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15 休憩を要求します!
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「は、葉摘さん、ブレーキ! ブレーキ!」
「ぶつかるっ!?」
私はパニックになった。
「大丈夫! ブレーキかけて!!」
夢中で足に力を入れてブレーキペダルを踏んだ。
助手席のコウさんが私の身体ごと後ろからハンドルを掴むと、力強く右にきってくれて、なんとか古タイヤのコース枠に追突するのは免れて止まった。
危なかった、こんなに、ゴーカートのハンドルって重かった?
もっと余裕で曲がれると思ったのに。
「ふぅ、意外と向こう見ずなんですね。スピード出しすぎだし、もっと手前からハンドルきらないとまたこうなりますよ」
「ご、ごめんなさい」
ゴーカートを意気揚々とスタートさせたのはいいけれど、最初のカーブで本当にコウさんに地獄を見せるところだった。
って、コウさんの声が近すぎると思ったら、この状況はっ!?
コウさんが私の背中から被さるように身体を密着させて、ハンドルを握っている。
「これは不可抗力ですからね。まあ、オレとしてはあなたに抱きつく口実ができてラッキーでしたけど」
「は、恥ずかしいので、早く離れて下さい!」
心臓の音が、自分の耳にこんなに大きく響いてるんだから、コウさんにも悟られてしまう!
「葉摘さん、落ち着いて。オレたちのことなんて、誰も見てやしないですよ」
「!?」
そう囁いたコウさんの息が耳にくすぐったくて、身体がピクっとはねてしまった。
「運転、代わる?」
「いいえ、すぐ慣れると思いますから」
「それじゃ、頑張って」
コウさんはニコニコしながら私の肩に回していた腕を避けて、私の両肩をポンと軽くたたくと、離れてくれた。それでもシートは狭くて、コウさんの腕は私に接触したままで……。
嫌でもコウさんの温もりを感じる。人の温もりをずっと忘れていたかもしれない。
今度は用心深く運転しなくちゃ。
コースを一周する頃には、コツを掴んで楽に運転できるようになっていた。最初はうるさいと思っていたエンジン音も気にならなくなり、天気も良いので多少強いくらいの風が心地良かった。
最後のコーナーをぐるっと回って直線を走り、瞬く間にゴールに到着してしまった。
「運転上手でしたよ、葉摘さん。気持ち良さそうでしたね」
「はい……」
先にゴーカートから降りたコウさんが、当たり前のように私に手を貸してくれようとした。
嬉しい。
今日は、甘えさせてもらおう。
コウさんが私のためにしてくれることに、素直に喜んで感謝して楽しませてもらおう!
私もあたりまえのように手を伸ばして、コウさんに引っ張りあげてもらいながら、ゴーカートを降りた。
「ありがとうございます! ゴーカート、小学生の時以来なので、とても新鮮で楽しかったです。やっぱり車買おうかな。そうすればドライブに行ったり、近郊にある、お庭の綺麗な洋館カフェにも気軽に行ったりできるし」
ただ呟いただけなのに、コウさんが、
「わざわざ買わなくても、オレの車ならいつでも無料で貸しますよ。但し、もれなくオレ付きですけどね」
また次もあるようなことを……。
「……考えておきます」
「やった」
コウさん、本当に嬉しそうだけど、本心? 私が望めば、そんな日が来るの?
ううん、これは相談しやすい雰囲気作りよね。だって、コウさんが私を好きになる要素なんて今まで無かったし、これからもきっと……無い。
今日はマイナスなこと考えないで、楽しい思い出に残る一日にしよう。せっかくコウさんがお付き合いしてくれてるんだから。
「葉摘さん、次は、何に乗ります? あ、観覧車は最後のお楽しみですよ」
お楽しみって……。何が? とは思ったけれど、いちいち考えないことにした。
「じゃあ、ジェットコースター……」
「平気ですか? 一回転ありですよ」
「一回転!? でも、コウさんが必須って」
一回転するジェットコースターは実は一度も乗ったことがない。社員旅行の時も今泉さんに誘われたけど乗らなかった。
コウさんは、なぜか私を見てニヤついている? 含みのある笑い。
「怖かったら無理強いはしませんよ。嫌なら断って。あなたが好きな事をする一日ですから。おすすめしたのは、まわりに遠慮しないで大声出して、胸の中に溜まってる鬱屈した気持ち、いわゆるストレスを発散できるかなと思って。普段大声って、出さないじゃないですか。特に葉摘さんはそうでしょ?」
「確かに」
大声を出したことなんて、ここ何年も何十年も無いと思う。
「でも恐怖の方が勝るようでしたら、声なんて出ませんからね。乗っても乗らなくてもどちらでも良いですよ。葉摘さん、どうします?」
どうしよう?
コウさんが隣にいてくれるなら平気かもしれない。なんて、思った私が馬鹿だった。
◇◇◇
ジェットコースター、スピードが半端ない!
きゃあああーーー! わーーっ!! まわりのつんざくような悲鳴と、
ゴーーー! ガタガタガタというコースターの車輪の凄まじい音、風圧に圧倒される。
恐怖で目が開けられない。身体が振り回される、遠心力、重力?の衝撃がすごい。
若くないから余計怖い? 心臓止まったらどうしよう!?
身体が浮かないように固定してくれている安全ガードに、必死にしがみつく。
「葉摘さん!! 声出して、声!!!」
そうだ、隣にはコウさんがいて、私に言っているんだとわかった。
声、出すために乗ったんだった。私の声なんてきっと誰も気にしない……。
と、思った瞬間、身体が浮く感じがした。
「きゃーーーー!!! いやーー、コワイーー!! きゃあァァァーーーー!」
大声を出すというより、恥も外聞もなく叫んでいたと思う。
まだ終点じゃないのかと薄目をあけたら、視界が真逆の世界で気絶しそうになった。でもそれも一瞬で、息継ぎをする間もなく一気にゴールに到着した。
地上に戻って来られて良かった。
地に足が着く安心感。
「お疲れさま、葉摘さん。いい声でしたよ」
「いい声?」
は、恥ずかしい。お隣にいたコウさんには丸聞こえだったはず。
余裕の笑みを見せるコウさんに腕を支えられながら、ふらふらとコースターから降りた。そのまま、またコウさんがスっと手を繋いでくれたので安定して歩けた。
もう二度とこれには乗るまい。
自分がもう若くないんだと思い知らされる。コウさんの口車に乗せられても、もうこれには絶対に乗らないと肝に銘じた。
「怖かったですね」と、コウさん。
「嘘! コウさんは全然余裕だったでしょう?」
「葉摘さんが一緒の手前、痩せ我慢しました」
「本当に?」
「本当です」
それなのに楽しそうに笑ってるってどういうこと?
怖かったと言う割には足取りもしっかりしている。
「怖くて、楽しくなかったですか?」
コウさんが猫背の背をさらに屈めて、私の顔を覗き込んで来る。
「怖かったですけど……」
乗り終わってみると、頭はおかしい感じがしないでもないけれど、気分はスッキリしていて悪くない。
男性らしい骨ばった手で私の手を包むように繋いでくれて、今は私だけに優しく微笑みかけてくれているコウさん。私も本当に楽しんでいるという自分の気持ちをコウさんに正直に伝えたくなった。
「でも、楽しかった!」
「それは良かった」
私たちは、心からの笑みを交わした。
コウさんは目を細めてさらに笑みを深めると、繋いでいた私の手に指を絡めてきた。
これって、恋人繋ぎ?
今日はこれから何回心臓がドキドキ跳ねることになるの? 私のやわな心臓は一日もつんだろうか。
絡められた手に瞬きしながら視線を移した私に、
「じゃあ、次は、お化け屋敷に行きますか?」
コウさんの容赦ない、一言。
「ま、待って、さすがに……」
ちょっと休憩を要求します。
「ぶつかるっ!?」
私はパニックになった。
「大丈夫! ブレーキかけて!!」
夢中で足に力を入れてブレーキペダルを踏んだ。
助手席のコウさんが私の身体ごと後ろからハンドルを掴むと、力強く右にきってくれて、なんとか古タイヤのコース枠に追突するのは免れて止まった。
危なかった、こんなに、ゴーカートのハンドルって重かった?
もっと余裕で曲がれると思ったのに。
「ふぅ、意外と向こう見ずなんですね。スピード出しすぎだし、もっと手前からハンドルきらないとまたこうなりますよ」
「ご、ごめんなさい」
ゴーカートを意気揚々とスタートさせたのはいいけれど、最初のカーブで本当にコウさんに地獄を見せるところだった。
って、コウさんの声が近すぎると思ったら、この状況はっ!?
コウさんが私の背中から被さるように身体を密着させて、ハンドルを握っている。
「これは不可抗力ですからね。まあ、オレとしてはあなたに抱きつく口実ができてラッキーでしたけど」
「は、恥ずかしいので、早く離れて下さい!」
心臓の音が、自分の耳にこんなに大きく響いてるんだから、コウさんにも悟られてしまう!
「葉摘さん、落ち着いて。オレたちのことなんて、誰も見てやしないですよ」
「!?」
そう囁いたコウさんの息が耳にくすぐったくて、身体がピクっとはねてしまった。
「運転、代わる?」
「いいえ、すぐ慣れると思いますから」
「それじゃ、頑張って」
コウさんはニコニコしながら私の肩に回していた腕を避けて、私の両肩をポンと軽くたたくと、離れてくれた。それでもシートは狭くて、コウさんの腕は私に接触したままで……。
嫌でもコウさんの温もりを感じる。人の温もりをずっと忘れていたかもしれない。
今度は用心深く運転しなくちゃ。
コースを一周する頃には、コツを掴んで楽に運転できるようになっていた。最初はうるさいと思っていたエンジン音も気にならなくなり、天気も良いので多少強いくらいの風が心地良かった。
最後のコーナーをぐるっと回って直線を走り、瞬く間にゴールに到着してしまった。
「運転上手でしたよ、葉摘さん。気持ち良さそうでしたね」
「はい……」
先にゴーカートから降りたコウさんが、当たり前のように私に手を貸してくれようとした。
嬉しい。
今日は、甘えさせてもらおう。
コウさんが私のためにしてくれることに、素直に喜んで感謝して楽しませてもらおう!
私もあたりまえのように手を伸ばして、コウさんに引っ張りあげてもらいながら、ゴーカートを降りた。
「ありがとうございます! ゴーカート、小学生の時以来なので、とても新鮮で楽しかったです。やっぱり車買おうかな。そうすればドライブに行ったり、近郊にある、お庭の綺麗な洋館カフェにも気軽に行ったりできるし」
ただ呟いただけなのに、コウさんが、
「わざわざ買わなくても、オレの車ならいつでも無料で貸しますよ。但し、もれなくオレ付きですけどね」
また次もあるようなことを……。
「……考えておきます」
「やった」
コウさん、本当に嬉しそうだけど、本心? 私が望めば、そんな日が来るの?
ううん、これは相談しやすい雰囲気作りよね。だって、コウさんが私を好きになる要素なんて今まで無かったし、これからもきっと……無い。
今日はマイナスなこと考えないで、楽しい思い出に残る一日にしよう。せっかくコウさんがお付き合いしてくれてるんだから。
「葉摘さん、次は、何に乗ります? あ、観覧車は最後のお楽しみですよ」
お楽しみって……。何が? とは思ったけれど、いちいち考えないことにした。
「じゃあ、ジェットコースター……」
「平気ですか? 一回転ありですよ」
「一回転!? でも、コウさんが必須って」
一回転するジェットコースターは実は一度も乗ったことがない。社員旅行の時も今泉さんに誘われたけど乗らなかった。
コウさんは、なぜか私を見てニヤついている? 含みのある笑い。
「怖かったら無理強いはしませんよ。嫌なら断って。あなたが好きな事をする一日ですから。おすすめしたのは、まわりに遠慮しないで大声出して、胸の中に溜まってる鬱屈した気持ち、いわゆるストレスを発散できるかなと思って。普段大声って、出さないじゃないですか。特に葉摘さんはそうでしょ?」
「確かに」
大声を出したことなんて、ここ何年も何十年も無いと思う。
「でも恐怖の方が勝るようでしたら、声なんて出ませんからね。乗っても乗らなくてもどちらでも良いですよ。葉摘さん、どうします?」
どうしよう?
コウさんが隣にいてくれるなら平気かもしれない。なんて、思った私が馬鹿だった。
◇◇◇
ジェットコースター、スピードが半端ない!
きゃあああーーー! わーーっ!! まわりのつんざくような悲鳴と、
ゴーーー! ガタガタガタというコースターの車輪の凄まじい音、風圧に圧倒される。
恐怖で目が開けられない。身体が振り回される、遠心力、重力?の衝撃がすごい。
若くないから余計怖い? 心臓止まったらどうしよう!?
身体が浮かないように固定してくれている安全ガードに、必死にしがみつく。
「葉摘さん!! 声出して、声!!!」
そうだ、隣にはコウさんがいて、私に言っているんだとわかった。
声、出すために乗ったんだった。私の声なんてきっと誰も気にしない……。
と、思った瞬間、身体が浮く感じがした。
「きゃーーーー!!! いやーー、コワイーー!! きゃあァァァーーーー!」
大声を出すというより、恥も外聞もなく叫んでいたと思う。
まだ終点じゃないのかと薄目をあけたら、視界が真逆の世界で気絶しそうになった。でもそれも一瞬で、息継ぎをする間もなく一気にゴールに到着した。
地上に戻って来られて良かった。
地に足が着く安心感。
「お疲れさま、葉摘さん。いい声でしたよ」
「いい声?」
は、恥ずかしい。お隣にいたコウさんには丸聞こえだったはず。
余裕の笑みを見せるコウさんに腕を支えられながら、ふらふらとコースターから降りた。そのまま、またコウさんがスっと手を繋いでくれたので安定して歩けた。
もう二度とこれには乗るまい。
自分がもう若くないんだと思い知らされる。コウさんの口車に乗せられても、もうこれには絶対に乗らないと肝に銘じた。
「怖かったですね」と、コウさん。
「嘘! コウさんは全然余裕だったでしょう?」
「葉摘さんが一緒の手前、痩せ我慢しました」
「本当に?」
「本当です」
それなのに楽しそうに笑ってるってどういうこと?
怖かったと言う割には足取りもしっかりしている。
「怖くて、楽しくなかったですか?」
コウさんが猫背の背をさらに屈めて、私の顔を覗き込んで来る。
「怖かったですけど……」
乗り終わってみると、頭はおかしい感じがしないでもないけれど、気分はスッキリしていて悪くない。
男性らしい骨ばった手で私の手を包むように繋いでくれて、今は私だけに優しく微笑みかけてくれているコウさん。私も本当に楽しんでいるという自分の気持ちをコウさんに正直に伝えたくなった。
「でも、楽しかった!」
「それは良かった」
私たちは、心からの笑みを交わした。
コウさんは目を細めてさらに笑みを深めると、繋いでいた私の手に指を絡めてきた。
これって、恋人繋ぎ?
今日はこれから何回心臓がドキドキ跳ねることになるの? 私のやわな心臓は一日もつんだろうか。
絡められた手に瞬きしながら視線を移した私に、
「じゃあ、次は、お化け屋敷に行きますか?」
コウさんの容赦ない、一言。
「ま、待って、さすがに……」
ちょっと休憩を要求します。
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