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出会い編
24 厚塗りピエロ
しおりを挟むリジーを見舞いに来たマリサは、含みのある笑顔を自分に残し帰って行った。
リジーは、自分には部屋のドアを開けてはくれなかった。
滞在時間を考えると、マリサは恐らく部屋の中へ招き入れられて、話ができたのだろう。
(職場の上司だから、女性同士だから……か)
今になって、またマリサと接点を持つことになるとは、ジョンは思ってもみなかった。
♦♦♦♦♦♦
マリサは、気丈な女性だった。
2年ほど前、デイビッドに頼まれた買い物の帰りに、偶然ジョンはその場に遭遇した。
マリサは絡まれている男3人を、怯むことなく睨みつけていた。
だが、力では勝てないだろう。男2人がマリサの腕を掴んだところで、ジョンは動いた。
『カア、カアッ!』 と自分の腕にいたカラスの<スペード>が鳴いて羽ばたいた。
そして、ジョンの頭上を旋回し始めた。
マリサと男たちが、驚いた表情で自分の方を見る。
『その女性を放せ!』
『なんだ、不気味な奴。……カラスを連れてるぞ』
『噂のやつじゃないか? あの<銀狼>を倒したっていう……』
『へえ、そいつを倒したら、俺たちにも箔が付くかな!』
そう言って、男のうちのひとりが、ジョンに突進してきた。
ジョンは、その血気盛んな男を、軽くいなしてアスファルトに膝を着かせた。
そして、他のふたりを無言で鋭く見据える。
ふたりは敵わないと思ったのか、マリサを放すと、慌てた様子で膝を着いて動けなくなっていた男を抱えながら逃げて行った。
マリサは呆気にとられていたが、すぐにジョンに近寄って来た。
『ありがとう、助かったわ。あなた、強いのね。私はマリサよ。名前を教えて。お礼がしたいわ』
『お礼は必要ありません。当然のことをしたまでです』
マリサは、お礼を断り続けるジョンにしつこくついて来た。
『クロウ、お帰り。で、そちらの麗しい女性は?』
店にいたデイビッドが呑気に声をかけた。
『私はマリサといいます。彼に助けてもらったので、お礼がしたいのですが、彼が名前を教えてくれないし、頷いてもくれないのでついてきました』
『それはそれは……。ジョン、マリサがそう言っているのだから、お礼を受け取ってあげなさい』
『オーナー、僕は遠慮します』
『なぜ? 少しは素敵なレディをエスコートするのも実践で覚えた方が良いんだが』
『必要ありません』
『頼みます、マリサ。ジョンを貸しますので、お好きに連れ出してやってください』
デイビッドがマリサに向かって恭しく腰を折る。
『ありがとうございます。オーナーさん!』
『私の事はシンドバッドとお呼びください。この男はこの店の店長をまかせているジョンです。この界隈では<クロウ>と呼ばれています』
『ジョン……ね』
ジョンの返事に聞く耳を持たないふたりが、勝手に話を進めていた。
その後もマリサは頻繁に<スカラムーシュ>を訪れた。
店の中で3人で話すこともあったが、デイビッドはジョンにマリサと共に出かけるようにしきりに勧めた。デイビッドが、マリサをジョンの恋人にしようと企てているのが見て取れた。
心に決めたことがあるジョンに、全くその気はなかった。マリサに心を動かされることもなかった。
マリサと外に出た何度目かの夕方、今後はデイビッドにけしかけられても会うのはもう止めようと、ジョンはマリサに告げた。
その時初めてマリサがジョンの胸に縋って来た。
『嫌よ、あなたに惹かれているの。ほかに好きな人がいるわけじゃないんでしょう? だったら私があなたを振り向かせるわ』
『だめなんだ。僕は……。だから、このまま会い続けるのはきみのためにも良くない』
ジョンはマリサの肩に手を置くと、自分から遠ざけようとした。
『どうしても? もう会えないの?』
『……ごめん、マリサ。僕は……きみとこの先、共にいることはできない』
♦♦♦♦♦♦
リジーからは、特に自分に連絡はなかった。
閉店時間を迎えると、ジョンの足はリジーの部屋へ向いていた。
今度は自分に顔を見せてくれるだろうか。
(額がひどく腫れたりしていないといいが……)
傷はどの程度だったのか。
リジーが怪我をした時、そばにいたのがカイルで、自分ではなかったことに無性に苛立つ。
足取りは重かった。
マリサは、何をリジーに話したのだろうか。
何も疚しいことはないが、なぜか気になる。
リジーの部屋のドアをノックする。
「リジー、僕だ。今からマーケットに行くけど、何かついでに必要なものがあったら買ってくるよ」
「ジョン、待ってて!」
中からリジーの明るい声が聞こえて、ジョンはホッとした。
少しして、ドアを開けて出てきたリジーの顔を見てジョンは絶句した。
そして、「ごめん!」と言うなり、リジーに背を向け笑いを堪えようとしたが、肩が揺れてしまっていた。
「え? そんなに変? なにもそこまで笑わなくても」
リジーは見事にやってくれる。
おかしな心配をして憂鬱になっていた心の雲を一瞬で吹き飛ばしてくれた。
「はっきり言わせてもらうと、その化粧は変だからやめた方が良い」
目のあたりの青みを消そうと、努力のあとはうかがえるが、ひどい有様だった。
ただ単にファンデーションを濃くして、チークを入れてみても無理な話だ。
普段から薄化粧のリジーは、青みを消すような高度な技は持ち合わせていないだろう。
リジーの顔は、まるで厚化粧を施したピエロのようだった。
「明日も仕事を休んだら?」
「なんとか行きたいんだけどなあ。あ、マリサさんが食料を買ってきてくれたから、必要な物は何もないよ。ありがとう、ジョン」
「そう。ところで、具合は大丈夫? 痛みは?」
「少し痛いけど大丈夫だよ」
「そうか」
「そうだ、ジョンはマリサさんと知り合いだったんだね。マリサさんのことを悪い人から助けてあげたんでしょ? ジョンすごいね!」
リジーがキラキラした瞳を向けてくる。
マリサはその言葉通り、大した話はしていないようだ。
「僕の腕にいたスペードに恐れをなして勝手に逃げて行った。臆病なやつらだったんだよ」
「そうなの?」
「そうさ。リジー、その化粧を落として。目の周りが青くたってその厚塗りよりは素顔の方が断然良い」
「おかしな褒め方……って、褒めてないよね?」
むくれたリジーの頬を、ジョンはさらりと指の背で撫でていた。
自分は、何を心配していたんだろう。
今までもこれからも自分は自分でしかないのに。
リジーには、何も取り繕いたくはない。
たとえ、失望されたとしてもそれが自分なのだから。
♢♢♢♢♢♢
リジーはベッドに座って、手鏡を覗き込んだ。
(この化粧はだめだったか……。朝みたいにドアを開けないで話せばよかった。朝の化粧をしてない青い顔よりはマシかと思ったんだけどなあ)
またジョンに笑われた。ジョンが後ろ向きで肩を揺らすのは、既視感がある。
この顔がジョンの記憶に刻まれてしまったのは、また黒歴史の上塗りだ。
リジーはパフッとベッドに伏した。
「痛っ!」
枕に当たった額が痛かった。
ふと、ジョンの指が頬を撫でた感触を思い出し、リジーの心臓が跳ねた。
何気ないジョンの仕草に心が揺れる。
優しく響く、低めの声が心地良い。
(もう、こんなにも、惹かれてしまっているなんて……)
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