上 下
35 / 37
番外編

ダニエル

しおりを挟む

「なっ、おまえ、ダニエルか?」

「お久しぶりですね。まさかこのような形でお会いすることになるとは」

 クラウディオを領地に連れて行く役目はまさかのダニエルだった。かつての主人に頭を下げる。

「おまえ、王宮を辞めて、ここで執事をしていたのか?」

「はい。王宮はあなたが失脚してしまいましたが、残るようにと言ってくれました。レナート殿もあなたのかつての愚行に責任を感じて側近を辞しました。その時に奥様に手紙をいただき、奥様はお世話になった人へ丁寧に挨拶をしておりました。私はあなたではなく奥様についていきたいと思っておりました。念願が叶いロレンツィ侯爵家に家族でお世話になることになり、奥様とウィリアム様には感謝しかありません」

 クラウディオの失脚により肩身が狭い思いをしていた所、声が掛かった。
『うちは今人手不足なの。ダニエルさんさえよかったらうちで働いて貰えませんか?』
 
 一度はお断りした。すると

『そうよね、家族がいらっしゃるもの。でももう一度考えて欲しいの。領地にいる執事は腰が痛いとか、首が痛いとか、歳だとか煩いのよ? それとも領地は王都から離れているから嫌かしら? 領地を任せられる人を今から探すのが大変なの』

 と言って下さった。家族にも相談したら王都の生活にこだわる必要はない。あなたの仕えたい人が誘ってくださるのならお言葉に甘えましょう。と言ってくれた。

 しばらく王都でウィリアム様と奥様の執事として働いた。奥様は領地での出産を望んでいるようだがウィリアム様は今騎士団を辞めることはできないようで、離れて暮らすのは嫌だと奥様に縋っていた。

 それなら侯爵を引き継ぎ、仕事を辞めればいい。と旦那様に言われている様だが、子供が産まれて落ち着いてから……と断っている。
 恐らく奥様と生まれてくるお子様とゆっくりしたいのだろう。侯爵となるとその肩書きゆえ大忙しとなるだろう。

 私は先にロレンツィ侯爵領へ引っ越すことが決まった。本邸の老執事に早くくるようにと急かされていた。

 その矢先に主が奥様を訪ねてきた。

 見窄らしい姿はかつての王子の姿とは違うがやはり、中身は変わっていない様に思えた。野菜は食べる様になった……成長をしたところはそれだけか?


「嫌味か?」

「それも含まれています。少しは成長をしたみたいですね。正直あなたを侯爵領に連れて行くのは反対ですが、ウィリアム様の決定ですから仕方がありません」


 それからしばらくしてロレンツィ領に入った。

「あなたの職場はココです」

 ダニエルが連れてきた先は鉱山。汚れた男達はよく見ると若いものから年嵩のいったものまで様々だ。

「何を、するんだ……」


「ここはロレンツィ領の心臓部ですよ? ダイヤモンドを掘るのです。あなたは見習いの日雇いです。もし大きなダイヤモンドの原石を掘ったら特別手当てを渡します。それと大事な注意点があります。ココで掘ったダイヤモンドの所有権はロレンツィ侯爵家のもの。もし内緒で盗んで転売しようとしたらそれは窃盗と同じ罪に問われます。一日の成果は必ず仕事終わりに出す事。それさえ守れば一攫千金も夢ではありません。もし見つからなくても日雇いの給金は出しますのでご安心ください」

 そう言ってダニエルは鉱山を任されている男にクラウディオを託した。


「コレに何かあればすぐに連絡してください。決して甘えさせない様に、厳しく指導してください」


 そう言ってダニエルは本邸へと戻る。


 
 それからしばらくして奥様とウィリアム様が領地へ出産準備のために戻ってくると聞いた。


「思っていたより早かったんですね。ウィリアム様はどうされるおつもりですかね?」

 レナートに聞くと、苦笑いしていた。

「私は結婚したばかりなので、王都にいたかったんですよ……侯爵邸の仕事は私も含め、文官達に任せてくれましたよ。後はサインをする状態にしておきます。ウィリアム様はこんなこともあろうかと仕事を頑張っていましたから皆張り切っています。と言ってもウィリアム様は週末だけ早馬で戻ってくるそうです。奥様の出産の際は立ち会いたいそうでその辺も含めて調整中です」

「そうですか、それは奥様も心強いでしょうね」

「それよりもアレはどうしていますか?」

「はじめは文句を言っていましたが、しばらくして年若いものが大きな原石を発掘して褒賞を得たのを見てから必死に掘っています。今はあそこの川に居ます」


 川で汚れを落としているのか……元気そうで良かった……っと!

「奥様だ! まずいぞ!」


 ウィリアムとフランチェスカの乗る馬車が来てしまった。しかし降りてくるのはウィリアムだけ。

「ウィリアム様! 今はまずいのですが……」

「あぁ。わかっているよ。フランは領地に来ると必ずここを見に来る。来させないと怪しまれるから遠目でしか見せない。身重だから足元の悪い採掘現場に降りてこようとは思わない。馬車の中から見るだけと言っていた」

 安堵するダニエルとレナート。しかし馬車の窓を開けてフランチェスカが顔を出してきた。

「「「……あっ!」」」


 駆け出すウィリアム

「フラン、どうかした? どこか痛い?」

 体調は良好だったことを知っているウィリアム。何か異変を感じたのかもしれない。アレの姿を確認すると発掘現場に戻ろうと背中を向けていた。

「ううん、気のせいよね。見間違いに決まっているわね」


「どうかした?」


「ううん、なんでもない。それにしても此処には久しぶりに来たわ」

 馬車から降りようとしたので手を貸した。座ってばかりいるのも辛い様だ。


「足元が悪いから、ここまでだよ。躓いたりでもしたらもう二度とフランを部屋から出せなくなってしまう。そんな事はしたくないのに……」


 真面目な顔でウィリアムは言う。


「……大袈裟ね、腰を伸ばしたかったの」

 フランチェスカが外に出て腰を伸ばすとウィリアムが腰を一生懸命に摩っていた。それを見るダニエルとレナート。


「ウィリアム様のツンデレって切り替えが凄いですね」

「あ、それは私もそう思います」

 ダニエルは見逃さなかった。アレがウィリアムとフランチェスカを見ていた事を。しかし背中を向けて行ってしまった。


******


「お疲れ様です」
「お疲れ様です」


 ダニエルは金の用意をして鉱山を任されている男にそれを渡す。金を用意して持って行くのは今のところダニエルの仕事だ。日雇いの者達に日銭を渡す姿を見ていた。すると突然


「子供が産まれるのか?」

 クラウディオに声をかけられた。

「えぇ」

「そうか、幸せなんだな」


 と言って金を受け取り宿舎へと戻って行った。

 何か感じた事があったのだろうか。奥様はウィリアム様といるととても幸せそうで見ているこちらが恥ずかしくなるほど仲睦まじい二人。
 そんな幸せそうな顔をする奥様の顔を見た事がないだろう。本来ならアレが奥様を笑顔にする立場だったと思うとフクザツだ。


 ウィリアム様は領地へ来ると必ず巡回に来る。そうやって領民の心を掴んでいる。ウィリアム様が来てから犯罪が減ったとも言われている。

 そんな時にある事件が起きた。



 



しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈 
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約破棄された王太子妃候補は第一王子に気に入られたようです。

永野水貴
恋愛
侯爵令嬢エヴェリーナは未来の王太子妃として育てられたが、突然に婚約破棄された。 王太子は真に愛する女性と結婚したいというのだった。 その女性はエヴェリーナとは正反対で、エヴェリーナは影で貶められるようになる。 そんなある日、王太子の兄といわれる第一王子ジルベルトが現れる。 ジルベルトは王太子を上回る素質を持つと噂される人物で、なぜかエヴェリーナに興味を示し…? ※「小説家になろう」にも載せています

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々
恋愛
 ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。   両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。  もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。  ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。  ---愛されていないわけじゃない。  アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。  しかし、その願いが届くことはなかった。  アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。  かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。  アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。 ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。  アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。  結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。  望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………? ※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。    ※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。 ※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。  

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

処理中です...