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13 何度も何度も
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両親からは、もう放っておかれるのかと思っていたけれど、そうでは無かったらしい。以前お墓はどうするのかと言われたこともある。ひとりっ子が増えている今時は、お墓を持たずにまとめて拝んでもらう合祀や永代供養という選択もある。私が未婚だったり、結婚しても子どもを持たなかったりした場合は必然的にいずれはそうなる。
もうジタバタしても始まらないのに。
『葉摘、とっても良いお話なのよ。土曜日にでも、身上書を見に来なさいよ』
母の声はいつもより高い。きっと機嫌が良いんだろう。身上書がもう手元にあるなんて。わざわざ行かなくても写メでと思うが、最近あまり実家に帰っていなかったのでそうも言いにくい。
「土曜日は約束があるから行けないけど、日曜日なら……。まさか、私のは勝手に渡してないよね!?」
『え、ええ。まだね。葉摘に聞いてからと思って』
怪しい。でもそういう事にしておく。私の身上書を実家に置きっぱなしにしていたのはまずかった。ついでに引き取って来よう。
母からは、私が尋ねてもいないのに、お相手の情報が次々と読み上げられる。
生命保険の外交員の方のご紹介で、お相手は四十四歳の優良企業にお勤めのサラリーマン。母の写真の印象では、眼鏡をかけていて目は優しそうで真面目な感じらしい。いかにもの感想しかない。
外交員さん情報では、ご本人も優しくて誠実でとっても良い人らしい。でも結婚は二度目。前の奥さんとの間にお子さんはいない。優しくて良い人でも、離婚するしないは別らしい。とうとうバツイチの人もススメられるようになってしまったんだ。
母には、日曜日に行くとだけ返事をしておいた。
コウさんからは、あれから何回かメールが届いていた。
車酔いはしないかとか、遊園地の他にも私の行きたいところがあれば教えて欲しいとか、苦手な食べ物はあるかとか、洋食と和食ではどちらが好きかとか、簡単な確認事項的な内容でも、普通にデートの相談をしているようで正直楽しかった。
でも、コウさんへの気持ちのセーブはしていた。私はあくまで悩み相談の相手。お金を払う客なんだから。
そう思って返信は、あえてそっけなく事務的に聞かれたことだけ書いて返した。好かれる要素なんて何もない広がりのない内容。可愛らしい絵文字のひとつも入っていない。
だって、舞い上がってひとり相撲だったりしたら恥ずかしくて、二度と立ち直れない。
たとえ万が一にもこれがご縁でコウさんとお付き合いできたとしても、今までの経験上すぐに飽きられて、関係が終わってしまうのではないかと思うと怖い。
たとえばの話、奇跡的に結婚にこぎつけたとして、子どもができるかどうかもわからないし、この先十年後、二十年後、コウさんより五歳年上の私は、確実に五年も先に老いる。未来でコウさんが年上は失敗だったと我に返って、別れがあるかもしれないと思うと、その時傷ついてひとりに戻るのも無性に怖い。
年齢が上がると人はこんなにも考えることが多くなって、必要以上に慎重にしかも臆病になるものなんだ。
だから、メールの最後に楽しみにしていますとか、そういう少しでも期待させるような社交辞令を入れるのは止めて欲しかった。
コウさんの真意がわからないうちは、私は……。
何を相談すれば良いんだろう?
◇◇◇
「小宮山さーん!」
翌日、会社の帰り際、今泉さんから声をかけられた。あのクリップの件の後、あなた方にとってはあれは本当になんでもない、それこそ些細なできごとだったのね、と、嫌味のひとつもお返ししたくなるくらい、福沢くんと今泉さんは私に自然に接してきていた。
まあ、過ぎたことだから、良いんだけども。
「小宮山さんに、ちょっとご相談があって」
今泉さんが、綺麗に描いた眉を寄せている。明日はコウさんと会うし、出来れば早く帰りたかったのに。
「今日じゃないとだめ?」
「すみません、ご用事がおありなんですね」
「そういうわけじゃないんだけど。じゃあ、お茶だけでも良い?」
「はい! ありがとうございます」
他にも先輩女子社員はいるのに、わざわざ私をご指名してくれたんだから、無碍にもできない。
今泉さんの相談を聞くため、ふたりで駅前のカフェに入った。窓側のカウンター席のスツールに、並んで座った。
「実は、福沢主任と遠藤さんから、ほぼ同時にお付き合いして欲しいと告白されてしまって、どうすれば良いかと……」
は? ふたりから?
モテる女子も大変ね。
福沢くんは私より三年後に入社したから、もう三十七にはなってる。こんな十歳以上も年下の女の子に、よく告白したものだ。すごい度胸があるというか、なんというか。
片や遠藤くんは、ずっと若い二十代後半だったはず。年齢的には遠藤くんの方がバランスが良いのかなと思う。でも彼はルックスと愛想は良いけど、仕事に抜けが多い。
「私は人生経験は長いけど、結婚もしてないし恋愛相談はしても無駄かもよ。今泉さんは、ふたりのうちどちらかと付き合うつもりなの?」
「いいえ、私が好きなのは別の人なので、ふたりとはお付き合いはしません」
そうでしたか。別の人って言い方、社員の中にいるの?
詮索はしないけど。
「そうなんだ。じゃあ、今泉さんの正直な気持ちをふたりに言うしかないんじゃない?」
「でも、会社に居づらくなりませんか?」
「会社は仕事をする所であって、恋愛はおまけのようなものだよ。ふたりとも大人だし、ふられたからって、今泉さんに何か嫌がらせみたいなことをするような人たちとも思えないけど」
「そうですよね。はっきりお断りしてみます。何かあったら、また相談させていただいても良いですかァ?」
語尾を少し上げただけでも可愛らしい。
男性はこれにきっと弱いんだろうなあ。
私がやったら、気持ち悪がられそうだけど。
〈葉摘さんて、たまに可愛い動きしますよね〉
コウさん……。私は何を思い出しているんだろう。
「小宮山さん?」
「あ、……うん。もちろん、いいよ。私もそれとなくふたりのこと、気を付けて見ておくね」
しまった。つい……、巻き込まれた。
今泉さんとふたりの間のクッション、場合によっては盾になれと、そういうこと?
最悪、何かあったら助けて欲しいということだよね。
確かに年長者になると、こういう役割が回って来る場合がある。苦手とはいえ困っている後輩は、やっぱり助けてあげたいと思う。
「小宮山さん、あの、こっちをずっと見てる人がいるんですけど、もしかしてお知り合いですか?」
「え?」
今泉さんの視線の先を追って、カフェの窓の外を見ると、目を細めてこちらに手を挙げて合図して来る黒縁眼鏡の人がいた。
コ、コウさん!?
どうしよう?
なんで今泉さんのいる時に!?
素通りしてくれれば、良かったのに。
どうせ明日会うんだし!
私が内心猛烈にアタフタしていることを、今泉さんは察しているような気がするけど、恥ずかしくて横を向けなかった。
窓の外のコウさんはスマホを取り出すと、何やら操作を始めた。
すぐに私のスマホのバイブが鳴る。画面には、コウさんの名前が出ていた。
「ちょっとごめんね」
「いいえ、どうぞ」
微妙な表情の今泉さんに断って、私は小声で電話に出た。
「もしもし」
『こんばんは、葉摘さん。偶然ですね。思わずご本人かどうかじっと見てしまいました。あなたが一緒にいるのが男なら迷わず突撃する所ですけど、女性みたいなので、これで失礼します。ちょっとでも会えて嬉しかったですよ。では明日、楽しみにしています』
「!?」
コウさんはそれだけ言って、窓ガラス越しの私に軽く手を振ると通り過ぎて行った。私はコウさんの言葉に動揺しながら電話を切った。
何度も何度も、期待を持たせるような言い方されると……。
「感じの良い素敵な人ですね。小宮山さんの彼氏さんですか?」
「違うから……」
思わず否定していた。
その後、明らかに興味津々な様子で、「どういうお知り合いですか?」とか、「何歳ですか?」とか、聞いてくる。
諸々、勢いづいた今泉さんの質問攻めをテキトーにかわしながら、薄いコーヒーを飲み干した。
あなた、人のことより自分のことでしょ?
まだ聞き足りなさそうにする今泉さんとは、半ば強引に別れて家路についた。
一気に疲れた。
本番は明日なのに。
◇◇◇
土曜日の朝、目を覚ますとカーテンの隙間から明るい光が一筋射し込んでいた。
カーテンを開けると、泣きたくなるくらい見事な晴天だった。
もうジタバタしても始まらないのに。
『葉摘、とっても良いお話なのよ。土曜日にでも、身上書を見に来なさいよ』
母の声はいつもより高い。きっと機嫌が良いんだろう。身上書がもう手元にあるなんて。わざわざ行かなくても写メでと思うが、最近あまり実家に帰っていなかったのでそうも言いにくい。
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怪しい。でもそういう事にしておく。私の身上書を実家に置きっぱなしにしていたのはまずかった。ついでに引き取って来よう。
母からは、私が尋ねてもいないのに、お相手の情報が次々と読み上げられる。
生命保険の外交員の方のご紹介で、お相手は四十四歳の優良企業にお勤めのサラリーマン。母の写真の印象では、眼鏡をかけていて目は優しそうで真面目な感じらしい。いかにもの感想しかない。
外交員さん情報では、ご本人も優しくて誠実でとっても良い人らしい。でも結婚は二度目。前の奥さんとの間にお子さんはいない。優しくて良い人でも、離婚するしないは別らしい。とうとうバツイチの人もススメられるようになってしまったんだ。
母には、日曜日に行くとだけ返事をしておいた。
コウさんからは、あれから何回かメールが届いていた。
車酔いはしないかとか、遊園地の他にも私の行きたいところがあれば教えて欲しいとか、苦手な食べ物はあるかとか、洋食と和食ではどちらが好きかとか、簡単な確認事項的な内容でも、普通にデートの相談をしているようで正直楽しかった。
でも、コウさんへの気持ちのセーブはしていた。私はあくまで悩み相談の相手。お金を払う客なんだから。
そう思って返信は、あえてそっけなく事務的に聞かれたことだけ書いて返した。好かれる要素なんて何もない広がりのない内容。可愛らしい絵文字のひとつも入っていない。
だって、舞い上がってひとり相撲だったりしたら恥ずかしくて、二度と立ち直れない。
たとえ万が一にもこれがご縁でコウさんとお付き合いできたとしても、今までの経験上すぐに飽きられて、関係が終わってしまうのではないかと思うと怖い。
たとえばの話、奇跡的に結婚にこぎつけたとして、子どもができるかどうかもわからないし、この先十年後、二十年後、コウさんより五歳年上の私は、確実に五年も先に老いる。未来でコウさんが年上は失敗だったと我に返って、別れがあるかもしれないと思うと、その時傷ついてひとりに戻るのも無性に怖い。
年齢が上がると人はこんなにも考えることが多くなって、必要以上に慎重にしかも臆病になるものなんだ。
だから、メールの最後に楽しみにしていますとか、そういう少しでも期待させるような社交辞令を入れるのは止めて欲しかった。
コウさんの真意がわからないうちは、私は……。
何を相談すれば良いんだろう?
◇◇◇
「小宮山さーん!」
翌日、会社の帰り際、今泉さんから声をかけられた。あのクリップの件の後、あなた方にとってはあれは本当になんでもない、それこそ些細なできごとだったのね、と、嫌味のひとつもお返ししたくなるくらい、福沢くんと今泉さんは私に自然に接してきていた。
まあ、過ぎたことだから、良いんだけども。
「小宮山さんに、ちょっとご相談があって」
今泉さんが、綺麗に描いた眉を寄せている。明日はコウさんと会うし、出来れば早く帰りたかったのに。
「今日じゃないとだめ?」
「すみません、ご用事がおありなんですね」
「そういうわけじゃないんだけど。じゃあ、お茶だけでも良い?」
「はい! ありがとうございます」
他にも先輩女子社員はいるのに、わざわざ私をご指名してくれたんだから、無碍にもできない。
今泉さんの相談を聞くため、ふたりで駅前のカフェに入った。窓側のカウンター席のスツールに、並んで座った。
「実は、福沢主任と遠藤さんから、ほぼ同時にお付き合いして欲しいと告白されてしまって、どうすれば良いかと……」
は? ふたりから?
モテる女子も大変ね。
福沢くんは私より三年後に入社したから、もう三十七にはなってる。こんな十歳以上も年下の女の子に、よく告白したものだ。すごい度胸があるというか、なんというか。
片や遠藤くんは、ずっと若い二十代後半だったはず。年齢的には遠藤くんの方がバランスが良いのかなと思う。でも彼はルックスと愛想は良いけど、仕事に抜けが多い。
「私は人生経験は長いけど、結婚もしてないし恋愛相談はしても無駄かもよ。今泉さんは、ふたりのうちどちらかと付き合うつもりなの?」
「いいえ、私が好きなのは別の人なので、ふたりとはお付き合いはしません」
そうでしたか。別の人って言い方、社員の中にいるの?
詮索はしないけど。
「そうなんだ。じゃあ、今泉さんの正直な気持ちをふたりに言うしかないんじゃない?」
「でも、会社に居づらくなりませんか?」
「会社は仕事をする所であって、恋愛はおまけのようなものだよ。ふたりとも大人だし、ふられたからって、今泉さんに何か嫌がらせみたいなことをするような人たちとも思えないけど」
「そうですよね。はっきりお断りしてみます。何かあったら、また相談させていただいても良いですかァ?」
語尾を少し上げただけでも可愛らしい。
男性はこれにきっと弱いんだろうなあ。
私がやったら、気持ち悪がられそうだけど。
〈葉摘さんて、たまに可愛い動きしますよね〉
コウさん……。私は何を思い出しているんだろう。
「小宮山さん?」
「あ、……うん。もちろん、いいよ。私もそれとなくふたりのこと、気を付けて見ておくね」
しまった。つい……、巻き込まれた。
今泉さんとふたりの間のクッション、場合によっては盾になれと、そういうこと?
最悪、何かあったら助けて欲しいということだよね。
確かに年長者になると、こういう役割が回って来る場合がある。苦手とはいえ困っている後輩は、やっぱり助けてあげたいと思う。
「小宮山さん、あの、こっちをずっと見てる人がいるんですけど、もしかしてお知り合いですか?」
「え?」
今泉さんの視線の先を追って、カフェの窓の外を見ると、目を細めてこちらに手を挙げて合図して来る黒縁眼鏡の人がいた。
コ、コウさん!?
どうしよう?
なんで今泉さんのいる時に!?
素通りしてくれれば、良かったのに。
どうせ明日会うんだし!
私が内心猛烈にアタフタしていることを、今泉さんは察しているような気がするけど、恥ずかしくて横を向けなかった。
窓の外のコウさんはスマホを取り出すと、何やら操作を始めた。
すぐに私のスマホのバイブが鳴る。画面には、コウさんの名前が出ていた。
「ちょっとごめんね」
「いいえ、どうぞ」
微妙な表情の今泉さんに断って、私は小声で電話に出た。
「もしもし」
『こんばんは、葉摘さん。偶然ですね。思わずご本人かどうかじっと見てしまいました。あなたが一緒にいるのが男なら迷わず突撃する所ですけど、女性みたいなので、これで失礼します。ちょっとでも会えて嬉しかったですよ。では明日、楽しみにしています』
「!?」
コウさんはそれだけ言って、窓ガラス越しの私に軽く手を振ると通り過ぎて行った。私はコウさんの言葉に動揺しながら電話を切った。
何度も何度も、期待を持たせるような言い方されると……。
「感じの良い素敵な人ですね。小宮山さんの彼氏さんですか?」
「違うから……」
思わず否定していた。
その後、明らかに興味津々な様子で、「どういうお知り合いですか?」とか、「何歳ですか?」とか、聞いてくる。
諸々、勢いづいた今泉さんの質問攻めをテキトーにかわしながら、薄いコーヒーを飲み干した。
あなた、人のことより自分のことでしょ?
まだ聞き足りなさそうにする今泉さんとは、半ば強引に別れて家路についた。
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