誰もいないのなら

海無鈴河

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2.偽物以上本物未満

10.ゆく年くる年

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 12月31日。今年も終わりが近づいてきた。

「朱莉。窓ふきお願いね」
「はーい」

 大和家は毎年恒例の大掃除の最中だ。おばあちゃんと一緒にリビングの窓ふきをやる。

「お母さん、朱莉。そろそろお茶にしましょう」

 しばらくしていると、私のお母さん(つまりおばあちゃんの娘)が湯呑とおまんじゅうを持ってやってきた。へとへとだった私は喜んでそれをいただく。おまんじゅうを口いっぱいに頬張ったとき。
 ピピピ。

「朱莉、ケータイ鳴ってるわよ」
「あ、メッセージだ。誰からだろ?」

 おまんじゅうを飲み込み、お茶をすすりながらケータイを操作する。差出人は、吉野蒼司。実はクリスマス以来まともに連絡を取っていない。久しぶりに名前を見た。
 なんの用事だろうか。
 メッセージを開いてみると、いつものように簡潔にひとこと。

『餅が余ってるんだが、もらってくれないか』

 ……なぜお餅。

「ねえ、お母さん。お餅ってまだ買ってないよね」
「あー。そういえばそうねぇ。でも、どうして?」
「知り合い……いや、友達が分けてくれるって」
「本当!? それは助かるわぁ」

 よし。大丈夫そうだ。蒼司にもらうと返事をしていると、視線を感じた。おそるおそる見てみると、おばあちゃんだった。

「そういえば毎年吉野のお家では新年用のお餅をついているわよね」

 どうして今の会話だけでそこに行きつくのか。相変わらず勘が鋭いっていうか、さすがというか……。私はおばあちゃんを適当にあしらい、早々に自室に引っ込んだ。


 話し合いの結果、蒼司と会うのは夜になった。なんでも吉野家の行事で昼間は忙しいらしい。ついでに二年参りも済ませようか、という話にもなった。

『君の家に迎えに行く。待っていてくれ』

 夕方頃、そう連絡が来た。ちらりとキッチンの方を見やる。おばあちゃんとお母さんが並んでおせちを作っている。
 そしてリビングに視線を移す。こたつではお父さんがテレビを見ている。
 うーん……。できれば、お父さんとお母さんには蒼司のことバレたくないなぁ。

『いいよ。直接神社行くから』

 すぐに返事がきた。

『大人しく待っていてくれ。遅い時間だろう』

 ……あ。一応気遣ってくれたんだ。ちょっと心があったかくなって、顔がにやけた。

「朱莉? 何か面白いものでもあったの?」

 はっ。
 キッチンから出てきたお母さんが不思議そうにこちらを見ている。

「な、なんでもない……。あと、今晩二年参り行ってくるから」
「独りで?」
「……友達と。ついでにお餅もらってくる」
「あぁ。その子と。気をつけて行ってくるのよ。女の子だけなんだから」
「……」

 お母さん、完全に女子友達と一緒に行くと思ってるよこれ。ますます事実を言い出すのは気まずい。私は笑って誤魔化した。


 ゴーン。
 除夜の鐘が鳴り始めたころ、私はこたつから抜け出した。そろそろ来るかな。そう思って、身支度を整えて外に出る。

「寒……」

 雪こそ降っていないものの、夜の寒さは身にしみる。開きっぱなしだったコートのボタンをとめていると、蒼司がやってきた。

「すまない、待たせたな。……とりあえずこれを」
「……またいっぱい持ってきたね」

 紙袋を渡されて中をのぞいてみると、お餅が山ほど入っていた。

「配布用なんだが、今年は作りすぎてしまってな。……麻里さんが張り切りすぎた」
「あぁ……」

 なんだか想像がつく。

「っていうか、ほかにあげる人いなかったの?」
「……」

 返事がない。図星だったのか。
 ……申し訳ないことをした。

「……ちょっと待ってて、家に置いてくるから」

 家に入ろうとくるっとドアの方を振り返った瞬間。

「朱莉。寒いからマフラー持って……あら」

 私のマフラーを持ってきたお母さんと目が合った。
 なんてタイミング!
 お母さんは蒼司を見て、驚いたように固まった。蒼司は少し頭を下げる。

「お友達って……男の子だったの!? やだ、イケメンじゃない!」

 きゃあきゃあと騒ぎ始めるお母さん。目がキラキラ輝いている。さすがあのおばあちゃんの娘。ツボが一緒だ。

「はい、これお餅! マフラーありがと、行って来ます!!」

 紙袋を押し付け、マフラーを奪い取り、私は蒼司の手を引き急いで我が家から離れた。

「どうしてそんなに急いでいる。年明けまでまだ余裕はあるぞ」
「走りたい気分だったの!」

 森林公園のあたりまで走って、ようやく私たちは足を止めた。思いがけず体は温まった。

「あれは、君のお母さんか」
「……そうです」

 お母さんの発言を思い出して、いたたまれない気持ちになる。
 蒼司は少し迷ったあと、ぽつりとつぶやいた。

「なんというか……似ているな。その……」
「みなまで言うな。言いたいことは分かる」

 身内以外にもばればれだった。ますますいたたまれない。私は強引に話題を変えることにした。

「吉野家はどうなの。蒼司って誰似?」
「外見は……母親似だと思う。性格はどちらでもないと良く言われるな」

 蒼司の容姿はお母さん譲りだったのか。女の人だったらたぶん、クールビューティーって感じなんだろうなぁ。

「お母さん、麻里さんみたいな性格なの?」
「違う。麻里さんは父の妹だ」

 あ、そうだったんだ。

「俺の母とも父とも、あの人は正反対だな。二人とも笑ったところを見たことが無い」
「……そうなんだ」

 あっさりと蒼司は言う。こうして蒼司の口から両親の話をきちんと聞いたのは始めてだった。
 いつも誰かが一緒にいてくれた私とは、正反対の日常。……寂しい、のかなぁ。

 ゴーン。
 除夜の鐘は何回くらいなったんだろう。
 時計を見ると23時30分。神社の境内には大勢の人がいた。
 私と蒼司がやって来たのは吉野家の近くにある小さな神社。……っていうかこんなところに神社があったなんて知らなかった。

「なんでここの神社にしたの?」
「吉野家が懇意にしている神社だ。……つまり、挨拶回りもついでにしてしまおうと」
「あぁ……」

 遊園地といいクリスマスのときといい、名家も大変だな。すまない、と律儀に謝る蒼司に大丈夫といいながら境内の中を進んでいく。
 手水舎で身を清め、参拝者の列の一番後ろに並ぶ。ゆっくりと進んでいく人の流れに身をまかせながら他愛ない会話をする。

「今日は何してたの?」
「蔵の掃除をしていたな。あと配布用の餅つき。明日からはまた年初めの挨拶回りや行事が始まる」

 新年早々大変だ……。でも。

「しっかり考えてるんだなぁ……」
「突然どうした。具合でも悪いのか」

 失礼な。

「違うって。素直に思っただけ。……蒼司は家のことしっかりやってるんだなって。ときどき同い年だってこと忘れそう」
「確かに君は幼い部分があるな」
「うるさい」

 自分でも分かってます。

 お参りを済ませて、挨拶に行くという蒼司について社務所に向かう。途中、売店でお使いの熊手を買うのも忘れない。社務所の中では氏子の人たちが宴会を開いていた。

「お、吉野の坊っちゃん。お使いか?」

 おじさんが入り口に立っていた私達に気がついて近づいてくる。

「そんなところです。今年も大変お世話になりました。今後ともよろしくお願いいたします」

 蒼司は手に持っていた紙袋から一升瓶を取りだし、おじさんに手渡した。さっきから持っていたのはそれだったのか。

「さすがご当主はいい酒持たせるねぇ。どうだ、坊っちゃんも一杯」
「いや、俺は未成年なので。お気持ちだけで」

 私は驚いていた。
 蒼司の愛想がいい……だと。
 営業用なのかもしれないけど、こんなによく喋る蒼司は見たことが無い。楽しそうに談笑を続ける彼を見ながら、私はぼやっとしていた。
 そこに、エプロンをつけたおばさんが近寄ってくる。

「あれ、あんた……もしかして蒼司君の彼女さん!?」
「はっ!? いや、私は」

 遊園地に引き続きこのパターンか!
 テンションの高いおばさんにつられ、さっきのおじさんものっかってくる。

「可愛い彼女じゃねぇか! やるな、坊っちゃん!」
「いや、違います。彼女は……学校の友人です」

 あくまでも蒼司は冷静だ。

「あれま。そうなの」
「それはすまんなぁ」

 思ったよりもあっさり引き下がってくれて助かった……。

「お友達も一緒に見ていけばいいわよ」
「あぁ……もうすぐ神殿で儀式の時間ですか」

 時計をちらりと見て蒼司が言った。

「儀式って?」
「新年を迎えるにあたって神様にあいさつするための儀式だ」
「へぇ」

 ちょっと面白そうかも。


 私は神殿の前に蒼司と並んで、儀式の様子を見ていた。巫女さんがお供え物を祭壇に運び、神主さんが祝詞を唱える。
 かがり火に照らされて、現実とは離れた不思議な空間が広がっている。こんな風に儀式をきちんと見たのは初めてだったから、一緒にこれてよかったなと思った。
 神主さんの祝詞が終わり、一礼すると同時にあたりが騒がしくなった。

「0時。年が明けた」

 隣の蒼司が時計を私に見せた。針はまっすぐ上を指している。
 新しい年のはじまりだ。

 私と蒼司は向かい合い、どちらからともなくぺこりと一礼。

「今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「そういえば何をお願いしたの?」
「……そういうことは言わない方がいいだろう」
「……そうなんだけど、やっぱり気になるのが人情といいますか」
「君こそ、何を願った」
「私は……」

 来年も、蒼司と一緒に、乗り切れますように!
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