俺の人生を捧ぐ人

宮部ネコ

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第1章 再会と言う名の奇跡

帰宅

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 始発で俺は実家に帰ることにしたが、ついでに今日は仕事が休みだという藤越を一緒に連れて行った。その方が母ちゃんと大喧嘩にならなくて済む気がしたから。
「ただいま」
 と言って家に入ったら、とても早い時間なのに母ちゃんは起きていた。親父が会社に出ていった後だったからかもしれない。
「なんだい忠敏、今までどこをほっつき歩いてたんだい」
 と言われてついカッとなって、「どこだって関係ねえだろ」という言い方をしてしまう。
 何故か母ちゃんの前だと喧嘩ごしになる自分がいる。
「関係ないことないだろ。人様に迷惑かけて一体何やってるんだか。宮田君から連絡があったよ。全く」
 母ちゃんの嫌味な言い方が悪いのだと思う。それに宮田の奴余計なことしてくれてと思った。
「こんにちは。お邪魔します」
 藤越がそう言って母ちゃんの表情が変わった。
「あら、どちらさん? 嫌だ。恥ずかしい所見られたじゃない」
 俺はそんな母ちゃんを無視して言った。
「中学の時の同級生だよ」
「はじめまして。藤越透馬です」
 藤越は意外に礼儀はしっかりしていた。
「あらあら。どこの不良かと思ったけど、礼儀正しいいい子じゃない」
 母ちゃんはこういうことを正直に言いすぎるから嫌だ。不良と言ったのは藤越の髪が金髪だからだろうけど。
「あの、お節介かと思ったんですが、せっかく久しぶりに帰ったんだから、まずは抱きしめてあげたらどうですか?」
 と藤越が言い出したので、俺は慌てた。
「余計なこと言うなよ」
「あらあら。あんたの友達にしてはいい子だね。忠敏おかえり」
 本気でやろうとするので、俺は「やめろよ。気色悪い」と言って逃げた。
「この子はいつもこうだよ。小学校の時おもらしして帰ってきた時も」
「母ちゃん!」
 古い話を持ち出してマジでやめてほしい。
「照れてるだけですよ」
 藤越がまた余計なことを言うので俺は言った。
「部屋行くからな。入ってくんなよ」
 俺は母ちゃんに背を向けて駆け上がった。

 部屋に入ったら藤越が言う。
「いいお母さんじゃん」
 俺は藤越の言うことが理解不能だった。どうしてあの姿を見てそう思えるのかわからない。
「お前どういう基準で物見てるんだよ」と言ったら、「側にいてくれるだけいいじゃん」と言うので、俺は言葉に詰まった。
 藤越の家は共働きのようだった。
「いたらいたでうざいんだけどな」
 俺はそう言って、でも藤越が何も言わないので、つい余計なことを聞いてしまう。
「それで家出たのか?」
「まあ当たらずも遠からずかな」
 藤越にしては珍しく歯切れが悪い。そのまま淡々と話し出す。
「妹がいるんだけどさ。十歳下の」
「ああ。俺もいる。もっと上の兄貴が」
 と余計な茶々を入れてしまって少し後悔した。兄貴は十二歳上だった。しかしこの話には全く関係がない。既に結婚して家を出て行っている。
 また藤越は淡々と言った。
「その妹にお兄ちゃん嫌いって言われた。お父さんは最初から女の子が欲しかったみたいだし、俺にはあんまり関心がなかった。母親も妹が生まれてから妹にかかり切りになったし、うちは妹中心で回ってた。その妹に嫌いって言われたら、この家にもう居場所はないなって思って。安直かもしれないけど」
 俺は何も言えなかった。

 藤越は家に泊まるのを遠慮していたが、母ちゃんが「いいよいいよ」と言うので苦笑しながら家に泊まっていった。
 夜になったら親父が帰ってきて一波乱あった。
 藤越が親父にも礼儀正しく挨拶すると、俺の家出の話になる。親父は捜索願いを出そうと思ったようだが、母ちゃんが「一週間もしたら値を上げて帰ってくるよ」と言ったから見送ったとか。
 母ちゃんに俺の根性なしのところが見透かされているのは気にくわないが、その通りになってしまった。
「母ちゃんに見破られているようじゃまだまだだな」
 親父が余計な口を利くので、「うるさい」とあしらう。
「あんたがそういうこと言うから、忠敏が図に乗るんだよ」
「別に図に乗ってないだろ」
「男は一度ぐらい家出するもんだ。なあ」
 何故か藤越にまで話を振ってくる親父がうっとうしい。「親父!」と俺は牽制する。二人には言ってないけど、藤越は実際に家出しているのだから、その話はまずいと思う。
「一度は家出するかどうかはわかりませんが、家庭環境に寄るんじゃないですか」
 藤越はまじめに返すし、俺は一人でドギマギしてしまった。

 後で部屋で謝ると、藤越は特に気にしていない風だった。
「それより何で父ちゃんじゃなくて親父なの?」
「え? なんとなく」
 母ちゃんという呼び方は親父の言い方が移っただけなのだが、母ちゃんは親父のことを「あんた」しか言わないし、父ちゃんなんて言葉は出てこなかっただけだ。
 藤越は「高橋っちの家族いいよね」としきりに言う。俺にとっては当たり前で、時にうっとうしいと思うのに、藤越には当たり前じゃないからか。
 結局俺には藤越の気持ちを推し量ることなんてできなかった。
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