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ハロウィーン編
50 突然の訪問者~前編~
しおりを挟むジョン視点のお話になります。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
遊園地に行った翌日、大口の注文が入り、ジョンは慌ただしい日々を送っていた。
丸々店舗一軒分のアンティーク家具や小物の依頼が来たのだ。店舗のイメージがインテリアデザイナーから伝えられ、それに見合うものを用意しなければならない。近いうちに、デザイナーが確認に来る予定だった。
さらに店にはクリスマス用の雑貨などもオーナーのデイビッドから次々と送られてきていた。
「こんにちは、クロウさん、荷物ですよ。今日は<アルセーヌ・ルパン>さんから~!」
顔なじみの褐色の肌の宅配業者の、明るい声が店の入り口で響いた。
「ありがとう。いつも小馬鹿な偽名で悪いな」
ジョンはまたか、と苦笑する。
「いえいえ、慣れたら楽しくて。いろんな知り合いがいていいですね」
ジョンが伝票にサインすると、業者の男は荷物を置いて店を出て行った。
デイビッドから送られてくる荷物の伝票は、いつも住所は同じだが差出人名がほぼ毎回違う。
最初のうちは、<シンドバッド>で来ていたが、いつの頃からか別の名前を使うようになった。
前回は<シャーロック・ホームズ>、その前は<フィリップ・マーロウ>、まあ<ペリィ・メイスン>も良いが、<モビー・ディック>の時は唖然とした。
なぜ<白鯨>、思わず笑った。なんでもありなのはわかるが、もはや人物名ですらなかった。
彼のユーモアにどれだけ救われたか。
心から笑うことを忘れてただ生きて来たような自分を、いつも気にかけてくれた。
『ジョン、私の息子にならないか?』
『え?』
『養子にならないか? 私はこれから先、結婚はしても、自分の子は持たないつもりだから』
『それは……』
ジョンは店の看板をしまい、ドアの外に閉店の札をさげた。
あとはいつものようにリジーが帰って来るのを待つだけだった。
最近は彼女も忙しいらしく、帰りが遅い時もある。遅くなると夜道が心配だが、迎えに行くわけにもいかない。
あの遊園地での事は夢のようだった。
『私の幸せが、ジョンのそばにいることだって言ったら迷惑?』
リジーの少しはにかんだ表情と心に優しく響く澄んだ声が思い返される。
迷惑どころか心底嬉しかった。このまま自分の時が止まっても良いとさえ思った。
でも、謝ることしかできなかった。
ふと、見ると、店の前を通った茶色の縁の眼鏡の男が、アパートメントを見上げ、内玄関の方へ回って来た。
客か? とジョンは思った。
だが、その男は、店の入り口を見もしないで、その前を通り過ぎた。
その先は2階への階段しかない。
ジョンはすぐに店を出て、階段を上った。
リジーの部屋の前に、痩身でくすんだ金髪の若い男が立っている。
「オレの部屋の前で何をしてる!!」
ジョンは自分でも驚くほど威圧的な硬い声を出したと感じた。
「え? あなたの部屋? ぼ、ぼくは、この部屋の子に用があって来たんですが。とにかく、不審者じゃありません」
男はかなり驚いたような顔をしてビクついたが、すぐにキリっとした態度に戻った。
(リジーの知り合いか?)
「不審者はみなそう言う」
ジョンは硬い表情を変えない。鋭い目つきで男を睨んだままでいた。
「本当です。彼女、いないんですか? まさか、あなたは彼女と一緒に住んでるんですか? ぼくは彼女の高校のクラスメイトでした。彼女に話があって会いに来たんです。関係ないあなたにそこまで言う必要はありませんでしたね」
少しおどおどしながらも、そう放たれた言葉にジョンはムッとする。
「オレの部屋はこっちで、下の店の従業員だ。彼女の母親から彼女の事を頼まれている。だから、関係ないわけじゃない。遅い時間に訪ねて来る男には用心するに越したことはない」
「そうでしたか。ぼくも彼女のお母さんからここの住所を聞いて来たんです。それからこの時間ならいるだろうって。彼女の休みと合わないから、しかたがなく夜遅いとは思ったんですが。なんなら、今からリジーのお母さんに電話して確認してもらってもかまいませんよ!」
眼鏡の男は、白い頬を紅潮させ必死で訴えて来る。
リジーの名前を知っているということは、知り合いで間違いないらしい。
「……彼女に会いたいなら、下の店の中で待っていればいい。彼女は帰って来るといつも店に寄る」
「! ありがとうございます」
男はほっとしたような顔をした。助け船を出しながらも、見るからに人の良さそうなその男にジョンは苛ついていた。
男を促し、階下に降りる。店の中に入ると、ソファに座るようすすめた。
男は行儀よくソファに座った。
彼女を突然訪ねて来た若い男。彼女になんの話がある?
自分の心に湧きだすドロドロした思いに虫唾が走る。
彼女を誰にも渡したくないという思いがまた首をもたげ、自分を苦しめる。
今まで彼女から男の気配は同じ職場のあのカイル以外はまるでなかった。そこで思い出したのは、リジーの誕生日を祝ったレストランでのサムの一言だった。
『クラスメイトくんは、リジーが好きだったんじゃない?』
(クラスメイト? リジーが何か名前を言っていたようだが、この男がもしかしてそうなのか?)
ジョンは頭に血が上ったが、すぐに冷えた。
彼女の望みは、幸せは……。
彼女は幸せにならなければならない。自分はそれを見届けたい。
そばにいられなくても。自分の人生はすべて彼女のためにと誓った。
「ぼくはウィルバートと言います。大丈夫ですか?」
男は心配そうにジョンを見ている。
店で待てと言っただけで、すっかりジョンに対する警戒を解いている。
そんなところは育ちの良さがうかがえる。
『私の幸せはジョンのそばにいることだって言ったら迷惑?』
リジーの言葉が繰り返しジョンの脳裏に甦る。
許されるわけがない。
真実を知った彼女は、自分の母も自分も恨むに違いない。
「具合悪そうですよ」
「……大丈夫だ」
(ろくでもない男なら、追い返してやれたのに)
ジョンはウィルバートの真面目そうな雰囲気に、少し落ち着きを取り戻した。
「ここに来るべきか悩みました。でも、彼女に謝りたかったのと、気持ちをはっきり伝えてなかったので、誤解されたままなんじゃないかと思って。彼女は鈍いですからね」
ウィルバートはクスッと爽やかに笑って、そのあと真面目な顔になる。
「誤解を解くのと、自分が後悔しないために来ました」
ウィルバートの真剣な姿に心を動かされる。
(後悔……気持ちを伝える?)
こんな若者なら、彼女を幸せにしてくれるかもしれないと思うと、喜ぶべきなのに苦しくて吐きそうになる。
どんなに自分は具合悪そうに見えているのだろうか。
(滑稽だ)
「ウィルバート、僕はジョンだ。そろそろ彼女が帰って来る。ここで話をしたらどうだ? 僕は席を外すから」
「助かります。ありがとうございます」
男はソファに座りながらも姿勢を崩さずに言った。
眼鏡の奥から誠実そうな澄んだ青い瞳がのぞく。
ジョンはそれを羨ましく思った。
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