上 下
47 / 95
ハロウィーン編

47 ダブルデート

しおりを挟む

 それからも、サムは相変わらず毎日のように<スカラムーシュ>へやって来ては、軽口をたたいて帰って行く。
 ジョンに対して、リジーとの件を急き立てるようなことは言わなかった。

 先日は、アイリーンを伴い、デレデレしながらやって来た。
 アイリーンは知的で礼儀正しい女性で、ジョンは彼女に好感を持った。



 その日は、ひとりでやって来るなり聞きなれない言葉を吐いた。

「クロウ、ダブルデートしないか?」

 サムは気持ち悪いほどにこやかだった。

「なんだそれは?」

 それに対して、ジョンは警戒するような目を向ける。

「4人で<ミラクルマウンテン>に行かないか? っていうお誘い。つまり、おまえとリジーとアイリーンと俺で。どう?」
「ミラクルマウンテン?」
「遊園地だよ。まさか、行ったこと…………無さそうだな」

 ダウンタウンから車でフリーウェイを走って30分くらいの所だというサムの話を、ジョンは受け流した。
 子供向けのアトラクションは少なく、むしろ大人に人気の遊園地だとか、大きく回転するジェットコースターがどうのこうのとサムが説明するのもすべて聞き流した。

「リジー、喜ぶんじゃないか? 女の子は遊園地が好きだし、あの子もまだ行ったことないだろう。ふたりだと気まずくても、俺たちがいるし」

 サムが熱心に誘ってくる。サムがアイリーンと行きたいだけだろう、とジョンはため息を吐く。

(ああ、車か。いい加減買えば良いのに)

 ジョンは全く関心なかったが、リジーが喜ぶという話には少し心が動いた。
 ここ数日は、リジーが残業で帰りが遅いのもあり、仕事帰りの一言二言の挨拶しか交わしていない。
 疲れたような顔をして帰って来るのが、心配でもあった。
 
 リジーのはじけるような笑顔をしばらく見ていなかった。
 自分に対して本来の笑顔を見せないのは、あたりまえだ。
 それだけのことを彼女にしている。
 自分の矛盾のある行いが彼女を苦しめている。

 それをわかっているのに、ジョンはまだどうすることも出来ずにいた。

 母の犯した罪を償わなければならない自分が、彼女の想いを受け止めるとか、ましてや自分の想いを告げるなど、許されて良いわけがない。

「クロウ? リジーに聞いてみてくれよ」
「わかった……」

(彼女の幸せはどこにある……どうすることが彼女の幸せになる?)


♢♢♢♢♢♢


「ただいま、ジョン」
「リジー、おかえり」

 仕事から帰って来たリジーは、ジョンから呼び止められた。

「リジー、その、来週の木曜日に遊園地に行かないかとサムから誘われた。アイリーンも来るそうだから4人で……どうかな。仕事の休みは合う? 疲れているなら断っても良いんだが」

(ジョンが誘ってくれているの?)

 この所、ジョンに対してどのような態度をとったら良いのか、リジーはわからないでいたが、誘われるのは素直に嬉しかった。

「うん、来週は木曜日と金曜日が休みだから行けるよ」

 何気に<スカラムーシュ>の定休日に自分の休みを合わせてしまっている。

「そうか、じゃあサムに連絡しておくよ」

 ジョンは変わらず穏やかで優しい笑顔で接してくれる。それが少し辛くもある。
 自分の方が見えない壁でガードしているかもしれない。
 これ以上拒まれるのが怖くて、臆病な自分は、壁の外から様子をうかがっているだけだった。
 
(頑張るつもりが、何も行動していない。ジョンから誘われたとはいってもあまり浮かれちゃだめだよね。でも、とても嬉しい……)



♢♢♢♢♢♢



 ダブルデート当日は良く晴れて、空は青く空気は澄んでいた。
 ジョンに運転を任せ、リジーを後部座席に乗せると、サムは道案内をするからと助手席に座った。

 最近は送り慣れたアイリーンの家の近くまで迎えに行く。
 リジーは思ったより晴れやかな顔で、車の窓から外を見ている。

(さて、ふたりには起死回生のデートにしてもらいたいけどなあ。そして、俺はあわよくばアイリーンともっと近づきたい!)

 サムは策を練っていた。
 

 木陰にたたずんでいるアイリーンは髪色がブロンドからブルネットに変わっていた。
 すっきりした無地の白いシャツに薄いオレンジ色のカーディガンをはおり、ジーンズ姿だった。

(アイリーン! 髪が……)

 車が停まると同時に、助手席からサムは勢いよく迎えに出て行った。

「お待たせアイリーン!」
「こんにちは」

 サムはとびきりの笑顔を向けた。
 アイリーンは恥ずかしそうにおとなしく微笑んだ。

(可愛いじゃん!)

「髪の色似合うよ! それが本来のきみ?」
「そうよ……がっかりしたでしょ?」
「いや全然。素敵だよ」

 サムは蕩けるような目でアイリーンを見つめると、自然に髪に触れた。

「ちょっと、やめてよ」

 アイリーンがサムから一歩離れるが、その分詰めたサムはアイリーンの腕をとり耳元で囁く。

「あのふたりに俺たちが仲良くしてるのを見せつけて、たきつけるのが今日の目的なんだから、協力してくれる約束でしょ?」
「だからって、それを口実にあんまりベタベタしないでよ」
「俺はするつもりだよ。この機会に俺たちもも~っと仲良くなろう!」
「まったく、調子のいい人ね」
「きみも嫌なら来ないはずでしょ? 期待してるんじゃない? 俺といちゃいちゃするのを」
「期待してません!」

 はっきり言ったわりには、アイリーンの頬が少し赤い。サムは満足した。

「ねえねえ、提案があるんだけど。あのふたりがキスしたら、俺たちもするってのはどう?」
「却下!! もう、行く前から怒らせないで!」

 少し赤い所か、真っ赤になっている。サムは大満足した。

「まあまあ、照れないで。さ、後ろに乗って」
「これは怒ってるから赤いのよ!」

 アイリーンはぷりぷりとしながら、サムが開けた後部ドアから車に乗り込んだ。

「こんにちは。ジョン、リジー、今日はよろしくお願いします」

 アイリーンは自分を落ち着かせるためか、大きく深呼吸をすると、笑顔を見せた。

「こんにちは。いつもサムが迷惑をかけているようで……お詫びします」

とジョンがアイリーンに挨拶する。

「な、なにその保護者づら。お詫びしますって酷くない?」

 助手席に座ったサムは、ジョンに抗議する。

「本人に詫びてもらいたいんですけど、全く自覚がないようで困ります。でも、だいぶ慣れてきましたので」

 アイリーンが丁寧に返す。

「あ、そう? よかった。……って、なんか違うよね」

 サムは不服だった。


♢♢♢


 サムをおかずにしたいつもの愉快なやり取りに、リジーはクスクス笑う。

「こんにちは。アイリーン。今日はありがとう。この街の遊園地は初めてだから楽しみだよ」
「そう? じゃあ、今日は楽しみましょうね。リジーはどんなアトラクションが好み? 高速のジェットコースターとか回転するのとか、速さとか高さとかは、大丈夫? 苦手じゃない?」

 リジーはアイリーンにそう言われて、はたと気が付く。

「え? っと、速いのは苦手だったかも。車の教習で、スピードを出せなくてよく怒られたから。回転は……あ、子供の頃メリーゴーランド乗って酔ったことある。私、ブランコも酔うからあまり長く乗れないの。でも高さは大丈夫。観覧車は乗ったことあるよ。でもこの前高層ビルを見上げてクラクラしたっけ。上からなら大丈夫かなあ……」

 リジーは真剣に考えて答えたつもりだ。
 運転席のジョンの肩が揺れたことにリジーは気が付かない。
 
 笑いを堪えているような表情のサムから、重大なことが伝えられる。

「リジー、まじめな返答ありがとう。今から言っておくけど、<ミラクルマウンテン>は、ほとんどスピードや揺れの激しいアトラクションばかりだぜ」

「そ、そうだったわ」

 アイリーンも残念そうな顔を、リジーに向けた。

「え……!?」

(私が行く意味あるのかな……?)

 リジーは少しどころか、かなり不安になった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

処理中です...