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第四章 望郷が招く勇者の新異名

4-4 新たなる決心

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 部屋を出たアレクは案内も待たず、頭の中で神官長を殴り飛ばしながら聖宮から退出し、罵倒表現の豊富さを誇示しながら聖庁の正門を抜けると、大聖堂へと戻った。
 本来の目的、カトリの遺体引き取りのために。

 またも迎えに出てきた大神官は、揉み手する勢いでアレクに一つ提案をしてきた。
 教会で責任を持って葬儀から埋葬までを行っても良い、なんなら故郷のエクサまで葬送し現地で埋葬も、と。
 専門家による確かな葬儀、葬送時高級馬車使用、魔法を使った防腐対策で長距離移動に対応、安心のアンデッド化対策アフターサービス、等々。
 怒涛のセールストークから一通りの説明を受け、アレクは教会に任せることにした。
 これ以上、胡散臭い生臭坊主の相手をするのが嫌だったというのと、カトリを呼んだ事から感じる負い目が帰郷をためらわせたからだ。
 いずれ墓参や遺族への謝罪が必要になるだろうが、できるなら後回しにしたいという逃げの心。
 金と他人の手で済ますことが不実に思えて、もう幾度目かもわからないが、アレクは心の中でカトリに詫びた。


 塔の五階でうなだれる薄幸の疾風剣聖、勇者アレクを見つけるやいなや、リューリは厳しい言葉をかけた。
「おい、薄くて速いポンコツ。だから普段からキレイにしておけと言っただろう? そんなだから普段のお前の魅力は十分の一なんだぞ」
 街で話題の勇者は、エミリアの一周忌の時と同じように、窓枠に腰掛け煙草を吹かしていた。
「笑えねーぞ、帰れ。ていうか掃除は関係ねー、全く意味わかんねーわ」
 顔も向けずに虫でも追うように右手を振る。
「床に散らばる金貨をかき集めたのだろう? 掃除のようなものだ」
「そういう事じゃねーよ……」
 自らの言葉に頷く黒い頭を見て呟く。

「あのな、さすがの俺も、俺が呼んだばかりにカトリを遭難させてしまって、色々と思う所あるわけだ」
「それは理解できる」
「なら少しは気を使ってくれ」
「努力しよう」
 そう言ったきり黙ってその場に立ち尽くすリューリをちらと見て、アレクは苛立ったように頭を掻いた。
「いいか、リューリ。この場合の『少し気を使え』っていうのは、暫く一人にしてくれ、って意味なんだ」
「そうなのか」
「そうなんだよっ! 俺にだって厳しい言葉を聞きたくない時ぐらいある」
「そうなのか……すまない。私は上手くできないな。マスターみたいに笑わすことも、まだできてないし……」
 その言葉に、リューリなりに気を使ってくれていたのかと思い至り、心なしか肩を落とし去る姿に、言い過ぎてしまった事を後悔した。
 その思いから見送っていた背中が立ち止まる。

「これだけは聞いておかないとな……」
 呟きを怪訝に思っていると、振り返り澄んだ眼差しを向けてくる。
「ポン……、あー、アレ……」
「どれだよ?」
「違う、今のお前をそう呼びたく……、いや、そうじゃない、お前は、その……」
 言い淀むのを目で続きを促す。
「……偶然だと思うか?」
 復活儀式の失敗について言ってると理解するのに暫くかかった。
 その間、逸らさずにいた瞳を見返し、真意を探りながら問い返す。
「偶然じゃなかったら何なんだ? 必然だったと?」
 リューリは真面目な顔で頷いた。
「……なにか根拠でもあるのか?」
「無い。これから探してみる」
「そうか」
 アレクは返答に落胆している自分に気づいた。
 全てを不運のせいにして、心を閉ざし、目を背けて、抜け殻のようにただ朽ち果てる。
 一年前、あの青空の下で絶望を感じた時、そう決めたはずなのに。

 そうではないかも知れない。
 やるべき事があるのかも知れない。
 真相の究明、人為なのか運命なのか。
 その先にあるのは復讐か、もしくは新たな冒険か。
 また動き出せるかも知れない。
 そうしても良いのかも知れない。
 何か切っ掛けがあれば……
 リューリは情報収集に関しては極めて有能だ。
 期待できるかも知れない。
 時には頼っても良いのかも知れない。

 しばしの逡巡の後、アレクは意を決して口を開く。
「リューリ、次に来る時は何か……」
 活力に輝く黒い瞳、自信に満ちた顔が見えた。
 右手の親指を突き上げて見せ、端正な顔が不敵に笑う。
「……あぁ、任せろ、少し待っててくれ。きっと笑える冗談を考えてくる」
 リューリは頭を掻きむしるアレクに背を向けると、踵を鳴らして去っていった。
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