淋しいあなたに〜1%の確率で出会った彼に愛されています〜

名木雪乃

文字の大きさ
上 下
13 / 30

13 何度も何度も

しおりを挟む
 両親からは、もう放っておかれるのかと思っていたけれど、そうでは無かったらしい。以前お墓はどうするのかと言われたこともある。ひとりっ子が増えている今時は、お墓を持たずにまとめて拝んでもらう合祀ごうしや永代供養という選択もある。私が未婚だったり、結婚しても子どもを持たなかったりした場合は必然的にいずれはそうなる。

 もうジタバタしても始まらないのに。

『葉摘、とっても良いお話なのよ。土曜日にでも、身上書を見に来なさいよ』

 母の声はいつもより高い。きっと機嫌が良いんだろう。身上書がもう手元にあるなんて。わざわざ行かなくても写メでと思うが、最近あまり実家に帰っていなかったのでそうも言いにくい。

「土曜日は約束があるから行けないけど、日曜日なら……。まさか、私のは勝手に渡してないよね!?」

『え、ええ。まだね。葉摘に聞いてからと思って』

 怪しい。でもそういう事にしておく。私の身上書を実家に置きっぱなしにしていたのはまずかった。ついでに引き取って来よう。

 母からは、私が尋ねてもいないのに、お相手の情報が次々と読み上げられる。
 生命保険の外交員の方のご紹介で、お相手は四十四歳の優良企業にお勤めのサラリーマン。母の写真の印象では、眼鏡をかけていて目は優しそうで真面目な感じらしい。いかにもの感想しかない。
 外交員さん情報では、ご本人も優しくて誠実でとっても良い人らしい。でも結婚は二度目。前の奥さんとの間にお子さんはいない。優しくて良い人でも、離婚するしないは別らしい。とうとうバツイチの人もススメられるようになってしまったんだ。
 母には、日曜日に行くとだけ返事をしておいた。

 コウさんからは、あれから何回かメールが届いていた。
 車酔いはしないかとか、遊園地の他にも私の行きたいところがあれば教えて欲しいとか、苦手な食べ物はあるかとか、洋食と和食ではどちらが好きかとか、簡単な確認事項的な内容でも、普通にデートの相談をしているようで正直楽しかった。
 でも、コウさんへの気持ちのセーブはしていた。私はあくまで悩み相談の相手。お金を払う客なんだから。
 そう思って返信は、あえてそっけなく事務的に聞かれたことだけ書いて返した。好かれる要素なんて何もない広がりのない内容。可愛らしい絵文字のひとつも入っていない。
 だって、舞い上がってひとり相撲だったりしたら恥ずかしくて、二度と立ち直れない。
 たとえ万が一にもこれがご縁でコウさんとお付き合いできたとしても、今までの経験上すぐに飽きられて、関係が終わってしまうのではないかと思うと怖い。
 たとえばの話、奇跡的に結婚にこぎつけたとして、子どもができるかどうかもわからないし、この先十年後、二十年後、コウさんより五歳年上の私は、確実に五年も先に老いる。未来でコウさんが年上は失敗だったと我に返って、別れがあるかもしれないと思うと、その時傷ついてひとりに戻るのも無性に怖い。
 年齢が上がると人はこんなにも考えることが多くなって、必要以上に慎重にしかも臆病になるものなんだ。

 だから、メールの最後に楽しみにしていますとか、そういう少しでも期待させるような社交辞令を入れるのは止めて欲しかった。
 
 コウさんの真意がわからないうちは、私は……。
 何を相談すれば良いんだろう?


◇◇◇

「小宮山さーん!」

 翌日、会社の帰り際、今泉さんから声をかけられた。あのクリップの件の後、あなた方にとってはあれは本当になんでもない、それこそ些細なできごとだったのね、と、嫌味のひとつもお返ししたくなるくらい、福沢くんと今泉さんは私に自然に接してきていた。

 まあ、過ぎたことだから、良いんだけども。

「小宮山さんに、ちょっとご相談があって」

 今泉さんが、綺麗に描いた眉を寄せている。明日はコウさんと会うし、出来れば早く帰りたかったのに。

「今日じゃないとだめ?」
「すみません、ご用事がおありなんですね」
「そういうわけじゃないんだけど。じゃあ、お茶だけでも良い?」
「はい! ありがとうございます」

 他にも先輩女子社員はいるのに、わざわざ私をご指名してくれたんだから、無碍むげにもできない。
 今泉さんの相談を聞くため、ふたりで駅前のカフェに入った。窓側のカウンター席のスツールに、並んで座った。

「実は、福沢主任と遠藤さんから、ほぼ同時にお付き合いして欲しいと告白されてしまって、どうすれば良いかと……」

 は? ふたりから?
 モテる女子も大変ね。

 福沢くんは私より三年後に入社したから、もう三十七にはなってる。こんな十歳以上も年下の女の子に、よく告白したものだ。すごい度胸があるというか、なんというか。
 片や遠藤くんは、ずっと若い二十代後半だったはず。年齢的には遠藤くんの方がバランスが良いのかなと思う。でも彼はルックスと愛想は良いけど、仕事に抜けが多い。

「私は人生経験は長いけど、結婚もしてないし恋愛相談はしても無駄かもよ。今泉さんは、ふたりのうちどちらかと付き合うつもりなの?」
「いいえ、私が好きなのは別の人なので、ふたりとはお付き合いはしません」

 そうでしたか。別の人って言い方、社員の中にいるの?
 詮索はしないけど。

「そうなんだ。じゃあ、今泉さんの正直な気持ちをふたりに言うしかないんじゃない?」
「でも、会社に居づらくなりませんか?」
「会社は仕事をする所であって、恋愛はおまけのようなものだよ。ふたりとも大人だし、ふられたからって、今泉さんに何か嫌がらせみたいなことをするような人たちとも思えないけど」
「そうですよね。はっきりお断りしてみます。何かあったら、また相談させていただいても良いですかァ?」

 語尾を少し上げただけでも可愛らしい。
 男性はこれにきっと弱いんだろうなあ。
 私がやったら、気持ち悪がられそうだけど。

〈葉摘さんて、たまに可愛い動きしますよね〉

 コウさん……。私は何を思い出しているんだろう。

「小宮山さん?」
「あ、……うん。もちろん、いいよ。私もそれとなくふたりのこと、気を付けて見ておくね」

 しまった。つい……、巻き込まれた。
 今泉さんとふたりの間のクッション、場合によってはガードになれと、そういうこと?
 最悪、何かあったら助けて欲しいということだよね。 
 確かに年長者になると、こういう役割が回って来る場合がある。苦手とはいえ困っている後輩は、やっぱり助けてあげたいと思う。

「小宮山さん、あの、こっちをずっと見てる人がいるんですけど、もしかしてお知り合いですか?」
「え?」

 今泉さんの視線の先を追って、カフェの窓の外を見ると、目を細めてこちらに手を挙げて合図して来る黒縁眼鏡の人がいた。

 コ、コウさん!?
 どうしよう?
 なんで今泉さんのいる時に!?

 素通りしてくれれば、良かったのに。
 どうせ明日会うんだし!

 私が内心猛烈にアタフタしていることを、今泉さんは察しているような気がするけど、恥ずかしくて横を向けなかった。

 窓の外のコウさんはスマホを取り出すと、何やら操作を始めた。
 すぐに私のスマホのバイブが鳴る。画面には、コウさんの名前が出ていた。

「ちょっとごめんね」
「いいえ、どうぞ」
 
 微妙な表情の今泉さんに断って、私は小声で電話に出た。

「もしもし」

『こんばんは、葉摘さん。偶然ですね。思わずご本人かどうかじっと見てしまいました。あなたが一緒にいるのが男なら迷わず突撃する所ですけど、女性みたいなので、これで失礼します。ちょっとでも会えて嬉しかったですよ。では明日、楽しみにしています』

「!?」

 コウさんはそれだけ言って、窓ガラス越しの私に軽く手を振ると通り過ぎて行った。私はコウさんの言葉に動揺しながら電話を切った。

 何度も何度も、期待を持たせるような言い方されると……。

「感じの良い素敵な人ですね。小宮山さんの彼氏さんですか?」
「違うから……」

 思わず否定していた。
 
 その後、明らかに興味津々な様子で、「どういうお知り合いですか?」とか、「何歳ですか?」とか、聞いてくる。
 諸々、勢いづいた今泉さんの質問攻めをテキトーにかわしながら、薄いコーヒーを飲み干した。

 あなた、人のことより自分のことでしょ?

 まだ聞き足りなさそうにする今泉さんとは、半ば強引に別れて家路についた。

 一気に疲れた。
 本番は明日なのに。


◇◇◇

 土曜日の朝、目を覚ますとカーテンの隙間から明るい光が一筋射し込んでいた。
 カーテンを開けると、泣きたくなるくらい見事な晴天だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...