誰もいないのなら

海無鈴河

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3.波乱の二人

1.新学期は大嵐

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 もう一年かぁ。
 早いもので、私が代議部――レジスタンスのリーダーになって一年が経った。
 季節は春。新学期。校門をくぐり、生徒達が群がる掲示板の前へと向かう。
 私も無事進級し三年生になった。最後のクラス替え……穏やかに済めばいいけど。
 人をかき分けながら一組から順にクラスを見ていく。……あ、あった。二組。隣には一年のときからの友人の名前もある。
 早速友人にLIMEで知らせるとすぐに返事がきた。

『もう教室にいる。それよりあんた、ちゃんと最後まで名簿見た?』

 え? 最後に何かあるの?
 言われた通り上から下までじーっと視線を移し、私はその場でフリーズした。
 吉野蒼司。
 ……なぜコイツと一緒のクラスに!


 三年二組の教室は緊迫感に包まれていた。……すみません。原因は私です。正確には私とその隣に座る男が原因だ。

「先生何考えてんの!?」
「レジスタンスと生徒会長が隣同士とか……!」
「ほら、『や』と『よ』で名字が近いから……!」

 教室が静かなせいで、嫌でもそんな囁きが私の元まで聞こえてくる。私はうつむき、それに耐えるしかなかった。隣に座る吉野蒼司は表情一つ変えない。……ムカつくくらい普通だ!
 柏原第三高校生徒会長、吉野蒼司。頭脳明晰、容姿端麗、文武両道。おまけに名の知れたお家の出身。絵に描いたような完璧人間。そして、私の宿敵。
 私と彼の仲の悪さはこの学校で知らない人はいないってくらいに有名だった。
 さっきからお互いに挨拶も無しに黙り込んだまま。そんな私達の間にはある秘密があった。
 許嫁同士であること。そして、色々とあって恋人のフリをしているということ。さらに厄介な事に、学校でばれないようにするというオプション付だ。
 ピピピ。
 スマホが着信を知らせた。LIMEにメッセージが届いたみたいだ。アプリを開くと、差出人は……吉野蒼司。
 隣に居るのに! めんどくさい!

『今日の昼は、俺が先に教室を出る。時間差をつけて来てくれ』

 毎週水曜日は恋人活動の一環として、二人でお昼ご飯を食べることになっている。同時に教室を出ると怪しまれる、ってことね。

『わかった』

 返信をすると、隣の机で蒼司のスマホが光った。彼はちらりと画面を見るとそのまま鞄の中にスマホをしまう。
 やがて、教室のドアが開き、先生が入ってきた。思い思いの場所で談笑していた生徒たちが慌てて席に戻っていく。

「あー。担任の美作だ。一年よろしく」

 ……相変わらず適当だなぁ。美作先生。先生は出欠簿を手にしたまま、思い出したかのように言った。

「お。忘れるところだった。このクラスに転入生が来るぞ」
「そんな重要なこと忘れないでくださいよ!」
「うるせー。こっちも色々あるんだよ」

 すぐさま生徒の間から茶々が入り、教室内は一気に騒がしくなる。
 三年生になって転入生? 珍しいこともあるんだ。どんな人なんだろう。
 興味を持った私はドアの方へ視線を向ける。隣の蒼司もちらり、とドアの方に目を向けていた。
 先生に促されて入ってきたのは女の子だった。長くてふわふわした髪、ぱっちりと開いた目。小柄でどこか庇護欲を掻き立てられる、可愛らしい姿に思わずため息がもれた。

「越前萌黄です~。どうぞ、よろしくお願いします」

 にっこりとほほ笑んで、ぺこりとお辞儀をする。どこか浮世離れしたその雰囲気に、何人かの生徒が顔を赤くした。よく見ると男子だけでなく女子も混じっている。
 そう。とにかく……可愛い。女の私から見てもそう思う。まるでお人形だ。
 まあ、私の隣の鬼の生徒会長は顔色一つ変えませんけどね。

「越前の席は……あの殺伐としている二人の後ろなー」

 美作先生の声で教室の視線が私と蒼司の方を向く。私はその視線を受け、後ろを振り返った。空席がひとつある。他には誰も居ない。
 ……殺伐としてる、って私達のことか。転入生に余計なことを。

「はい」

 と鈴の鳴るような声で返事をした越前さんは、ゆったりとした足取りで蒼司の横を通り過ぎ……。
 ……なかった。どういうわけか蒼司の真横で彼女の足が止まる。人の気配を感じた蒼司が、不思議そうに彼女を見た。越前さんはというと、大きな目をさらに見開いて蒼司を凝視している。

「どうかしたのか?」

 教室内に戸惑ったような空気が流れる。蒼司が口を開いた。

「……お名前は? 貴方のお名前は?」
「吉野蒼司だが……」


 いきなり何なんだ、と声が聞こえてきそうだ。戸惑った様子の蒼司が名乗った。
 すると、越前さんは突然、蒼司の手を勢いよく取り、ぎゅっと握り締めた。一部始終を見守っていた生徒達がざわついた。私は横で固まった。

「私……運命の人に出会ってしまいました」
「は?」

 蒼司が意味が分からん、といった感じで視線だけ私の方へ向けてくる。私に聞くな!
 越前さんはというとそんな私達の様子をまったく気にも留めず、うっとりとした表情で言葉を続けた。夢を見ているかのようなこの顔はまるで……。

「私、貴方のことが好きです。一目で恋に落ちてしまいました」

 ……。
 えぇぇぇぇぇぇ!?


 昼休み。お弁当を並べ、階段でしばらく待っていると蒼司がやってきた。走ってきたのか、息が切れている。

「すまない、待たせた」
「越前さんは?」
「適当に……あしらってきた」

 越前さんは休み時間ごとに、蒼司にべったりくっついて離れない。その様子はクラスメイトがドン引きするほど。逆にどうやって逃げてきたんだろう……。
 気になるけど、とりあえずお昼御飯だ。私はいつものようにお弁当をひとつ蒼司に渡して、隣に座った。手を合わせ、いただきます。
 黙々とご飯を食べながら、蒼司の顔を見てみるとちょっと疲れているように見えた。

「……お疲れ」

 卵焼きをひとつ、蒼司の弁当箱にのっける。せめてものねぎらいのつもりだ。蒼司はそれを箸でつまみながら珍しく深いため息をついた。

「越前さんは……何を考えているのか分からない」
「何をって……あんたが大好きなんでしょうよ」

 見たままを伝えると、蒼司はますます釈然としないといった表情を浮かべる。

「それが分からない。俺と彼女は初対面だ」
「一目ぼれという言葉があるでしょ……」

 まあ、蒼司にそういった方面の知識を期待するのは無理な話だった。そんなちょっと惜しいところが変わってなくて少し安心する。

「……越前さん可愛いもんねぇ。意外と並べてみたらお似合いじゃない? 美男美女で」

 頭の中で蒼司と越前さんを隣に並べて……うん。しっくりきた。

「君は……まったく」

 本心から言ったのになぜか呆れられてしまった。

「また自分を低く見ているんじゃないだろうな? もうバレンタインの事を忘れたか」
「え、いや……その」

 別にそういうつもりで言ったわけじゃない。そう伝えようとする前に、蒼司のまっすぐな瞳が私をとらえた。

「今、俺の隣に居るのは朱莉だ。越前さんではない。そして俺はそれを不快に思わない」
「ちょ、名前……ここ学校」
「誰も居ない」

 確かにそうだけども!
 視線に縫いとめられたように、私は動けない。こんなにまっすぐな視線を受けて、とても動くことはできない。私にそんな耐性ない!

「分かるな、朱莉?」
「……は、はい」

 生徒会長の時とは違う、びっくりするくらいに優しい声なのに、私は逆らおうと思えなかった。素直にうなずく。
 キーンコーン。
 チャイムが鳴った。蒼司が立ちあがり、先に戻ると言って階段を下りていく。
 ……。

「心臓に悪い!」

 この一言に尽きる。その場に残された私は床に手をつき、しばらく固まって動けなかった。


 越前さんがやってきて数日。ようやく噂もおさまった。越前さんはというと、相変わらず蒼司にべったり。猛アタック中だ。
 そして私は、レジスタンスの仕事に追われていた。新入生の部活勧誘に関する意見書。それを仕上げるために教室でも内職をしているんだけど……。

「蒼司くん、なにやってるんですかぁ?」
「数学の予習」
「あっ。私、ここ分からないんですぅ。教えてくれませんか?」
「……ここの計算、間違っているな」
「あぁ、できましたぁ! さすが蒼司くんです!」

 隣が、うるさい。越前さんも毎回毎回、よくネタが尽きないものだ。……蒼司も疲れてたくせに律儀に答えてあげちゃって。あの天然タラシめ。
 まあ、蒼司が誰と話してようが関係ないんだけど!
 集中、集中。私は再び書類に目を落とす。

「これ、見てください! うちで飼ってるモカちゃんです!」
「プードルか。あまり見ない色だな」
「はい! コーヒーの色なのでモカなんです」

 ……うるさい。っていうか、近くない?
 越前さんは後ろから肩越しに蒼司に話しかけている。自然と顔が近くなる体勢だ。普通に話せばいいじゃない! 蒼司も離れなよ……。あ。あいつ、女子と関わりが薄いから距離感が測れてないんじゃ……。いやまあ、そんなこと関係ないんだけど!
 集中できない。イライラがたまりにたまった私は、余計な事を言ってしまった。

「……生徒会長様は余裕みたいですね」

 蒼司の視線が私を射抜いた。
 しまった。余計な事を。気付いた時にはもう遅い。蒼司が口を開く。心なしか目が据わっている。スイッチ入れちゃった……。

「代議部のリーダーは仕事熱心だな。それに免じて、時間外だが意見書に目を通そう」
「あっ、まだ書きかけ……!」

 隣から腕が伸びてきて、書きかけの書類を奪われる。むかつく……!
 蒼司は書類に目を通し……すぐにそれを私に返した。

「ここ、誤字」

 ご丁寧に赤ペンチェックが入っている。

「ご親切にどうも!」
「それと、もう一度練りなおした方がいいと思う。今のままだと論破できる自信がある」

 ……ほう? 自信があると。

「そういうこといちいち口に出さなくていい!」
「時間短縮した方がお互いのためだろう」
「ものすっごいイラつく!」
「……学年が上がっても落ち着かないな、君は」
「誰のせいよ! 誰の!」
「そういえば、一時期だけしおらしくなった時もあったが……あれはもう無しか?」
「どうして余計なことばかり覚えてるかなぁ!?」

 私と蒼司のやり取り(喧嘩)をクラスのみんなはどん引きして見ていた。前からのクラスメイトはやれやれ、といった感じで我関せずといった雰囲気。うるさくしてすみません。
 そしてそれを間近で見ていた越前さんはというと。可愛らしく小首を傾げた後、空気も読まずこんな発言をかました。

「お二人はぁ、仲良しなんですね~」
「はい!?」

 ピシッ。教室の空気が凍った音がした。どうしてそうなった。クラス中の心が一つになった瞬間だった。

「ほらぁ。喧嘩するほど仲が良いっていいますし~」

 いや、それはない。絶対。首を振って否定するも越前さんには全く届かない。マイペース怖い!
 越前さんは私の方に、にこっと笑顔を向けると言った。

「私、大和さんをライバルに認定します~」

 ライバル?

「ってなんの?」
「もちろん、恋のライバルです! 私、大和さんよりもずーっと蒼司くんと仲良くなります~!」

 ……は?
 一瞬の沈黙ののち。

「はぁぁぁぁ!?」

 教室中に私の悲鳴が響き渡った。……この誤解、どうやって解こうか。波乱の新学期が幕を開けてしまった。
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