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第7章 リスタート
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次に藤越に会った時、照れ臭いような気まずいような空気が俺たちの間に流れた。ぎくしゃくでもない、ちぐはぐという言葉が一番近い。ボタンを掛け違えたような感じ。
俺はそれでも、藤越が愛良ちゃんのことで傷付いてないか気になって、たまに様子を見に行った。思ったより元気そうで安心した。
その二年後、愛良ちゃんの結婚が決まった。藤越はやっと祝福する気になったようだ。穏やかな顔をしていた。
同時にもう俺の出番はないだろうと思った。いい加減あいつの側から離れて自分を見つめ直すいい機会だと思った。
実家暮らしで使うあてもなかったし、お金は余ってる。旅にでも出ようと思った。
藤越から逃げるみたいで格好悪いから、あいつには何も言わないで行く。家には一応「旅に出ます」という書き置きだけ残してきた。会社もやめてきた。
そのままどこかに永住してもいいかもしれない。唯一の気掛かりは母ちゃんだったけど、なんかあったら兄夫婦がなんとかしてくれるだろうと楽観的に考えた。
とりあえず本州の最果てにある鹿児島へ行くことにした。行くなら絶対暖かいところに限る。これからの季節北へなんて行ったら凍死する。沖縄は寒くもないので張り合いがない。雨も多いし、あまり沖縄料理が好きじゃなかった。
週間予報を見たら高知の方が暖かい日があった。失敗したかなと思った。
当面の住む所としてウィークリーマンションを借りた。
いくらなんでも働かないと二年ぐらいで金がつきるが、しばらくは休暇のつもりで何もしないで過ごしたかった。
本州最南端の佐多岬が気にいったので、その近くに住んで毎日通っていた。
半年ぐらい経ってそろそろ別の都市に移動するのもいいかもしれないと思った頃だった。
いつものように岬で海を見ていた。梅雨入り前で暑いぐらいだけど、潮風が気持ちいい。
「兄貴、ちょっと待って」
聞き覚えのある声が聞こえて振り向いた。
俺はそのままどこかに逃げたい衝動にかられた。が、ため息をついてきちんとあいつと向き合った。
「ほらいた」
藤越は指を差してくる。ちょっと後ろから愛良ちゃんが追いついたのが見えた。愛良ちゃんが少し困ったような顔をしていた。俺はそれで全てを理解した。
「去る者追わずじゃなかったのかよ」
「なにそれ」
今まで抜けたメンバーを気にかけることもなかったためそう感じたのだが、勘違いだったのだろうか。その返答に藤越らしさを感じ、変わってないなと思った。といってもたかが半年だったが。
愛良ちゃんと一緒にいるんだから、寄りが戻ったのだろうことは容易に想像できた。そういえば、結婚はどうなったのだろうとちらっと思った。
「今日こっちに来たのか? よくわかったな」
誰にも何も言ってないのに、こいつの嗅覚は犬並か。そういえば前にどっか行くなら日本の北じゃなくて南だとは言った覚えはあるけど、それだけでここに辿り着いたっていうのか。
「着いたのは昨日。一直線にここまで来たのが良かったね。入口の人にこれ見せたらこの時間にだいたい来るって言ってたから」
そう言って写真をひらひらさせた。数年前の自分が写ってる。
「人相悪。こんなもんどこから」
自分で言うのもなんだけど、犯罪者を追ってると刑事の振りして言っても通じる気がする。
「お母さんから借りてきたよ」
母ちゃんにはばれてるのかと思った。
「お母さん心配してましたよ」
愛良ちゃんが言う。一緒にうちまで来たようだ。
「今回に限ったことじゃないさ」
母ちゃんには心配かけてばかりだ。孝行の一つもできてない。今度帰ったらちょっとは孝行でもしてみようかと思った。
「悪いのは俺だって言っといたから大丈夫だよ」
「余計なこと言ってないよな?」
「言うわけないでしょ」
愛良ちゃんと目が合ってちょっと気まずかった。
「愛良、ちょっと席外してくれる?」
「うん。あっちで待ってるね」
二人きりにされても困るっていうのに。
「愛良ちゃんとやっと一緒になれたんだろ? なら俺に構うことないのに」
「それとこれとは別だって何度も言ったでしょ」
藤越の唇が近づいてきたので後ろに下がった。
「やめろよ」
「冗談だよ」
お前の冗談は心臓に悪い。
「でも俺怒ってるんだよ。勝手にいなくなって」
「それは」
俺なんてもう必要ないと思ったから。それに、もう見返りを期待せずに側にいるなんてできなくなってしまってる。
「お前が悪いんだろ。そりゃ俺が慰めるって言ったけどさ」
「俺はもう大事なものを手放す気ないよ。欲張りになったんだよね」
「なんだよそれ」
わけわかんねえよ。
「側にいてって言ってんの」
「だって愛良ちゃんは?」
「だからどっちもいてほしいってことだよ」
「そりゃ無理だろ」
「何で?」
と聞かれると一瞬で答えられない。
「俺が何もしないで何年愛良の側にいたと思ってんの」
「俺も同じ思いしろって言うのかよ」
「できないの?」
言葉につまる。
「俺がよくても愛良ちゃんが」
「愛良は理解してくれるよ。それに今は忠敏の気持ちを聞いてんの」
「俺は」
最初から答えは決まっている。こいつと離れようとこんな所まできたのに、結局女々しく追ってくるのを期待してたっていうのか俺は。苦笑するしかない。
「わかったよ。側にいてやるよ」
側にいて苦しめというのならそれでも構わない。会えないよりはましだと思った。結局、ここ半年間こいつのことを考えなかった日はないんだし。
「愛良、終わったよ」
そう言って藤越は愛良ちゃんの元に走る。俺は仕方なく追いかける。
あいつがここに来なかったら、俺は東京に戻る気になっただろうか。
俺はそれでも、藤越が愛良ちゃんのことで傷付いてないか気になって、たまに様子を見に行った。思ったより元気そうで安心した。
その二年後、愛良ちゃんの結婚が決まった。藤越はやっと祝福する気になったようだ。穏やかな顔をしていた。
同時にもう俺の出番はないだろうと思った。いい加減あいつの側から離れて自分を見つめ直すいい機会だと思った。
実家暮らしで使うあてもなかったし、お金は余ってる。旅にでも出ようと思った。
藤越から逃げるみたいで格好悪いから、あいつには何も言わないで行く。家には一応「旅に出ます」という書き置きだけ残してきた。会社もやめてきた。
そのままどこかに永住してもいいかもしれない。唯一の気掛かりは母ちゃんだったけど、なんかあったら兄夫婦がなんとかしてくれるだろうと楽観的に考えた。
とりあえず本州の最果てにある鹿児島へ行くことにした。行くなら絶対暖かいところに限る。これからの季節北へなんて行ったら凍死する。沖縄は寒くもないので張り合いがない。雨も多いし、あまり沖縄料理が好きじゃなかった。
週間予報を見たら高知の方が暖かい日があった。失敗したかなと思った。
当面の住む所としてウィークリーマンションを借りた。
いくらなんでも働かないと二年ぐらいで金がつきるが、しばらくは休暇のつもりで何もしないで過ごしたかった。
本州最南端の佐多岬が気にいったので、その近くに住んで毎日通っていた。
半年ぐらい経ってそろそろ別の都市に移動するのもいいかもしれないと思った頃だった。
いつものように岬で海を見ていた。梅雨入り前で暑いぐらいだけど、潮風が気持ちいい。
「兄貴、ちょっと待って」
聞き覚えのある声が聞こえて振り向いた。
俺はそのままどこかに逃げたい衝動にかられた。が、ため息をついてきちんとあいつと向き合った。
「ほらいた」
藤越は指を差してくる。ちょっと後ろから愛良ちゃんが追いついたのが見えた。愛良ちゃんが少し困ったような顔をしていた。俺はそれで全てを理解した。
「去る者追わずじゃなかったのかよ」
「なにそれ」
今まで抜けたメンバーを気にかけることもなかったためそう感じたのだが、勘違いだったのだろうか。その返答に藤越らしさを感じ、変わってないなと思った。といってもたかが半年だったが。
愛良ちゃんと一緒にいるんだから、寄りが戻ったのだろうことは容易に想像できた。そういえば、結婚はどうなったのだろうとちらっと思った。
「今日こっちに来たのか? よくわかったな」
誰にも何も言ってないのに、こいつの嗅覚は犬並か。そういえば前にどっか行くなら日本の北じゃなくて南だとは言った覚えはあるけど、それだけでここに辿り着いたっていうのか。
「着いたのは昨日。一直線にここまで来たのが良かったね。入口の人にこれ見せたらこの時間にだいたい来るって言ってたから」
そう言って写真をひらひらさせた。数年前の自分が写ってる。
「人相悪。こんなもんどこから」
自分で言うのもなんだけど、犯罪者を追ってると刑事の振りして言っても通じる気がする。
「お母さんから借りてきたよ」
母ちゃんにはばれてるのかと思った。
「お母さん心配してましたよ」
愛良ちゃんが言う。一緒にうちまで来たようだ。
「今回に限ったことじゃないさ」
母ちゃんには心配かけてばかりだ。孝行の一つもできてない。今度帰ったらちょっとは孝行でもしてみようかと思った。
「悪いのは俺だって言っといたから大丈夫だよ」
「余計なこと言ってないよな?」
「言うわけないでしょ」
愛良ちゃんと目が合ってちょっと気まずかった。
「愛良、ちょっと席外してくれる?」
「うん。あっちで待ってるね」
二人きりにされても困るっていうのに。
「愛良ちゃんとやっと一緒になれたんだろ? なら俺に構うことないのに」
「それとこれとは別だって何度も言ったでしょ」
藤越の唇が近づいてきたので後ろに下がった。
「やめろよ」
「冗談だよ」
お前の冗談は心臓に悪い。
「でも俺怒ってるんだよ。勝手にいなくなって」
「それは」
俺なんてもう必要ないと思ったから。それに、もう見返りを期待せずに側にいるなんてできなくなってしまってる。
「お前が悪いんだろ。そりゃ俺が慰めるって言ったけどさ」
「俺はもう大事なものを手放す気ないよ。欲張りになったんだよね」
「なんだよそれ」
わけわかんねえよ。
「側にいてって言ってんの」
「だって愛良ちゃんは?」
「だからどっちもいてほしいってことだよ」
「そりゃ無理だろ」
「何で?」
と聞かれると一瞬で答えられない。
「俺が何もしないで何年愛良の側にいたと思ってんの」
「俺も同じ思いしろって言うのかよ」
「できないの?」
言葉につまる。
「俺がよくても愛良ちゃんが」
「愛良は理解してくれるよ。それに今は忠敏の気持ちを聞いてんの」
「俺は」
最初から答えは決まっている。こいつと離れようとこんな所まできたのに、結局女々しく追ってくるのを期待してたっていうのか俺は。苦笑するしかない。
「わかったよ。側にいてやるよ」
側にいて苦しめというのならそれでも構わない。会えないよりはましだと思った。結局、ここ半年間こいつのことを考えなかった日はないんだし。
「愛良、終わったよ」
そう言って藤越は愛良ちゃんの元に走る。俺は仕方なく追いかける。
あいつがここに来なかったら、俺は東京に戻る気になっただろうか。
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