8 / 95
出会い編
08 リジーをめぐる人々
しおりを挟む殺風景な部屋に、突如電話のベルが鳴った。
ジョンは無表情に視線だけを動かした。誰からの連絡か分かったようだ。
対面キッチンのカウンター上の電話の方へ移動し、受話器を取った。
――やあ、クロウ! 元気にしてたかい?
「はい、オーナー、変わりありません」
――私のリジーはどんな感じだ? かなり可愛いだろう?
デイビッドの能天気な声に、ジョンは思わず電話を切りたくなった。
「はい、リジーは可愛いですが、あなたの……ではないですよね」
――え? なぜに不機嫌?
「いつ、お戻りですか?」
――あ~、今帰るお金がなくてね。そのうち帰るよ。うん、本当はすぐにでも帰って、リジーを抱っこしたいんだが……。
「お断りします!! 彼女がいくつだと思ってるんです!?」
本当に受話器を置く寸前だった。
――あ、そうだった。さすがの私でももう持ち上がらないか。
「そういう問題ではないです! キャシーに言いますよ」
――冗談だよ。
デイビッドの声が上擦った。
――昨日そっちに小物類を送っておいた。今回はアクセサリー中心だよ。
「わかりました。……先日、オーナーが買い付けたオーク材のデスクは、アリ教授がすぐに買って行かれましたよ。さすがでしたオーナー。アリ教授のご希望と合ったようです。教授がシンドバッドによろしくとおっしゃっていました」
――そうか、そうか、良かった。……そうだ!
「はい……?」
――リジーに言っておいてくれないか? キャシーにまめに連絡するように、それとなく……。
「それとなく……ですか? 僕が……?」
――キャシーはかなりリジーを心配している。だが、リジーがあまり電話を寄越さないらしい。キャシーもやせ我慢して自分からは電話をかけないでいる。だから、私が彼女に電話をしてもすぐ切られるし、イライラしてるし……いや、そうではなくだな……。
「確かに、母親はいくつになっても子を心配しますからね」
キャシーの方か……と、ジョンはため息を吐く。
――わ、私だって、リジーを心配してる。クロウがいるからまだいいが、もしいなかったらキャシーも私も不安で不安で仕方がなかったよ。色々悪いが頼んだよ。
「……わかりました。オーナー」
ジョンは胸の奥がざわついたが、それがどうしてかわからなかった。
デイビッドは店のことはほとんど自分に任せっきりで、たまにしか帰って来ない。
呆れるくらい能天気なデイビッドだが、ジョンは彼が好きだった。
会話をしていると、つい口調が厳しくなるが仕方がない。
(シンドバッドさんとキャシーは、まるで本当の家族のように僕に接してくれる。最初からそうだった。そんなふたりの信頼に応えたい……)
今度は部屋のドアの外から、けたたましいノックの音とさらに大声が聞こえて来た。
「クロウいるかァ!? 仕事終わったから飲みに行こうぜ~!!」
サムの声は頭に響く。
(うるさい奴だ……。リジーの回りをうろつかれたら面倒だな)
サムには太い釘を刺しておかなければ、とジョンは思案した。
♢♢♢♢♢♢
その頃、キャシーは待ちわびていたリジーからの電話を受けていた。
「あら、リジー。元気だった?」
キャシーははやる気持ちを抑えて、つとめて落ち着いた声を出した。
――お母さん、ジョンが<クロウ>って呼ばれてる理由がわかったよ!!
(第一声がそれ? 電話してきた理由はその話?)
リジーの嬉々とした声に、少し寂しさを覚える。
リジーがジョンの<クロウ>話を一通り喋り切るまで、キャシーは辛抱強く聞いていたが、
「で、仕事の方はどうなの?」
区切りの着いたところで、すかさず気になっていた事、その①を聞く。
――あ、うん。毎日充実してるよ。基本立ってる仕事だから足が疲れるけど、大好きなインテリアや絵に囲まれて幸せだし、スタッフはみんな気さくで優しいし。ひとり怖い人もいるけど……。お客様が嬉しそうに買い物してる姿を見るのも楽しいよ。私はまだ接客はやらせてもらってないんだ。そばで見てて手伝いだけ。
「そう、しっかりね。それから、ちゃんと食事はとってる? 体調を悪くしてないでしょうね」
その②を聞く。
――うん、朝はシリアルにフルーツでしょ? 昼はだいたいサンドイッチ。たまに買ったブリトー。夜は肉や野菜もきちんと料理して食べてるよ。
「バランス良くね!」
――はーい。
その③、結構重要事項。
「それと、誕生日が近いじゃない? プレゼントを贈りたいけど、なにが良い?」
――そうか、誕生日。毎日忙しくて、忘れそう。プレゼントは、じゃあ、お母さんのお店にあったクッションが良いな。あの丸くて大きい、薄いピンクの水玉模様の。ベッドに置きたい。
「ああ、あれね。わかった。誕生日に合わせて送るわ」
――ありがとう! お母さん。 楽しみにしてるね。
「ええ、じゃあ、ひとり暮らしも仕事もしっかりね。……リジー大好きよ」
――私も大好きだよ。お母さん! またね。
(私も子離れ、しっかりしないとね)
リジーが家を出てから、自分の心は灯りが消えたように暗くなった。
夫が出て行ったときはリジーがいてくれた。今度はそのリジーが出て行ってしまった。
そう考えると、つい、気持ちが沈んでしまう。
リジーのいない生活に慣れないとないのはわかっている。キャシーは棟続きの店の方へ足を向けた。
店に照明をつけると、色とりどりの雑貨やお菓子たちが賑やかに迎えてくれる。
キャシーは目当てのクッションに近づいて持ち上げる。柔らかい手触りの物だった。
ふと、奥に目線を移すと、こちらを見つめるサンタクロースの等身大の人形がいる。
(笑っていいわよ、フリード。リジーにこんなに依存していた私を)
キャシーがクッションを抱えてリビングに戻ると、ソファにどっかり座ってコーヒーを飲む母のケイトがいた。
「そんなに寂しいなら、デイビッドと結婚でもしたら?」
「しないから!!」
一瞬で生気が戻る。
何気ないケイトの発言だったが、キャシーを奮起させるには十分だった。
(寂しいからってデイビッドと結婚するなんて、あり得ない!)
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。
【完結済】公私混同
犬噛 クロ
恋愛
会社の同期、稲森 壱子と綾瀬 岳登は犬猿の仲。……のはずだったが、飲み会の帰りにうっかり寝てしまう。そこから二人の関係が変化していって……?
ケンカップル萌え!短めのラブコメディです。
※他の小説投稿サイトにも同タイトル・同PNで掲載しています。
※2024/7/26 加筆修正致しました。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる