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終章
蛇足
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俺が実家に戻ってから数年後に母ちゃんは亡くなった。
何故か遺産相続のことで兄夫婦ともめることになった。母ちゃんが大切にした家を手放すと言うので、俺は反対したのだが、半分は自分に権利があるというのである。
家を守るために、自宅の資産価値の半分の金額を兄貴に払うことで無理矢理納めた。そのために少し知人から借金をしたが、どうしても家を守りたかった。
俺は母ちゃんの残した家を守りながら生涯を終えると固く誓った。
透馬が死んでから15年の歳月が過ぎたある日のこと。
家の呼び鈴が鳴ってインターホン越しに出ると、「こんにちは」と少女のような声がした。
「こんにちは」と返しても返答がないため、仕方なく玄関に向かう。まさかいきなり襲われることはないだろうと思いながら、用心しながらドアを開ける。
聞こえた声の想像と違わない女の子がそこにいた。
小学校よりは少し上だろうか。中学生ぐらいの、髪の毛を二つ結びにしてまだ幼さが残っている少女だ。もちろん全く知らない顔だ。
「うちに何か? どこから来たの?」
と声をかけると、にやりとした顔をした。
「さーて、誰でしょう?」
「へ?」
思わず声を出してしまったが、全く見覚えがないのに誰でしょうと言われても困る。いたずらだろうか。からかっているのか。
「誰?」
「あれから15年か。だいぶ老けたね」
何を言ってるのかわからない。どこかで会ったことがあったか? やはり記憶にない。
「何かの間違えじゃないかな?」
「本当にわからない?」
その女の子は俺をまじまじと見る。別に俺はロリコンでもないし、見つめられても困るのだが。
見覚えがないだろうかと必死で考える。そういえばあいつが死んでちょうど15年だ。
少し考える。愛美ちゃんに子供が欲しいと言われて俺は。
まさか。
「愛美ちゃんの?」
「おしいけど正確じゃないよ」
女の子はそう言ってウインクした。その顔があまりにもあいつそっくりで、
「透馬」
とつい口から出た。
「気付くの遅いよ」
「ちょっと待って。そんなはず」
俺は頭が混乱していた。認めたくない。だけど、その仕草や何もかもがあいつのようで変な気になる。
「あり得ないだろ」
「忠敏はそういうとこ変わらないよね。ちゃんと説明しないと信じてくれない」
「だって女の子。それに、いきなりそんなこと言われたって」
玄関越しであまり女の子と話してたら、近所の人に不審に思われるかもしれない。
「とりあえず家入る?」
「普通十代の女の子がおじいさんに誘われてほいほい家に入ったりしないよ」
そりゃそうだと思いながら見ていると、その女の子はずかずかと俺の家に上がり込む。まるで勝手知ったる家のように。
しかしおじいさんと言われるのはさすがにショックだ。確かにそんな歳だから仕方ないが。
「この家昔のままだね。だいぶくたびれてきてるんじゃないの」
「兄貴に家売られそうになったから、半分無理矢理払って俺のものにしたんだよ。だからリフォームとかしてる余裕なくて」
って何を俺は普通に答えているんだ。
どうにもそんなこと言う透馬は本物っぽい。
でも、やっぱりどうしても信じられない。
「そんなことより何か言うことあるんじゃないの?」
「え?」
「愛してるとか、生きてて良かったとか、かわいいねとか」
なんだそれ。まじめに言ってるのだろうか
「そんなこと。透馬は死んだはずだ。お前は本当に?」
「まだ疑うの?」
「だって女の子」
「生まれ変わったって言ったら信じる?」
「生まれ変わった?」
「忠敏は信じられないことは全て否定するつもりなの? 俺は紛れもなくここにいるのに」
記憶がなくなった時の透馬のように、ブランコで寂しそうにしている透馬のように、俺の手を儚くすり抜けていく様子に、たまらず
「お前はいつも唐突すぎるんだよ」
と言って抱きしめた。
「おかえり」
「ただいま」
透馬は、一応今までの経緯を説明してくれた。愛美ちゃんと俺の間に生まれた子供は脳がからっぽで、その体に透馬の脳を移植したという。
にわかには信じ固い話だったが、透馬に言わせると、「生まれ変わりより信憑性高いでしょ」とのこと。
脳移植なんてそんな技術今の日本にあるのだろうか。まるで漫画みたいな。
奇跡的なものが働いたとしか思えない。なにせ手術したのが良和だというからおかしな話だ。あいつは精神科じゃなかったのか。
でも、そんなことは考えても無駄だと思った。今ここにこいつがいるのだからいいじゃないかと。
一つ解せないのは、生まれてから14年も経っていることだった。
「すぐに会いにくればいいのに、何でそんなに待たせるんだ」
「だって我慢できなくなるじゃん」
「は?」
透馬は俺に絡みついてくる。14歳の女の子に迫られるのも逆に怖い。
「ちょっと待てって」
「初潮も無事迎えたし、心おきなくやれるでしょ」
「そういう問題じゃなくて」
「大丈夫。ピルも飲んでるよ」
「だから、違うだろ」
女の子だというだけでも調子が狂うのに、しかも14歳。若すぎる。子供じゃないか。
そんな話をすると、
「愛美だって十二歳だったじゃん」
と言う。
「だからあれは仕方なく」
「ふーん」
「お前な」
「俺とはできないの?」
「そんなこと言ってない」
ただ、心の準備がと言う前にキスをされる。だいたい年齢的にそんな体力だってないっていうのに。
結局俺は、ただ以前と同じように体力だけは有り余ってる透馬に翻弄されるのだった。
だけどそんなことはきっと大したことではなくて、幸せな悩みなのだろう。
もうとっくに諦めてたのに、こいつが側にいるだけで、それはもう何者にも代え難い。
「忠敏?」
「愛してる」
そう言ってキスを返す。
これがまだ続いていく俺たちの物語。
何故か遺産相続のことで兄夫婦ともめることになった。母ちゃんが大切にした家を手放すと言うので、俺は反対したのだが、半分は自分に権利があるというのである。
家を守るために、自宅の資産価値の半分の金額を兄貴に払うことで無理矢理納めた。そのために少し知人から借金をしたが、どうしても家を守りたかった。
俺は母ちゃんの残した家を守りながら生涯を終えると固く誓った。
透馬が死んでから15年の歳月が過ぎたある日のこと。
家の呼び鈴が鳴ってインターホン越しに出ると、「こんにちは」と少女のような声がした。
「こんにちは」と返しても返答がないため、仕方なく玄関に向かう。まさかいきなり襲われることはないだろうと思いながら、用心しながらドアを開ける。
聞こえた声の想像と違わない女の子がそこにいた。
小学校よりは少し上だろうか。中学生ぐらいの、髪の毛を二つ結びにしてまだ幼さが残っている少女だ。もちろん全く知らない顔だ。
「うちに何か? どこから来たの?」
と声をかけると、にやりとした顔をした。
「さーて、誰でしょう?」
「へ?」
思わず声を出してしまったが、全く見覚えがないのに誰でしょうと言われても困る。いたずらだろうか。からかっているのか。
「誰?」
「あれから15年か。だいぶ老けたね」
何を言ってるのかわからない。どこかで会ったことがあったか? やはり記憶にない。
「何かの間違えじゃないかな?」
「本当にわからない?」
その女の子は俺をまじまじと見る。別に俺はロリコンでもないし、見つめられても困るのだが。
見覚えがないだろうかと必死で考える。そういえばあいつが死んでちょうど15年だ。
少し考える。愛美ちゃんに子供が欲しいと言われて俺は。
まさか。
「愛美ちゃんの?」
「おしいけど正確じゃないよ」
女の子はそう言ってウインクした。その顔があまりにもあいつそっくりで、
「透馬」
とつい口から出た。
「気付くの遅いよ」
「ちょっと待って。そんなはず」
俺は頭が混乱していた。認めたくない。だけど、その仕草や何もかもがあいつのようで変な気になる。
「あり得ないだろ」
「忠敏はそういうとこ変わらないよね。ちゃんと説明しないと信じてくれない」
「だって女の子。それに、いきなりそんなこと言われたって」
玄関越しであまり女の子と話してたら、近所の人に不審に思われるかもしれない。
「とりあえず家入る?」
「普通十代の女の子がおじいさんに誘われてほいほい家に入ったりしないよ」
そりゃそうだと思いながら見ていると、その女の子はずかずかと俺の家に上がり込む。まるで勝手知ったる家のように。
しかしおじいさんと言われるのはさすがにショックだ。確かにそんな歳だから仕方ないが。
「この家昔のままだね。だいぶくたびれてきてるんじゃないの」
「兄貴に家売られそうになったから、半分無理矢理払って俺のものにしたんだよ。だからリフォームとかしてる余裕なくて」
って何を俺は普通に答えているんだ。
どうにもそんなこと言う透馬は本物っぽい。
でも、やっぱりどうしても信じられない。
「そんなことより何か言うことあるんじゃないの?」
「え?」
「愛してるとか、生きてて良かったとか、かわいいねとか」
なんだそれ。まじめに言ってるのだろうか
「そんなこと。透馬は死んだはずだ。お前は本当に?」
「まだ疑うの?」
「だって女の子」
「生まれ変わったって言ったら信じる?」
「生まれ変わった?」
「忠敏は信じられないことは全て否定するつもりなの? 俺は紛れもなくここにいるのに」
記憶がなくなった時の透馬のように、ブランコで寂しそうにしている透馬のように、俺の手を儚くすり抜けていく様子に、たまらず
「お前はいつも唐突すぎるんだよ」
と言って抱きしめた。
「おかえり」
「ただいま」
透馬は、一応今までの経緯を説明してくれた。愛美ちゃんと俺の間に生まれた子供は脳がからっぽで、その体に透馬の脳を移植したという。
にわかには信じ固い話だったが、透馬に言わせると、「生まれ変わりより信憑性高いでしょ」とのこと。
脳移植なんてそんな技術今の日本にあるのだろうか。まるで漫画みたいな。
奇跡的なものが働いたとしか思えない。なにせ手術したのが良和だというからおかしな話だ。あいつは精神科じゃなかったのか。
でも、そんなことは考えても無駄だと思った。今ここにこいつがいるのだからいいじゃないかと。
一つ解せないのは、生まれてから14年も経っていることだった。
「すぐに会いにくればいいのに、何でそんなに待たせるんだ」
「だって我慢できなくなるじゃん」
「は?」
透馬は俺に絡みついてくる。14歳の女の子に迫られるのも逆に怖い。
「ちょっと待てって」
「初潮も無事迎えたし、心おきなくやれるでしょ」
「そういう問題じゃなくて」
「大丈夫。ピルも飲んでるよ」
「だから、違うだろ」
女の子だというだけでも調子が狂うのに、しかも14歳。若すぎる。子供じゃないか。
そんな話をすると、
「愛美だって十二歳だったじゃん」
と言う。
「だからあれは仕方なく」
「ふーん」
「お前な」
「俺とはできないの?」
「そんなこと言ってない」
ただ、心の準備がと言う前にキスをされる。だいたい年齢的にそんな体力だってないっていうのに。
結局俺は、ただ以前と同じように体力だけは有り余ってる透馬に翻弄されるのだった。
だけどそんなことはきっと大したことではなくて、幸せな悩みなのだろう。
もうとっくに諦めてたのに、こいつが側にいるだけで、それはもう何者にも代え難い。
「忠敏?」
「愛してる」
そう言ってキスを返す。
これがまだ続いていく俺たちの物語。
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