淋しいあなたに〜1%の確率で出会った彼に愛されています〜

名木雪乃

文字の大きさ
上 下
4 / 30

04 淋しいあなたに?

しおりを挟む
 カフェスペースに戻ると、他のお客様は誰もいなくなっていて、コウさんはカウンターの方に移動していた。
 さっき膝を床についた時、腰にもダメージを受けていたようで、若干痛みを感じたが、病院へ行くほどでは無いと思う。
 瑠伊さんが新たに淹れてくれたコーヒーで一息ついていると、矢坂さんが慌ただしくエプロンを脱いでお店から出て行ってしまった。瑠伊さんが行ってらっしゃいと見送っていた。
 
腕時計で時間を確認すると八時を過ぎていたので、私も帰るつもりで立ち上がると腰に鈍い痛みが走った。

 腰が少しヤバい……年には勝てないな。全く嫌になる。
 
「小宮山さん、やっぱりさっき、どこか痛めました?」

 瑠伊さんに見破られた。

「あ、少しだけ腰を捻ったみたいで。でも、全然大丈夫です。普通に歩けますし、たぶん明日になれば良くなると思います」
「そうですか?」

  決して嘘は言っていない。でも、瑠伊さんは眉を寄せて心配そうな表情をすると、

「ねえ、コウちゃん、小宮山さんを車で送ってあげてくれない? 川平町あたりまで。ヒロくんは町内会の会合で出かけてしまったし」

 カウンターの目の前にいたコウさんに小声でそう言ったが、私にもそれは聞こえていた。
 
 瑠伊さんの呼びかけも、酷く馴れ馴れしい。
 さっきの矢坂さんといい、瑠伊さんといい……。やっぱり親戚?
 
 で、ヒロくん……て、もしかして矢坂さんの名前?

「いいよ」

 コウさんは気楽な感じに即答してノートパソコンから顔を上げると、私の方を振り返った、ようだ。
 私は気が付かないフリをしてバッグから財布を取り出すため、下を向いた。

 車で送ってもらうなんて、必要ない。
 歩けないくらい痛いわけじゃないし、かえって気をつかうし、遠慮したい。矢坂さんなら嬉しいけど。

 私は財布を手に、伝票を掴んだ。

「小宮山さん、あの、良かったらですけど、コウちゃんに車で送らせていただけませんか?」
「いいえ、あの、本当に大丈夫ですので」
「コウちゃんは私の実の弟ですから、ご遠慮なさらず。安心して下さい」

 お、弟!? 

 そうか、矢坂さんは義兄。だからあんなに気安く呼んでいたんだ。
 なるほど。あまり似ていない姉弟というのも確かにいる。
 ……ていうか、瑠伊さんに食い下がられた。

「ちっ、バラしやがって。シスコンだと思われるだろ?」
「毎日居座ってるんだから、実際そうじゃない? じゃあ、ブラコン? ヒロくん目当て? 昔から仲良しだもんね」
「な、おまえ~!」
「弟って言った方が小宮山さんだって安心なさるかと思って。得体の知れない狼と思われて、怖がられるよりいいでしょ?」
「おい!!」
「お客様の前で噛みつかないでよ」
「どっちが先に爪立てたんだよ!」

 なんだか断り辛い状況になってない?
 姉と弟ってこんななの?

 ひとりっ子の私にはわからない世界だった。
 私がふたりの会話にボケっと見入っている間に、コウさんがさも当然のように、

「じゃあ、行きましょうか。小宮山さん」
「え、ええーと?」

 私、まだ送ってもらうことについてはお返事してないんですけど。どう断れば良いんだろう。
 ひとまず忘れないうちに飲食した代金を支払った。

「ありがとうございました! またいらして下さいね」
「は、はい。また……」

 瑠伊さんから笑顔で見送られ、コウさんは矢坂さんみたいなスマートさでお店のドアを開けてくれた。そして背中に軽く手を添えられ、店の外へ出た。瑠伊さんに楯突いていた態度からは想像できないほど、背中を押すコウさんの手つきは優しいものだった。


 コウさんとふたりで外に出ると、

「駐車場は道路を挟んだ向こう側なんで、ちょっとここで待ってて貰えます? 今、車取ってきます。あー、オレ、こういう者です」

 コウさんは、パンツの後ろのポケットから財布を出すと、そこから一枚名刺を引き抜いて私にくれた。もらったのは、おかしな名刺?だった。
 表は普通の会社名が印刷されている。

○○SEサービス株式会社
 第1システム課 SE

  向井幸祐むかいこうすけ

 だから、コウさんと呼ばれているんだ。

 気になって裏を返したら、ギッシリ手書きで、

ーーーーーーーーー

淋しいあなたに
~カフェ〈サン・ルイ〉で、お話お聞きします~

秘密厳守 お悩み相談 予約制
対面相談料 2時間5000円(前金制)
SNSで相談もお受けします
2時間2500円

まずはこちらへお電話下さい
080××××××××

略歴
J大工学部中退
中瀬町某ホストクラブにて8年勤務
システムエンジニア歴5年
心理カウンセラー資格取得

ーーーーーーーーーー

 元ホスト!!?
 〈サン・ルイ〉でお悩み相談!? って。
 個人でやってるの?
 胡散臭いことこの上ないんですけど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...