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第1章
第1話
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転校初日に注目を浴びたのは、僕じゃなかった。
中高一貫の全寮制の男子校。豊隆学園。僕がこの学校に高校から編入することになったのには、わけがある。
名門校のため中学からの入学が一般的で、高校から入るのはよほど偏差値が高くないか、コネでもないと無理だ。僕は後者だった。
祖父の友人がたまたまこの学園の理事長だったのだ。もちろん軽い試験もあったけど、そんなに難しくなかったから形式的なものだろう。
中学までは実家近くの田舎の学校で、一学年に2クラスしかなかった。
廃校にならないだけましだったのかもしれないけど、学年全員知らない奴はいないほどだ。
だから、一学年6クラスもあるマンモス校にはちょっと不安も感じてた。
始業式の数日前から寮に越してきたのだけど、同室の生徒はまだ寮に帰ってきていないようで、話し相手もいなかった。途中ですれ違う生徒も誰だろうと一瞬興味を示すだけで話しかけてくることはなかった。僕も手続きや何やら忙しく、他の生徒に構っている暇はなかった。
だから、始業式当日はとても緊張していた。元々あがり症な上に転校生という注目される立場だから、ついびくびくしてしまう。
講堂では他の生徒と席が分かれていて、それも緊張を誘った。注目されている気がしてうつむくしかない。
だから隣にもう1人生徒が座ったのに気付かなかった。
「君がもう1人の転校生?」
突然話しかけられて、僕はビクッとしながら横を向いた。
「俺は鏑木由紗って言うんだ」
にこやかに言ったその生徒は、とてもきれいな顔をしていた。
「あ、僕は鐘木由法です」
「よろしく」
にこにこと笑いながら握手を求めてきた。もう1人転校生がいるなんて知らなかった僕は、戸惑いながらも腕を差し出したのだった。
始業式はなんとか乗り切ったけれど、クラスでする自己紹介に憂鬱さを感じながら教室に向かった。僕のクラスは1組のようだ。何故か鏑木君も一緒だ。普通転校生はクラスを分けるんじゃないのだろうか。
でも、自己紹介の時に鏑木君が先に言うことになったので、同じクラスで良かったと心底ほっとしたのだった。もちろんすぐに自分の番が回ってくるのはわかってる。
「鏑木由紗です。よろしく!」
鏑木君がにこやかに言ったら、クラス中が色めきだったのにはびっくりした。男子校なのにさながらアイドルのようで、根掘り葉掘り彼にプロフィールを聞いている。
途中で先生が止めたため、僕の番になった。僕は緊張で手が震えた。
「か、鐘木由法です」
声が小さくて聞こえなかったのか、ほとんど誰も僕の方を見ていなかった。みんな鏑木君に釘付けだ。
「じゃあ、席は」
と担任が言うと、
「ここあいてます」
「ここ。ここ」
そして鏑木君の争奪戦が始まった。転校初日から人気ですごいんだなと僕はただそのやり取りを眺めていたのだった。
鏑木君は学級委員の隣の席になった。一番前だ。
僕は後ろの方の席に勝手に決まってた。
ホームルームが終わると、みんなが鏑木君の席に寄っていった。狭い教室に密集している。もちろん僕の側にはほとんど人がいない。
隣の席の男子が、その様子を見ながら「彼すごいね」
と話しかけてきた。
「そうですね」
「鐘木君はどうして高校から転入してきたの? 普通は途中から入れないはずだし。彼は帰国子女みたいだけど」
鏑木君が帰国子女だというのはさっき本人が話していた。
「コネです」
僕はにっこり笑って答えた。隣の男子は少し面食らった顔をした。
「はっきり言うね」
「僕のおじいさんとここの理事会が知り合いらしいです。詳しくはよく知らないんですが」
「どうして敬語?」
「えーと」
人見知りで初対面の人と普通に話すのが苦手だ。敬語だとなんとか受け答えができる。
「その、普通にしゃべるのが苦手で」
とたんにしどろもどろになった僕に、彼は
「君面白いね」
と言った。僕のどこがと思ったけど、口には出さなかった。
彼は沢田真幸
と名乗った。
僕は相変わらず注目を集めている鏑木君を見ながら言った。
「沢田君は、鏑木君のとこ行かないんですか?」
「僕彼氏いるから」
彼氏? 男性が好きなのをそんな堂々と言うんだ。それともこの学校が変なのかな。転校生に熱をあげてるのも、おかしい気がする。
確かに鏑木君は中世的できれいな顔立ちだ。だからって女の子なわけじゃないんだけど。
全寮制で普段女の子と接することがないからかな。身近な男に走るとか。
気になって沢田君に聞いてみた。
「普段は女性芸能人の話とか普通にしてるよ。外で彼女いるやつもいるし。この状況はちょっと変だね」
ちょっとどころじゃない気もしたけど、僕は気にしないことにした。
初日は授業がなく、教科書が配られたり、クラスの係を決めたりとオリエンテーションで終わった。
放課後になると、別のクラスからも一目鏑木君を見ようと生徒が集まってきていることに気付いた。
僕は不思議に思いながらも、あれが自分でなくて良かったと思ったのだった。
寮で初めて顔を合わせた同室の生徒は、態度があまりよくなかった。同じ転校生でも鏑木君だったら良かったのにとずっとぶつぶつ言っていて、僕とはあまり口をきいてくれない。
僕みたいなのでごめんと頭の中で謝った。だからといって嫌がらせをしてくるわけではないので、気にしても仕方ない。
クラスの生徒とも日が経つと話すことも増えてきて、おおむね平和だった。
その中の1人、清水君ともよく話すようになった。彼は他校に彼女がいるらしい。そういう人は鏑木君に興味ないみたいで、僕とも普通に話してくれる。
鏑木君は1週間経っても相変わらずたくさんの人に囲まれていた。彼がトイレに行くときもみんながついていく。あれだけ人に囲まれて窮屈じゃないのかな。僕はそんなことが気になってしまう。
ちなみに鏑木君は寮では1人部屋だ。同じ部屋の男子がやっかみでいじめにあいそうになったので、急遽1人部屋に移したらしい。大変だなと他人事のように思っていた。
そんなにもてるのってどういう心境なんだろう。鏑木君と話したのはクラスに入る前の講堂でだけだったので、よくわからなかった。
そのうち鏑木君の親衛隊なるものができたとか。
親衛隊って何だろうと学園のことに無知な僕は、よく話すようになった清水君や沢田君に聞いてみた。
ファンクラブみたいなものだという。鏑木君はみんなのものだから抜け駆けしないとかそういうのだ。告白するのは構わないけど、鏑木君と二人きりになるのは駄目らしい。親衛隊の中には警備のような取り巻きもいるとか。
複雑過ぎてついていけない。そんなにモテる男子が他にもいるのかと聞いてみたら、生徒会役員はほとんど親衛隊がいるとか。
生徒会役員になると1人部屋なのもそのせいらしい。
元田舎暮らしの僕には刺激が強すぎる話だった。
まさか自分が生徒会役員と関わることになるなんて想像もしなかった。
中高一貫の全寮制の男子校。豊隆学園。僕がこの学校に高校から編入することになったのには、わけがある。
名門校のため中学からの入学が一般的で、高校から入るのはよほど偏差値が高くないか、コネでもないと無理だ。僕は後者だった。
祖父の友人がたまたまこの学園の理事長だったのだ。もちろん軽い試験もあったけど、そんなに難しくなかったから形式的なものだろう。
中学までは実家近くの田舎の学校で、一学年に2クラスしかなかった。
廃校にならないだけましだったのかもしれないけど、学年全員知らない奴はいないほどだ。
だから、一学年6クラスもあるマンモス校にはちょっと不安も感じてた。
始業式の数日前から寮に越してきたのだけど、同室の生徒はまだ寮に帰ってきていないようで、話し相手もいなかった。途中ですれ違う生徒も誰だろうと一瞬興味を示すだけで話しかけてくることはなかった。僕も手続きや何やら忙しく、他の生徒に構っている暇はなかった。
だから、始業式当日はとても緊張していた。元々あがり症な上に転校生という注目される立場だから、ついびくびくしてしまう。
講堂では他の生徒と席が分かれていて、それも緊張を誘った。注目されている気がしてうつむくしかない。
だから隣にもう1人生徒が座ったのに気付かなかった。
「君がもう1人の転校生?」
突然話しかけられて、僕はビクッとしながら横を向いた。
「俺は鏑木由紗って言うんだ」
にこやかに言ったその生徒は、とてもきれいな顔をしていた。
「あ、僕は鐘木由法です」
「よろしく」
にこにこと笑いながら握手を求めてきた。もう1人転校生がいるなんて知らなかった僕は、戸惑いながらも腕を差し出したのだった。
始業式はなんとか乗り切ったけれど、クラスでする自己紹介に憂鬱さを感じながら教室に向かった。僕のクラスは1組のようだ。何故か鏑木君も一緒だ。普通転校生はクラスを分けるんじゃないのだろうか。
でも、自己紹介の時に鏑木君が先に言うことになったので、同じクラスで良かったと心底ほっとしたのだった。もちろんすぐに自分の番が回ってくるのはわかってる。
「鏑木由紗です。よろしく!」
鏑木君がにこやかに言ったら、クラス中が色めきだったのにはびっくりした。男子校なのにさながらアイドルのようで、根掘り葉掘り彼にプロフィールを聞いている。
途中で先生が止めたため、僕の番になった。僕は緊張で手が震えた。
「か、鐘木由法です」
声が小さくて聞こえなかったのか、ほとんど誰も僕の方を見ていなかった。みんな鏑木君に釘付けだ。
「じゃあ、席は」
と担任が言うと、
「ここあいてます」
「ここ。ここ」
そして鏑木君の争奪戦が始まった。転校初日から人気ですごいんだなと僕はただそのやり取りを眺めていたのだった。
鏑木君は学級委員の隣の席になった。一番前だ。
僕は後ろの方の席に勝手に決まってた。
ホームルームが終わると、みんなが鏑木君の席に寄っていった。狭い教室に密集している。もちろん僕の側にはほとんど人がいない。
隣の席の男子が、その様子を見ながら「彼すごいね」
と話しかけてきた。
「そうですね」
「鐘木君はどうして高校から転入してきたの? 普通は途中から入れないはずだし。彼は帰国子女みたいだけど」
鏑木君が帰国子女だというのはさっき本人が話していた。
「コネです」
僕はにっこり笑って答えた。隣の男子は少し面食らった顔をした。
「はっきり言うね」
「僕のおじいさんとここの理事会が知り合いらしいです。詳しくはよく知らないんですが」
「どうして敬語?」
「えーと」
人見知りで初対面の人と普通に話すのが苦手だ。敬語だとなんとか受け答えができる。
「その、普通にしゃべるのが苦手で」
とたんにしどろもどろになった僕に、彼は
「君面白いね」
と言った。僕のどこがと思ったけど、口には出さなかった。
彼は沢田真幸
と名乗った。
僕は相変わらず注目を集めている鏑木君を見ながら言った。
「沢田君は、鏑木君のとこ行かないんですか?」
「僕彼氏いるから」
彼氏? 男性が好きなのをそんな堂々と言うんだ。それともこの学校が変なのかな。転校生に熱をあげてるのも、おかしい気がする。
確かに鏑木君は中世的できれいな顔立ちだ。だからって女の子なわけじゃないんだけど。
全寮制で普段女の子と接することがないからかな。身近な男に走るとか。
気になって沢田君に聞いてみた。
「普段は女性芸能人の話とか普通にしてるよ。外で彼女いるやつもいるし。この状況はちょっと変だね」
ちょっとどころじゃない気もしたけど、僕は気にしないことにした。
初日は授業がなく、教科書が配られたり、クラスの係を決めたりとオリエンテーションで終わった。
放課後になると、別のクラスからも一目鏑木君を見ようと生徒が集まってきていることに気付いた。
僕は不思議に思いながらも、あれが自分でなくて良かったと思ったのだった。
寮で初めて顔を合わせた同室の生徒は、態度があまりよくなかった。同じ転校生でも鏑木君だったら良かったのにとずっとぶつぶつ言っていて、僕とはあまり口をきいてくれない。
僕みたいなのでごめんと頭の中で謝った。だからといって嫌がらせをしてくるわけではないので、気にしても仕方ない。
クラスの生徒とも日が経つと話すことも増えてきて、おおむね平和だった。
その中の1人、清水君ともよく話すようになった。彼は他校に彼女がいるらしい。そういう人は鏑木君に興味ないみたいで、僕とも普通に話してくれる。
鏑木君は1週間経っても相変わらずたくさんの人に囲まれていた。彼がトイレに行くときもみんながついていく。あれだけ人に囲まれて窮屈じゃないのかな。僕はそんなことが気になってしまう。
ちなみに鏑木君は寮では1人部屋だ。同じ部屋の男子がやっかみでいじめにあいそうになったので、急遽1人部屋に移したらしい。大変だなと他人事のように思っていた。
そんなにもてるのってどういう心境なんだろう。鏑木君と話したのはクラスに入る前の講堂でだけだったので、よくわからなかった。
そのうち鏑木君の親衛隊なるものができたとか。
親衛隊って何だろうと学園のことに無知な僕は、よく話すようになった清水君や沢田君に聞いてみた。
ファンクラブみたいなものだという。鏑木君はみんなのものだから抜け駆けしないとかそういうのだ。告白するのは構わないけど、鏑木君と二人きりになるのは駄目らしい。親衛隊の中には警備のような取り巻きもいるとか。
複雑過ぎてついていけない。そんなにモテる男子が他にもいるのかと聞いてみたら、生徒会役員はほとんど親衛隊がいるとか。
生徒会役員になると1人部屋なのもそのせいらしい。
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