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27 番外編② 夏の夜のふたり〜ふたりの熱い夜〜

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 コウさんのお姉さんである瑠伊るいさんとは、直接L〇NEをする仲だ。いちいち報告する義務はないんだけど、つい、コウさんと今度の金曜日の夜に遊園地サニーランドに行く話をしてしまった。
 そうしたら、食いつかれた。

ーーいいなあ~、夜の遊園地デート!!浴衣とか着たりしないんですか?

ーー持ってはいるんですけど、宝の持ち腐れです。

ーーもったいない!! 良かったら、私が着せてあげますよ。デートに浴衣、着てみませんか? コウちゃんを悩殺……じゃなくて、驚かせましょうよ。葉摘さんは浴衣似合いそう♡

 という内容の返事が来た。
 悩殺って、L〇NEだからしっかり文字になってますよ。瑠伊さん!

 コウさんには当日まで内緒の準備。

 前もって瑠伊さんオススメの和装用の胸パッド付きでワンピース型のインナーを通販で購入した。
 浴衣は、亡くなった祖母からプレゼントされたもので、その時一度着て見せただけで、あとは着る機会も無く、そのままタンスの肥やしに成り果てていた。
 実家に行って、母にはやし立てられながら取ってきた。綿生地の浴衣に作り帯と下駄まで付いてるセット。クリーム地に薄い紫と紺色の菖蒲柄で、帯はストライプの地模様の濃紺のもの。
 L〇NEで瑠伊さんに写真を送ると、

ーー上品で綺麗な柄ですね。葉摘さんにピッタリ~♡

と、返された。
 そのあとすぐに間に合うようにクリーニングに出した。

◇◇◇

 遊園地デート当日は、浴衣セットを持って、瑠伊さんのマンションにコウさんとの待ち合わせ時間の一時間前に立ち寄った。手際よく着付けて貰って、少し伸びた髪も、瑠伊さんが両サイドから捻(ねじ)りながら纏めると襟足と絡めてピンと簪(かんざし)で留めてくれた。

「いいわあ、葉摘さんステキステキ!! 大人の色気が半端ないわー。コウちゃんもイチコロよ~。素敵過ぎて、やだぁー普通のオバさんみたいなコメントになっちゃった」
「ありがとうございます! 瑠伊さんのおかげです」
「葉摘さん、素が良いから」
「そ、そんな……」
「自信持って、本当に素敵なんですからね」
「瑠伊さん……褒めていただいてとても光栄です」

 私のことを認めてくれているみたいで、とても嬉しかった。ここまで丁寧に着飾るなんて、初めてのことかもしれない。

 そして一緒に待ち合わせ場所にしたコウさんのマンションのロビーへ向かう。瑠伊さんとは、〈サン・ルイ〉の前で別れた。

 すでにロビーのソファで待ってくれていたコウさんが、バネのように跳ねる動きで立ち上がった。

「葉摘さん!? 浴衣!!!」

 声が掠れてるし。

「コウさん、お待たせ!」

 コウさんは、私を見てしばし惚けると、「参ったな」と呟いて眉を下げた。

「浴衣で来てくれるなんて、驚かされました。とてもよく似合ってます。素敵です。襲って良いですか?」
「は!?」

 お、襲うって、なに?

「あー、冗談ですよ。襲うのは、帰って来てからにします」
「……!?」

 コウさんからは、にこやかな顔で物騒な発言をされた。ここは、スルーしていいよね。

「実は、瑠伊さんに着付けてもらったんですよ」
「アネキに? へぇー、アネキにこんな特技が。感謝すべきは姉だったか。帰って来てからの楽しみが増えました」
「え?」

 楽しみって……。やだ、コウさんたら。ナニするつもり?

「そんな不安そうな顔しないで。まずは、サニーランドに行って、楽しんで来ましょう!」

 コウさんは、いつもの優しげな笑みを浮かべて私に手を差し伸べてくれた。

◇◇◇

 夜の遊園地は、家族連れよりも、友だちグループやカップルで賑わっていた。奥に見えるライトアップされた大きな観覧車が見事だった。花火のように綺麗だ。

 慣れない浴衣に、下駄。コウさんが手を繋いでくれているし雰囲気は良いと思うけれど、歩きにくかった。既に足の裏が少し痛い。

「葉摘さん、オレに掴まる?」

 コウさんが、左腕のわきの下に空間を作った。

「ありがとうございます。それじゃ」

 素直にコウさんの腕に掴まった。
 コウさんは、白い半袖のシャツだったから、肌に直接触れることになる筋肉質の男性の腕。
 恋人同士の醍醐味だ。好きな人と、自然に腕を組んで歩く。行き遅れの私に、まさかこんな日が来るなんて。幸せを噛みしめる。

「えーっと、いざという時、利き手に剣を持ってお姫さまを守るんで、お姫さまは利き手の反対側に腕を組ませるのが正しいんですよ」

 コウさんが、咳払いをしながらそんなことを言う。恥ずかしそうで、それでいてとても嬉しそう。
 お姫さまって、こっちまで恥ずかしくなってしまう。

「そ、そうなんですね。そうだ、クイズって……」
「ああ」

 コウさんが、胸のポケットから取り出して見せてくれた。

 入口で渡された今夜のイベントのクイズの用紙に書かれていたのは、□に入る言葉は? という問題だった。

は□た
ぬ□す
ほ□と
ろ□も
 る

「?」

 何これ?

「なるほどね、わかった!」
「ぇぇえ!? コウさん、もうわかったの?」
「わかりましたよ。こういうのは、ヒラメキの他に慣れもあります」
「へえ」

 感心してしまう。

「葉摘さんは、ゆっくり考えて。途中にヒントコーナーもあるみたいですし」
「……」

 余裕たっぷりのコウさんに、私はちょっと悔しくなった。

 うーん? ひらめけー!
 だめだ。【はぬほろ】、【たすとも】って何?

 用紙とにらめっこしている私をよそに、コウさんは、

「お、縁日コーナーですよ、縁日コーナーがある!!」

 明らかにはしゃいだ声をあげていた。

 以前来た時、オオバタンのコウちゃんがいた広場に、縁日コーナーが設けられていた。人々がそこに群がっている。
 私たちも覗いてみると、そこには懐かしい駄菓子がたくさん並んでいた。
 一個5円から50円くらいまでの夢の世界。100円でも十分満足感があって、しかも楽しめる。

「葉摘さん、お互い100円で好きなの買って、一緒に食べましょう」
「うん、私もそう言おうと思ってた」

 私たちは小さなカゴを手に、あれこれコメントしながら、駄菓子を漁った。

「これこれ、このココアシガ〇ットって、結構硬いんだよなあ」
「そうだった? パッケージ、懐かしい。見て、このサイコロの箱に入ったキャラメル、大きくて好きだったの。すごく懐かしい! オレンジとブドウの風船ガムも丸くて可愛いのよね! 都こ〇ぶ、これ買おうかな」
「いいね。オレはベビー〇ターラーメンは外せないかな」
「うん。私も好き」
「このマーブ〇チョコの銀の輪っかの端で、よく指を切ってた」
「あ、私も切ったことある。ふふふ!」

 次の瞬間、コウさんの唇が私の頬に触れた。周りにこんなに人がたくさんいるのに!?

「みんな駄菓子に夢中だから、大丈夫ですよ」

 って、ニッコリ微笑まれても。

 触れられた頬が熱い。
 夏の暑さよりも人々の熱気よりも。

 駄菓子選びに満足した私たちは、いくつか買ったあと、ふたりでキャラメルを頬張りながら、ゆっくり歩みをすすめる。

 頭に血が上ってしまった私は、依然としてクイズの答えがわからないまま、最初のヒントコーナーに着いてしまった。


☆ヒント①五十音表

わらやまはなたさかあ
いりいみひにちしきい
うるゆむふぬつすくう
ゑれえめへねてせけえ
をろよもほのとそこお


 え? なに? 私、頭硬すぎなの?
 わからないんですけど~。焦る!

 まわりでは、なーんだ、わかったわかったと、みなさん、さも簡単そうに……。
 なさけない!

「葉摘さん?」
「こ、答えはまだ、言わないでね。悔しいから」
「シンプルに当てはめたら良いんですよ」
「待って~、考えさせて!」
「必死に訴える葉摘さん、新鮮だなあ」
「そ、そう?」

 恥ずかしい……。

「じゃあ、のんびり観覧車にでも乗りますか? 待つ間にクイズの答えを考えると良いですよ。最後のヒントは、おばけ屋敷の横みたいですから」
「はい……」

 もう時間が無い?
 
 観覧車は、待つ人々で多少行列ができていた。やはりカップル率が高い。
 なんだか、せっかくコウさんと夜の遊園地デートに来てるのに、クイズに頭を悩ませているのもバカらしくなってきた。

 コウさん、こんなおバカな私といて楽しい?

 思わずクイズ用紙から顔をあげて、コウさんの方を窺ってみる。

「?」

 コウさんは、ん? て顔で笑みを浮かべてくれる。優しい。私に合わせてくれている。

ーー襲って良いですか?

 趣向がよく分からないけど、帰ったらコウさんの好きなように襲わせてあげよう。

「葉摘さん、疲れました?」
「大丈夫。楽しい」
「良かった」

ーーシンプルに当てはめたら……

 私は何かひらめいた気がした。

 ゴンドラの中は、窓から心地よい風が入ってきていて、思ったより暑くはなかった。
 夜の観覧車はまた昼とは一味違って、イルミネーションの装いが華やいで素敵だ。暗い中、遠くの街の色とりどりの夜景ネオンが煌めいて美しい。前回来た時は、まだ恋人同士ではなかったけれど、今は。この目の前の男性は、私の最愛の人。

「そんなに見つめられると、ここで襲いたくなります」
「ここでは遠慮していただきたいですけど、帰ったら……。どうぞ、お好きに……」
「うわ~、すげー嬉しいけど、そういうこと男に言っちゃだめですよ。めちゃくちゃしたくなる」
「え!?」

 コウさんも、やんちゃするの?

「嘘ですよ。そんなに若くもないんで。大丈夫です。節度は守ります」

 節度……。コウさん、頼みます。

「そうだ、クイズの答え、わかりました」
「おお、すっきりしましたか?」
「はい」

 答えは、きっと熱い〇〇〇〇る。
 クイズの用紙にとめてあったクリップ付きのミニペンシルで答えを書き込んで、コウさんに見せた。

「多分それであたりです、葉摘さん。じゃあ、ここから降りたら、次は今夜のメインイベント、おばけ屋敷に直行しましょう」
「はい」

 私たちは、観覧車のゴンドラの中でどちらともなく唇に触れるだけの軽いキスを交わした。
 心臓が高鳴る。なんとなく恥ずかしくなって、外に目を向ける。

「街の夜景、綺麗。思ったより近いし」
「葉摘さんの浴衣姿の方が、ずっと綺麗ですよ。いつも以上に心臓がドキドキしてます」
「コウさん……本当に?」

 私といて心臓がドキドキすることなんてあるの?
 嬉しい。

「葉摘さんは、自分がどんなに綺麗かわかってないんですね?」
「私はそんな、もう……」

 四十だし。そういうこと、サラッと言えちゃうコウさん。言い慣れてる、百戦錬磨のホストだったから、そう思って複雑な気持ちになった時期もあった。
 でも、最近は自分に少し自信が持てるようになったから、素直に嬉しくその褒め言葉を受け取っている。

 ゴンドラの正面に座るコウさんが、不意に私の手を握った。

「!?」
「あなたを愛しています。……この言葉は、これまで誰にも言ったことはありません。あなたにだけです」
「……!」

 さまざまな想いが込み上げてきて、それは雫となって目から落ちた。

「私もです。あなたを愛しています。ありがとうコウさん、私、幸せです」
「オレもです。これからもふたりで幸せでいましょう」
「はい」

 ふたりで幸せでいたい。
 気持ちは同じ。お互いを思いやる気持ちを忘れずにいたい。コウさんはゆっくり頷くと、優しい手つきで私の頬の雫をそっと拭ってくれた。

 夜空の散歩は終わりを告げ、私たちは賑やかな地上へと戻って来た。

◇◇◇

 サニーランドのおばけ屋敷は、異人館のような古い洋館で、口を大きくあけて歯から血を滴らせた男性の吸血鬼の等身大の人形が入口で出迎えていた。
 確かに大きくリニューアルオープンと書かれている。数組のカップルが並んで順番待ちをしていた。

「ちょうどいい混み具合ですね。ラッキーです」
「まずは、クイズの答え合わせをしてもいいですか?」
「どうぞどうぞ!」

 おばけ屋敷のとなりのちょっとしたスペースに、立て看板と記入台が置いてある。

 うわ、誰でもわかるヒント!

☆ヒント②数字の順に文字を埋めよ!

わらやまは①たさかあ
いりいみひにちしきい
うるゆむふぬ②すくう
ゑれえめへねてせけえ
をろ④もほ③とそこお


『さあ、答えがわかった人間どもには帰りに贈り物をやろう。出口で忘れずに黒い箱を受け取るのだぞ!』

 そのような吹き出しのついた吸血鬼男のイラストが描かれていた。

 私の書いた答え、「な」・「つ」・「の」・「よ」・る (夏の夜)

「間違いなさそう。良かった!」

 スッキリした。少し脳みそを使ったかも。

「合ってますね。じゃあお待ちかね、おばけ屋敷に行きましょう!」

 コウさんが嬉しそうに左腕に隙間を作ったので、私はそこに腕を回した。

 すぐに私たちの順番になって、チケットを見せて中に入った。
 
 洋館の重厚な玄関ドアが、ギイっという効果音をたてて開いた。
 正面に、深紅のドレスを着た可愛らしい少女のビスクドールが飾ってある。
 西洋の館の玄関ホールのような空間だった。
 少女の声が聞こえてきた。

【ようこそ、呪いの館へ。今からあなたたちを恐怖のどん底へ突き落としてあげる。この館に入ったからには、覚悟してね!】

 可愛らしいビスクドールの目が突然飛び出て、口が裂け、恐ろしい顔になった。

「うわっ!」

 私には、夢に出そうな衝撃だった。

【アーッハッハッハ……】

 少女の高笑いの声が不気味に響いた。
 そして、バチっという音と共に薄暗い照明が消えてあたりは真っ暗に!

「きゃ……!」

 思わずコウさんの腕に回していた手に力が入ってしまった。
 自然とコウさんの期待に沿うことになったみたい。

「葉摘さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。意外と怖いですね」
「もとから評判の良いおばけ屋敷だったみたいですよ」
「はあ……そうですか。なかなか明るくなりませんね」

 施設の故障? と疑ってたら、次のドアへ促すようにあかりが点いて、ホッとした。チラッとさっきのビスクドールへ目をやると、もとの愛らしい顔に戻っていた。
 次に開いた扉の中へ進むと、薄暗い中からぐわーっと口を開けて血を流すゾンビにお出迎えされた。

「……!?」

 声が出なかった。
 呻き声が気持ち悪い!

 またしてもコウさんの腕にしがみついていた。

 その後も趣向を凝らした音と映像が続く。時折、前後の他の客のワーとか、キャーとかいう悲鳴も耳に入る。
 偽のロウソクの揺れる炎と順路の表示、足元の非常口を示す矢印だけのあかり。
 格子窓の外では不気味な雷鳴が響き、稲妻が光ると窓に、抜け落ちた白髪にギョロりとした目の全身が白い怪物が貼り付いていて、ふたりでビクッとなった。さすがのコウさんも、これには驚いたようだった。
 昔の拷問道具?のようなものが置かれている部屋で、首と手を木枠で固定された人が、突然ガタガタと動き出して、

「ひゃぁ……!!」

 声にならない声が喉の奥から出た。
 コウさんが、私の頭を抱えて撫でてくれて、少し落ち着きを取り戻せた。
 そして、少し明るめのトーチが灯る洞窟のような廊下を進むと、バサバサと翼をばたつかせた黒いコウモリの映像が浮かび上がっって、真横から、口に牙をのぞかせたコウモリ男が飛びかかって来た。
 コウさんが庇ってくれたので、さほど怖さは感じなかった。通路までは出てこない仕様になっているようで、コウさんに衝撃があるわけでもなかったけれど、ちょっと怖かった。
 最後は、異様に赤く光る目を持つ獣に襲いかかられ、どくろの杖を持つ魔女的な鷲鼻の老婆に、足元に気をつけて外に出るように説明された。

 やっと外だ。

  結構心臓に負担がかかった気がする。
 自分が思っていたより、ビビりだったんだと認識した。
 すっかり、コウさんにしがみついて、へたすればコウさんの腕にぶら下がっていたかもしれない。

「お疲れさま、葉摘さん。オレはすごく楽しめました」

 コウさんは、あくまで涼しい顔をしている。

「私はもう、フラフラです」
「そうみたいですね。でも、ちょっと可愛かったですよ。怖がってる葉摘さん」
「え!?」

 また、外でそんな恥ずかしい発言を。
 周囲を見回して、誰も聞いてなかったか確認してしまう。

「!?」

 え???

 そこに目線がしっかり合った人物がいた。

「い、今泉さん!? と、遠藤くん?」

 同じ会社の若い女子社員の今泉さんと、若手営業マンの遠藤くんが、どうしてふたりでここにいるの?

 今泉さんは、遠藤くんと福沢くんから告白されて、でも、別に好きな人がいるとかなんとか言ってたから、てっきりお付き合いは断ったんだと思ってたのに。

「小宮山さん!?」

 驚いた顔をして、すぐに気まずそうな表情をする今泉さん、嬉しくてたまらなそうな遠藤くん。対象的だった。

「こんなとこで、偶然ですね。小宮山さんも、彼氏さんとデートですか? 俺たちもです」
「え、遠藤くん!」

 今泉さんが、焦った声をあげた。

「小宮山さんには俺たちが付き合ってるのバレてもいいんじゃない? 言いふらしたりする人じゃないよ」
「わかってるけど」

 まあ、いいけどね。
 福沢くん、これを知ったらショックを受けるかな。
 私には関係ない、とも言えなくなりそうかも。まあ、今は考えないでおこう。せっかくコウさんと楽しいデート中だしね。

「安心してね。誰にも言わないから。じゃあまた。会社でね」

 私は、ふたりに向かって丁寧に会釈しているコウさんを引っ張って、その場を離れた。

「同じ会社の人? 偶然だったね」
「まさか、ここでね。面倒なことに巻き込まれそうだけと、きっと大丈夫」
「巻き込まれたら、オレを頼ってください」
「ありがとう。コウさんがいるから、私は頑張れる」
「無理しないでくださいね」
「はい。何かの時は、相談させてもらうね」
「いつでもどうぞ」

 私には専属の、私だけの悩みを聞いてくれる人がいる。何があっても、信頼できる人。

 出口でクイズの答えを渡して受け取った黒い箱に入ってはいたのは、この遊園地のノベルティグッズ。眩いオレンジ色のサニーちゃんのマークがデカデカと入ったハンドタオルだった。


◇◇◇

 
 ふたりでコウさんのマンションに戻って来て玄関ドアを閉めた途端に、コウさんに引き寄せられ抱き締められた。
 モワッとする空気の中、お互いの身体が一気に熱を放つ。

「もう、あなたの浴衣姿を見た時からずっとこうしたかった。着崩れたら困るからずっと我慢した」

 コウさんは切羽詰まった声で早口で喋りながら私の唇を貪った。そして、首筋、鎖骨、こんなに余裕のないコウさんは初めて見るかも。胸の鼓動が早くなる。

「葉摘さん……早く一緒にシャワー浴びよう!」

 や、やっぱり、一緒に!?

「帯、ほどいていい?」
「ま、待って。せめて家に上がってから……」
「……ごめん。そう……ですね」

 いつもの丁寧な口調に戻るコウさんだけど、スニーカーを脱ぎながら自分のシャツのボタンを引きちぎるように外していた。
 
 コウさん……。

 ピイッ、ピイッ、ビィ、ビッ、チュ、チュとチュウヤくんが、あらゆる鳴き方で、ボクはここだよ~! と、アピールする声がリビングルームの方で響く。

 今夜はごめんね、チュウヤくん。
 これから、コウさんに襲われる予定なの。

 私たちの夏の熱い夜は……まだ終わらない。
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