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24 一番悪い男?

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 嬉しい、私……
 コウさんには、私が必要?
 私にもあなたが必要。

 その時、私のバッグの中のスマホが鳴った。

 誰? こんな時間に。
 心臓が嫌な音をたてた。

 コウさんが、私に回していた腕を離しながら、

「葉摘さん、オレ、チュウヤのごはんを足しときますから、電話……どうぞ」

 と、言ってくれたので、謝りながらバッグの中のスマホの画面を確認すると、電話の相手は母だった。
  
「母からでした。すみません、後にします」
「お母さんなら、急用かも。出てあげて下さい」
「すみません、それじゃあ。ーーもしもし、どうしたの? 今、外にいるからアパートに帰ったら話すんじゃだめ?」

『明日何時に来るの?』

 母のワントーン高い声が耳に響く。

「明日?」

 あ、そういえば、明日お見合い相手の身上書を実家に見に行く約束してたんだった!
 昨日のうちに行かないって断っておけばよかった。

「ごめん、明日急用で行けなくなった。あとで必ず電話するから……今は切るね」

『何悠長なこと言ってんの? 善は急げよ。相手の方も乗り気だっていうのに』

「な、なにそれ。私のはまだ見せてないって言ってたじゃない! 勝手なことしないで」

 はっ、まずい。
 
 母の電話の声がやたら高くて、コウさんに筒抜けなんじゃないかとヒヤヒヤする。
 コウさんはチュウヤくんのお世話をはじめていて、私に背を向けているのでその様子は分からなかった。

「とにかく、断って。私はもういいから。あとで電話す……」

『男女とも四十代が結婚できる確率はたった1パーセントくらいなんだそうよ。夢をみてる時間は無いんだから!』

 うわ、お母さん、けたたましい声出さないで!

「わかってるから。もう、切るね」

 私はスマホの受話器ボタンを素早く押して、煩わしい電話を切った。

 1パーセント……か。こんなに晩婚化の時代でも、四十を過ぎると途端にそうなるの?
 まだ三十代半ばのコウさんは、結婚はどう思ってるんだろう?
 今からお付き合いするとしても、どのくらい? 結婚前提? あまり結婚を匂わせると引かれる? 私はまたふられる可能性もある?
 時間はないなんて言われると、刹那的な想いが湧いてくる。
 ゆっくりこちらへ振り向くコウさん。
 目が笑ってない気がする。

「もしかしてオレ、葉摘さんの親御さんに挨拶した方が良かったりします?」
「ま、まだしなくていいです。だって、これから始めようとしてるのに、最初から親に挨拶なんて未成年でもあるまいし変でしょ? コウさんのこと……好きなのに、お見合いなんてしないから、大丈夫。気にしないで……」
「お見合い……。……挨拶しますよ。それで葉摘さんが堂々とお見合いしなくて済むなら」
「え!?」
「結婚前提で真剣にお付き合いしていますって、挨拶します」
「コウさん……いいんですか?」
「もちろんです。あなただけの問題じゃない。オレたちのことですから。明日でも良いですよ」
「ありがとうございます !」

《ピヨ! チュウチャン、チュウヤ、チュチュチュチュ》

「!」

 チュウヤくんが何か喋っているけど、聞き取れない。そして、バサバサと羽音がして、飛んで来たチュウヤくんがコウさんの頭に見事に着地した。成人男性の頭に小鳥。なんだかシュールな絵面。

「うわっ、チュウヤ出すんじゃ無かった。カッコ悪! 頭にインコ載せて言うセリフじゃないですけど、葉摘さん、オレと一緒に生きてみますか?」
「……はい!」

 コウさんは、いつも私の欲しい言葉をくれる。

「嬉しいです。あの、抱きついても良いですか?」
「どうぞ。その後どうなるかはわかりませんけどね」

 コウさんが爽やかに笑って、両手を広げてくれた。何の責任か分からなかったけど、そこに迷わず飛び込んだ。
 好きな人とハグすると、こんなにも心が落ち着いて、幸せな気持ちになれるんだ。そんなことすら忘れていた。

 お互い気持ちがたかぶっていたんだと思うけど、……。そのまま横に抱き上げられて、ソファに下ろされて深いキスをされた。今まで味わったことのない濃密で幸せなひと時に舞い上がってしまった。

「一度中断します」
「?」
「チュウヤが空気を読んで、籠に入ってくれたので、柵を閉めてきます」

 ……っ!? 空気を読むインコ!

 笑ってしまう。

 コウさんは柵を下ろしてから、すぐ戻って私の隣に座った。

「夕飯どうしましょうか。外に食べに行くか、うちで食べるかの二択ですけどね」
「正直あまりお腹空いてなくて……」
「それなら、うちで恋人らしくゆっくり過ごしますか? 葉摘さん、笑ってる場合じゃないですよ。最後に一番悪い男に捕まったんですから」
「え? あ、あの……!?」
「せっかくの綺麗なワンピースが皺になってしまいますし、この際くつろげるように、オレのスウェットに着替えませんか? 貸しますよ」
「そ、そうですね。ありがとうございます?」

 すっかりコウさんのペースだ。

「葉摘さんには大きいと思うけど、これ新しいんで使って下さい」

 そう言って奥の部屋から持ってきた白い上下のスウェットをコウさんから渡された。コウさんもジャケットを脱いでいる。
 カーディガンがゆっくり脱がされ、ワンピースの後ろのファスナーはコウさんの手によって下ろされた。 

「ひゃ……」

 恋人らしくって、最初のデートで!?
 て、いうか、悩み相談だったのに。この急展開は何?
 心の準備がまだ……。
 彼シャツというかスウェット……!

「飲み物とつまむ物を用意して来ます」

 コウさんが、キッチンの方へ立って行ったので、私は急いでワンピースを脱いでコウさんのスウェットに着替えた。
 当たり前だけど、上下ともぶかぶかだった。彼の服を着るって、ときめくことなんだ。この年齢でもときめく心は失ってはいなかったことに、気がつく。いくつになっても、ときめきは失いたくないかも。

「葉摘さん……、その……サイズ、合わない感じが可愛いですね」

 トレーにグラスとナッツ類を載せて戻ってきたコウさんの第一声が、無性に恥ずかしい。心臓にまた甘い衝撃が来た。

「とりあえず、ウーロン茶にしました」
「ありがとうございます」

 コウさんはトレーをローテーブルに置くと、私に密着してソファに座った。それは恋人同士の距離だった。

 コウさんが手渡してくれたグラスのウーロン茶で喉を潤す。ひと息ついて、グラスをテーブルに戻すと、コウさんに肩を抱き寄せられた。

「葉摘さん、諦めてオレに捕まっていて。お見合いなんてだめです!」

 コウさんの顔が、私の首筋に埋められる。息がかかってくすぐったい。

「コウさん、お見合いははっきり断りますから……っ!?」

 鎖骨あたりに唇を寄せられたのがわかった。身体中に、熱が走る。
 
「大人しくしてようと思っていたんですけど、そうも言っていられなくなりました。今日はあなたが心から楽しめること、欲求を叶える約束です。オレは、あなたの心も体も欲しい。今からいいですか?」

 コウさんの真剣な熱のこもった眼差し。
 私もコウさんに今、触れて欲しくてたまらない。直ぐに頷いた。

「葉摘さん、嫌だったらストップかけてください」

 コウさんの手がスウェットの裾から入り込んできて、潤した喉は一瞬でカラカラになるし、心臓は爆発の時限スイッチが入ったみたいだった。

 ほ、本当に私、求められてるの?

「あ、と、その、私、あの、八年くらい前に一度しか……経験なくて……」
「八年……。じゃあ、おまかせということで。〈善は急げ〉ですからね」
「えええっ!?」

 やっぱりお母さんの声、聞こえてた!?

◇◇◇

 その後は、コウさんという大きな波が押し寄せてきて、私はその中で漂っていただけだった。
 私の身体は、コウさんの指に、唇に、舌に翻弄され、未知なる快楽のうずに巻かれた。私の欲は昇華され、心地よい脱力感だけが残った。


「ごめん、葉摘さん。ちょっと初日から攻めすぎました。でも、責任はきちんと取ります」

 責任て……、そういえば、一番悪い男の胸に飛び込んだのは、私の方だった。


ーーーーーーーー

ここまでお読みくださって、本当にありがとうございます。
あと一話で、本編完結です。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!
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