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虫けらたちの挽歌
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あの時まで俺たちは幸せに生きていた。
そう、あの時だ。記録に残ることもない俺たちだから、単にそう言えば充分だ。
俺たちは虫けらだ。過去を振り返ってみればわかる。ちっぽけで取るに足らない存在だ。
確かに俺は一族始まって以来の天才で、周りの連中よりはるかに賢い。だがそうやって自らの才を誇ってはみても、何もできはしなかった。
しょせん俺も例外なく無力な虫けらだったのだ。
始まりは本当に何でも無い、ごく平凡な一日だった。
そう、いつものように食料にも事欠き、力尽き倒れた幼子や仲間たちの体にすら、飢えた視線を送ってしまうような、そんな平凡な日のできごと。
突然、俺たちの糞溜めのようなろくでもない世界に光が差し込み、巨大な地響きと共に突風が巻き起こったんだ。
俺はその時、何が起きたかもわからぬままに薄暗い物陰に慌てて飛び込んで、ずいぶんと減ってしまった仲間たちとともに身を潜めてなりゆきを見守るしかなかった。
まばゆく光さすかなたには、天に届かんばかりの、全体像すらつかめないほどに巨大な姿があった。
その御方、敬意と畏怖を込めてこう呼ばせてもらおう、が体を動かすたびに、大地がゆれた。
御方は荒涼としていた俺たちの世界に、様々な変化を一日のうちにもたらされた。
まずは昼でも薄暗かった俺たちの世界に光さす時間が生まれたことだろうか。
御方がその偉大なる手を振るわれると、轟音とともに闇が払われ、まばゆい光が差し込んできた。
御方は夜の闇も、何事もなかったようにわずかな動きでいともたやすく打ち払われた。御方が闇を払う時の轟音はこの時はかなり遅れて聞こえるのが常だった。
御方は光の下で活動した後に、また僅かな動きで闇を呼び寄せ力尽きたように地に倒れる。時をおいて回復されると起き上がり手を振るわれ、また轟音とともに闇を払われた。
そして朝の光が世界に満ちたのを確認されたかのように去っていき、また夜の闇を払いに降臨される。
俺たち一族は、敵の目を恐れ闇の中をこそこそ這い回るように生きているから、光満ちるのはあまり良いことではないのかもしれない。
だが俺は、この劇的な変化が良い方に転じることを願ってやまなかった。
そして期待したとおり豊富な食料が御方によりもたらされ、世界には食欲をそそる様々な香りが満ちた。
御方ご自身が口になされるものと御方が使役する四足の巨獣のおこぼれが俺たちの取り分だ。
おこぼれと言っても質、量、共に俺たち一族を満たすのに余りあるほどで、衰弱しきっていた幼子たちも急速に回復した。
俺が御方に敬意を込めるのは、何と言っても俺たちの食糧事情を改善してくれたからに他ならない。
さらにそれに加えて、御方の下僕の巨獣が俺たちを悩ます敵を狩ってくれたことも大きかった。
俺たちを見つけると驚くべき速度で迫り牙を突き立てる異形のハンター。毛むくじゃらで毒々しい姿の恐るべき相手が、巨獣の鋭い爪と牙で引き裂かれ、あっさりと駆逐されたのは痛快極まりない光景だった。
おかげさまで一族の繁栄は約束された。この時俺は単純にそう考えていた。
御方への敬意に畏怖が加わったのはそれからしばらく後の事だ。
俺たちは御方のお目汚しにならないように気をつけて日々慎ましく生活を営んでいたのだが、それでも中には不心得者もいる。
仲間うちのお調子者が、まだ光さす中御方の巨獣の前を軽々しくも横切ってしまった時に事件は起きた。
巨獣の鋭い爪を持つ前肢にそいつが激しく打ちすえられたのだ。立て続けに起こる激しい打撃音。無残にも引き裂かれる体。
やがて巨獣が息も絶え絶えな哀れな姿を巨大な牙を持つ口にくわえ、普段は俺たちの存在になんか気づきもしない御方の前に連行していくと、御方は今まで聞いたこともない昂ぶった叫びを上げられた。
突然天空から降り落ちた何かが、そうまさに神の鉄槌という他にない巨大なものが大地を揺るがし、哀れなお調子者の体を無残に砕く。
この時、俺は初めて御方の荒ぶる神としての姿を目にして、以後自らを一段と厳しく律して生きていくことにした。
俺たちの生活は変わった。
いや、生活というよりは意識だろうか。
とにかく御方と巨獣の目に、何があってもつかぬ事を第一に、息を潜めるような日々を送るのを心がけた。
それでも、御方はともかく巨獣が俺たちに向ける目は鋭く厳しく、まるで俺たちが生きているのが気に食わないかのように、目をつけられた仲間は次々と打ちすえられた。
動けなくなるまで打たれたあとはそのまま打ち捨てられる事もあったが、身を引きずるように戻ってきた仲間は、大抵そのまま息絶えた。
御方の前に連れて行かれるものもいた。そうすると御方は決まって叫びを上げては、鉄槌を下した。
御方の怒りは恐ろしい。御前に引き出された仲間は例外なく死を賜った。だが俺には御方をお恨みすることはできない。
怒りに身を任せるように鉄槌を振るったあと、御方は必ず仲間の亡骸を幾枚も重ねた純白の布のようなもので包んで優しく握って運び去られるのだ。
あれは弔いか、もしくは神の園へ連れて行って下さっているのかもしれないと、俺は優しく包み上げるそのお姿を目にするたびに御方の愛を感じずにはいられなかった。
俺たちは気を張って生きた。それでも仲間はしばしば罰せられた。
しかしながら生まれ育つ子どもたちが多かったので、俺たちは着々と数を増やしていった。
このまま日々すぎていき、やがて俺は老いて死ぬのだろうと、そうのんきに考えていたとある日。
ついにあの時がきた。
振り下ろされた巨獣の前肢。瀕死となった仲間が御方の前に連行されてさばきを受ける。
日常とは言えないまでも、それほど珍しくもない光景。
ただ、あの時はその後が違っていた。
御方はいつもより昂ぶっていた。怒りの声が大気を震わし、荒々しく激しい地響きを立てて動き回る。
何らかの準備をすませると、御方は四足の巨獣を捕まえ、檻の中へと放り込んだ。
ついに善良な俺たちを虐げてきた巨獣に報いの時が訪れたのだと俺は思った。
この時感じた興奮は今でも忘れられない。そう、勘違いだったとわかった今でも。
俺たちがなすすべもないあの強大な巨獣が、無様につるし上げられ監獄へ追いやられたのだ。
御方は何と偉大で強大な方なのだろう。そのお力の片鱗を拝見できただけでも俺は光栄に感じた。
果たしてどのような処分が課せられるものかと見つめる俺の視線の先で、御方は巨獣を閉じ込めた檻を軽々と持ち上げると、世界の真ん中に赤い筒を残し去っていった。
まぁ筒と言っても俺たちからすればはるかに見上げるほどの高さだったが。その巨大な筒のなめらかにカーブしている表面には不思議な光沢があった。
巨獣をこの楽園から追放されに行かれたのだろうか?
あの筒は何のためのものだろうか? なにかの記念物だろうか?
御方が去り、光が失せた世界で考え込む俺。
突如起こった仲間の苦痛のうめきに我に返り見上げると、御方が残されていった筒の上から真上に白煙が立ち上っているのが薄暗闇の中で見えた。
吹き上がり、天をおおうように広がっていく煙は、やがて世界の端の大絶壁に到達する。
そのまま壁に沿って降り注いできた死神の手に触れ、まず倒れたのは幼い子どもたちだった。
手足をばたつかせて苦しみをあらわす幼子たちの横で、大人たちも次々と倒れていく。
俺は慌てて白煙から逃れ、世界の中心を目指す。それを見て後に続く仲間もいた。
普段の心がけも忘れて無遠慮に身をさらし、救いを求めて世界の中心を目指す俺と仲間たち。
そこにはもうお救いくださる御方はいない。だが、それでも、俺たちは進むしかなかった。
俺は様々な障害となる地形を避けて進む。付き従うものもいれば、あえて突き当たった高台に登ることを選択するものもいた。
両者に共通していたことは、遅れたものは無慈悲に追いすがる白煙に巻かれ、次々と脱落していったことだ。
走り疲れ、一息つきながら振り返った俺の視界には、地獄絵図が広がっていた。
苦しげにのたうつもの。もはや息絶えたのか身動きひとつしないもの。広がっていく死の荒野。忍び寄る絶望。
死にゆく仲間をなすすべもなく、ただ呆然と見送る俺の足元にもついに白煙が忍び寄ってきた。既に周囲は白く染まり、逃げる場所はもはやない。
これは御方が下した俺たちへの裁きだったのだろう。遅まきながら俺は悟った。
恐らく御方は、巨獣と折り合いが悪い俺たちを見捨てなさったのだろう。
巨獣を罰しに行かれたのではなく、この世界に現れた時と同様、巨獣を連れてまた新たな世界へ旅立たれたのではないか。
御方にとっては巨獣は下僕。俺たちは世界の片隅にうごめく虫けらにすぎなかったのだ。愛着という点では比べようもないのだろう。
そこまで思い至ってもお恨みする気にはなれなかった。
俺たちはとうに滅びていたはずだったのだ。御方のおかげでわずかとはいえ生きながらえた。一族繁栄の夢も見れた。
その恩を感じながら死んでいこう。
俺は覚悟を決め、全ての動きを止めた。
体が煙に巻かれる。
息が苦しい、これは毒だ。猛毒だ。
呼吸ができない苦しさに、俺はひっくり返った。
苦しい、苦しい、苦しい。
これが死なのだろうか。過去のできごとが思い浮かんでは消えていく。
かすれゆく視界。うすれゆく意識。自分という存在がなくなっていく恐怖。
最後に感じたのは、救いを求めるように天に伸ばした俺の黒光りする三対の足が、弱々しく虚空をかいた感覚だった。
そう、あの時だ。記録に残ることもない俺たちだから、単にそう言えば充分だ。
俺たちは虫けらだ。過去を振り返ってみればわかる。ちっぽけで取るに足らない存在だ。
確かに俺は一族始まって以来の天才で、周りの連中よりはるかに賢い。だがそうやって自らの才を誇ってはみても、何もできはしなかった。
しょせん俺も例外なく無力な虫けらだったのだ。
始まりは本当に何でも無い、ごく平凡な一日だった。
そう、いつものように食料にも事欠き、力尽き倒れた幼子や仲間たちの体にすら、飢えた視線を送ってしまうような、そんな平凡な日のできごと。
突然、俺たちの糞溜めのようなろくでもない世界に光が差し込み、巨大な地響きと共に突風が巻き起こったんだ。
俺はその時、何が起きたかもわからぬままに薄暗い物陰に慌てて飛び込んで、ずいぶんと減ってしまった仲間たちとともに身を潜めてなりゆきを見守るしかなかった。
まばゆく光さすかなたには、天に届かんばかりの、全体像すらつかめないほどに巨大な姿があった。
その御方、敬意と畏怖を込めてこう呼ばせてもらおう、が体を動かすたびに、大地がゆれた。
御方は荒涼としていた俺たちの世界に、様々な変化を一日のうちにもたらされた。
まずは昼でも薄暗かった俺たちの世界に光さす時間が生まれたことだろうか。
御方がその偉大なる手を振るわれると、轟音とともに闇が払われ、まばゆい光が差し込んできた。
御方は夜の闇も、何事もなかったようにわずかな動きでいともたやすく打ち払われた。御方が闇を払う時の轟音はこの時はかなり遅れて聞こえるのが常だった。
御方は光の下で活動した後に、また僅かな動きで闇を呼び寄せ力尽きたように地に倒れる。時をおいて回復されると起き上がり手を振るわれ、また轟音とともに闇を払われた。
そして朝の光が世界に満ちたのを確認されたかのように去っていき、また夜の闇を払いに降臨される。
俺たち一族は、敵の目を恐れ闇の中をこそこそ這い回るように生きているから、光満ちるのはあまり良いことではないのかもしれない。
だが俺は、この劇的な変化が良い方に転じることを願ってやまなかった。
そして期待したとおり豊富な食料が御方によりもたらされ、世界には食欲をそそる様々な香りが満ちた。
御方ご自身が口になされるものと御方が使役する四足の巨獣のおこぼれが俺たちの取り分だ。
おこぼれと言っても質、量、共に俺たち一族を満たすのに余りあるほどで、衰弱しきっていた幼子たちも急速に回復した。
俺が御方に敬意を込めるのは、何と言っても俺たちの食糧事情を改善してくれたからに他ならない。
さらにそれに加えて、御方の下僕の巨獣が俺たちを悩ます敵を狩ってくれたことも大きかった。
俺たちを見つけると驚くべき速度で迫り牙を突き立てる異形のハンター。毛むくじゃらで毒々しい姿の恐るべき相手が、巨獣の鋭い爪と牙で引き裂かれ、あっさりと駆逐されたのは痛快極まりない光景だった。
おかげさまで一族の繁栄は約束された。この時俺は単純にそう考えていた。
御方への敬意に畏怖が加わったのはそれからしばらく後の事だ。
俺たちは御方のお目汚しにならないように気をつけて日々慎ましく生活を営んでいたのだが、それでも中には不心得者もいる。
仲間うちのお調子者が、まだ光さす中御方の巨獣の前を軽々しくも横切ってしまった時に事件は起きた。
巨獣の鋭い爪を持つ前肢にそいつが激しく打ちすえられたのだ。立て続けに起こる激しい打撃音。無残にも引き裂かれる体。
やがて巨獣が息も絶え絶えな哀れな姿を巨大な牙を持つ口にくわえ、普段は俺たちの存在になんか気づきもしない御方の前に連行していくと、御方は今まで聞いたこともない昂ぶった叫びを上げられた。
突然天空から降り落ちた何かが、そうまさに神の鉄槌という他にない巨大なものが大地を揺るがし、哀れなお調子者の体を無残に砕く。
この時、俺は初めて御方の荒ぶる神としての姿を目にして、以後自らを一段と厳しく律して生きていくことにした。
俺たちの生活は変わった。
いや、生活というよりは意識だろうか。
とにかく御方と巨獣の目に、何があってもつかぬ事を第一に、息を潜めるような日々を送るのを心がけた。
それでも、御方はともかく巨獣が俺たちに向ける目は鋭く厳しく、まるで俺たちが生きているのが気に食わないかのように、目をつけられた仲間は次々と打ちすえられた。
動けなくなるまで打たれたあとはそのまま打ち捨てられる事もあったが、身を引きずるように戻ってきた仲間は、大抵そのまま息絶えた。
御方の前に連れて行かれるものもいた。そうすると御方は決まって叫びを上げては、鉄槌を下した。
御方の怒りは恐ろしい。御前に引き出された仲間は例外なく死を賜った。だが俺には御方をお恨みすることはできない。
怒りに身を任せるように鉄槌を振るったあと、御方は必ず仲間の亡骸を幾枚も重ねた純白の布のようなもので包んで優しく握って運び去られるのだ。
あれは弔いか、もしくは神の園へ連れて行って下さっているのかもしれないと、俺は優しく包み上げるそのお姿を目にするたびに御方の愛を感じずにはいられなかった。
俺たちは気を張って生きた。それでも仲間はしばしば罰せられた。
しかしながら生まれ育つ子どもたちが多かったので、俺たちは着々と数を増やしていった。
このまま日々すぎていき、やがて俺は老いて死ぬのだろうと、そうのんきに考えていたとある日。
ついにあの時がきた。
振り下ろされた巨獣の前肢。瀕死となった仲間が御方の前に連行されてさばきを受ける。
日常とは言えないまでも、それほど珍しくもない光景。
ただ、あの時はその後が違っていた。
御方はいつもより昂ぶっていた。怒りの声が大気を震わし、荒々しく激しい地響きを立てて動き回る。
何らかの準備をすませると、御方は四足の巨獣を捕まえ、檻の中へと放り込んだ。
ついに善良な俺たちを虐げてきた巨獣に報いの時が訪れたのだと俺は思った。
この時感じた興奮は今でも忘れられない。そう、勘違いだったとわかった今でも。
俺たちがなすすべもないあの強大な巨獣が、無様につるし上げられ監獄へ追いやられたのだ。
御方は何と偉大で強大な方なのだろう。そのお力の片鱗を拝見できただけでも俺は光栄に感じた。
果たしてどのような処分が課せられるものかと見つめる俺の視線の先で、御方は巨獣を閉じ込めた檻を軽々と持ち上げると、世界の真ん中に赤い筒を残し去っていった。
まぁ筒と言っても俺たちからすればはるかに見上げるほどの高さだったが。その巨大な筒のなめらかにカーブしている表面には不思議な光沢があった。
巨獣をこの楽園から追放されに行かれたのだろうか?
あの筒は何のためのものだろうか? なにかの記念物だろうか?
御方が去り、光が失せた世界で考え込む俺。
突如起こった仲間の苦痛のうめきに我に返り見上げると、御方が残されていった筒の上から真上に白煙が立ち上っているのが薄暗闇の中で見えた。
吹き上がり、天をおおうように広がっていく煙は、やがて世界の端の大絶壁に到達する。
そのまま壁に沿って降り注いできた死神の手に触れ、まず倒れたのは幼い子どもたちだった。
手足をばたつかせて苦しみをあらわす幼子たちの横で、大人たちも次々と倒れていく。
俺は慌てて白煙から逃れ、世界の中心を目指す。それを見て後に続く仲間もいた。
普段の心がけも忘れて無遠慮に身をさらし、救いを求めて世界の中心を目指す俺と仲間たち。
そこにはもうお救いくださる御方はいない。だが、それでも、俺たちは進むしかなかった。
俺は様々な障害となる地形を避けて進む。付き従うものもいれば、あえて突き当たった高台に登ることを選択するものもいた。
両者に共通していたことは、遅れたものは無慈悲に追いすがる白煙に巻かれ、次々と脱落していったことだ。
走り疲れ、一息つきながら振り返った俺の視界には、地獄絵図が広がっていた。
苦しげにのたうつもの。もはや息絶えたのか身動きひとつしないもの。広がっていく死の荒野。忍び寄る絶望。
死にゆく仲間をなすすべもなく、ただ呆然と見送る俺の足元にもついに白煙が忍び寄ってきた。既に周囲は白く染まり、逃げる場所はもはやない。
これは御方が下した俺たちへの裁きだったのだろう。遅まきながら俺は悟った。
恐らく御方は、巨獣と折り合いが悪い俺たちを見捨てなさったのだろう。
巨獣を罰しに行かれたのではなく、この世界に現れた時と同様、巨獣を連れてまた新たな世界へ旅立たれたのではないか。
御方にとっては巨獣は下僕。俺たちは世界の片隅にうごめく虫けらにすぎなかったのだ。愛着という点では比べようもないのだろう。
そこまで思い至ってもお恨みする気にはなれなかった。
俺たちはとうに滅びていたはずだったのだ。御方のおかげでわずかとはいえ生きながらえた。一族繁栄の夢も見れた。
その恩を感じながら死んでいこう。
俺は覚悟を決め、全ての動きを止めた。
体が煙に巻かれる。
息が苦しい、これは毒だ。猛毒だ。
呼吸ができない苦しさに、俺はひっくり返った。
苦しい、苦しい、苦しい。
これが死なのだろうか。過去のできごとが思い浮かんでは消えていく。
かすれゆく視界。うすれゆく意識。自分という存在がなくなっていく恐怖。
最後に感じたのは、救いを求めるように天に伸ばした俺の黒光りする三対の足が、弱々しく虚空をかいた感覚だった。
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