誰もいないのなら

海無鈴河

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1.はじまり

3.二つのお弁当

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 ある日の朝、会長から連絡が来た。

『昼休み、一緒に昼食をとらないか』

 ……思わず二度見した。

「リーダー、書類出してきましたよ……ってお取り込み中ですか」
「あ、別に大丈夫だから。……会長はなんて?」

 神戸くんにはこの間の同好会活動停止の件の意見書を生徒会室に持っていってもらっていた。

「特に何も。顔色ひとつ変えずに読んでましたね」

 ……駄目だ。良かったのか悪かったのかすら分からない。

「まあ、何かあったら言いにくるでしょう」
「そうだといいけど……」

 いっそのことLIMEで聞いてやろうかと思ったけど、長くなりそうだ。昼食の件だけ返事をしておこう。

『いいけど、どこで?人目があるとまずいでしょ』

 しばらくして返事。

『屋上の手前の階段でどうだ』

 階段……確かにあそこは人が寄り付かないから丁度いいかもしれない。

『分かった』

 返事を打ちながら、会長とご飯とか間が持つかなぁ……とか考えてしまった。
 だって、相手はあの会長だ。共通の話題はおばあちゃんと仕事のことのみ。会話がかみ合うはずがない。
 今から気が重い……。


 キーンコーン。チャイムが鳴った。どれだけ避けたくても、昼休みはやってくる。
 いざ……!
 私はお弁当箱を片手に教室を出た。気分は戦に出陣する戦国武将だ。クラスメイトが何事かと私を遠巻きに見ている。ごめん、騒がしくて。

「朱莉、今日も部室?」
「あー、うん。そんなとこ……」

 友達を誤魔化しつつ、そそくさと屋上のほうへ向かった。


 うちの学校の屋上は生徒の立ち入りが禁止されていて、普段は鍵がかかっている。そのため屋上へ向かうための階段には要らなくなった机やいす、ガラクタが乱雑に置かれていてさながら物置状態だ。人はめったに寄り付かない。

 私はガラクタを避けながら階段をのぼっていく。

「会長?」

 少し上ったところで声をかけてみると、踊り場においてある棚の陰から会長の声がした。

「こっちだ」
「何ここ、狭い」
「文句を言うな。人目につかない場所なんてここくらいしか無い」
「まあそうなんだけど……で、どうして急にご飯なんて」

 私はずっと不思議に思っていたことを聞いた。

「……何かしら動いておいたほうがいいと思ってな」

 おばあ様に何か言われたのだろうか。まあ私も毎日質問攻めにあっていて、そろそろネタがほしいと思っていた。

「代議部の仕事は無いのか?」

 鞄からお弁当を取り出していると、会長がそういった。

「……あんたの反応待ちですよ」

 朝出した意見書のリアクションが返ってこないから私は何も動けない状態です。

「意見書か……言いたいことが多すぎてすぐにはまとまらない」
「どういう意味だ、それ」

 呆れたようなため息をあからさまにつく会長。……長期戦になる予感がした。

「ここで言ってもいいが、昼食の時間がなくなる」
「……それもそうね」

 昼休みいっぱい使うってどんな……。あとのことを考えると恐ろしい。
 会長は、話は終わったと言ってかばんからビニール袋を取り出した。

「もしかして、それがお昼?」

 袋の中から出てきたのは10秒チャージでおなじみのアレだった。
 まさか、それだけ……?

「それがどうした?」

 会長は食事を始めた。さすがに10秒で完食するわけじゃなかったけど。

「お弁当忘れたの?」
「弁当なんて作る人がいない。俺は今一人暮らしだからな」

 そうだったんだ。てっきり吉野のお屋敷で暮らしてるのかと思ってた。
 ってことは。
 いやな予感がして私は恐る恐る尋ねた。

「まさか、毎日それ……」

 会長は平然とうなずいている。

 うそでしょ。夕食はどうかわからないけど、毎日これだけとか……成長期の男子としてどうなんだろうか。
 まるで母親のような心配の仕方をしてしまう。それくらいには会長がかわいそうに思えた。

「少し食べます……?」

 卵焼きをひとつ、爪楊枝に刺して会長のほうへ。

「いいのか」

 少し驚いたように会長が言った。うなずく。

「ではいただこう…………うまいな」

 ふわりと会長が笑った。見逃しそうなくらいの少しの変化だったけど、普段からは考えられないくらいやわらかい表情だ。
 ちょっと嬉しくなって、から揚げやポテトサラダもあげてみる。全部、おいしそうに食べた。
 おぉ……。これって普通の恋人っぽくないですか!?
 私は感動していた。会長と普通にご飯を食べられるなんて!
 テンションの上がっていた私は思わず口に出していた。

「今度も持ってこようか」

 会長の箸が止まって、驚いたように私を見た。
 あ、私……今何を!?

「……いいのか?」

 すごく、期待したような目で見ないでほしい……。嘘だとは言いづらくなってしまった。

「……うん。次に一緒に食べるのはいつ?」
「毎日、というわけにはさすがにいかないだろう。お互いに忙しいからな」

 それは同感。今日は仕事が無かったけど、いつもはもっと立て込んでる。それに、毎日クラスメイトや代議部を誤魔化し続けるのは正直厳しかった。

「毎週水曜日でどうだ?」

 特に異論も無かったのでうなずいた。……次の水曜日、お弁当持ってこなきゃ。



 そして次の水曜日の朝。私はお弁当を作っていた。
 何を隠そう、自分のお弁当は毎日自分で作っている。夕食の残り物とかも貰うんだけどね……。

「おはよう。朱莉」
「おばあちゃん。おはよう」

 散歩から帰ってきたおばあちゃんがキッチンに入ってきた。そしてお弁当箱を二つ並べている私を見て言った。

「あら、蒼司さんにあげるの?」
「なんで分かるの!?」

 まだ何も言ってないのに!おばあちゃんの勘のよさは時々恐ろしい。

「だって、お弁当箱大きいし……朱莉がお弁当あげるような男の人って蒼司さんくらいしかいないじゃない」

 なかなか酷いことを言われた。

 私にだってそういう人の一人や二人……居ないんですけどね。はぁ。

「二人とも本当に仲がいいのねぇ」

 おばあちゃんはニコニコと笑っている。いたたまれなくなった私は、急いでおかずを詰めるとキッチンから離れた。
 ごめん、おばあちゃん!全部嘘なんです!


 お弁当二つはさすがにかさばる。いつもより大きめの鞄を持って学校に行った。

「リーダー!おはようございます!」

 廊下を歩いていると後ろから元気の良い声が聞こえてきた。振り返ると、代議部の後輩――大隅くんだった。少し遅れて神戸くんがやってくる。

「おはよう。二人とも」
「今日はなんだか大荷物ですね」

 神戸くんがすかさず私の荷物を見て言った。相変わらず鋭い……。

「図書館の本を返そうと思って……」

 我ながら適当な誤魔化し方だ。

「へぇ。そうっすか」

 大隅くんはあっさりと納得したけど、神戸くんは不思議そうな表情だ。
 あぁ、また嘘を……許して。
 そんな風に廊下で話し込んでいると、また背後から声がかかった。今度は女の子の鋭い声。

「ちょっと、邪魔なんですけど」

 振り返ると長い髪をポニーテールにして、不機嫌そうにこちらを見ている女子生徒。上履きの色から1年生だろう。

「げっ。和泉」

 大隅くんはあからさまに嫌そうな顔をした。
 思い出した。この子、生徒会の子か。

「ごめんね、和泉さん。すぐどくよ」

 神戸くんがにっこり笑って和泉さんの方を向く。

「またよからぬことでも企んでいたんじゃないの?レジスタンスだものね」

 和泉さんもにっこり笑って神戸くんに向き合った。……笑顔が怖いよ、二人とも……。
 どうやら神戸くんは和泉さんが「あまり好き」じゃないようだ。
 さて、そろそろ止めるべきか……。
 対峙する二人に割って入るのはちょっと怖いけど。気合を入れて、声をかけようとしたそのとき。

「和泉さん。その辺で」

 割り込むように声がした。会長だ。廊下の向こう側からこちらに近づいてくる。

「す、すみません。会長……」

 突然の会長登場に驚いた和泉さんは恥ずかしそうに引き下がる。私も神戸くんの腕をひく。戻ってこーい。

「……行きましょう。リーダー」

 神戸くんはそう言って、大隅くんと歩いていってしまった。

「……失礼します」

 申し訳程度の会釈を残し、私も逃げるように二人を追いかけた。


 さっきの態度はあんまりだっただろうか。授業中にふとそんなことを思った。
 せめて挨拶とかするべきだったのだろうか。……でも、いつも挨拶なんてしてなかったし。急にしたら怪しいでしょ。

「どうすればいいんだ……」
「それは先生が聞きたいぞ。大和。お前、少しくらいまじめに授業聞いてくれよ……」

 つぶやきが口から出ていたらしい。先生の板書が止まって呆れたような声が届く。
 ……すみません。



 昼休み。最終的に「現状維持、大事」という結論に落ち着いた私は鞄を持って屋上のほうへ向かった。前と同じ、大きめの棚の陰に会長がいた。

「……意見書に対する返答、まとまったから放課後生徒会室に」

 挨拶もなしにこれだ。

「長い?」
「ものすごく」

 気になっていたことを聞くと予想通りの返答。うわぁ。行きたくない。

「嫌そうな顔しているな……まあ仕事の話はこれくらいにしよう」

 あ、そんなに顔に出てましたか。

「そうだ。とりあえずこれ」

 鞄からお弁当箱をひとつ取り出し会長に渡した。会長はというと、じっと包みを見つめぼそりとつぶやく。

「……本当に持ってきてくれたのか」
「当たり前でしょ。うそはつかないよ」
「そうだな。……では、いただこう」

 会長はきちんと手を合わせ、箸をとる。私はその動きをじっとみていた。……さすがにどんな反応されるかくらいは気になる。
 改めて見ていると会長は動作のひとつひとつが綺麗だ。洗練されているっていうか、カフェのときもそうだったけど落ち着いている。吉野家の英才教育の賜物……?

「おいしいな」

 会長が言った。
 ……良かった。実を言うと少し心配していた。
 安心した私は、自分の分のお弁当を取り出し食べ始める。
 しばらく無言でお弁当を食べた。

「……もしかして、これは君が作ったのか?」

 半分くらい食べ進めたところで、そう聞かれた。

「……まあ、一応」

 素直にうん、というのも気恥ずかしい。濁すような言い方になってしまった。

「そうか」

 再び会長は食べ始める。……あっさりした反応だ。
 会長にほめてほしい! なんて1ミリも思っていないけど、あまりにも淡白すぎて心配にはなる。女の子にモテないぞ。

「……全部声に出てるからな。モテなくて結構」
「嘘ぉ!?」

 変なこと考えるんじゃなかった。反省した私は黙々と食べることにした。


「ごちそうさまでした」

 きちんと手を合わせて挨拶するあたり、まじめだと思う。

「お粗末さまでした……」
「君は料理が得意なんだな」

 会長がお弁当箱を私に手渡しながらそう言った。

「得意、ではないけど……慣れてはいる」

 おばあちゃんと一緒に小さいころからキッチンに立っていたから。ほめられたみたいで少し照れくさい。

「……次も、楽しみにしている」
「え……」

 その言葉は小さくてあまりはっきりと聞き取れたわけじゃないけれど。達成感とか満足感とか照れくささとか、いろんな思いがあふれてきて。

「次も頑張ろうかな」。

 そう思えた。


「それでは、放課後。忘れずに生徒会室に来るように」
「……分かってまーす」

 空気とか流れとかぶち壊しだよ!!
 放課後のことを思うと、自然と口からため息がこぼれた。
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