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番外編
子はかすがいと言ったもので。
しおりを挟む「パパ」
リュカがとてとてとエヴァンに向かって走ってきた。
「リュカ……」
リュカを抱っこしてソファに腰掛ける。珍しくしおらしいエヴァン。
「ママ頑張っている?」
「あぁ。ママは頑張り屋だからな……」
お腹が痛いと。顔面蒼白のアイリスを思い出し眉を顰める。
私のせいだ……
「パパ、ママ大丈夫だよ」
よしよしとエヴァンの頭を撫でるリュカ。珍しくされるがままになっていた。
「エヴァン、私は王宮に戻りこの件を報告してくる。出来る範囲で執務をしておくから、お前は妃殿下の側にいろよ」
「あぁ、悪い。恩にきる」
幼馴染で親友でもあるエヴァンがここまで弱々しい姿を初めて見るレイ。
「今更だな。また様子を見にくるよ」
「すまん」
そしてレイは急いで王宮に戻ることになる。確か出産日はニ~三週間ほど後だったよな……
母子共に健康である事を祈るしかない……エヴァンがあんなに弱っている姿を初めて見た。リュカをあんなふうに抱きしめるなんてな。
息子から頭を撫でられるなんて初めてだろう。いつもは喧嘩ばかりしていたのに。やはり親子だな。と思った。
アイリスのいる部屋の中からはバタバタと足音が聞こえたり、アイリスの悲鳴のような声が聞こえたりする。
私は無力で何も出来ない。アイリスは命懸けで頑張っているのに……今この腕に抱いているリュカが生まれた時だって……
それから何時間経っただろうか……私は動けずにいた。リュカがうとうととしてきたのでソファに寝かし、そっと自分の上着を掛けてリュカの顔を見る。
「大きくなったな……」
生まれてきた時はあんなに小さかったのに。疎ましく思っていたわけではないが、リュカの成長をもっとしっかり見ておくべきだったのではないだろうか……アイリスばかりに気を遣って。
こんなことになってから反省しても遅いのだろう。
それからまた数時間。部屋の中から聞こえた産声に心臓が早鐘のように鳴った。医師が部屋から出てきた。
「殿下! おめでとうございます! 姫様の誕生です」
姫様? 女の子か……
「アイリスと子の体調は?」
医師に聞く。先ほど私を叱ってきた医師だった。
「妃殿下は出産で体力の消耗が激しいのでしばらくは安静になさる事ですな。姫様は私たちがしっかりと見ていますので、ご安心を」
「苦労かけたな、それと申し訳なかった。これからも面倒かけることになるが宜しく頼む」
二人の体調を聞いて安心した。そして医師達に労いの言葉をかけた。
「苦労だなんて、喜ばしいことです! 姫様は国の宝です。妃殿下にお会いになりますか?」
「良いのか? 安静にしていた方が良いのであろう」
私の顔を見てアイリスの体調が悪くなってしまわないのだろうか……
「何を仰っているのか……妃殿下にお声をかけて下さい。とても頑張っておりました。私達は少しの間下がっています」
医師はそう告げると、看護師達と少しの間部屋から出るという。
「何かあればすぐに呼んでください。様子がおかしいと思えば躊躇なくこちらからも入室します」
眠っていたリュカを起こしアイリスと生まれてきたばかりの子の元へと行った。
「エヴァン様……」
そこには疲れてはいるがしっかりとしたアイリスの姿が……
「アイリス、疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」
「ほら見てエヴァン様に似てるの将来が楽しみだわ」
アイリスの見事な金髪にはならなかったようだ。王家の血が濃いのだな。
「そうかな? 寝ている顔はアイリスに似ているようだ。リュカ、妹が出来たぞ。仲良くするんだぞ」
むにゃむにゃとまだ寝ぼけているようだ。
「あら。リュカは疲れているのかしら。寝かせてあげてまた明日対面させましょう」
疲れているだろうに女神のような優しさだ。子を抱くアイリスは神々しい……
「アイリスっ。すまなかった、私が不甲斐ないばかりに……」
そういって土下座をした。私のプライドなんてアイリスを前にしてはゴミだ。失うかもしれないと思った……怖かった。
「エヴァン様!」
「お願いだ……私を捨てないでくれっ!」
離婚すると言われればもう死んでしまった方が楽なのだ。しかし自ら死を選ぶなんて出来ないのが現実。
「私が悪かった。アイリスにあんな顔をさせてしまった……こんな思いをするくらいならっ」
「エヴァン様、顔色が悪いですよ?」
アイリスはベッドの上から私の頭に手を置き撫でてくれた。さっきのリュカみたいだな。
「顔を上げてください」
そう言われて顔を上げる。
「まぁ。よく見ると目の下にクマまで作って……」
昨日アイリスが出て行ってから眠れていないし、執務が忙しくて眼精疲労もあるのだろう。
「私のことを気にかけてくれるなんて……クズだとゴミだと罵ってくれて良いのに」
「ふふっ……」
あぁ、アイリスは美しい。私には勿体無い女性だ。
「アイリス……」
何事も無かったかのように微笑むアイリス。
「もう二度はありませんよ?」
「もちろんだ。この子に誓って二度とアイリスをこのような目に、」
「エヴァン様との関係を見直そうとも考えたんですよ」
嘘だと言って欲しい。関係を見直す? リュカがいるから離婚はないかもしれないが、冷えた夫婦になるとか……いやだ。
「すまん」
「わたくしあの方苦手なの」
リュカに近づこうとしていた、と言う事は生まれてきたこの子にも近づこうとするかもしれない。リュカは大きな声を出して助けを呼べるかもしれんが、この子はまだ何もわからぬ赤子だ。それだけは阻止せねば。
「約束する」
何をするかは言わない。あの女を王宮に置いておけない。
「療養の為、しばらくは戻りません」
くっ……ダメとは言えない。些細な望みくらい聞いてやれないでどうするんだっ。しかし離れて暮らすなんて……辛い。
「……母上から、聞いて、いる。どうか身体を休めて欲しい」
精一杯の返事だった。やる事がさらに増えたが、やる気しか起きなかった。離婚なんてされてたまるか! 関係を見直すってなんだよっ!
一人寝は辛いがたった半年の我慢だ……
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