誰もいないのなら

海無鈴河

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1.はじまり

12.たまには職権乱用

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 臨海合宿から帰ってきて、私は毎日代議部に通っていた。

「リーダー。学園祭についての要望書できあがりましたか?」
「ちょっと待って……あとちょっと……」

 毎日仕事、仕事。夏休みなのにどうして学校ばかり来ているのか。

「生徒会室行ってきたっす!」

 ドアが開いて、大隅くんが入ってきた。

「大隅、どうだった」

 すかさず神戸くんが成果を尋ねる。大隅くんは椅子に座りながら言った。

「まあまあじゃねぇの?会長さんしっかり読んでくれてたし。相変わらず細かいミスは指摘されたけど……あ、メモしてきたっす」

 大隅くんはポケットから紙きれを取りだし、私に手渡した。変なところでマメだ。それに目を通し……。
 ぐっ……。

「リーダー?」

 突然机に突っ伏した私を見て、神戸くんが不思議そうな表情を浮かべる。大隅くんはおそらく会長の発言を一字一句違わず書き留めてきたのだろう。

『誤字が多い。提出する前に読みなおせ』

『三行目と五行目。理由が明確ではない』

 などなど。びっしりと書き連ねられている。文字を見るだけであいつの顔が浮かんでくる。
 ……私が直接行かなくて良かったかも。

「あ、俺今日は用事あるんでお先に失礼するっす!」

 時計を見て大隅くんが勢いよく立ちあがった。

「用事?」
「夏祭りっす」
「あぁ……そういえば今日だったな」

 荷物を掴んで、大隅くんは勢いよく会議室を飛び出していった。

「……あれ、神戸くんは一緒に行かないの?」
「あいつ、今日は彼女と一緒ですよ」
「へー。……え?」

 大隅くん……彼女居たの!?

「え、誰?誰?」
「幼馴染らしいです」
「何その漫画みたいな展開」

 ……ちょっと意外だった。神戸くんは他の友達と一緒に行くらしい。

「リーダーは行くんですか?」
「うーん……私は行かないかも」

 いつもの友人は今、部活の大会で遠征していて不在。一人で行くのもあれだし……。

「もう少し仕事してく」
「そうですか……あまり無理はしないでくださいね」

 いつものことながら優しい後輩だ。神戸くんは私が仕事しやすいように書類を整理したあと、帰って行った。
 ひとりになって、ふと蒼司の顔が浮かんだ。お祭りっていうのはきっと定番の恋人イベントなんだろうけど……。きっとうちの学校の生徒も沢山会場にいるはず。
 一緒に行くのはちょっとリスク高いよね。ひとりでそう結論付けて、私は意識を切り替えた。
 ……よし!今日中に仕事、あらかた終わらせよう!!


 ピピピピ。ケータイの着信音ではたと気付くと、あたりはすっかり暗くなっていた。珍しく集中していたらしい。
 画面を見るとLIMEの通知が来ている。差出人は……蒼司だ。

『今どこにいる』

 唐突だ。

『代議部の会議室で仕事してた』

 そう返すとまたすぐに着信音が鳴る。

『これから時間があれば、生徒会室に来てくれないか』

 ……なんだろう。書類の件かなぁ。一抹の不安を感じながらも「これから行く」と返事をしておいた。
 さて……。早く終わらせて早く帰るんだ……。


 コンコン。ドアをノックすると、どうぞと中から声がした。蒼司の声だ。

「失礼しまーす」

 いつかのようにそろそろとドアを開けると、蒼司がパソコンに向かっていた。他に人はいない。

「急に呼び出してすまない」
「学校にいたからいいけど」

 蒼司がこっちに来いと手招きする。

「何か用?」
「いや、特に用事があったわけではないが」

 じゃあどうして呼んだんだろう。不思議に思っていると、蒼司が私の方を見た。

「朱莉」

 ……え?

「な、なんで名前……。ここ学校だよ」

 久しぶりに名前で呼ばれて、焦りと恥ずかしさがつのる。

「今日は祭りだろう。……ここには誰もいないし、もう誰も来ない」
「それはそうかもしれないけど……ってお祭りと何の関係が」

 どうして急にそんなことを言い出したのか。意図が全く読めずに混乱している私に気づいているのかいないのか。
 蒼司は生徒会室の窓を開けた。まだ暑い空気が部屋の中に入り込む。

「君と花火を見ようと思ってな」
「花火……お祭りの?」
「ああ。お祭りに行くのはさすがに難しいだろうから、その代わりに」

 同じことを考えてたんだ。そう分かると、嬉しいような気がする。

「この部屋からは花火が良く見える」
「……職権乱用じゃないの?生徒会長様」
「……たまにはいいだろう」

 ちょっとバツが悪そうにつぶやいた言葉に、らしくない。と私は笑った。

「か……蒼司。おばあ様とは最近どう?」
「お互いに忙しくてあまり顔を合わせていない。だが、今日のことは良いように報告ができそうだ。そちらは?」
「毎日色々聞かれてるから適当にかわしてる。ネタ切れ気味だから助かったわ」

 花火を見ながらする話題でもないな。と思ったけど、ほかに何を話したらいいのだろうか。
 仕事の話? ……すぐに喧嘩になっちゃうから。
 趣味? ……本くらいしか共通点ないし。
 すぐに私たちは沈黙してしまう。何か話していたい。そう思っているのに、歯がゆい。
 すると、音がして窓の外に光が見えた。花火が始まったんだ。
 大きな打ち上げ花火。生徒会室でそれを二人で見ている。

「……去年の今頃はまさかこんなことになるなんて思ってもいなかった」
「私も。人生何があるか分からないわ」
「……ふっ」

 私がそうつぶやくと蒼司が肩を震わせて笑い始めた。ツボにはまる要素ありました?

「全く、そのとおりだな」

 花火を見ながら私たちは笑いあった。
 生徒会長とレジスタンスじゃなくて、ただの恋人同士みたいに。
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