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ハロウィーン編

55 貝。……愛? 葉っぱ?

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 翌日、リジーは思いのほかベッドでスッキリ目覚めた。
 今は、まるで何事もなかったかのように気持ち悪さは治まっている。
 時計を見ると、午後2時過ぎていた。

(うそ!? もう午後? 仕方がないか……)

 ベッドから起きようとすると、首から下まであちこちが筋肉痛のような軋む感じがある。
 身体中が気持ち悪かったので、重い身体をのそのそと動かし、バスルームへ向かった。

 シャワーを浴びると一息ついた。急激に空腹を感じる。シリアルに牛乳をかけ、ふやかしてから少し食べた。

 ようやく落ち着いて、昨日のことを思い返した。
 
 みんなに心配かけて、かなり迷惑をかけた。明日出勤したら謝るしかない。
 それから、ジョン……きっと今も心配してくれているに違いない。彼には昨夜は酷い姿を見られた。 
 これから謝りに行って、お礼も言おう。

 そこでリジーは項垂れる。
 自分の貧弱な身体を支えてもらったことを思い出し、今度は落ち込む。

(スーザンには、少しはマシなこと言われたけど、サムにはもっと肉付けろって言われたんだった。どんな顔して会えばいいんだろう。きっとジョンの事だから普段と変わらず接してくれる。少しふくよかな子供を支えたくらいにしか思ってないよね。色々恥ずかしいのは、今に始まったことじゃないし……今さらだよね)

 複雑な思いを抱えながら、リジーはフラフラと階下に降りた。

 <スカラムーシュ>の入り口ドアには、クリスマス休暇の予定が貼りだされていた。

(20日から休暇? サムの家に行くのは多分23日くらいかな。でもその前から休むんだ。ジョンは、休暇はどうするんだろう?)


 ドアの前に脱力した感じでぼーっと立っていると、ドアが急に開かれた。

「リジー! 顔色が悪い。部屋に戻った方がいい。用があるなら僕が行ったのに」

 ジョンが心配そうに眉を寄せて、見下ろしてくる。

「あ、うん。もう大丈夫だから。昨日は、ありがとう。心配かけてごめんね。全然余裕なくて、色々含めて……ごめんね」

 頬が熱くなってくる。リジーはジョンの顔をチラッと見上げただけで、すぐ目を伏せた。

「謝る必要なんてないよ。調子が悪いときは何も気にしないで、頼ってくれて良いんだ」
「うん」

(やっぱり、ジョンはいつも通り)

 リジーは何か身体の中が空っぽになってふわふわ浮きそうな感じがした。
 ジョンの手が微かに動いたのが見えた。

(その大きな手に触れたいのに、包まれたいのに……。ジョンのあたたかい手のぬくもりが欲しいのに、欲しいと言えない。昨日もその手と腕で抱き上げて、部屋まで連れて行ってくれた。具合悪くて甘い気分に浸る余裕もなかったけど、嬉しかった)

 そうだ、聞きたいことがあったと、リジーは思い出した。

「ジョンは、サムのおうちへのクリスマスプレゼントは何にするの? 私、まだ考えてなくて」
「……サムの家族にはワインにしようと思う。サムに聞いたらワインが良いと言われた」
「そうか、ワインね。私は、何にしようかな。……あのね、ジョンとサムにもプレゼントあげたいの。ジョンはどんな物が嬉しい?」
「僕はリジーが前に作ってくれたあのくるみ入りのクッキーが良い」

 ジョンが少しはにかんだように見えた。

「え? あのクッキーはいつでも作ってあげるよ。クリスマスプレゼント用だよ」
「特別な物は必要ないよ」

 ジョンが遠い目をする。

「いつもお世話になってるから、何かあげたいのに。クッキーはもちろん作ってあげるけど。じゃあ、私が勝手に選んじゃうよ。嫌でも受け取ってもらうから。サムとお揃いにするかもよ~」
「それは遠慮する」

 と、ジョンがあからさまに嫌そうな顔をしたので、リジーは笑ってしまった。
 ジョンの手がまた動いた。拳が強く握られている。
 ジョンの手につい視線が行ってしまう。

「20日から、<スカラムーシュ>はお休みするの?」
「ああ、毎年この時期は31日まで休むんだ。オーナーから休むように言われてる。20日はイムルさんの家に行って、色々回って22日にはここに戻って来る」
「イムルおじさんの所に行くの?」
「僕には帰る家が無いから、イムルさんの家が実家みたいなものかな。この店に雇ってもらった時、イムルさんにもお世話になったんだ。それから年に一度、クリスマス前に顔を出してる」
「そうだったの。イムルおじさんにはしばらく会ってないなあ。シンおじさんは、クリスマスにはちゃんと帰って来るのかな?」
「どうかな。オーナーはいつも自由な人だから」
「……シンおじさん、今頃何してるんだろう?」
「今回はちょっと留守が長いかな。いつもはもう少し早くここに帰って来るんだけどね。リジーは22日までは仕事だよね」
「うん」
「そうか……体調には気を付けて」
「うん」

 自分を見ているはずのジョンの濃い茶色の瞳が遠く感じる。
 映っているのは近くにいる自分なのに。

♢♢♢

 ジョンはリジーの瞳にフリードの面影を見た。

 自分を支え、励ましてくれた彼にまた会いたかった。たとえ夢の中でも幻でもいい。

 クリスマスシーズンになると、毎年そう願っていた。
 今年は、いつの日か会いたいと思っていたリジーに会えた。彼女がそばにいる。夢でも幻でもない。
 奇跡はもう起きていたんだ。これ以上何を望む……。


♢♢♢♢♢♢


 翌日リジーが出勤すると、待ち構えていたように入口にいたカイルが振り返った。
 それも眉間に皺を深く寄せて、角まで見えるようだ。

「おはようございます! カイルさん。一昨日はご迷惑をおかけしてすみませんでした。夜中には吐き気も治まって大丈夫でした。昨日はもう普通に食べて、今日は元気です!」

 リジーはカイルに何か言われる前に、謝った。

「牡蠣は二度と食うなよ」

 ギロリとカイルの冷たい目線が突き刺さるが、これがいつものカイルだとわかっているリジーはもう怯えることはない。

「はい……。すごく美味しかったんですけどね。本当に残念です」
「あんなに苦しんだのに、まだ未練があるのか? 食い意地が張ってるな」
「だって、あんなに美味しいのに、二度と食べられないなんて、まるで禁断の貝じゃないですか~?」
「ふん、知るか、……何が禁断の貝だ! そんな甘ったるい響きじゃないだろう。ゲーゲーやりやがったくせに。牡蠣厳禁だ、牡蠣厳禁!」

 カイルが眉をいからせる。


「朝からワイワイ楽しそうだね! 何々? 禁断の愛? 火気厳禁? て?」

 スーザンが出勤してきた。

「貝だ!! って、なに食い付いてんだ、馬鹿か!」

 カイルはそう言うと、サッと背を向けて行ってしまった。

 スーザンは横目でそれを見て、ふうっと息を吐く。

「おはよう、スーザン!! 一昨日は本当にごめんね。それから、色々ありがとね」
「復活したんだね。良かった」

 リジーに微笑みかけ、そして小声になった。

「ジョンには優しく介抱してもらった?」
「え? あ、えっと、帰ってもらった」

 リジーは目を逸らしながら聞き取れないような声で答えた。

「なんでっ!?」
「だって、吐いてる姿なんて見せたくなかったんだもん。見てて気持ちの良いものじゃないでしょ?」
「はあ? いいんだよ。どんな姿見せたって。ジョンはリジーに頼って欲しかったはずだよ。そばにいてあげたいと思ってたはずだよ。まったくあなたたちときたら、手がかかり過ぎる。せっかく彼には発破をかけてあげたのに。もう、信じられない……」

 スーザンはがっかりしたように肩を竦めている。

「え? 何? 葉っぱ?」

 最後の方のスーザンの呟きがよく聞き取れなかったリジーは、首を傾げた。

「いや、こっちの話だけど……」

 そしてスーザンには、大きなため息を吐かれた。

―――――――――――――――――――――――――――――――

※イムル:<スカラムーシュ>オーナーのデイビッド(シンドバッド)の父親

アメリカが舞台なので、リジーたちは英語を喋っています。
ですが、日本語で言葉遊びをやってしまいました。
このようなニュアンスだったと思ってください(^-^;
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