32 / 65
ジャド伯爵令嬢
しおりを挟む「なぜこのようなことが起きたかを説明をしてほしい」
王宮の一室に入れられ、お兄様にそう問われた。飾り気のない部屋で扉を開けると衛兵が立っている。ここから逃げることはできない部屋だった。
「……わざとではありませんでした」
「わざと突き落としたのなら立派な犯罪だ。殿下の婚約者候補への殺害未遂だ。しかも相手は侯爵家だ……甘いと思われようが、おまえがそんなことをする人間であるとは兄として到底思えない」
お兄様は私のことを過信しすぎわ。
「……サレット侯爵令嬢の意識はまだ回復しないのでしょうか」
カタカタと身体が震える。池に沈んでいく令嬢の姿……怖かった。驚いて声を出すこともできずに、その場に蹲った。
「まだ眠っていると聞いている……しばらくはこの部屋で生活をしてもらうことになる。今頃は父上に連絡が行っているだろう。頭を冷やしておくんだ、いいね?」
「……はい」
私はこの先どうなるのだろうか? 殿下の想い人を偶然とは言え池に沈めてしまった。
その後殿下が池に飛び込みことなきを得たが、未だ意識の回復はないとの事。
そして助けた殿下の身に何かあれば、ジャド伯爵家の存続の危機……相手は王家と侯爵家……
なんていう事をしてしまったのだろうか。
身の丈に合わない人たちを知ってしまった。
王宮の豪華で優雅な生活を知ってしまった。
憧れの公子様と会話をしてしまった。
サレット侯爵令嬢に嫉妬してしまった。
美しく可憐で高貴な方。殿下とも公子様とも釣り合いの取れる家柄。
同じく婚約者候補のアデル子爵令嬢もミロー伯爵令嬢も、サレット侯爵令嬢を慕っているようだった。
優しくて大らかで面倒見のいい方だと二人は言った。
少しばかり勉強ができるだけでいい気になっていた私とは大違いだった。
そんな魅力的なサレット侯爵令嬢に公子様が惹かれるのは仕方がない。少しでも私を見てくれたら……なんて大層な事を考えてしまった。
公爵家の当主は現陛下の実弟。うちとは釣り合わない事は分かっているのに……
うちは伯爵家と言っても影の薄い家。国の西側に領地を持ち、これと言った特産物もなく贅沢もせず過ごしてきた。決して家にお金がないわけではないけれど、贅沢は禁物。
質素で倹約家……まともにドレスも買ってもらえない。そんな家。
殿下にお会いするというのに、姉のドレスを借りて着ていく。
姉は外に働きに出ていて家にいた時よりも輝いた顔をしている。
やり甲斐があるのだそう。羨ましいと思った。常に上位にいないと奨学金が出ない私とは違う。姉は自由だから。
******
「サレット侯爵令嬢が目覚めたようだ」
お兄様が報告をしに来てくれた。
王宮の一室に入れられて数日経った。この言葉を聞くまで生きた心地はしなかった。
サレット侯爵令嬢が目覚めてから数日経っていたようだ。その間は反省の日々……
「良かった、よかっ……」
気がつくと涙が溢れていた。一介の伯爵令嬢が国の中心部の侯爵令嬢になんていうことをしてしまったのだろう……。
家族にも迷惑をかけてしまった。罪人として行きて行くか良くて修道院へ行くことになるだろう。
それから取り調べのような事が行われた。
「私が侯爵令嬢を突き落としました。そのことに変わりはありません」
私はそう言い続けた。
お父様も領地から駆けつけてくれたようで、私の顔を見てお父様は言った。
「今まで苦労をかけた。あとは私に任せておけ」
それだけ告げると部屋から出て行ってしまった。
******
「この度は娘が大変失礼致しました。侯爵家の令嬢に手を上げるなど……」
西の領地を持つジャド伯爵家当主が我が家に詫びに来た。応接室に案内するや否や膝を床につき詫び始めたのだ。
「……ジャド伯爵、頭を上げてください」
父であるサレット侯爵がソファを進めた。ドケチで有名で王都嫌いと言うジャド伯爵だがこの一大事に馬車を飛ばしやってきたようで、衣服は乱れていた。
「殿下の婚約者候補になど、我が家では身に余る事でした。娘には苦労もさせましたが普通の幸せを掴んで欲しいと思っておりましたが私がバカでした、子供たちの教育費までケチり幸せになってほしいなど……」
伯爵は子供たちの教育に後悔をしているようだった。
「子供を持つ親としては深刻な問題です。特に貴族の子女ともなると幼い頃から教育を受けさせるのが一般的です。それをしていないも関わらず成績が優秀である事は、令嬢の努力の賜物だと思いますし、それは素直に凄いと思います。しかし、親が出来る全てのことを子供にしてやりたいと言うのもの親心です。勝手に子供を産んでおいて教育を放棄していたと言うのも事実でありますね?」
「……無駄な金は使いたくない、そう思ってしまいました」
「うちの娘は親の心子知らずと言うか……少々変わったところはありますが、可愛い娘です。何かの拍子にこう言った事が起きたと言う事はなんとなく理解しています。そして恐らく娘がここにいたらジャド嬢を庇うと思う。最近バカ娘には頭を悩ませていますが、憎いわけではない。心配なだけなんですよ。伯爵は領地から離れて生活をする子供さん達に対してどう言う気持ちでいるのか?」
「成績優秀な子供たちを持ち誇りに思っています。特待生で学園に入ることが出来たのは子供たちの努力です。私は何もしていない……愛情がないわけではありません」
すぐさま王都に駆けつけてくるあたり嘘ではないのだろうと思う。
「人の家庭に口を出すつもりはないのだが、伯爵はそれでいいのか? 周りを不幸にさせてはいないだろうか?」
「……私は金の使い方を知りません。そうやって生きて来てしまいましたから……大人しく過ごしていれば誰にも迷惑をかけない……領民が飢えずに生活できればそれでいいと、私は間違っていました……侯爵閣下のような方には分からないと思います」
「貴族とは金を使って経済を回すのだと、私は父に教わってきた。自分達だけが裕福になるのではなく、うちに仕えてくれている使用人、それに領民は皆家族のようなものだ。自分達も領民も幸せに平和に過ごせる事ができて、ようやく心に余裕が出来る。ここにいる息子にもそうなってほしいと思っている。そして領主とはそう言うものだと今でも思っている。伯爵よ。ケチは悪いことではない。私も無駄な事は嫌いだ」
「私が間違っていたと、痛感しております」
「今ならまだ間に合う。伯爵のできる限りのことをして、子供たちに手を差し伸べてやれ。ここに来たと言うことはすべき事を分かっているのだろう」
「私が不甲斐ないばかりに娘どころか息子にも迷惑をかけてしまいました。娘のした事は親の責任……息子に爵位を譲り隠居します。王家から罰が下るのであれば、それを受けたいと思っております。金の問題ではないとは思いますが、これは令嬢に謝罪の気持ちを込めて用意致しました。お納めください」
慰謝料と言って出してきた金額はケチ伯爵と言われるのには相応しくない金額だった。
「金はいらん! こんな金があるのならもっと子供たちに使ってやればよかったものを!」
父が怒りの声を上げた。
「いえ。お納めください。今、ここで、娘のために使う金です。此度のことは私の娘が申し訳ございませんでした」
顔付きが変わったように見えた。父にもそれが伝わったようで、受け取る事にしたようだ。金はいらん。と言った父だが受け取らないと伯爵の気がすまないと思ったのだろう。
……が、ケチケチして貯めた金だと思うと快く? 受け取る事を躊躇ってしまう。
父はどうあれ、私は決して許すことはしない! お前の娘のせいで可愛い妹の唇を殿下に奪われてしまったんだから!!
可哀想にリリーは殿下に嫁入りするしかなくなった……第一王子であるフレデリック殿下はもうすぐ王太子に任命される。
リリーが王妃になってしまったら、気軽に会えなくなるし家にも中々帰ってくる事が出来なくなる……それならキリアン殿の方がまだ良かった……
11
お気に入りに追加
1,713
あなたにおすすめの小説

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。


出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です
流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。
父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。
無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。
純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。
真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています
綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」
公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。
「お前のような真面目くさった女はいらない!」
ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。
リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。
夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。
心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。
禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。
望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。
仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。
しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。
これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します
天宮有
恋愛
私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。
その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。
シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。
その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。
それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。
私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)

【完結】毒殺疑惑で断罪されるのはゴメンですが婚約破棄は即決でOKです
早奈恵
恋愛
ざまぁも有ります。
クラウン王太子から突然婚約破棄を言い渡されたグレイシア侯爵令嬢。
理由は殿下の恋人ルーザリアに『チャボット毒殺事件』の濡れ衣を着せたという身に覚えの無いこと。
詳細を聞くうちに重大な勘違いを発見し、幼なじみの公爵令息ヴィクターを味方として召喚。
二人で冤罪を晴らし婚約破棄の取り消しを阻止して自由を手に入れようとするお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる