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親友とその彼氏とあたし~里紗視点
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友陽の親友、里紗視点のお話です。
―――――――――――――――――――――
「実は、私ね、松永先輩と同居することになったんだ」
騒がしい大学の学生食堂の片隅で、少しはにかみながら、抑えた笑みであたしに報告してくる友陽。
あたしは複雑な心境だったけど、顔には笑顔を貼り付けた。
「へえ、同居っていうか同棲だよね。とうとうそうなったか」
なんで、ここで言い出すんだろう。
あたしが大好物のカレーうどんを食べているこの時に。
それに、こんな人の多い場所で話す内容じゃなかろうに。
あたしの反応を窺っている親友は、なんて可憐……なんだろう。
あたしは、決して百合ではないんだけど……、悔しい。
そう、あたしの親友にこんな顔をさせる松永先輩が恨めしい。
松永め。とうとう友陽を自分の籠の中に囲い込むことにしたか。
まあ、先に卒業するから友陽のことが心配なんだろうけど、でも早くないか?
今はカレーうどんに集中したかったのに。
学食のチープなカレーうどんを侮ることなかれ。美味いんだなこれが。癖になる。たまに無性に食べたくなる。
カレーの味とつゆの味がベストマッチだ。そして少しのびてコシがなくなる寸前のうどんに、カレーが絡みつく感じがたまらない。
「だから、結婚前提で松永先輩と、ど、同棲することになったんだよ。驚かないの?」
ごめん、友陽。
カレーうどんに結局夢中になっていた。
「だって、友陽と松永先輩は、ふたりのラブな世界が出来上がってたもんね。誰も驚かないよ」
「え~っ!?」
松永先輩の気持ちはこの前聞いてるし、友陽の態度を見てればね。特に、今日は朝からふわふわしてたし。
髪の毛はハネてるし。寝ぐせは諦めずに直そうよ。女子なんだし。
あたしの親友、友陽。
友陽はお洒落にはあんまり気を遣わない子だけど、今まで出会った人間の中で、ダントツで良い子だ。
だから、絶対幸せになってもらいたい。
♦
あたしたちの出会いは、よくできた物語のようだった。
あれは、この大学に入学してまだ間もない頃のこと。
朝の通勤ラッシュ時の電車は毎日ぎゅうぎゅうで、空気も悪い。
あたしが住んでるアパートの最寄り駅から大学のある駅までは、およそ20分。
その間は満員電車に揺られなければならない。
朝から少し体調が悪いのを我慢して、登校しようと電車に乗り込んだのはいいけれど途中から胃がむかむかして気持ち悪くなってきた。とてもまずい状態。
なんとか大学のある駅まで踏ん張ったけど、駅に到着して車両から押し出された段階でついに限界になった。
トイレまで堪えられずにホームのベンチの前で、とうとう朝に食べて消化しきれなかった物をその場に吐き出した。
ハンカチや手でおさえる間もなかった。
そして、具合も悪くてベンチに倒れ込むように座った。
みなさんごめんなさい。でも、今は無理、後で全部きれいにしますから。
『大丈夫ですか? 救急車呼びますか』
その時、澄んだ優しい声音が聞こえた。ああ、親切な子もいるんだ……。
あたしはもう辛くて目を閉じたまま、だけど救急車はいらない。
『救急車は呼ばなくてもいいです。少しここで休めば……。だから、行ってもらって大丈夫です』
『まだ時間あるので。これ、ウエットティッシュ、良かったら使ってください』
『すみません、ありがとうございます』
あたしの手にひんやりとしたウエットティッシュが渡された。
助かった。
気持ち悪かった汚れた口の周りと、手を拭かせてもらった。
『あの、ちょっと行ってきます。ウエットティッシュは置いておきますから、好きに使ってくださいね。すぐ戻ります』
『?』
ガサガサと音がした。
薄目を開けたら、あたしの吐き出した物にティッシュが数枚かけられたようだ。
そして、数多くの足音の中で、その子の駆けて行く軽やかな足音だけが耳に残った。
ベンチに座って目を瞑っていると、吐いてしまったからか、胃が気持ち悪いのもだいぶ治まってきた。
少しして、またあの足音が近づいて来たのがわかった。
『具合どうですか? 丁度駅員さんが掃除用具持ってタイミングよく出て来たんで、駅に休む所が無いか聞いたら、あるみたいですよ。ここも駅員さんが片付けてくれるそうです。すぐ来てくれるみたいですから、心配しないで休んでて大丈夫ですよ』
『あ、ありがとう。あの、お名前……』
その子は、華奢な体つきで服装は白いブラウスに茶系のロングスカート、目はぱっちりしていて睫毛が長くて可愛い感じの子だった。
耳が隠れる程よい長さのサラッとしたショートヘアが似合っていた。
お世話になったから、お礼をしなくちゃと思った。
『いえ、名乗るほどの者ではございませんので』
『あ、待って……』
定番の優等生のお答えをして、その子は名乗らずにサッと行ってしまった。
足早に去って行く後ろ姿のショートヘアが、ぱさぱさと跳ねていたのが印象的だった。
この駅で降りたとこみると、同じ大学かな? それとも高校生? 社会人には見えなかったな。
その子が友陽だった。
まさか、大学の同級生でしかも同じコースだったなんて。今まで気が付かなかった。
同じ教室で、鉢合わせした時はお互い驚いた。
『あれ、え~? ここの学生? 同じ学年? 同じコース? 私、平河友陽。あなたは?』
『あたしは上原里紗』
『上原さん大人っぽいんで、OLさんかと思ってたよ』
目をいっぱいに見開いた友陽にそう言われた。
『講義はどの教室? 吐いちゃったから、おなかすいてるでしょ? 食堂におかゆとかあればいいのにね。あ、かけうどんはあったよ。消化の良いものがいいよね』
『ありがとう。もう大丈夫だから。よかったら一緒に学食で食べない? 朝のお礼にお昼をご馳走したいんだけど。それともお弁当?』
『ううん。誘ってくれて嬉しい。ありがとう! でもお礼はいらないからね』
そのあと、ふたりで学食のうどんを食べた。
あたしたちは、それから仲良くするようになった。
そして、数ヶ月が経ち、いつの頃からか、まるで彼女の盾にでもなるかのように、ある男が友陽の近くにいるようになった。
友陽は満更でもないような、嬉しそうな雰囲気さえ醸し出していた。
友陽は、最初は同じサークルの3年生の先輩だと言っていた。
切れ長の目のせいで一見怖そうなイメージがあるけど、友陽とふたりでいる時はそうでもない感じ。
一度友陽といる時に挨拶したくらいだから、実際はどんな奴かはその時はわからなかった。
先輩は、友陽があたしといる時は遠慮してくれているらしく、こちらに気が付いたようでもさっといなくなり近寄って来ない。
まあ、友陽本人は先輩に見られていたことすら全く気が付いていないんだけど。
あたしもわざわざ教えてあげたりしない。
なんだか彼には対抗意識を持ってしまっていた。
だからあたしも友陽と先輩が一緒の時は、友陽があたしに気が付かない限り遠慮してる。
友陽をめぐって、先輩との間でそのような暗黙のルールが自然とできていた。
3人で仲良くなんて、できないよ。
そんなある日のこと、友陽のいない時に、松永先輩とばったり遭遇してしまった。
大学の自販機前で。
『あ……』
この距離だとお互い気まずい雰囲気になるよね。
先輩は、眉が少し動いた以外は表情を動かさなかったので、何考えてるかほとんど読めない。
『何飲む?』
『え?』
意外だった。先輩、あたしにまさか奢ろうとしてくれてるの?
穏やかな表情だけど、にこりともしない。
まさかジュース1本で友陽から離れろとか、買収まがいのこと考えてないよね。
出方を見るか。
『ありがとうございます。それじゃあ、お茶で。……先輩は、友陽のなんですか? 友陽の事が好きなんですか?』
言っちゃった!? もう、単刀直入すぎて笑えない。
先輩の手が一瞬止まったが、硬貨は自販機の中にチャリンチャリンと飲み込まれていった。
そしてお茶のボタンを押す。
あたしはその一連の流れをただ見ていた。
ガタンドタンとけたたましい音と共に、ペットボトルのお茶が落ちてきた。
それを取り出すと、先輩はあたしにそれを手渡した。
『ああ、平河が好きだよ』
『正式に付き合うつもりなんですか? 友陽からはそんな話は聞いてませんけど』
『そのつもりだ』
『早くはっきりしてくださいね。親友として、あたしも気になりますから。それから、あたしが友陽と一緒にいても、遠巻きにしないで声をかけていいですよ。その時は、あたしがどこかへ消えますから』
なに言ってんだあたし!? 嫌味ったらしい。
友陽もこの先輩のことがおそらく好き。
あたしのことも気にかけてくれるけど、サークルの先輩という以上にこの先輩の事を意識している。
あたしよりも友陽に想われているこの男が妬ましい!
あたしから、親友を取らないで!!
ち、違う……。きっと。
両想いが妬ましいんだ。
こんなに自分を磨いて頑張ってるあたしには、好きと言ってくれる男がいないから。
まあ、内面がこんな意地っ張りだから、男に好かれないのはわかるんだけど。
『俺は、きみと一緒に楽しそうにしている平河の日常も、きみたちの尊い友情も大事にしたいと思ってる。バランスを取るのは難しいかもしれないが、平河が平河の判断できみを優先するならそれでかまわない。きみは俺に遠慮する必要は全くないから、きみが好きなように平河と接して欲しい』
『……』
穏やかな口調。優しい声。
なんだか、胸につかえていたものが、少しとれた気がした。
『そうですか。じゃ、遠慮なくそうさせてもらいます。お茶、ごちそうになります。ありがとうございます。先輩、友陽の事、よろしくお願いしますね。絶対絶対大切にしてくださいね』
『ああ』
しっかりとあたしを見て頷いてくれた。
誠実そうな人柄が見える先輩。
ちょっぴり友陽を羨ましく思った。
その後、すぐに友陽が現れた。
『いた、里紗!! あれ? 先輩も?』
『友陽の友達でラッキーだったよ。先輩が友陽の友達だからってお茶をごちそうしてくれた』
あたしは取り繕った。
そんなことしなくてもいいんだけど、なんとなく。
『平河も何か飲むか? 今なら奢るぞ』
『わ、やったあ! じゃあ、リンゴジュース!!』
『……お子様だな』
『ひどい、先輩。里紗がお茶だからって比較しないでよ~』
友陽が小さめの口を尖らせて先輩に懸命に抗議している。
そんな友陽を先輩は目を細めて見下ろしている。
ふたりのそんな様子は、羨ましくも微笑ましい。
あたしは、このまま遠慮せずに、友陽の傍にいていいんだ。
なんだか、そう言われてほっとしている。
友陽は体調の悪いあたしに、人目もはばからず声をかけて助けてくれた。
友陽はそんな勇気もある子。
近くで過ごしてわかったけど、真面目で信頼もできる。
友陽を選んだ先輩は、女を見る目があることだけは確か。
先輩とはこのままめでたくゴールインするのかな。
こんなに早く両想いの相手が見つかって、友陽はラッキーな子。
そうじゃなく、自分でラッキーを引き寄せたんだ。
あたしの知らない所でも、ラッキーの神様の目に留まるような行いをして来たんだよね。
あたしも良い男を見つけなくちゃ。でも、まずは学問、そして就職。経済的自立。
まあ、あたしは相手が現れても、卒業してすぐは結婚はしない。
もっともっと独身を楽しみたいし。
それでもやっぱり、彼氏は欲しいなあ。
目の前のリア充カップルを見ると、本当にそう思う。
さあ、あたしよ、がんばるのだ。
―――――――――――――――――――――
「実は、私ね、松永先輩と同居することになったんだ」
騒がしい大学の学生食堂の片隅で、少しはにかみながら、抑えた笑みであたしに報告してくる友陽。
あたしは複雑な心境だったけど、顔には笑顔を貼り付けた。
「へえ、同居っていうか同棲だよね。とうとうそうなったか」
なんで、ここで言い出すんだろう。
あたしが大好物のカレーうどんを食べているこの時に。
それに、こんな人の多い場所で話す内容じゃなかろうに。
あたしの反応を窺っている親友は、なんて可憐……なんだろう。
あたしは、決して百合ではないんだけど……、悔しい。
そう、あたしの親友にこんな顔をさせる松永先輩が恨めしい。
松永め。とうとう友陽を自分の籠の中に囲い込むことにしたか。
まあ、先に卒業するから友陽のことが心配なんだろうけど、でも早くないか?
今はカレーうどんに集中したかったのに。
学食のチープなカレーうどんを侮ることなかれ。美味いんだなこれが。癖になる。たまに無性に食べたくなる。
カレーの味とつゆの味がベストマッチだ。そして少しのびてコシがなくなる寸前のうどんに、カレーが絡みつく感じがたまらない。
「だから、結婚前提で松永先輩と、ど、同棲することになったんだよ。驚かないの?」
ごめん、友陽。
カレーうどんに結局夢中になっていた。
「だって、友陽と松永先輩は、ふたりのラブな世界が出来上がってたもんね。誰も驚かないよ」
「え~っ!?」
松永先輩の気持ちはこの前聞いてるし、友陽の態度を見てればね。特に、今日は朝からふわふわしてたし。
髪の毛はハネてるし。寝ぐせは諦めずに直そうよ。女子なんだし。
あたしの親友、友陽。
友陽はお洒落にはあんまり気を遣わない子だけど、今まで出会った人間の中で、ダントツで良い子だ。
だから、絶対幸せになってもらいたい。
♦
あたしたちの出会いは、よくできた物語のようだった。
あれは、この大学に入学してまだ間もない頃のこと。
朝の通勤ラッシュ時の電車は毎日ぎゅうぎゅうで、空気も悪い。
あたしが住んでるアパートの最寄り駅から大学のある駅までは、およそ20分。
その間は満員電車に揺られなければならない。
朝から少し体調が悪いのを我慢して、登校しようと電車に乗り込んだのはいいけれど途中から胃がむかむかして気持ち悪くなってきた。とてもまずい状態。
なんとか大学のある駅まで踏ん張ったけど、駅に到着して車両から押し出された段階でついに限界になった。
トイレまで堪えられずにホームのベンチの前で、とうとう朝に食べて消化しきれなかった物をその場に吐き出した。
ハンカチや手でおさえる間もなかった。
そして、具合も悪くてベンチに倒れ込むように座った。
みなさんごめんなさい。でも、今は無理、後で全部きれいにしますから。
『大丈夫ですか? 救急車呼びますか』
その時、澄んだ優しい声音が聞こえた。ああ、親切な子もいるんだ……。
あたしはもう辛くて目を閉じたまま、だけど救急車はいらない。
『救急車は呼ばなくてもいいです。少しここで休めば……。だから、行ってもらって大丈夫です』
『まだ時間あるので。これ、ウエットティッシュ、良かったら使ってください』
『すみません、ありがとうございます』
あたしの手にひんやりとしたウエットティッシュが渡された。
助かった。
気持ち悪かった汚れた口の周りと、手を拭かせてもらった。
『あの、ちょっと行ってきます。ウエットティッシュは置いておきますから、好きに使ってくださいね。すぐ戻ります』
『?』
ガサガサと音がした。
薄目を開けたら、あたしの吐き出した物にティッシュが数枚かけられたようだ。
そして、数多くの足音の中で、その子の駆けて行く軽やかな足音だけが耳に残った。
ベンチに座って目を瞑っていると、吐いてしまったからか、胃が気持ち悪いのもだいぶ治まってきた。
少しして、またあの足音が近づいて来たのがわかった。
『具合どうですか? 丁度駅員さんが掃除用具持ってタイミングよく出て来たんで、駅に休む所が無いか聞いたら、あるみたいですよ。ここも駅員さんが片付けてくれるそうです。すぐ来てくれるみたいですから、心配しないで休んでて大丈夫ですよ』
『あ、ありがとう。あの、お名前……』
その子は、華奢な体つきで服装は白いブラウスに茶系のロングスカート、目はぱっちりしていて睫毛が長くて可愛い感じの子だった。
耳が隠れる程よい長さのサラッとしたショートヘアが似合っていた。
お世話になったから、お礼をしなくちゃと思った。
『いえ、名乗るほどの者ではございませんので』
『あ、待って……』
定番の優等生のお答えをして、その子は名乗らずにサッと行ってしまった。
足早に去って行く後ろ姿のショートヘアが、ぱさぱさと跳ねていたのが印象的だった。
この駅で降りたとこみると、同じ大学かな? それとも高校生? 社会人には見えなかったな。
その子が友陽だった。
まさか、大学の同級生でしかも同じコースだったなんて。今まで気が付かなかった。
同じ教室で、鉢合わせした時はお互い驚いた。
『あれ、え~? ここの学生? 同じ学年? 同じコース? 私、平河友陽。あなたは?』
『あたしは上原里紗』
『上原さん大人っぽいんで、OLさんかと思ってたよ』
目をいっぱいに見開いた友陽にそう言われた。
『講義はどの教室? 吐いちゃったから、おなかすいてるでしょ? 食堂におかゆとかあればいいのにね。あ、かけうどんはあったよ。消化の良いものがいいよね』
『ありがとう。もう大丈夫だから。よかったら一緒に学食で食べない? 朝のお礼にお昼をご馳走したいんだけど。それともお弁当?』
『ううん。誘ってくれて嬉しい。ありがとう! でもお礼はいらないからね』
そのあと、ふたりで学食のうどんを食べた。
あたしたちは、それから仲良くするようになった。
そして、数ヶ月が経ち、いつの頃からか、まるで彼女の盾にでもなるかのように、ある男が友陽の近くにいるようになった。
友陽は満更でもないような、嬉しそうな雰囲気さえ醸し出していた。
友陽は、最初は同じサークルの3年生の先輩だと言っていた。
切れ長の目のせいで一見怖そうなイメージがあるけど、友陽とふたりでいる時はそうでもない感じ。
一度友陽といる時に挨拶したくらいだから、実際はどんな奴かはその時はわからなかった。
先輩は、友陽があたしといる時は遠慮してくれているらしく、こちらに気が付いたようでもさっといなくなり近寄って来ない。
まあ、友陽本人は先輩に見られていたことすら全く気が付いていないんだけど。
あたしもわざわざ教えてあげたりしない。
なんだか彼には対抗意識を持ってしまっていた。
だからあたしも友陽と先輩が一緒の時は、友陽があたしに気が付かない限り遠慮してる。
友陽をめぐって、先輩との間でそのような暗黙のルールが自然とできていた。
3人で仲良くなんて、できないよ。
そんなある日のこと、友陽のいない時に、松永先輩とばったり遭遇してしまった。
大学の自販機前で。
『あ……』
この距離だとお互い気まずい雰囲気になるよね。
先輩は、眉が少し動いた以外は表情を動かさなかったので、何考えてるかほとんど読めない。
『何飲む?』
『え?』
意外だった。先輩、あたしにまさか奢ろうとしてくれてるの?
穏やかな表情だけど、にこりともしない。
まさかジュース1本で友陽から離れろとか、買収まがいのこと考えてないよね。
出方を見るか。
『ありがとうございます。それじゃあ、お茶で。……先輩は、友陽のなんですか? 友陽の事が好きなんですか?』
言っちゃった!? もう、単刀直入すぎて笑えない。
先輩の手が一瞬止まったが、硬貨は自販機の中にチャリンチャリンと飲み込まれていった。
そしてお茶のボタンを押す。
あたしはその一連の流れをただ見ていた。
ガタンドタンとけたたましい音と共に、ペットボトルのお茶が落ちてきた。
それを取り出すと、先輩はあたしにそれを手渡した。
『ああ、平河が好きだよ』
『正式に付き合うつもりなんですか? 友陽からはそんな話は聞いてませんけど』
『そのつもりだ』
『早くはっきりしてくださいね。親友として、あたしも気になりますから。それから、あたしが友陽と一緒にいても、遠巻きにしないで声をかけていいですよ。その時は、あたしがどこかへ消えますから』
なに言ってんだあたし!? 嫌味ったらしい。
友陽もこの先輩のことがおそらく好き。
あたしのことも気にかけてくれるけど、サークルの先輩という以上にこの先輩の事を意識している。
あたしよりも友陽に想われているこの男が妬ましい!
あたしから、親友を取らないで!!
ち、違う……。きっと。
両想いが妬ましいんだ。
こんなに自分を磨いて頑張ってるあたしには、好きと言ってくれる男がいないから。
まあ、内面がこんな意地っ張りだから、男に好かれないのはわかるんだけど。
『俺は、きみと一緒に楽しそうにしている平河の日常も、きみたちの尊い友情も大事にしたいと思ってる。バランスを取るのは難しいかもしれないが、平河が平河の判断できみを優先するならそれでかまわない。きみは俺に遠慮する必要は全くないから、きみが好きなように平河と接して欲しい』
『……』
穏やかな口調。優しい声。
なんだか、胸につかえていたものが、少しとれた気がした。
『そうですか。じゃ、遠慮なくそうさせてもらいます。お茶、ごちそうになります。ありがとうございます。先輩、友陽の事、よろしくお願いしますね。絶対絶対大切にしてくださいね』
『ああ』
しっかりとあたしを見て頷いてくれた。
誠実そうな人柄が見える先輩。
ちょっぴり友陽を羨ましく思った。
その後、すぐに友陽が現れた。
『いた、里紗!! あれ? 先輩も?』
『友陽の友達でラッキーだったよ。先輩が友陽の友達だからってお茶をごちそうしてくれた』
あたしは取り繕った。
そんなことしなくてもいいんだけど、なんとなく。
『平河も何か飲むか? 今なら奢るぞ』
『わ、やったあ! じゃあ、リンゴジュース!!』
『……お子様だな』
『ひどい、先輩。里紗がお茶だからって比較しないでよ~』
友陽が小さめの口を尖らせて先輩に懸命に抗議している。
そんな友陽を先輩は目を細めて見下ろしている。
ふたりのそんな様子は、羨ましくも微笑ましい。
あたしは、このまま遠慮せずに、友陽の傍にいていいんだ。
なんだか、そう言われてほっとしている。
友陽は体調の悪いあたしに、人目もはばからず声をかけて助けてくれた。
友陽はそんな勇気もある子。
近くで過ごしてわかったけど、真面目で信頼もできる。
友陽を選んだ先輩は、女を見る目があることだけは確か。
先輩とはこのままめでたくゴールインするのかな。
こんなに早く両想いの相手が見つかって、友陽はラッキーな子。
そうじゃなく、自分でラッキーを引き寄せたんだ。
あたしの知らない所でも、ラッキーの神様の目に留まるような行いをして来たんだよね。
あたしも良い男を見つけなくちゃ。でも、まずは学問、そして就職。経済的自立。
まあ、あたしは相手が現れても、卒業してすぐは結婚はしない。
もっともっと独身を楽しみたいし。
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