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ハロウィーン編
39 パーティ狂詩曲
しおりを挟む「きみは僕のそばを離れないで」
自分に差し伸べられたジョンの手と、その姿にリジーの胸はときめいた。
リジーは夢心地だった。
(ジョンの濃い茶色の優しい瞳が、私だけを映せばいいのに……)
リジーは魅惑の魔法にかかったように、自分の心と指先がそこへ向かうのがわかった。
「そこにいるのはジョンなの!?」
突然聞こえてきた甲高い女性の声に、リジーは弾かれたように伸ばしかけた手を引っ込めた。
魔法は一瞬で解けた。
背後から香水のむせるような濃厚な匂いが漂ってくる。
「リジー、ごめん。店のお客様だ」
ジョンがリジーの耳元に素早く伝える。
「じゃあ、私、そこの隅の柱のところにいるね」
「すぐ戻るから、そこから動かないで」
「うん」
リジーも店員なのでお客様が大事なのは知っているが、ジョンが自分から離れて女性客のほうへ行ってしまったのを見ると、寂しくなった。
リジーはレストランのテラス出入り口の隅でひとりになった。
♢♢♢
「こんばんは、ジョン。こんな所であなたに会えるなんて嬉しいわ」
「こんばんは。ミセス・クラウド」
「意外だわ。ジョンが女の子を連れてるなんて。しかも仮装? かかし? かしら」
女性客は、肩まで大きく襟の開いたラメ入りの深緑のドレスを着ていた。
ドレスに長いウェーブの金髪が映えている。
女性客はジョンに近寄ると、髪につけてある枯草を弄ぶ。
「パレードに参加したので、この<オズのかかし>の格好です。彼女はオーナーの親戚で……」
「今日はシンドバッドさんは?」
「来ていません。先日はありがとうございました。あのキャビネットは、お店に合いましたか?」
「ええ、あなたのアドバイス通り銀食器を飾ったら、豪華な雰囲気も出てすごく良い感じの店になったわ」
女性客が美しい微笑みを見せる。
「それは良かったです。オーナーにも伝えておきます。では、彼女をあまりひとりにしたくないので、これで失礼します」
「待って!」
踵を返そうとするジョンの腕を、女性客が掴んだ。
「1曲くらい踊らない? いいでしょう? 丁度曲が変わったし」
パーティ会場に流れていた音楽がムードのあるスローな曲に変わり、中央のフロアでは男女のカップルが身体を寄せ合い踊り始めている。
女性客はジョンの首に腕を回し、身体を摺り寄せた。
きつい香水の匂いにジョンは顔をしかめる。
「申し訳ありませんが、彼女のことをオーナーから頼まれているものですから……」
ジョンは女性客の腕を静かにほどいたが、内心今まで視界の端でとらえていたリジーの姿が急に消えたので焦っていた。
「本当に彼女を見張る<かかし>なのね。いいわ、行きなさい」
明らかに顔色を変えたジョンに、女性客は呆れたように手を振った。
「失礼します!」
ジョンは悔やんだ。やはり、彼女のそばを片時も離れるべきではなかった。
(何かあったのか? リジー! どこだ!?)
♢♢♢
リジーはジョンが離れてすぐは、チラチラとジョンと女性客を見たり、俯いたりしながら、身の置き場がないまま隅にいたのだが……。
(素敵な大人の魅力にあふれた女の人。ジョンとバランスがとれてて、お似合いな……)
ジョンの首にマニキュアが塗られた美しい手と腕が回されるのを見て、リジーは息苦しくなった。
思わず目を瞑り、背を向ける。
「きみ、迷子のドロシー? かかしやライオンとはぐれたの? 俺が虹の都に連れて行ってあげようか?」
知らない声が近くで聞こえて、リジーはビクッとした。
昔のカウボーイのような仮装をした中年の男がにやにやとリジーに声をかけてきた。
しかもケープの中の背中にさらりと触れて、外へ誘おうとしてくる。
男から強いお酒の匂いがした。
「やめてください! お断りします!!」
リジーはゾっとして、反射的に男から離れて人々の中に逃げ込んだ。
(もう、なんなのよ、あの男の人! 気持ち悪い!)
人を掻き分け、やみくもに前に進んだ。
(ジョン……)
ジョンの名前を心の中で呼んで、彼から離れてしまったということに気が付く。
立ち止まり、後ろを振り返る。男は追いかけては来ていないようだが、ジョンの姿も見えない。
リジーは途方に暮れた。
(ジョンが手を差し出してくれたのは、やっぱり夢だったの? 桟橋に誘ってくれたのも)
『店のお客様だ……』
(そう言ったんだから……ジョンは嘘はつかない。もとの場所に戻るとあの男の人がいるかもしれない。レストランの中にいれば、どこにいてもジョンなら私を見つけてくれるよね)
気持ちを落ち着かせてはみたものの、心に不安が広がる。
その時目線の先に、偶然ライオンの尻尾のある背中が見えて、リジーは大きく安堵した。
サムがいる。リジーはその背中に向かって進み始めた。
♢♢♢
サムはキョロキョロとレストラン内を見渡していた。
最近ずっと気になっていた女性が、確かにいたのだ。
以前から、何度か<タコガーデン>に来ていた客のひとりだ。
残念ながらカップルで来ていたのだが、まさに自分の好みのタイプだった。
まるで雌ライオンのような凛々しい女性。気の強そうな口元。印象的な光を放つ緑の瞳。見事なブロンド。
いつもヒスパニック系のがたいの良い大男と店に現れる。
カップルのようなのに、彼女はあまり楽しそうではない。男が話すのを相槌をうちながら聞いてはいるが、どこか上の空。
自分がつけ入る隙があるのでは、と自分に都合の良いように思っていた。
たまに視線が合う。もちろん自分が仕事中でも四六時中見てるから合うのも当然だった。
合えば、やった! とばかりに極上スマイルでアピールするが、は? と返される目線が氷の矢のようで、なんだかいい感じにぞくぞくする。
それがサムにはたまらなく魅力的だった。
実はあのくらいの美人がねらい目だったりする。
あんな子をとろかしてみたい。
自分だけに向ける笑顔を見たい。
(ジョンに言ったら、多分、馬鹿扱いされるな。まあ、嗜好だから仕方がない)
彼女は、ジュリア・ブロンディ。
密かに心の中で自分が名付けた女性。
彼女は、今このレストランの中にひとりでいる。
そして、ライオンは、ようやく狩りの獲物を見つけた。
(いた! ジュリア!)
これは声をかけろという天の思し召しだ、と勝手に解釈したサムは、すぐに行動に移した。
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