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第六章 聖宮に忍ぶ闇夜の黒い影

6-2 黒きものたち

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 シルヴァは上機嫌で馬車に揺られていた。
 抜き打ち査察と称して王立魔法大学を訪ねた王女は、案内に立った学長と教授達を引き連れて学内をまわり、大学図書館の備品にお目当ての物を発見した。
 この黒い石版は司書のクスターという魔導細工を趣味とする者が自作した魔導具で、使用すると指で書いたキーワードを範囲内で検知するという物。
 シルヴァは後日研究資金の供与を約束し、これを接収、そのまま足を伸ばして、リューリに届けてやった。

 人に頼られるのは嫌いではない。
 日常、周りにいるのは年長者が多く、しかも身分や立場の縛りもあり、あまりその機会はないが、元来その気質はある。
 手助けし、感謝されると、多少くすぐったくも心地よい。
 先程のリューリの態度も良かった。「これでマスターの事を調べられる、ありがとう。大好き」と抱きついてきた。
 確かにエミリアの書斎の蔵書量を目の当たりにしてみると、魔法の助けなしでは途方に暮れるのもわかる。
 感謝の気持ちに比例してるわけではないだろうが、あの抱擁は友人に対しては少し熱烈すぎる気もするが。
 まぁ不慣れな感じが初々しく可愛らしくて良い。

 大人ぶった感想を持つシルヴァだが、自身友人には恵まれていないので、経験値は大差ない。
 以前共に冒険したと言ってもその期間は短く、またシルヴァのみ修行後からの参加であったこともあってアレク以外との付き合いは意外に浅い。
 お互いの力量を確認するための、いわば魔王城遠征の予行演習程度だったとも言える。
 エミリアの事がなければ違ったのかも知れないが、あれで自然と疎遠となってしまった。
 仲間ではあるけど、友と呼ぶにはやや遠い、そんな距離感を感じていたが、ここ数日でぐっと親近感を増した気がして嬉しい。

 そういえば幼少の頃、友人が欲しいと泣いて養父を困らせたことがあったの。ふとそんな事を思い出し、懐かしさを感じる。
 久々に顔でも出すとするか。友人ができた記念に話でもしてこようぞ。思い立ったシルヴァは同乗している侍女頭に行き先の変更を告げた。
「聖庁に向ってたも。今宵はそちらで神官長と歓談致す」
 充実感を感じて目を瞑ったシルヴァは、侍女頭が御者に行き先変更を告げるのを、既に気にもしていなかった。


 書斎にて王女の来庁を知らされた神官長は、自室を出て聖宮前で王室馬車を出迎えた。
 そして自ら、応接室まで案内した。
 もっともこれは本人たちにとっては対外的なパフォーマンスに過ぎない。
 応接室に入り、他者の目が無くなると、シルヴァは早速イェレミアスに抱きついて、久しぶりの再会の喜びを元義父に伝えた。
 神官長も余人の手を介さず、手づから茶を入れてやるなどして歓迎し、和やかな雰囲気で時は過ぎていった。
 そんな空気の中で、シルヴァは最近あった嬉しいことを話し出す。

「おとーさまは覚えておるかの? 妾がまだ小さい時に『友達が欲しい』と言ったことを」
「覚えているとも、シルヴァ。あの時お前が中々泣き止まないで大変だったんだよぉ」
「うー、そういう話は無しなのじゃ」
 話の持って行き方を間違えたと、少々強引に転換する。
「実はのぅ。最近妾には仲の良い友達ができたのじゃ」
「ほうほう、勇者殿かなぁ? あぁ、勇者殿は友達じゃなくて未来の旦那様だったかなぁ?」
「おとーさま、混ぜっ返すのは無しなのじゃ」
 顔を真赤にして抗議するシルヴァ。
「まぁ、お師匠とも最近は良い感じじゃがの。おとーさまには内緒じゃ」
 これで優位に立てると得意顔の少女。
「そうか、そうかぁ。それで一体誰とお友達になれたのかなぁ?」
 神官長がアレクの話題に興味を示さなかったのが少し不満なシルヴァだったが、気を取り直して当初の話題を掘り進めた。
「リューリじゃ。おとーさまも知っておろう? 一緒に冒険した仲間じゃ」
「もちろん知っているよぉ。英雄の一人だねぇ」
「そうそう、そのリューリじゃ。最近仲がいいのじゃ。この前はの……」

 シルヴァが楽しそうに語るのを、慈父の眼差しを向けて聞くイェレミアス。
 アレクが見たら意外さに驚きそうな面持ちだが、その眼差しが時折鋭く、冷たい光を放つ。
 話に夢中のシルヴァは全く気づかないが、もしこの場に他に傾聴する者が居たとしたら、神官長の興味の偏りぶりに気づいただろう。
 イェレミアスは、リューリがエミリアの事を調べている事に関心を示し、それから髪の長さをさり気なく話題にした。 
 そして、それが女性にしては短めである事を確認すると、やや不自然な感じで話の腰を折り、シルヴァに対して今夜聖宮に泊まっていく事を勧めた。
 まだ話足りない、久しぶりに来てくれて嬉しい、そう並べられると悪い気はしない。
「んー、では、そうするかのぅ」
 シルヴァはそう言って承諾し、王宮への知らせを頼むのだった。


 リューリは三度、聖宮の鐘楼に侵入した。
 シルヴァの素早い対応のおかげで月齢は未だ浅いままで、三日月は夜早いうちに西の空から沈んだ。
 快晴の夜空の星明かりは余計だが、気にするほど明るいわけではない。
 既に馴染みの進入路から手慣れた感じで進み、難なく資料室へ辿り着き、室内に入る。
 無人なのを確認すると早速石版を取り出し、指先に集中し「エミリア」と書いてみた。
 全く反応のない室内に、「ここは外れか……」と呟き、他の部屋を当たろうと考えたが、ふと思いついて「復活儀式」と書く。
 すると書架の数冊と数巻が反応し、ほのかに光った。
 その一つを手に取り確認すると、日付、復活対象者の名前、主施術者に儀式参加者名、そして寄進金額と成否結果、詳細に記されている。
 長年の歴史を見ても、復活儀式の事例というのはそこまで多くなく、リューリは比較的短時間で確認を済ませられた。
 しかしそのどこにもエミリアの名前はない。該当する日付の別人の記録もない。

 訝しんだリューリは、もう一つ思いつきを試す。
 「カトリ」と石版に書いてみたが、やはり反応は無かった。
 もしかして最高級復活儀式の失敗は、教会の名誉のために記録を抹消して隠匿するのだろうか?
 リューリが最初に思い至った可能性はそれだった。
 しかし留意して見返してみて、数ある記録の中に一つだけ最高級失敗例が記載されていたのを見つけ考えを改める。
 記録される失敗と記録されない失敗の差は何なのだろう?
 考えても解けない疑問に少し苛立ち、リューリは髪をかき上げた。
 何はともあれ、教会が何かを隠そうとしているのは明らかになったと考えて良いだろう。
 そう結論づけ、この資料室でできる事はもうないと見切り、新たな発見を求めて次なる目標、三階の神官長室に向った。


 神官長室に近づくにつれ通路の照明は明るさを増した。
 当然のように警備も厳重さを増すとリューリは予測していたがそれほどではなく、ごく少数の立番以外は巡回もなく、緊張感に欠けると言っていい状態だ。
 若干不自然さは感じたが、これが日常なのかも知れない。
 教会の権威は大きく、そして敬虔な信徒の多いこの街だ。
 聖宮に対して不埒な行為を成すものも少ないだろうし、されるとも考えが及ばないのかも知れない。
 不信ありとまでは言い切れないだろうと考え、不埒な黒衣の侵入者は警戒を続けながらも探索継続を選択する。

 影から影へ。
 音もなく、走り、跳ぶ。
 時には壁を蹴り上がり、飛梁に身を潜めて。
 ついに辿り着いた神官長室には立番もなく、魔法の警戒もない。
 ただ立派な扉があるだけだ。
 耳を当て、気配を伺い、慎重にノブに手を添える。
 僅かに力を込めると鍵すら掛かっておらず、扉は音もなく開いた。
 リューリはさすがに警戒し、真っ暗な室内を扉の隙間から覗き見る。
 だがそこに待ち構えてるものもない。
 ためらいつつも意を決し、室内に身を滑らせた。
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