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28 番外編③ それからのふたり〜Hotel Red&Black
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葉摘とコウが付き合い始めて、まだそれ程経っていない頃のエピソードです。
山も谷も盛り上がりも無い、ただ甘いだけのお話。
ーーーーーーーーーーーーーー
コウさんと私は、今、某ホテルの前にいる。ホテルといっても、旅行に来ている訳ではない。
つまり……そういうことで。
人生初ラブホなのである。
外観は、周りのビルにあわせたグレー系のオシャレでモダンなシティホテル風。コンクリート打ちっ放しに赤と黒の組まれたパイプが目を引く建物。
ホテルの名前は【Hotel Red & Black】、そこで普通のビジネスホテルではない、となる。
事の始まりは、元先輩社員だった渡辺さんからの食事のお誘い。内野さんのあの嫌な事件以来、彼女とも距離を置いていたけれど、何度も断るのも申し訳なくなってきて、結局断れきれなかった私が、お酒無しで絶対ふたりだけでという念押しの下、一緒に食事をした時のこと。
渡辺さんの事務所で請け負ったラブホテルの内装デザイン工事が完工したとの話を聞いた。上機嫌の彼女から見せて貰ったのがこのホテルの写真。一棟丸々改装デザインとコーディネートを提案して見事採用されたものらしい。全改装した部屋のコンセプトの長い説明を聞いた後に、ニッコリ笑って渡された黒い封筒。
封筒にもホテルの名前?が書いてある。
ーー彼とどうぞね。
中をあらためてみると、赤いカードと黒いカードに大きく【Hotel Red & Black ~TENPTATION~】という金の飾り文字が並ぶペアチケットが2枚出てきた。
これって、ホテルの優待券っ!?
もしかして、行って欲しいってお願いされてる?
それにしても、なんて物を……。
彼女のお願い? を無碍にもできないし、お店の中でじっくり確かめるのも恥ずかしい代物なので、お礼を言って、急いでバッグにつっこんだ。あの時の男性と続いていると渡辺さんに匂わせておけば、内野さんへの牽制にもなるばず。
チケットをいただいたのは、もう10日ほど前のことで、バッグに入れっぱなしで、その存在すら忘れていた。
コウさんの前で次のデー……予定を相談するため手帳を出した時に、その目を引く真っ黒の封筒が、あろうことか床に落ちた。
『葉摘さん、何か落ちましたよ』
わっ、まずい!
私の慌てように、コウさんは敏感だった。
『ホテル、赤と黒……誘惑……?』
コウさんは、拾い上げた黒い封筒の裏に小さく書かれていた英語を日本語で口にすると、良い笑顔でその封筒を私の目の前に晒した。
英語力!! 〈招待〉=〈誘惑〉だったんだ!?
元ホストの感と洞察力!?
絶対バレた!?
『そ、それは……』
下手に隠すと良くないと思い、正直にそれにまつわる事と次第を申告した。
すると、今度は爽やかな笑顔で、
『もしかしてホテルに行きたかったんですか? 葉摘さんにしては大胆なお誘いありがとう』
『は、話聞いてました? ち、違うと言うか、そ、そ、その、あの、私の先輩のインテリアコーディネーターさんが、手がけた建物って言ったじゃないですか~。そりゃ、見てみたい気もしますけど……い、インテリア……は! ですよ』
『良いですね。せっかくの優待チケットですから。見学しに行きますか? でも、見学だけではもったいないので、きちんと使い心地も色々試しましょう!』
へ? 聞き間違い?
『見てみたいと言ったのは内装ですっ!? 使い心地って、色々試すって!?』
焦る私を見事にスルー。
『誘ったのはあなたですからね。楽しみにしてますよ』
と、ちょっと悪っぽい笑みを浮かべたコウさんに約束させられたのだった。
☆☆☆
という、やりとりが行われたのが先日のこと。
そして、今夜が決行日。
目の前の建物を見ると、いざとなると、尻込みしてしまう。
人生初の、ラブホテル。
みんな一度くらいは利用した経験あるのだろうか?
コウさんだって、絶対経験あるよね。
横にいる整った顔の男性をチラリと見上げる。涼しい堂々とした顔。今日もコンタクトレンズ。アレコレする時は、なぜかコンタクトレンズにするコウさん。コソコソする必要は無いけど、誰かに見られるのも恥ずかしい。こんな素敵な人の隣にいるのは顔に少しシミのある不惑のくたびれた女だから。
ホテルの部屋は、赤系と黒系に分かれているようだ。エントランスを入ってすぐ横の壁にある明るいパネルの写真を見る。赤と黒の薔薇の装飾のある天蓋付きベッドを中心とした写真がいくつもある。いかにも渡辺さんがコーディネートしそうな、ハードだけどフェミニンを忘れないインテリア。施主さんの好みともバッチリ合ったのかもしれない。
「赤と黒、どっちにします? ライトが点いてる部屋は空きで、消えてる部屋は使用中ですね」
使用中って……。
自然と頬に熱が集まって来る。
コウさんにお伺いを立ててみる。
「赤? コウさんは、どっちが好み?」
「……オレはどちらかと言えば赤の方が好きですけど。どちらでも……そんな可愛い顔、ここでしないで下さいよ」
コウさんは額に手を当てて、ふぅと息を吐いた。
「っ………!?」
私の顔……? か、可愛いって、どれだけフィルターかかってるんだろう? 本当は、コンタクトレンズしてないとか? 少し不安になる。
「早く行きましょう。あなたの気が変わる前に」
珍しく急いた感じのコウさんは、私の手を引っ張って大股でエレベーターへ向かっている? 私は小走り。
エレベーターを3階で降りてすぐに目当ての部屋を見つけると、カードキーを差し込んで中に入る。とりあえず、誰とも会わなかったことに私は安堵した。
部屋の中に入って最初に目につくのはやはりベッド! その大きさ!! ダブルなのかキングサイズというのか、わからないけど。
写真通り、赤いレースの天蓋に情熱的な赤の薔薇の装飾。
そして、例に漏れずお風呂は素通しガラス。
あ、でも湯気で見えなくなるのかな?
バスタブは足つき。それだけでもカッコよく見える。
そこそこのサイズのテレビがあって、ラブソファもあって、冷蔵庫は中も……。開けてみると、すごい種類のお酒。充実してる! チーズや生ハム、ナッツ類。
サイドテーブルにはドリップコーヒー、チョコレートや焼菓子まで置いてある!
色々興味深く眺めてしまった。
「葉摘さん、もちろんお風呂は一緒に入りますよね。広そうだし」
コウさんは、腰を屈めて私の頬に触れながら顔を覗き込んで来る。コウさんの瞳は、部屋のスタンドの灯りの反射でキラキラして見えた。
や、やっぱりそうなる?
お風呂は部屋よりも絶対明るいし、どうしよう!?
私が返事に窮していると、
「いい物があったんですよね。これ、使ったことあります?」
「いいもの?」
コウさんが赤い薔薇模様のパッケージを手にしていた。
何? まさか、おとなのオモチャ的なもの?
それはコウさんの頼みでもいくらなんでもさすがに遠慮したい。
「薔薇の花びら入りの泡風呂が作れるみたいですよ。どうですか?」
「薔薇の花びら入りの泡風呂!?」
オウム返しで確認するほど、それには気持ちが動いてしまった。
洋画や海外ドラマの素敵なワンシーンが思い浮かぶ。それを再現できる?
すっかりその気になっている自分がいた。
コウさんは、私の表情で判断したらしく、
「決まりですね。じゃあ、さっそく泡風呂を作りましょう! バスタブにお湯を入れますね。少しお湯をはってから、この泡風呂の素を入れて、勢いよくシャワーのお湯をバスタブの中に入れて泡を作るそうです」
「へえ、なるほど」
思わず感心してしまって、これから理科の実験でも行うような軽いノリで、ふたりでお風呂場に向かった。
シャワーを出した段階で、はたと、我に返る。
あれ? ……。
コウさんと一緒にお風呂!? もたもたしてるうちに泡は膨らみ始め、湯気もモワモワとたち始める。
「葉摘さん、迷ってる暇はありませんよ。急いで入らないと、泡が消えてしまう!」
コウさんは既に上半身裸っ!?
下にも手をかけて、脱ごうとしてる!
待って待って、ちょっと。
泡って、そんなにすぐに消えるの?
「脱ぐの手伝います!」
「きゃあああ~、ま、待って」
「大丈夫。中に入ればすぐ見えなくなります」
何が大丈夫なの?
私の羞恥は、コウさんの巧みな補助によって、1分で済んだ。あれよあれよという間に、ふたりで裸で泡一杯のバスタブに浸かって泡まみれになっていた。
薔薇と石鹸の香りはリラックス効果抜群で、真紅の花びらも綺麗。私の身体はコウさんに後ろからしっかり抱えられている。
肌と肌が触れ合うのは気持ちが良い。
ただこれだけのことでも、幸せを感じる。
コウさん、あなたも幸せ?
山も谷も盛り上がりも無い、ただ甘いだけのお話。
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コウさんと私は、今、某ホテルの前にいる。ホテルといっても、旅行に来ている訳ではない。
つまり……そういうことで。
人生初ラブホなのである。
外観は、周りのビルにあわせたグレー系のオシャレでモダンなシティホテル風。コンクリート打ちっ放しに赤と黒の組まれたパイプが目を引く建物。
ホテルの名前は【Hotel Red & Black】、そこで普通のビジネスホテルではない、となる。
事の始まりは、元先輩社員だった渡辺さんからの食事のお誘い。内野さんのあの嫌な事件以来、彼女とも距離を置いていたけれど、何度も断るのも申し訳なくなってきて、結局断れきれなかった私が、お酒無しで絶対ふたりだけでという念押しの下、一緒に食事をした時のこと。
渡辺さんの事務所で請け負ったラブホテルの内装デザイン工事が完工したとの話を聞いた。上機嫌の彼女から見せて貰ったのがこのホテルの写真。一棟丸々改装デザインとコーディネートを提案して見事採用されたものらしい。全改装した部屋のコンセプトの長い説明を聞いた後に、ニッコリ笑って渡された黒い封筒。
封筒にもホテルの名前?が書いてある。
ーー彼とどうぞね。
中をあらためてみると、赤いカードと黒いカードに大きく【Hotel Red & Black ~TENPTATION~】という金の飾り文字が並ぶペアチケットが2枚出てきた。
これって、ホテルの優待券っ!?
もしかして、行って欲しいってお願いされてる?
それにしても、なんて物を……。
彼女のお願い? を無碍にもできないし、お店の中でじっくり確かめるのも恥ずかしい代物なので、お礼を言って、急いでバッグにつっこんだ。あの時の男性と続いていると渡辺さんに匂わせておけば、内野さんへの牽制にもなるばず。
チケットをいただいたのは、もう10日ほど前のことで、バッグに入れっぱなしで、その存在すら忘れていた。
コウさんの前で次のデー……予定を相談するため手帳を出した時に、その目を引く真っ黒の封筒が、あろうことか床に落ちた。
『葉摘さん、何か落ちましたよ』
わっ、まずい!
私の慌てように、コウさんは敏感だった。
『ホテル、赤と黒……誘惑……?』
コウさんは、拾い上げた黒い封筒の裏に小さく書かれていた英語を日本語で口にすると、良い笑顔でその封筒を私の目の前に晒した。
英語力!! 〈招待〉=〈誘惑〉だったんだ!?
元ホストの感と洞察力!?
絶対バレた!?
『そ、それは……』
下手に隠すと良くないと思い、正直にそれにまつわる事と次第を申告した。
すると、今度は爽やかな笑顔で、
『もしかしてホテルに行きたかったんですか? 葉摘さんにしては大胆なお誘いありがとう』
『は、話聞いてました? ち、違うと言うか、そ、そ、その、あの、私の先輩のインテリアコーディネーターさんが、手がけた建物って言ったじゃないですか~。そりゃ、見てみたい気もしますけど……い、インテリア……は! ですよ』
『良いですね。せっかくの優待チケットですから。見学しに行きますか? でも、見学だけではもったいないので、きちんと使い心地も色々試しましょう!』
へ? 聞き間違い?
『見てみたいと言ったのは内装ですっ!? 使い心地って、色々試すって!?』
焦る私を見事にスルー。
『誘ったのはあなたですからね。楽しみにしてますよ』
と、ちょっと悪っぽい笑みを浮かべたコウさんに約束させられたのだった。
☆☆☆
という、やりとりが行われたのが先日のこと。
そして、今夜が決行日。
目の前の建物を見ると、いざとなると、尻込みしてしまう。
人生初の、ラブホテル。
みんな一度くらいは利用した経験あるのだろうか?
コウさんだって、絶対経験あるよね。
横にいる整った顔の男性をチラリと見上げる。涼しい堂々とした顔。今日もコンタクトレンズ。アレコレする時は、なぜかコンタクトレンズにするコウさん。コソコソする必要は無いけど、誰かに見られるのも恥ずかしい。こんな素敵な人の隣にいるのは顔に少しシミのある不惑のくたびれた女だから。
ホテルの部屋は、赤系と黒系に分かれているようだ。エントランスを入ってすぐ横の壁にある明るいパネルの写真を見る。赤と黒の薔薇の装飾のある天蓋付きベッドを中心とした写真がいくつもある。いかにも渡辺さんがコーディネートしそうな、ハードだけどフェミニンを忘れないインテリア。施主さんの好みともバッチリ合ったのかもしれない。
「赤と黒、どっちにします? ライトが点いてる部屋は空きで、消えてる部屋は使用中ですね」
使用中って……。
自然と頬に熱が集まって来る。
コウさんにお伺いを立ててみる。
「赤? コウさんは、どっちが好み?」
「……オレはどちらかと言えば赤の方が好きですけど。どちらでも……そんな可愛い顔、ここでしないで下さいよ」
コウさんは額に手を当てて、ふぅと息を吐いた。
「っ………!?」
私の顔……? か、可愛いって、どれだけフィルターかかってるんだろう? 本当は、コンタクトレンズしてないとか? 少し不安になる。
「早く行きましょう。あなたの気が変わる前に」
珍しく急いた感じのコウさんは、私の手を引っ張って大股でエレベーターへ向かっている? 私は小走り。
エレベーターを3階で降りてすぐに目当ての部屋を見つけると、カードキーを差し込んで中に入る。とりあえず、誰とも会わなかったことに私は安堵した。
部屋の中に入って最初に目につくのはやはりベッド! その大きさ!! ダブルなのかキングサイズというのか、わからないけど。
写真通り、赤いレースの天蓋に情熱的な赤の薔薇の装飾。
そして、例に漏れずお風呂は素通しガラス。
あ、でも湯気で見えなくなるのかな?
バスタブは足つき。それだけでもカッコよく見える。
そこそこのサイズのテレビがあって、ラブソファもあって、冷蔵庫は中も……。開けてみると、すごい種類のお酒。充実してる! チーズや生ハム、ナッツ類。
サイドテーブルにはドリップコーヒー、チョコレートや焼菓子まで置いてある!
色々興味深く眺めてしまった。
「葉摘さん、もちろんお風呂は一緒に入りますよね。広そうだし」
コウさんは、腰を屈めて私の頬に触れながら顔を覗き込んで来る。コウさんの瞳は、部屋のスタンドの灯りの反射でキラキラして見えた。
や、やっぱりそうなる?
お風呂は部屋よりも絶対明るいし、どうしよう!?
私が返事に窮していると、
「いい物があったんですよね。これ、使ったことあります?」
「いいもの?」
コウさんが赤い薔薇模様のパッケージを手にしていた。
何? まさか、おとなのオモチャ的なもの?
それはコウさんの頼みでもいくらなんでもさすがに遠慮したい。
「薔薇の花びら入りの泡風呂が作れるみたいですよ。どうですか?」
「薔薇の花びら入りの泡風呂!?」
オウム返しで確認するほど、それには気持ちが動いてしまった。
洋画や海外ドラマの素敵なワンシーンが思い浮かぶ。それを再現できる?
すっかりその気になっている自分がいた。
コウさんは、私の表情で判断したらしく、
「決まりですね。じゃあ、さっそく泡風呂を作りましょう! バスタブにお湯を入れますね。少しお湯をはってから、この泡風呂の素を入れて、勢いよくシャワーのお湯をバスタブの中に入れて泡を作るそうです」
「へえ、なるほど」
思わず感心してしまって、これから理科の実験でも行うような軽いノリで、ふたりでお風呂場に向かった。
シャワーを出した段階で、はたと、我に返る。
あれ? ……。
コウさんと一緒にお風呂!? もたもたしてるうちに泡は膨らみ始め、湯気もモワモワとたち始める。
「葉摘さん、迷ってる暇はありませんよ。急いで入らないと、泡が消えてしまう!」
コウさんは既に上半身裸っ!?
下にも手をかけて、脱ごうとしてる!
待って待って、ちょっと。
泡って、そんなにすぐに消えるの?
「脱ぐの手伝います!」
「きゃあああ~、ま、待って」
「大丈夫。中に入ればすぐ見えなくなります」
何が大丈夫なの?
私の羞恥は、コウさんの巧みな補助によって、1分で済んだ。あれよあれよという間に、ふたりで裸で泡一杯のバスタブに浸かって泡まみれになっていた。
薔薇と石鹸の香りはリラックス効果抜群で、真紅の花びらも綺麗。私の身体はコウさんに後ろからしっかり抱えられている。
肌と肌が触れ合うのは気持ちが良い。
ただこれだけのことでも、幸せを感じる。
コウさん、あなたも幸せ?
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