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15 サムの夢、みんなの夢

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 皆さま、大変ご無沙汰しておりました。どのような形で完結させるか迷っておりましたが、先になろうさんの方で完結させましたので、こちらへ転載し、完結まで進めて参りたいと思います。
 あくまで番外編ですので、主要登場人物たちのその後がどのように続いていったかをサラリと描かせていただく予定です。
 不定期投稿ですが、どうぞお付き合いください。
 このお話は、リジーの母キャシー視点で進みます。

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 その日は、いつも私にべったりの婚約者デイビッドが珍しく私に纏わりつかずに、うちのリビングのソファに寝っ転がり、ブツブツと言いながら何やら考えごとをしているようだった。

「よし、その名も【廃墟教会(ルーウィン・チャーチ)ウェディングホテル】計画だ! 僕はホテルを建てる手助けをすることにしたんだよ、キャシー。まあ、かなり小規模なものだがね」
「なに? なんなの? 急に……廃墟教会って、スリラーなの?」

 デイビッドが唐突に話し始めた。
 この人、いつの頃からかいつもこんなよね。

「マイ・ハニー、僕たちの結婚式を挙げる教会の隣りに小さなホテルを建てる!」
「えっ!? 今さら結婚式って、聞いてないわよ! 教会って? ホテルを建てるですって?」
「今、口にした。有言実行だな」

 ウインクしながら、指をパチンと鳴らす。一瞬で築城できる魔法使いみたいに。

「ええっ!?」

 まあ、そうはならないけど、どういうこと?
 色々突然過ぎて、話についていけない。

「まあ、慌てなさんな。残念だけど、結婚式はもうちょい先かな。まずはホテルを建てないことにはね」
「?」
「サムが本気で頭をさげてきた。動機はどうあれ、あのサムが生涯をかけてやりたいことを、夢を自分で見つけたんだ。応援しないではいられないじゃないか、あの子の師匠として。一年半で一人前にする」
「サム?? 全く話が見えないわ」
「そうだろう。これは実はサムの人生をそして私たちの人生をも左右するプロジェクトなんだ! ホテルのオーナーという響きも悪くないなあ」

 デイビッドは、重大な決断をくだす王のようにソファから雄々しく立ち上がった。

 ことの発端は、サムが恋人アイリーンを故郷の町に連れて行ったところから始まった。
 サムが自身のお気に入りの古びた教会に彼女を案内したところ、アイリーンもその佇まいをとても気に入り、『こんな場所で結婚式を挙げるのも素敵でしょうね』、と呟いたそうだ。
 サムはその『素敵でしょうね』、を真に受けて一念発起。
 デイビッドの話によると、サムの構想では、町の所有となっているその廃墟教会とそこに隣接する空き地を町から譲り受け、教会はユニークな結婚式を挙げたいカップル向けに、廃墟のまま安全面に配慮した補修を施しそのままの状態で残す。
 そしてそこで式を挙げるカップルや家族が宿泊するための小規模なホテルを隣に建てる計画も。由緒あるカントリーハウスや貴族の屋敷をイメージした、ロマンティックで尚且つ、くつろぐことのできるこじんまりした宿泊施設にしたいそうだ。
 オーナーはデイビッド、まあ、資金を援助して欲しいということね。そして経営と運営はサム自身とアイリーン、そして後々はサンタクロース一家の、家族経営にしたいみたい。
 恋人を逃がさないための計略にしては大規模ね。
 相談されたデイビッドは、もちろんそういう夢のある話は大好きな人だから、手を差し伸べた。起業についても、金銭的にも?
 
 私は彼の財産がいくらあるかなんて知らないけど、小さめのホテルを建てるくらい余裕らしいのよね。恐ろしいわ。まあ、半分は銀行からの融資にするみたいだけど。

 まず手始めに、サムを一人前のホテル経営者にするため、ホテル経営学部のあるカレッジに通わせ、ホテルマネージメントを一から学ばせるとのこと。

『先行投資だよ。もちろん、軌道に乗ったら、きちんとすべてかかった費用は返済してもらうさ。僕は見込みの無い援助や取り引きはしない。サムには死ぬ気で学んでもらう。あいつの本気を見せてもらうよ』

 そう言ったデイビッドの目は、柄にもなく真剣だった。
 
 カレッジに入学する際、サムは長年勤めたタコスの店〈タコ・ガーデン〉を、オーナーや従業員から惜しまれながら退職。
 これでサムも後へは引けなくなったというわけ。



 そして、少しすると、デイビッドはサムの片腕にと熟練したホテルマンをどこからかスカウトして来た。そのホテルマンというのが……。

『え!? エディンバラからって、そんな遠方から連れてきたって、このじいさまを!?』

 サムの前に現れたのは、深い皺を刻み品の良い穏やかな顔つきで、綺麗に整えられた白髪の老紳士。自分の父親よりもかなり年上のように見える。姿勢が良く、細身でバリッとした艶のある黒いタキシードをみごとに着こなしていた。イギリスの公爵と言っても通りそうだ。
 染みひとつない真っ白な手袋に目が行く。

 普段からこの格好? サムが首を傾げるのも無理もない。

『彼はデューク、廃墟ホテルのコンセプトにピッタリだろう?』

 デイビッドが得意そうに片方の眉をあげて微笑んだ。

『師匠、それって、失礼じゃないの? はじめまして、サミュエル・クロースです』
『はじめまして。デューク・ハリスンと申します』
『こんな胡散臭いアメリカ人に、よくついてきましたね?』
『おい、サムよ、私に失礼だろう?』

 デイビッドが口を尖らせる。

『ミスター・クロース、シンドバッドさまはホテルをリストラされたこの老いぼれに生きる場所をくださいました。感謝しかありません。しかも死ぬまで面倒を見るとまでおっしゃってくださって、涙が出ました。妻には先立たれ、子も無く親戚とも疎遠、故郷には何のしがらみもございません。精一杯お仕えさせていただきます。こちらのホテルに私の残りの人生をすべて捧げさせていただく所存でごさいます』

 ハリスンはハキハキした口調で、言い切った。

『はあ……。シンドバッドさん、年配者をなんて甘い言葉で誘拐してきたんですよ。責任持って面倒見るの、結局俺じゃないですか』
『そうだ、支配人は従業員の人生をも預かるんだ』

 デイビッドの言葉に、サムはため息を吐きながらも覚悟の表情をしたという。



 サムとデイビッドの個性豊かな【廃墟教会ウェディングホテル】計画は、サムがカレッジに入学して3ヶ月ほどすると、具体的に進み始めた。
 それは、サンタクロース家やまわりの人たちをも巻き込み、ひいてはサンタクロースタウンであるノーザンクロスの町の活性化にも一役買うこととなる。

 ホテルのコンセプトやイメージデザイン、設計、ガーデニングは、アイリーンのデザイン事務所やその関係筋の建築設計事務所に依頼。
 町の所有である廃墟教会並びに隣接地の讓受けやホテルの建築許可証の申請も、デイビッドの顧問弁護士や町長とも親しいサムの父親のニコラスさんの尽力もあってスムーズに行われたという。
 実際のホテル経営と運営はサムとアイリーンに任せ、デイビッド自身はあくまでオーナーとして補佐に回るつもりらしい。
 聞いた話によると、サムの実家のおもちゃ屋の売上は、隣町に出来た大型マーケットのようなおもちゃ店のせいで激減していたそうで、そこへ沸いてきたホテル経営は、サンタクロース家にとって、渡りに船だった。

 時代の流れかしらね。

 おもちゃ屋はとりあえず存続させるものの、本業とはせずにサイドビジネスへ転換させるとのことだった。

 ホテル計画は、順調に、より具体的に進んでいく。
 ホテル内部のアンティークの家具と小物にはこだわりたいので、メインとなるそれらは〈スカラムーシュ〉に依頼。

 それは妥当ね。

 それから、壁に飾る絵画やカーテン、リネンなどのファブリック類は〈フォレスト〉に依頼?

 えっ!? リジーの勤務先に!?

 備品や雑貨類は、わ、私に依頼!?

 デイビッドったら、私まで巻き込むんだから。まさか母娘で一緒に仕事をする日が来ようとは、さすがに思ってなくて驚いた。
 とにかくみんながサムの夢の【廃墟教会ウェディングホテル】計画にのせられて、当然のように参加させられることになった。
 けれど、サムの夢が、家族や私たちみんなの共通の夢になって、それをみんなで力を合わせて実現させる。それは夢から現実となり、形として残り、この先も続いていく。
 人生において、こんな素晴らしい経験をさせてもらえるなんて、なんて素敵なのかしら!

 いやだ、恥ずかしいこと思い出したわ。

 デイビッドと私、数年後、ホテルが開業したら、わざわざ結婚式挙げるの~!?
 この年齢で!?
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