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第三章

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 託は突然言い出した。
「セーフワード決めてなかった」
「セーフワード?」
 急に何かと思った。
「何がいい?」
 そんなことを言われてもと思う。
「何で突然?」
「早く決めてよ」
 また機嫌を悪くしたと思って必死で考えた。
「くつまむし」
 言ってからやばいと気付いた。
「ごめん。やっぱ別の」
「それでいい」
 え? 僕は自分の耳を疑った。託がそんなことを言うはずがないと思った。
 だってそれは、僕が託をいじめてた時に呼んでいたあだ名だったから。絶対言うはずのない言葉だから。
 名字が沓間だから「くつまむし」と単純なあだ名だったけど、託にとって屈辱的な呼び方だったに違いないのに。

「おすわり」
 と急に言われて、僕は反射的にひざまずいた。

 その体制で犬みたいにお手をすると、「よくできました」と言われた。
 僕は戸惑った。くすぐったい感じがした。
「託?」
 託は僕の疑問に反応せず、「舐めて」と足を差し出した。いつもの通りだったけど、どこかに違和感があった。
 足を口の中に入れながら舌を使ってペロペロした。いつも何のためにやるのかわからない屈辱的な行為だったけど、今日は何かが違った。
 嫌なはずなのに、何故か興奮してしまった。託のきれいな足をずっと舐めていたくなる。

「鈴也」
 ひたすら舐めていたら、託に見つめられて、とっさに怒られると思った。
「あ、う」
「いい子」
 つい託を見つめ返した。
 やっぱりおかしい。いつもと違う。
 今までこんなことで褒められたことなどなかった。

「もう帰っていいよ」
「え、あ。託?」
「何?」
 もしかしてもう用済みなんだろうか。
 最後に褒めて関係を終わらせようとしているんじゃないかと思い、気が気でなかった。

「褒めなくていいから側に置いてください」
 ついそんなことを言ってしまった。
「は?」
「見捨てないで」
 泣きそうになるのを必死でこらえた。
「馬鹿じゃないの」
「ごめんなさ」

 謝ろうとしたら、途中で唇を唇で塞がれた。
 え? キス?

「また呼ぶから。帰って」
 一瞬だったから、よくわからなくなる。僕の気のせい?
「はい」
 と返事をして託の部屋を後にした。

 セーフワードを初めて決められた。何であの単語にしたんだろう。
 自分で自分が不思議だった。
 わざわざ託の嫌がる言葉にする必要はないのに。
 自分の罪を忘れないためなのだろうか。絶対に口にするはずはないのだから。

 唇に唇が触れた気がするけど、気のせいだよな。
 胸にざわざわとしたものを感じながらも、頭から振り払って家路についた。
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