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第二章 青空が嫌だと勇者煙吐く
2-1 塔の上のポンコツ勇者
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鎮魂の鐘が澄み切った冬晴れの空に響く。
街外れの小高い丘の上に築かれた真新しい五階建ての尖塔、その最上階でアレクはその音色を聞いていた。
国王の厳命、そして教会の協力を得て、急ピッチで進められた計画と建設。その甲斐あって、初命日に間に合った霊廟。小ぶりながらも五層の塔が付属するこの建物は、魔王討伐の英雄のひとり、聖女エミリアの墓所だ。
丘の上は塔を中心にかなり広範囲に石畳が敷き詰められ、さらにその周囲の木々が伐採され広大な常緑芝生の広場を作り上げている。工事にかける教会の協力姿勢はとにかく熱心で、過剰に投じられた資金と資材の余剰分が、初期計画をはるかに超えて贅沢なこの空間を生み出した。
アレクは朝一番に墓参りを済ませ、その後ここから、延々と続く黒衣の列をぼんやりと、かれこれ数時間も眺めている。
「探したぞポンコツ、ここに居たのか」
背後から無遠慮にかけられた冷淡な言葉をまるで聞こえないかのように自然に流し、アレクは塔の窓枠に腰掛けたまま遠くに目をやった。アーチに組まれた開口部の向こうに広がる空、そしてその下に広がる王都ヘルンの石と煉瓦の街並みに。
石床をカツカツと鳴らすヒールの音が傍まで来て止まる。
「おい、ポンコツ! 聞こえないのか!? 耳まで遠くなったか!?」
多少の嘲りを加えてさらに冷たくなった声に、鼻孔から盛大に煙を吹き出す。
咥えた紙巻きを右手に取ると、左手で頭を掻き、不機嫌そうに歪めた顔で振り返る。そこには予想通りの、タイトな衣装に身を包んだ黒づくめの姿があった。
以前見慣れた革鎧ではなく、胸元を大きくあけた上着。その間から覗く胸を押し込めたビスチェ。大きくスリットが入ったロングスカートにハイヒール。とても喪服とは言えない服装だ。
「なんだ、リューリ? 忘れず来たのか」
「決まってるだろう、大事な日だ」
冷たく見つめる切れ長の目から逃れるように、また視線を外に向ける。
「……今日も青空だな」
「……嫌なら見るな、ポンコツ」
叱責とも取れる厳しさにも無反応。
所在なく紫煙を上げ、燻っていた煙草から灰が落ちた。
「前からそんな物吸っていたか?」
問いかけに思い出したように右手を口元に運ぶ。
「煙には微量だが毒が含まれてるようだぞ。死にたいなら別に構わんが」
毒舌がうごめく花唇につまらなそうに目を向けると、鼻からため息とともに煙を吹き出した。
「残念ながら、この程度じゃ死なねーんだわ。ポンコツだろうがなぁ」
叩きつけるように吐き出された言葉を聞き、微かに柳眉が動いた。
悲しげに見つめる黒い瞳が僅かに潤む。
「それでも……良くはないのだろう?」
返事はない。
代わりに口は別の役目を果たす。
再び吸い込まれた息が、煙となって放出される。まるで青空を曇らすためかのように。
見つめていた同情の篭った濡れた瞳に、やがて決意の色が加わる。
「捨てるぞ」
言いながら伸びてくる手の白い指が先端を摘む。
抗議のように上がる紫煙を無視して、リューリが紙巻きを右手から取り上げるのを、アレクは抵抗もせず無気力に無言で眺めている。
「それほど熱いものではないのだな」
広げた手中には既に紙巻きはなかった。
大きな溜息が一つ。
「お前は相変わらずだな」
対抗するかのように、負けじと大きなため息が返る。
「世界は変わリ続けている。当然私も。気づかないのか、ポンコツ?」
細くしなやかな指が、短めの、この国では珍しい黒髪を無造作にかき上げると、張りのある直毛が一本舞い落ちた。
「お前は相変わらず腑抜けたままか。いい加減立ち直れ、もう一年も――」
「まだっ、一年だっ!」
怒号が舞い落ちる黒髪を、石壁に叩きつけられた掌が塔を、震わす。
立ち上る憤激の陽炎に後悔の眼差しを向けながらリューリは口を開く。
「軽率だった、済まない。だが壊さんでくれよ、ここは」
「あぁ、わかってる。……すまん」
「私は構わない、詫びならマスターに言ってくれ」
「……そうだな」
自嘲めいた表情で僅かに腕に力を入れると、アレクは窓枠から飛び降りた。
「すまないエミリア。驚かせちまったかな?」
優しく言いながらひざまずき、石床に手を付ける。
一階に安置された石棺に語りかけるかのような姿は、数瞬前とは打って変わって、穏やかな雰囲気だった。
「さて、私はそろそろ去るぞ」
リューリは無言のまま、愛しげに石床を撫でているアレクの姿をしばらく見守った後、わずかに控えめに声をかけた。
「あぁ、じゃあな。俺はもう少しここに居る」
顔も上げずに言うのを一瞥すると、靴音を響かせながら腰窓に近づき、手をつくと優雅に跳び、ふわりと腰掛ける。
スリットが割れ、脚線が露わになるのを気にもせず足を組むと、その上で頬杖をつき、ひざまずく背中を見下ろした。
片時の沈黙を破ったのはアレクだった。
「帰るんじゃなかったのか?」
やや苛立ったような声を気にする風もなく、涼やかな声で答える。
「仕方あるまい。必要なものをまだ受け取っていないのだから」
それが予想外の返答だったのか、アレクは顔を上げ視線をむけると暫く考え、何かに合点がいったようで短く声を上げた。
「例の解放の宝珠か。エミリアの最後の命令があるからどうとか、だったな。すまん、持って来るの忘れた」
「そこまでは期待してなかったから問題ない。手に入れてくれただけでも望外だ」
サラリと言われた厳しい言葉に、アレクは顔をしかめる。
「仕方ねぇ、取りに帰るとするか」
言い終わる前に立ち上がる。
言葉ほど嫌そうには見えない姿に、追いかける視線が緩む。
「先に行くぜ」
言葉をかけながら窓枠に足をかけ、リューリを脇に軽く押しやると、窓から一気に身を躍らせた。
「ポンコツでも勇者、か」
服に風を受けながら、平然と降下していくのを見送り呟く。
「早く来い!」
何事もなかったかのように着地したアレクが、手を振り上げて叫んでいる。
「誰もが五階から飛び降りられるわけじゃないぞ、まったく」
文句を言いながらも、口調はどこか楽しげだ。
吹き込む風に髪と服を乱されながら、見つめる目は優しく笑っていた。
「なら、受け止めてくれよっ!」
少し慌てさせてやろうと、叫びと同時に跳躍した。
服のはためきと風の音を聞きながら、地上のアレクを見る。
居ない? そう思った直後に、抱きすくめられた。
そのまま何をどうやったのか、着地したときは横抱きにされていた。
アレクは何事もなかったようにリューリを下ろし、歩き出す。
「いくぞ」
「おい、少しは待てって」
髪と服の乱れを整えながらの抗議。
アレクが背を向けたまま立ち止まり、指を弾くとボッと小さな火が灯った。
たちまち紫煙が上がる。
「またそんなもの……この、ポンコツが……」
肩越しに振り返り煙を吐き出す姿に、リューリは力なく吐き捨てた。
街外れの小高い丘の上に築かれた真新しい五階建ての尖塔、その最上階でアレクはその音色を聞いていた。
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アレクは朝一番に墓参りを済ませ、その後ここから、延々と続く黒衣の列をぼんやりと、かれこれ数時間も眺めている。
「探したぞポンコツ、ここに居たのか」
背後から無遠慮にかけられた冷淡な言葉をまるで聞こえないかのように自然に流し、アレクは塔の窓枠に腰掛けたまま遠くに目をやった。アーチに組まれた開口部の向こうに広がる空、そしてその下に広がる王都ヘルンの石と煉瓦の街並みに。
石床をカツカツと鳴らすヒールの音が傍まで来て止まる。
「おい、ポンコツ! 聞こえないのか!? 耳まで遠くなったか!?」
多少の嘲りを加えてさらに冷たくなった声に、鼻孔から盛大に煙を吹き出す。
咥えた紙巻きを右手に取ると、左手で頭を掻き、不機嫌そうに歪めた顔で振り返る。そこには予想通りの、タイトな衣装に身を包んだ黒づくめの姿があった。
以前見慣れた革鎧ではなく、胸元を大きくあけた上着。その間から覗く胸を押し込めたビスチェ。大きくスリットが入ったロングスカートにハイヒール。とても喪服とは言えない服装だ。
「なんだ、リューリ? 忘れず来たのか」
「決まってるだろう、大事な日だ」
冷たく見つめる切れ長の目から逃れるように、また視線を外に向ける。
「……今日も青空だな」
「……嫌なら見るな、ポンコツ」
叱責とも取れる厳しさにも無反応。
所在なく紫煙を上げ、燻っていた煙草から灰が落ちた。
「前からそんな物吸っていたか?」
問いかけに思い出したように右手を口元に運ぶ。
「煙には微量だが毒が含まれてるようだぞ。死にたいなら別に構わんが」
毒舌がうごめく花唇につまらなそうに目を向けると、鼻からため息とともに煙を吹き出した。
「残念ながら、この程度じゃ死なねーんだわ。ポンコツだろうがなぁ」
叩きつけるように吐き出された言葉を聞き、微かに柳眉が動いた。
悲しげに見つめる黒い瞳が僅かに潤む。
「それでも……良くはないのだろう?」
返事はない。
代わりに口は別の役目を果たす。
再び吸い込まれた息が、煙となって放出される。まるで青空を曇らすためかのように。
見つめていた同情の篭った濡れた瞳に、やがて決意の色が加わる。
「捨てるぞ」
言いながら伸びてくる手の白い指が先端を摘む。
抗議のように上がる紫煙を無視して、リューリが紙巻きを右手から取り上げるのを、アレクは抵抗もせず無気力に無言で眺めている。
「それほど熱いものではないのだな」
広げた手中には既に紙巻きはなかった。
大きな溜息が一つ。
「お前は相変わらずだな」
対抗するかのように、負けじと大きなため息が返る。
「世界は変わリ続けている。当然私も。気づかないのか、ポンコツ?」
細くしなやかな指が、短めの、この国では珍しい黒髪を無造作にかき上げると、張りのある直毛が一本舞い落ちた。
「お前は相変わらず腑抜けたままか。いい加減立ち直れ、もう一年も――」
「まだっ、一年だっ!」
怒号が舞い落ちる黒髪を、石壁に叩きつけられた掌が塔を、震わす。
立ち上る憤激の陽炎に後悔の眼差しを向けながらリューリは口を開く。
「軽率だった、済まない。だが壊さんでくれよ、ここは」
「あぁ、わかってる。……すまん」
「私は構わない、詫びならマスターに言ってくれ」
「……そうだな」
自嘲めいた表情で僅かに腕に力を入れると、アレクは窓枠から飛び降りた。
「すまないエミリア。驚かせちまったかな?」
優しく言いながらひざまずき、石床に手を付ける。
一階に安置された石棺に語りかけるかのような姿は、数瞬前とは打って変わって、穏やかな雰囲気だった。
「さて、私はそろそろ去るぞ」
リューリは無言のまま、愛しげに石床を撫でているアレクの姿をしばらく見守った後、わずかに控えめに声をかけた。
「あぁ、じゃあな。俺はもう少しここに居る」
顔も上げずに言うのを一瞥すると、靴音を響かせながら腰窓に近づき、手をつくと優雅に跳び、ふわりと腰掛ける。
スリットが割れ、脚線が露わになるのを気にもせず足を組むと、その上で頬杖をつき、ひざまずく背中を見下ろした。
片時の沈黙を破ったのはアレクだった。
「帰るんじゃなかったのか?」
やや苛立ったような声を気にする風もなく、涼やかな声で答える。
「仕方あるまい。必要なものをまだ受け取っていないのだから」
それが予想外の返答だったのか、アレクは顔を上げ視線をむけると暫く考え、何かに合点がいったようで短く声を上げた。
「例の解放の宝珠か。エミリアの最後の命令があるからどうとか、だったな。すまん、持って来るの忘れた」
「そこまでは期待してなかったから問題ない。手に入れてくれただけでも望外だ」
サラリと言われた厳しい言葉に、アレクは顔をしかめる。
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言い終わる前に立ち上がる。
言葉ほど嫌そうには見えない姿に、追いかける視線が緩む。
「先に行くぜ」
言葉をかけながら窓枠に足をかけ、リューリを脇に軽く押しやると、窓から一気に身を躍らせた。
「ポンコツでも勇者、か」
服に風を受けながら、平然と降下していくのを見送り呟く。
「早く来い!」
何事もなかったかのように着地したアレクが、手を振り上げて叫んでいる。
「誰もが五階から飛び降りられるわけじゃないぞ、まったく」
文句を言いながらも、口調はどこか楽しげだ。
吹き込む風に髪と服を乱されながら、見つめる目は優しく笑っていた。
「なら、受け止めてくれよっ!」
少し慌てさせてやろうと、叫びと同時に跳躍した。
服のはためきと風の音を聞きながら、地上のアレクを見る。
居ない? そう思った直後に、抱きすくめられた。
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「いくぞ」
「おい、少しは待てって」
髪と服の乱れを整えながらの抗議。
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