上 下
69 / 95
クリスマス編

69 クリスマスイブ

しおりを挟む


 朝から賑やかなサンタクロース一家の、クリスマスイブ。

 ニコラスは教会のクリスマスイベントの打合せで、すでに出かけていた。
 リジーとジョンは、サムの家族と少し豪華な朝食を済ますと、皆で町の教会を訪れた。

 町の人々も次々と教会へ集まって来ていた。
 教会では2日間、特別なプログラムが組まれていて、その日は礼拝の他に、子供たちがキリスト誕生の劇やハンドベル演奏を行い、全員で賛美歌やクリスマスの歌を歌った。

 最後に、鈴の音が鳴る中、サンタクロースのニコラスが大きな袋を肩に掛けて、ゆっくり現れた。

「わあ、サンタクロースだ!!」

 子供たちが席から飛び上がって歓声を上げる。
 見ているリジーも、子供たちの熱気につられて座っていた椅子から腰を浮かせた。
 立ち上がる寸前に、ジョンにサッと手を押さえられ、我に返る。

「!」

 あたりを見回し、立ち上がっているのは子供たちだけだとわかった。

(わ~、恥をかくところだった。ジョン、私の行動を先読みしてた?)

 リジーは席で縮こまった。握られている温かい手に力がこもったのを感じて、隣にいるジョンを見る。
 教会の天井からの光と共に、どこまでも優しい濃い茶色の瞳があった。

(私が失敗しても、ジョンは呆れたような顔を絶対にしない)

 リジーは小さな声で、ありがとうとジョンに感謝を伝えた。

 クリスマスのプログラムを一生懸命こなした子供たちに、サンタクロースからプレゼントが渡された。



 教会から戻ると、今度は女たちはクリスマスパーティ用の料理の最終準備にとりかかる。

 リジーは、クッキーに模様を描くフロスティングを手伝っていた。
 雪だるまやツリー、星、サンタクロースの絵柄を手際よく描く。
 ブレンダとホリーも一緒に描いていたが、四苦八苦していた。

「上手ね。リジー」
「手先が器用ね」

 ブレンダとホリーがリジーのフロスティングを褒めた。

「ありがとう! 家でよく作ったから。でも、絵を描くのはまるでダメ。本当に下手なの。学校の授業のアートの評価はⅮだったし」
「え~。Ⅾってひどくない?」
「私が描いたカンガルーの絵を見て、先生が<恐竜>って……」
「……嘘」

 ホリーが目を伏せた。

「それは興味深いわ。このクッキーにカンガルー描いて!」

 ブレンダは嬉々として大きめのクッキーをリジーの前に置いた。

「……ブレンダ、やめなよ。リジーが困ってるよ」
「リジー、ごめんごめん。つい興味わいちゃって」

「いいの? <恐竜>でも?」
「それはそれで、ありかな~って」
「じゃあ、これは責任もって私が食べるということで」

 リジーは白いフロスティングで、頭に浮かぶ<カンガルー>を描いた、つもりだ。
 娘3人が描いたフロスティングのクッキーは、大きな白い<恐竜>を中心にデザート皿に載せられた。

 

「ニコラスったら大事な相棒を忘れるなんて珍しい。午後から使うのに困った人ね」

 リンダがトナカイのパペットを持ってうろうろしていた。

「私がお届けしましょうか?」

 フロスティングが終わって、手持無沙汰になったリジーは名乗り出た。

「あら、そんな、お客様に悪いわ。ブレンダかホリー、お願いできる?」
「私たち、これから着替えてお友達の家に行くって言ったでしょ?」
「行く途中に寄れない?」
「公会堂とは逆方向だもん」
「外にいるサムに頼めば? どうせ暇でしょ?」
「それもそうね」

 外へ行こうと、リンダが玄関の方へ向かった。

「あ、リンダさん、私がサムに頼んできます」
「そう? ありがとう、リジー。じゃあ、お願いするわ。ニコラスは公会堂にいるとサムに伝えてね」
「わかりました!」

 リンダからパペットを受け取り、外に行こうとしたリジーはダイアナに呼び止められた。

「リジーちゃん、ちょっと。急ぐとこ悪いわね」
「はい?」
「少しだけ。聞きたいことがあるのよ。ジョンは年齢はいくつ?」

 ダイアナはササっとリジーのそばに寄ると、声をひそめて耳元で聞いて来た。

「え? し、知りません」

(そういえば、ジョンの年齢、知らなかった……)

 なんとなく20代後半かと思っていて、確認したことはなかった。

「誕生日は?」
「!?」

(知らない……!)

「出身は?」
「!!?」

(し、知らない……!!)

「好きな娘はいるの?」
「え~っと。ど、ど、どうでしょう?」

(うわ~、私ですなんて、恥ずかしくて言えない)

 パペットを握り締めて、焦るリジー。

「好きな食べ物は?」
「べ、ベーコンとパン、だと思います」
「他は?」
「……」

 ジョンのこと好きなのに何も知らない……という事実に気が付いたリジーは愕然とした。

(なんて疎い、なんて間抜けなんだろう。ジョンについて聞かれても全然答えられないなんて)

 リジーは、自分の顔が引きつるのがわかった。

「あ、急ぐのに色々聞いちゃってごめんなさいね」

 ダイアナはそう言うと、そそくさと行ってしまった。


♢♢♢


 ジョンとサムは、家の外のクリスマスの装飾を行っていた。

 今年は男手があるので、急遽電球を増やすことにしたらしい。
 イルミネーション用の電球は家の軒下にも吊るされ、かなり豪華な装いになりそうだ。

 ジョンは梯子を登り、サムの指示通りにツリーに見立てた庭の木々に電球のコードを巻き付けていた。

 リジーが少し肩を落として、俯きながら外に出てきた。

「あれ、リジー、どうしたの?」サムが声をかける。
「ニコラスさんが午後から使うパペットを忘れてしまったそうなの。サムに公会堂まで届けてほしいって、リンダさんが」
「え、俺が?」

 サムはあからさまに嫌そうな顔をする。

「うん!」
「じゃあ、リジーも届けるの付き合ってよ」

「おまえが頼まれたんだろう? ひとりで届けられないのか?」

 ジョンは梯子から降りた。

「気まずいから嫌だ。わかるだろう?」
「だからってリジーの手を煩わせるな」

「あ、ジョン、私もメインストリートの飾りとか見たいし、ちょっとサムと一緒に行って来るよ」

 リジーの行きたそうな素振りに、ジョンは心に広がった寂しさを隠した。

「……わかった」
「サム、少し待ってて。リンダさんに私も行くって伝えて来る」

 家に入ったリジーは、すぐに赤いコートをはおりながら出て来た。

「じゃあな、クロウ。公会堂は近いし、すぐ戻るよ」

 サムとリジーの後ろ姿を見送ると、ジョンはまた電球の飾りつけ作業に戻った。
 朝は晴れていた空が、どんよりと曇って来ていた。

 この町は、これから雪が降るのだろうか。

 ジョンは雲の向こう側でも見るように、目を凝らした。


♢♢♢


「家の中で何かあった?」

 歩きながら、サムがリジーの横顔を覗き込んで来る。

「あの、……ジョンは何歳なの?」
「は? リジー知らないの?」
「うん」
「たぶん26か7。はっきりはわからない」
「え~? 長い付き合いなのに?」
「なんだよ。年齢を知らなくても何も不便じゃないし、関係ないだろう」
「じゃあ、誕生日がいつか知ってる?」
「知らない」
「出身は?」
「知らない」
「好きな食べ物は?」
「ベーコン? 肉屋でよく買ってるのは知ってる」
「他は?」
「知らねーよ。一緒に飲みに行っても、あいつはビール1杯くらいしか飲まないし、俺が注文した料理を適当に摘まむくらいだしな。食い物には全く関心を示さない」

「……」
「てか、俺に聞かずに本人に直接聞けばいいだろう?」
「そ、そうだよね」

 何をサムに聞いてるんだろう、とリジーは落ち込んだ。

「俺はジョンの年齢がいくつだろうと、どんな食いもんが好きだろうと知ったこっちゃない。別に何も知らなくても友達は友達だ」

 堂々とそう言ってのけるサムを、リジーはハッとして見上げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...