淋しいあなたに〜1%の確率で出会った彼に愛されています〜

名木雪乃

文字の大きさ
上 下
2 / 30

02 癒しの場所

しおりを挟む
 それからというもの、一週間に一度くらいのペースで、カフェ〈サン・ルイ〉に通っていた。ランチタイムを過ごす時もあれば、ゆっくりしたい時は仕事帰りに立ち寄った。
 数回通った段階で私は顔を覚えられたようで、私に向けられるマスターの笑顔はさらに極上のものになった。仕事で疲れても嫌なことがあっても、彼の笑みを見ると自然と元気が出た。彼の朗らかな笑顔は私にとって心の癒しになった。
 いつしか他のお客様とマスターのやり取りを耳にしているうちに、彼が三十代後半で、矢坂やさかさんという苗字であることを知った。そして、カウンターの中にいつもいる女性が奥様だということも。お店の名前は、パリのセーヌ川の中洲にある島、サン・ルイ島からとったそうだが、奥様の名前も〈瑠伊るい〉さんなのだとか。
 お店の奥に、新婚旅行で行ったパリのサン・ルイ島で撮影したふたりの思い出の写真が飾られているとか、そんな情報まで自然に入って来る。
 夫婦で仲良くオシャレなカフェを切り盛りしているなんて、とても羨ましかった。理想的な美男美女のご夫婦の姿に胸が痛む。そんな自分が嫌だった。もう来ない方がいいのかもしれないと思いつつも、矢坂さんの笑顔と落ち着く空間と美味しいコーヒーに癒されたいという思いが勝ってしまう。
 私は複雑な心に蓋をしながら、カフェ〈サン・ルイ〉に通い続けていた。
 
 〈サン・ルイ〉の奥は半個室の他に、こぢんまりした催事スペースがある。そこで個人やグループの創作作品の展示や販売がよく行われていた。写真、水彩画や陶芸、手作りアクセサリーや小物など、ほとんど週替わりで行われている時もあった。ついでに展示も見ていかないかと一度矢坂さんに誘われてから、お店に行くたびに催事スペースも覗いていくことが常になった。
 常連客に昇格していた私は、企画ごとに案内状を送られるまでになった。当然のように住所と名前は伝えてあるので、私は矢坂さんから名前で呼ばれるようになっていた。

小宮山こみやまさん、こんにちは。いらっしゃいませ! 今日もお仕事お疲れ様でした」

 矢坂さんから綺麗な笑顔で自分の名前を呼ばれる。ただそれだけで、少し特別な常連客として彼に近づけた気がして、なんとなく嬉しかった。
 それだけでいい。

 仕事の帰りに寄ったその日は、丁度、新たな企画の準備と重なっていたようで、数人の年配の女性たちが長方形の箱を持って、頻繁に店を出入りしていた。
 私は、いつものブレンドコーヒーを飲みながら、その様子を眺めていた。箱の形状からすると、絵か写真なのかなと思った。

「矢坂さん、すみません! 吊り下げる金具って、まだ、ありますか?」
 
 壁を隔てた向こう側からの声に、

「はい、ありますよ。今行きますね」

 矢坂さんは丁寧に返答しながら、奥へ姿を消した。少しすると、

「おーい、コウ! 暇ならこっちに来て手伝え!」

 え? 今のも矢坂さん?

 いつもとは違う、くだけた感じの声にドキリとした。まるで身内を呼ぶ時みたいに親しげな。
 
 一体誰を呼んだの?

 その声に反応して、ガタガタという椅子の音とともに立ち上がったのは、出窓の席を陣取っていることが多いよく見かける黒縁眼鏡の男性だった。いつもノートパソコンと睨めっこしていて、若そうなのに少し猫背で……。

「了解っ!」

 張りのあるしっかりした声に、思わず顔を見てしまい、見事に目と目が合ってしまった。
 
 やだ、私ったら……。

 私は、すぐに目線を外した。

「すみません、うるさくして」

 軽く頭を下げながら、私を見ているようだったので、

「いいえ」

 私は俯いたまま会釈して、そう答えておいた。
 
 呼ばれて奥へと向かう黒縁眼鏡の男性は、背丈は矢坂さんと変わらないほどだったが、彼よりは幾分若い印象だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

処理中です...