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第12話

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 先輩に促され、向き合って座った。
「なんか頼め。奢るから」
「何でここ」
「話あるから、ちょっと付き合えよ」
「はあ」
 俺は仕方なくメニューを見るが、頭に入ってこない。
 先輩はどういうつもりでここに? キスのいいわけでもするつもり?
「決めたか?」
「あ、じゃあコーヒーフロート」
「お前そういうの好きなの?」
「苦いコーヒーにアイスの甘みが」
「通だな」
 とか言いながら先輩はコーラを頼んだ。実は炭酸苦手だ。
「先輩こそそんな苦いのよく飲めますね」
「コーヒーの方がにがいだろ」
「コーヒーは苦みがおいしいんです。コーラなんてほぼ炭酸だけじゃないですか。無意味に甘いし」
「コーラ苦手なのか?」
「コーラっていうか炭酸が」
「あはは」
「じゃあビールも飲めない?」
「あんなまずいもの誰が開発したんだって思います」
「あの苦みがおいしいんだけどな」
 なんてニコニコと言う。さっきのお返しだろうか。
「先輩コーヒー苦手なんですか?」
「別に。飲めるけど。まあどっちかっていうと紅茶の方が好きだけど」
「ダージリン? アッサム? アールグレー?」
「お前紅茶好きなの?」
「はい。アップル、オレンジペコーなんかもフルーティーでおいしいんですよ」
「俺は何でもいいよ」
「茶葉によって全然違いますからね。そんないい加減な」
「わかったわかった。うんちくはいいから」
 そんなこと言い合っているうちにコーヒーフロートとコーラが来た。
 このアイスとコーヒーのマッチングが最高なんだよな。
 アイスをすくいながらアイスコーヒーを飲んでたら視線を感じた。
「そういう顔するんだな」
「へ?」
「もっと普段からそうしてればいいのに。いつも仏頂面」
「ほっといてください」
 何。先輩は俺のことけなしに来たの?
「まあそういうとこもかわいいけど」
 は? 今なんて?
「お世辞は口だけにしてください」
「本気で思ってるんだけど」
 先輩は俺の目をじっと見て言う。目をそらすべきか迷ってたら、咳払いして先輩がもう一度口を開いた。
「俺の話、聞いてくれる?」
 話ってなんだろう。改まってすることなの?
「はあ」
 と返事をすると、ため息をつかれた。
「あんま聞きたくないって面」
「別にそういうわけじゃ」
 ただ、急になんなのかと思って。
「じゃあ話すけど。前に俺が失恋したって言ったの覚えてる?」
 失恋? 何の話?
「覚えてないみたいだな。ま、いいけど。実はさ、1年の時、荘助、相良荘助知ってるよな? あいつのこと好きだったんだ」
 え? 急に言われたことについていけない。というより待って。相良荘助って相良先輩のことだよな? もっと上の加持先輩と付き合ってるっていう。じゃあ、原田先輩振られたの?
「って言っても気持ちすら伝えてないけど」
 どういうことだかよくわからない。
 違う。俺が驚いたのは、最初にちらっとそう思ったからだ。失恋したとか原田先輩が言ってたのを聞いて、あの二人のどちらかが好きだったのかななんて勝手に思ってたから。まさか本当にそうだったなんて。そもそも原田先輩ってノンケじゃないの?
「あの、1つだけいいですか?」
「なんだ?」
「原田先輩ってノンケじゃなかったんですか?」
「お前はさ、ずっとそう思ってたの?」
「その、別に。ただ、そんなにゲイとかポロポロいるわけないって」
「まあ確かにそうかもな。別に女がいけないってわけでもないし」
 へ?
「女の人と付き合ってた?」
「若気の至りだよ」
 と苦笑したように言った。
「だって相良先輩」
「話、続けていいか?」
 俺は仕方なくうなずく。
「加持先輩は間違いなくノンケだったんだ。彼女もいたし。だからうまくいくはずないって思ってた。加持先輩のことで荘助から相談受けたりしてさ、いずれこっち向いてくれないかなって思ってた」
 そういうことか。
「荘助に女装させたのも俺だけど、一時期女装した荘助を加持先輩が女だと思ってて、大変なことになってた」
 何その漫画みたいな話。 
「でも、結局何があったか知らないけど、うまくいっちゃうしさ。俺って何のために慰めたりしてたのかなってさ。むなしくなって」
「慰めたりしてたんですか?」
「下心ありありでな。そういうのうまくいかないよな」
 下心? 俺にもあるとか言ってなかったか? え? つまりどういう……。

「お前が魚クラブに入ってきた時、くそ生意気なガキだなって思ったんだけどさ」
 何それ。
「くそ生意気ですみません」
「ふくれるなよ。でも、お前と言い合ってんの楽しかったんだ」
 は?
「俺さ、あいつら見てるの正直つらくて、魚クラブに顔出すのもやめようかなと思ってて。でもそんな時にお前みたいなのがノーテンキに入ってきて少し救われたというか」
「はあ」
 そんなこと言われても。褒められてるのかけなされてるのかわからない。
「何でそんなに素直じゃないのかなって見てたら面白くて。かわいくて。気付いたらあいつのことどうでも良くなってた」
 やっぱりなんか褒められている気がしない。
「そんなこと言われても」
「ありがとう。っていうか」
「お礼言われることなんか」
 俺何もしてないし。
「まあ。そうだな。そのままでいいってことだよ」
 そのままって言われたって。
「頑固だし、ツンデレっていうかツンツンだし、人の言うこと一切聞かないし、かわいくないけど、ほっとけないっていうか」
 今の絶対褒めてないでしょ? ツンデレって姉貴にも言われたけど、ツンツンとデレデレが合わさった言葉らしい。ツンツンは自覚あるけど、デレデレなんかしてないもん。
「そういう顔もいいけどさ、もっと笑ってよ」
「は?」
「お前の笑顔向けられるのが俺だけな存在になりたいなっていうか」
 何言ってんのかわからない。
「なあ、俺のこと好きになって」
 は?
「じゃなかった。逆だった。好きだよ」
 何言って……。

「そんなの錯覚です」
 俺は間髪入れずに言った。
 ただ、たまたま俺が魚クラブに入っただけで。俺じゃなくても誰でも良かったはずだから。
「お前な」
 先輩に呆れたように言われても、俺には関係ない。
「だって、そんなの、あり得ない」
 俺はずっと迷惑しかかけてない。原田先輩に何もした覚えがない。俺に好きになる要素があるなんて思えない。ってさっきもそんなこと考えた。
「何であり得ないんだよ」
「俺のどこが」
「言っただろ。くそ生意気でかわいくてほっとけない」
「そんなの」
 くそ生意気はともかく、そんなの俺じゃない。勘違いだ。
「まだ信じらんねえのかよ」
「だって」
「あの男ならいいのかよ」
 は?
「お前を自分のもの扱いしてたりして、めちゃくちゃむかついた。何様だと思って」
 先輩?
「しかも、お前はあいつとキスしたり、それ以上のことしてたのかって思ったら」
「そんなのしてません」
「嘘言うな」
 先輩がちょっと怖くて恐る恐る言った。
「キスしか……」
「だからそれが」
 先輩の言葉を最後まで聞かずに口からこぼれた。
「初めて好きって言われて、うれしくて。舞い上がって。なのに」
 信じてたのに。
「女の人にも言ってた」
「結城」
「本当はただやりたかっただけなのかって思って」
 そのために付き合ったんじゃないかってずっと思ってた。
「さっきだって、多分女の人に振られたりして、俺のとこ来ただけじゃないかと思ったから」
 正直なところ、顔も見たくなかったのに。
「そんな奴のこと忘れろ」
 先輩が口を挟んでくる。
「俺が忘れさせてやるから」
「先輩は何でそんなに自信過剰なんですか?」
 何でそんなこと言えるの?
「俺が簡単に好きになるとでも思って」
「思ってねえよ」
 怒ったように言われた。
「自信なんかあるかよ」
 だってそんな風に忘れさせてやるなんて普通言えない。
「ただ、ちょっとでも気付いて欲しかった。何も言わないで黙って掻っさらわれるなんて、同じ後悔したくないから」
 それは相良先輩のこと? でも、そんなこと言われても、俺困る。
「俺」
「興味ないとか、そんな価値ないとか聞きたくないから」
 何も言ってないのに一気にまくし立てられて、言うことがなくなった。
「とりあえず覚えてろ。そんでゆっくり考えてくれよ」
「だって」
「だってもでもも禁止」
「でも」
 って言おうとして慌てて口をつぐむ。じゃあ他に何て言えば。
「そのまんまでいいって言ってんだろ」
 そのまんま?
「覚えとけよ」
 なんて捨て台詞みたいなことを言って先輩は話を終わらせた。
 支払いの時、俺も払うって言ったのに聞いてくれなかった。
「それくらいかっこつけさせろよな」
 とか、店を出た後でぶつぶつ言っていた。
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