れながらうつむいた。
その様子にソリスはキュンと胸の奥で何かが弾けるのを感じる。人里離れたこんな森の中で一人クッキーを焼いている可愛い少年。その尊さにどうにかなってしまいそうだった。
ゲフンゲフン!
ソリスは変な高鳴りをする自分の胸に咳ばらいをし、雑念を払うとお茶を口に含む。華やかなルビー色をしたお茶は香り高く、爽やかな酸味と共に鼻腔を抜けていった。
その後、セリオンの手料理の兎のオーブン焼きを食べ、暖炉の炎を眺めながら二人はいろいろな話で盛り上がった。兎を狩った時のこと、付け合わせの野菜の育て方、そして、身の上話――――。
話を総合すると、セリオンは先祖代々続くこの地を守って暮らしているらしい。裏の畑で野菜を作り、山で狩りをし、薬草を摘んで月に一度くらい街へ行って生活に必要なものを買っているということだった。
両親はどこにいるのか聞いてみたが、それははぐらかされてしまった。きっと人に言えない事情があるのだろう。ソリス自身もアラフォーのおばさんだということを打ち明けられておらず、人のことは言えなかった。
夜も更け、満月が高く上がるころ、二人は眠りにつく。ソリスはソファーに寝転がって毛布をかける。十歳の小さな身体ではソファーでもう十分だったのだ。
「おやすみ」「また明日……」
暖炉の炎を眺めるまぶたがすぐに落ちてきて、ソリスの激動の一日は幕を下ろした。
◇
カチャカチャ……。
翌朝、ソリスが物音で目が覚めると、さわやかな朝日の中、セリオンが朝食の準備をしていた。
「あ、起こしちゃったかな? ごめんね」
セリオンはお茶を注ぎながら申し訳なさそうに謝る。布の折り重なった不思議なシャツが朝の光にキラキラと輝いていた。
「あ、いやいや。私も手伝う!」
ソリスは慌てて寝癖を押さえながら起き上がる。
「大丈夫だよ。もう出来上がったから」
セリオンは眩しい笑顔でニッコリと笑う。
「じゅ、準備してくるねっ!」
ソリスはポッと頬を赤らめ、バタバタと洗面所の方へ駆けていった。
◇
セリオンは一人だと寂しいということだったので、ソリスはしばらく逗留することにした。昨日は『すぐにでも王都に行って解呪せねば』と焦っていたが、よく考えたらそんなに急ぐ話ではないのだ。もちろんフィリアとイヴィットのことを忘れた訳ではないが、少しここで休んでも怒られるような話でもないだろう。
「今日は魚釣りにね、行こうと思うんだ」
セリオンはパンをかじりながらチラッとソリスを見た。
「魚釣り!? 私やったことないの。連れてって!」
ソリスは目を輝かせる。
「ふふっ。いっぱい釣って今晩のおかずにしよう! 楽しみになってきたよ!」
セリオンはパアッと明るい笑顔でソリスを見た。
ソリスはその眩しい笑顔についクラクラとなってしまい、思わず額を手で押さえる。アラフォーのおばさんが少年の尊さにメロメロだなどという現実は、決して認められなかったのだ。
あくまでも自分は十歳の少女、過ちはあってはならない、と何度も言い聞かせる始末だった。
男の子は不安そうに眉をひそめる。
「あっ、ごめんなさい! 怪しいものではないです。山賊に追われて迷い込んでしまいました。良ければ食べ物と軒先を貸していただきたく……」
男の子は不思議そうに首をかしげ、目を凝らしてソリスを見た。
「山賊に……?」
男の子は周りを見回し、小さな女の子一人だと分かるとニコッと笑い、うなずいた。
「いいよ! ようこそ。さぁ、入って!」
「あ、ありがとうございます!」
何とか野宿せずに済みそうになったソリスはホッと胸をなでおろし、深々と頭を下げた。
◇
「おじゃましまーす……」
恐る恐る部屋に入ると広いリビングには暖炉の灯がともり、その前にはゆったりとしたソファーが置いてあった。
「うわぁ……、素敵……」
ソリスは目をキラキラ輝かせながら両手を組んだ。ずっと森の中を歩き疲れた先にたどり着いた暖炉はまるでオアシスだった。
「ソファーにでも座ってて。今、お茶入れるから……」
「あ、ありがとうございます」
ソリスは暖炉の炎に両手をかざして暖を取り、大きく息をついた。
「はい、どうぞ……」
少年はニコッと笑うとティーカップをローテーブルに置いた。少年は青いリボンをワンポイントにした、白と青の柔らかな布が複雑に重なり合う、見たこともないデザインのシャツを羽織り、動くたびにサラサラと布が揺れ動いた。下は青い短パンで細い足がニョキっとのぞいている。
「あっ、ありがとう……。私はソリスって言います。あの……お家の方は?」
ソリスは辺りを見回した。
「ははっ、ここは僕一人しか住んでいないよ。僕はセリオン。はい、クッキーもあるよ」
セリオンは落ち着いた物腰で、クッキーの入ったバスケットをソリスに勧めた。
「ひ、一人……。そ、そうなんだ」
ソリスはその奇妙な話を怪訝に思いながらクッキーを一つつまむ。
「お客さんが来ることなんてほとんどないから、ロクなおもてなしができないけど、ゆっくりしてって」
セリオンはニコッとかわいらしい笑顔を見せた。
「おもてなしなんてそんな、クッキー最高に美味しいです!」
「ふふっ、良かった。それ、僕が焼いたんです」
セリオンはほほをポッと赤く染めると照れながらうつむいた。
その様子にソリスはキュンと胸の奥で何かが弾けるのを感じる。人里離れたこんな森の中で一人クッキーを焼いている可愛い少年。その尊さにどうにかなってしまいそうだった。
ゲフンゲフン!
ソリスは変な高鳴りをする自分の胸に咳ばらいをし、雑念を払うとお茶を口に含む。華やかなルビー色をしたお茶は香り高く、爽やかな酸味と共に鼻腔を抜けていった。
その後、セリオンの手料理の兎のオーブン焼きを食べ、暖炉の炎を眺めながら二人はいろいろな話で盛り上がった。兎を狩った時のこと、付け合わせの野菜の育て方、そして、身の上話――――。
話を総合すると、セリオンは先祖代々続くこの地を守って暮らしているらしい。裏の畑で野菜を作り、山で狩りをし、薬草を摘んで月に一度くらい街へ行って生活に必要なものを買っているということだった。
両親はどこにいるのか聞いてみたが、それははぐらかされてしまった。きっと人に言えない事情があるのだろう。ソリス自身もアラフォーのおばさんだということを打ち明けられておらず、人のことは言えなかった。
夜も更け、満月が高く上がるころ、二人は眠りにつく。ソリスはソファーに寝転がって毛布をかける。十歳の小さな身体ではソファーでもう十分だったのだ。
「おやすみ」「また明日……」
暖炉の炎を眺めるまぶたがすぐに落ちてきて、ソリスの激動の一日は幕を下ろした。
◇
カチャカチャ……。
翌朝、ソリスが物音で目が覚めると、さわやかな朝日の中、セリオンが朝食の準備をしていた。
「あ、起こしちゃったかな? ごめんね」
セリオンはお茶を注ぎながら申し訳なさそうに謝る。布の折り重なった不思議なシャツが朝の光にキラキラと輝いていた。
「あ、いやいや。私も手伝う!」
ソリスは慌てて寝癖を押さえながら起き上がる。
「大丈夫だよ。もう出来上がったから」
セリオンは眩しい笑顔でニッコリと笑う。
「じゅ、準備してくるねっ!」
ソリスはポッと頬を赤らめ、バタバタと洗面所の方へ駆けていった。
◇
セリオンは一人だと寂しいということだったので、ソリスはしばらく逗留することにした。昨日は『すぐにでも王都に行って解呪せねば』と焦っていたが、よく考えたらそんなに急ぐ話ではないのだ。もちろんフィリアとイヴィットのことを忘れた訳ではないが、少しここで休んでも怒られるような話でもないだろう。
「今日は魚釣りにね、行こうと思うんだ」
セリオンはパンをかじりながらチラッとソリスを見た。
「魚釣り!? 私やったことないの。連れてって!」
ソリスは目を輝かせる。
「ふふっ。いっぱい釣って今晩のおかずにしよう! 楽しみになってきたよ!」
セリオンはパアッと明るい笑顔でソリスを見た。
ソリスはその眩しい笑顔についクラクラとなってしまい、思わず額を手で押さえる。アラフォーのおばさんが少年の尊さにメロメロだなどという現実は、決して認められなかったのだ。
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