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出会い編
03 リジーの母
しおりを挟むリジーは部屋に入ると、買ってきた物が入っている紙袋をテーブルに置いた。
すぐにお腹がすいているのを思い出し、急いで手を洗ってくるとさっそく貰ったパンを食べてみることにした。
ビニール袋を開けると、甘い香りが広がる。パンの表面の茶色い皮がつやつやして美しい。
アルミの皿の上の丸いパンをちぎって、口に入れてみた。
「ん~!?」
(ふわふわで少し甘みがあって、フルーティな香り。なんだろう? ジョンがあててみてって言ってたけど。名前がハワイアン……もしかして、これ、パイナップル?)
リジーはあまりのおいしさにあっという間にひとつ平げてしまった。
♢♢♢♢♢♢
そのころ、リジーの母キャシーはイラつきながらリビングをうろうろしていた。
リジーがまだ着いたとも何とも連絡を寄越さないからだ。
(なんのために先にジョンに電話を付けてもらったと思ってるのかしら。だからってこっちからかけるのも……子離れできてない親みたいじゃない?)
夜9時が過ぎていた。
(まあ、何かあればジョンの方から電話があるだろうし、我慢よ我慢)
「キャシー、落ち着きなさい。そんなに心配なら自分から電話すればいいじゃないの」
キャシーの母であり、リジーの祖母のケイトがコーヒーカップを2つ持ちゆっくりした足取りでリビングにやって来た。
「母さん……だって」
キャシーの声を遮さえぎるように電話が鳴った。
電話に飛びつく。
「リジー!?」
――ハロー、マイハニー! 私だよ。
電話から聞こえてきたのは、優男風の甘ったるい声だった。
「な、なにがマイハニーよ、デイビッド!! 用が無いなら切るわよ」
――待ってキャシー、私の尽力を忘れたわけではないだろう?
「あなたの尽力じゃない、ジョンのでしょ!!」
――ジョンに指示したのは私なんだけど?
「もう、リジーから電話があるかもしれないから切るわよ」
ガチャン!!
けたたましい音とともに受話器が置かれた。
「おお、怖い……デイビッドがちょっと可哀想じゃない?」
ケイトが大げさに震えてみせた。
「いいのよ! あの男は遊び歩いてるだけなんだから。リジーからの電話のほうが大事」
「あらあら、タイミングが悪かったわね」
その時、ようやくリジーから電話がかかってきた。
♢♢♢♢♢♢
リジーはひとしきり、ひとりの部屋を楽しんだ。
部屋の中を、何度も行ったり来たり、クルクル回って眺めた。
(私の部屋。今日から、新しい生活! 楽しみだなあ)
リジーは残りのハワイアンブレッドとマーケットで買って来たハムとレタスで夕食にし、シャワーを浴びて、ゆっくりテレビを観てから母親に電話をかけた。
――ハロー!!
受話器の向こうの母の声にホッする。
「リジーだよ。お母さん!」
――良かった。無事に着いたのね。荷物も大丈夫だった?
「うん、ジョン……が受け取ってくれてた。鍵ももらったよ」
――そう、良かったわ。特にトラブルもなかったみたいね。
「すごく順調だよ。部屋も素敵で気に入ったよ」
――今日からひとりだけど頑張って。お母さんはあなたのことをいつも思っているから。何か困ったことがあったら連絡するのよ。
「うん、ジョンもそう言ってくれたから、心強いよ。彼に色々頼んでくれてありがとう。すごく優しくしてもらった。どうして会ってからのお楽しみだったの?」
――ど、どうしてかしらね。そう言ったほうがワクワクするでしょ。それに先入観がない方が自分で彼がどんな人か判断できるかなって。
「うん、そうかな。そういえば、近所のお店の人たちが彼のこと<クロウ>って呼んでるんだよ!」
――ああ、デイビッドがあだ名をつけたんじゃない? ほら、あそこの家族、トーマス叔父さんは<イムル>、ミーガン叔母さんは<シェヘラザード>、デイビッドも<シンドバッド>って呼び合ってるおかしな人たちでしょ?
「でも<クロウ>は【アラビアンナイト】には関係なさそう」
――そうよね。気になるなら、本人に聞いてみたら?
「うん、そうだね。……お母さんとジョンはどういう知り合いなの? おじさんのお店の従業員だから知ってるの?」
――ん、まあ、最初の出会いは、偶然うちの店に来たお客様ってとこかな。
「本当にそれだけ? だって、最初に会ったときジョンの様子が……なんて言ったらいいんだろう、懐かしいものを見るような感じというか。私も会ったことある?」
――あ~どうだったかしら? まあ、仲良くね。じゃあ、リジー大好きよ。ジョンにもよろしく~。
「あ、待っ……、切られた」
結局ジョンの事ははぐらかされたような感じだった。
(何かあるのかな? 前にお母さんのお店で会ったことあるのかな? 全然記憶にないよ)
リジーは母の強さをいつも見習いたいと思っている。
リジーの母は小さな雑貨屋をひとりで切り盛りしていた。センスの良いかわいい小物や文房具、量り売りのお菓子などが置いてあり、町の女の子たちに人気の店だった。
父親はいない。リジーが幼いころに別れたのだ。
父親との思い出は、アルバムに残っている写真だけで、あまり覚えていない。
母は父と別れてからひとりで自分を育ててくれた。
当時、幼かったリジーは、父親がサンタクロースなのだとキャシーから聞かされた。
『リジー、みんなには内緒だけど、お父さんはサンタクロースなの。子どもたちのプレゼントを集めるのが大変で、忙しくなって家に帰れなくなったの。お父さんがいなくても我慢できるわね』
物心つくまでその言葉を信じていた。今もクリスマス近くになると父親のことを考える。
『サンタクロースのお父さんは、最後に自分をプレゼントしちゃったの』
母がある日寂しそうにそう言ったのを覚えている。
リジーが成長した際には、父親は必要とされている女性の所に行った、とだけ聞かされた。
リジーは父親と最後にどんな別れ方をしたかも覚えていない。
母から恨みがましい話は、何ひとつ聞いたことはなかった。
ひそかに泣いていたかもしれない。
自分に言わないだけで、ふたりの間に様々なことがあったかもしれないが、母に詳しく聞くことができないでいた。
そんな父親はすでに事故で亡くなっている。
5月のメモリアルデイに母と共にお墓参りに行ってはいるが、リジーには遠い存在だった。
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