俺の人生を捧ぐ人

宮部ネコ

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第6章 転換

転換(1)

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 藤越とはいたって普通に何事もなく、たまに会う程度の関係を続けた。俺はただ拒絶されるのが怖かっただけ。言ってしまえばなんてこともなく、あいつはそんな程度で俺を差別したりするような奴じゃなかった。

 だけれども、この後俺たちの関係は大いに崩れることになる。
 あの告白から8年も経っていた。三十六になった年のことだった。

 愛良ちゃんに恋人ができたと聞かされたのは、あいつがいない飲み会でのこと。
 ゆっきーが「透馬さんつらそうにしてたよ」と何故か俺に言ってくる。どうして俺以外の奴らはみんな藤越の状況を知っているのだろう。
 俺が来る前に大将さんの寿司屋で飲んでいたらしい。そして、藤越が見ていられないからと場所を移ったという話だった。
「まだあいつ店にいんのか?」
 ゆっきーに聞いてみると、「多分」と答える。俺は仕方なく、渋谷の道玄坂にある寿司屋に駆けつけた。だいぶ前にあいつが泣いているのを見た場所だった。
 そこにいたあいつがあまりにも普通で、俺は一瞬拍子抜けした。そういえば前にもこんなことがあった気がする。
「あれ、高橋っちどうしたの?」
「だからちつけんなって」
「いい加減しつこいね」
 藤越はひたすら強い酒を飲んでいるようだった。ざるのため、酔えないようだが、そんなに飲んだら体に毒なんじゃと思った。
 やっぱりどこかおかしい気がする。そもそも元々こいつは表情に出にくいのだ。浅木が死んだ時だって、平然としてるように見えた。でも実際はどうだったんだろう。
「こんなとこで座ってないで来いよ」
 と、俺は藤越を引っ張って無理矢理立たせた。
「おい、商売の邪魔しに来たのか?」
 と大将さんに言われてしまったが、俺は、「すみません大将さん、こいつ借ります」と言って藤越を外に引っ張った。

「ちょっとどこ行くの?」
 俺は答えずに藤越を引っ張っていった。
「一人で歩けるから離して」
 俺は手を離す。
「聞いたの?」
「ああ。ゆっきーとかに」
「そんなことぐらいで必死こいて馬鹿じゃないの」
「そんなことぐらいじゃねえだろ」
 こいつは本当にわかっていないんだろうか。自分の状態を。
「ほっとけばいいじゃん」
 ほっとけないからここまで来てるのに。もう俺は会話するのもめんどくさくなって、もう一度こいつの手を引っ張った。
「どこ行くの?」
 俺は何も答えず、ただひたすら藤越を引っ張っていった。
「透馬ちゃん? 高橋君? どうしたの?」
 連れて行ったのはぼたんさんの所だった。
「ねえ、どういうつもり?」
「慰めてもらえよ」
「何言ってんの?」
「透馬ちゃん」
「ぼたんさんは黙って」
「俺なんかより適任だろ」
 俺がそんな風に言うと、藤越は「本当に馬鹿?」と言って揶揄する。何でそんなこと言われなきゃならないのかと思った。
「ぼたんさん、ごめんね。今日は帰る。また今度ね」
 藤越は出て行った。俺は慌てて追いかける。
「ちょっと待てよ」
「高橋っちは他人に任せてそれでいいの?」
「は?」
「忠敏が慰めてくれるんでしょ?」
 呼び方まで変えやがって卑怯だと思った。
「こっちきて」
 今度は俺が引っ張られる番だった。藤越に引っ張られて連れてこられたのは、ラブホの前だった。
「どういうつもりだよ」
「入らないの?」
 ここで断ったら藤越がどこかいってしまいそうでできなかった。
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