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13 ジョンの誕生日②~今夜もアクシデントはお約束?~

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 ふたりで廊下に出ると、ジョンはサムからシャツの胸ポケットに何かをねじ込まれた。
 そしてこそっと耳打ちをされる。

「例の同盟は解除な……ポケットのラバーは本番まで出すんじゃないぞ? 日本製メイド・イン・ジャパンだから性能が良い」

 ジョンは瞬時に頭に血が上り、サムを激しく睨みつけた。

「うわ、出たよ、魔王の死の視線。俺、何も悪いことしてない……」

 手をひらひらと振りながらニヤけるサムの胸倉を、ジョンは掴みあげる。

「おまえ、何か謀ったのか?」
「何も……神にかけて」
「……リジーにおかしなことを吹き込んだんだろう!?」
「声が大きい。俺は何も言ってない。だけどリジーの考えてることの予想はついてる……。普通の男がキスの次に欲しがるものをおまえにも当てはめて、何を誕生日にプレゼントするか彼女自身が自分で導き出したようだぜ? 子どもじゃないんだし、色々考え込むなよ。そんな怖い顔しないでさ、自分に正直に
なれば?」
「……おまえ!!」
「律儀な魔王さまは、同盟を破るなんて考えもせず、用意してないだろうと思ったから、ご祝儀に。まだ妊娠させるわけにはいかないだろう?」
「……っ!!」
「リジーはおまえの態度がどこか前と違うことに気が付いてる。なんだか最近遠慮がちだと言ってたぞ。自分の欲を抑えてるからじゃないのか?」
「……!?」

 リジーがそんなことまでサムに話していたことにショックを覚えるが、それは自分のせいなのだ。
 ジョンは鋭い指摘に歯を食いしばりながら、掴んでいたサムのジャケットを放した。

 確かにこの所、何かずっとモヤモヤしていて、リジーに触れたいという気持ちを自制していたかもしれない。
 触れるのが怖かった。胸に込み上げてくる熱いものに無理やり蓋をしていたのだ。
 もっと親密な関係になるのは、サムとの同盟は関係なくまだ先のことと漠然と考えて、欲を抑えた態度がリジーを不安にさせていたのか。

「彼女に恥かかせんなよ」
「……」

 ジョンがひとりで混乱している間に、サムは玄関ドアを開けた。
 すると、部屋の中ではリジーとアイリーンが親しげに話をしていた。

「リジー、ご馳走様。お料理、とてもおいしかったわ」
「ありがとう。アイリーンのカップケーキも最高においしかったよ」

 リジーとアイリーンはすっかり旧知の友のように仲良く頬を寄せあっている。
 その微笑ましい光景を見て、ジョンはざわついていた心が幾分穏やかになったのを感じた。

「サム、ジョンに何を話してたの?」
「あ、いや……、何でもない、ちょっと俺の相談」

 サムに詰め寄るリジーの背中が目に入り、ジョンは思わず目を逸らしながらアイリーンへ顔を向けた。

「アイリーン、今日は本当にありがとう。僕のためにわざわざ……」
「いいえ、ジョン。私は何も。楽しいバースディパーティだったわ」

 
「そうだ! 忘れてた~! みんなで写真撮ろうと思ってたんだ。待って、カメラカメラ」

 リジーが声を張り上げ、慌てたようにクローゼットを開けて中からカメラを取り出す。

 少しの間、4人の撮影会が楽しく行われた。
 ジョンはこのような場に自分がいることに戸惑っていたが、幸せな思いが胸に広がっていた。
 リジーが自分に寄り添い、サムの構えるカメラに向かって嬉しそうに笑っている。

「クロウも笑えよ! 顔の筋肉をほぐせ、魔王!!」
「いいの~、私はジョンの作らない顔が好きなんだから!」

 作らない顔? 自分の代わりにリジーがおかしな返答をサムにしたので、思わずジョンは頬が緩んだ。
 何回かシャッターが切れる音がした。

「ちょっとサム、突然シャッター切らないでよ!」
「まあまあ、良いのが撮れたぜ。たぶん……」
「えええ~?」
「クロウ、俺とアイリーンのも頼む」

 サムが、自然にアイリーンを抱き寄せる姿をジョンは羨ましく思った。

 
 撮影会が終わると、

「クロウ、リジー、またな。あとはふたりでごゆっくり~」

 サムとアイリーンは満足げな笑顔を残し、連れだって帰って行った。




「急に静かになったね」

 リジーの部屋でふたりきりになり、玄関の外でのサムとのやりとりが思い出され、ジョンは柄にもなく落ち着かなくなっていた。

「サムはいるだけで煩いからな。リジー、今日は本当にありがとう。僕の誕生日をこんな素敵なパーティを開いてお祝いしてくれて……嬉しかったよ。その衣装も着てくれてありがとう。冗談ぽく言ったのに、覚えててくれたなんて驚いたよ」
「ジョンの望みは出来ることならかなえてあげたかったの。ちゃんとクッキーと写真も用意してあるから、あとでね」

 リジーは赤くなりながら、視線を下げた。

「ありがとう、とても嬉しいよ。今日の事は一生忘れない」

 ジョンはリジーの頬に手を添えると、額にそっとキスを落とした。

「やだ、ジョン。これから毎年続くんだよ。サムの誕生日もアイリーンの誕生日も。あとは、私の誕生日もシンおじさんの誕生日だって、おじさんがこっちにいたらしてあげるし。それに、バレンタインやイースター、ハロウィーンにサンクスギビング、クリスマスもあるよ!」
「毎月パーティだね。それは疲れるな」

 ジョンとリジーはひとしきり笑いあった。

 リジーが自分に明るい笑顔を向けてくれている。
 この笑顔のリジーの傍らにずっといたい、彼女を、この幸せをずっと守ると、ジョンは改めて強く思う。


「ねえ、ジョン。サムとアイリーンからのプレゼントのウィスキー飲まない?」

 リジーに上目遣いでたずねられ、ジョンは動悸がした。

「ふっ……。飲まなくても、僕はもうきみに完全に酔ってる。だからお酒は必要ない」
「そ、そう? あの、あとは何か望みはない? 日付が変わるまでは、まだジョンの誕生日だから何をねだってもいいんだよ?」
「もう……無いよ」
「本当に?」

 リジーの潤んだ瞳にまっすぐ見上げられ、ジョンはさらに動揺する。

「うん。だから、今夜はもう……帰……」
「ジョン、朝まで一緒にいたい……」

 ようやくジョンが口に出した言葉に、リジーが言葉を重ねてきた。

「だめだ……」

 ジョンは咄嗟にそう答えていた。

「朝までの意味、わかって言ってるつもりだよ」
「なおさらだめだ」
「どうしてっ!?」

 リジーにギュッと抱きつかれ、ジョンは自分の気持ちを抑えるように拳を握る。

(きみの肌の温もりを覚えてしまうのが怖い……この幸せが怖いんだ)

「まだ……」


 不意に、何かリジーの背から小さな黒いものが跳ね、ジョンはそれを見逃さずに一瞬で捕らえた。

(!? まさか、この時期に……)

 今、このタイミングで……。ジョンは眩暈がした。

 リジーの美しい背中から飛んだのは、小さく黒いのみだった。

「リジー、ひと仕事だ」
「え? 仕事? 今から?」
「だから、悪いけど手を放してくれる?」

 リジーが渋々といった表情で離れると、ジョンはテーブルの上のナプキンで手に捕まえていた蚤を潰した。

「ごめんリジー、きみの背中に蚤がいた」

「の、蚤~!? え~!?」

 リジーが口をぽかんと開け、落としそうなくらいに目を大きく見開き、驚いている。

「何か動物と接触した?」
「……そういえば、昨日お店に大きな毛のふさふさしたワンちゃんを連れたお客様が来て、ワンちゃんの相手を頼まれたんだった。白くて大きくてフカフカしてて、人懐っこくてもう、ものすごく可愛かったんだよ~!」

 リジーが可愛い笑顔で犬の様子を語っている……。

「蚤に寄生されたのに、大らかだな、きみは。その犬が宿主だったんだろう」
「そ、そうだったの?」
「まだ他にもいるかもしれない。リジーに寄生した不届きな蚤たちを退治しておかないと」
「……ひと仕事ってそれ?」
「リジー、昨日店で着ていた服は洗濯した?」
「トレーナーと下着は洗濯したけど、ジーンズはそのままベッドにある」
「それも早く洗濯した方が良い。それから、そのドロシーの衣装も脱い……で」

「うん。背中のリボンお願い」

 リジーは微妙な表情をしながらも、素直にジョンに背を向けて椅子の上にちょこんと座った。
 こじんまりと座る後ろ姿に、ジョンは一瞬見とれたが、甘いムードに浸っているわけにはいかなかった。


♢♢♢


(あーあ、なんでこんな展開になるんだろう。せっかくジョンの望み通りにこの衣装を着たから、少しは期待してたのに。なおさらだめだ、なんて、全否定しなくても……)

 リジーはジョンに背中を向けながら小さく息を吐いた。
 背中のリボンが緩められ、するすると外される音がするが、どうもいつもの大人の甘い雰囲気をジョンからは感じない。
 まるでテキパキと手仕事をしているようで、何かが違う。

(背中で誘惑って言ったの誰よ~。全然甘いムードになってない!)

「午前0時過ぎちゃったね。ジョンの誕生日が終わっちゃった……」
「もうそんな時間か」
「そういえば、私の誕生日の時も、最後に階段から落ちて……ジョンに迷惑をかけたんだったね。ジョンの誕生日は楽しいだけの誕生日だったら良かったのに、私がいるとアクシデント付きになるね」
「きっと忘れない」
「そ、そうなの? 蚤だよ、虫だよ?」

 リジーは情けない気持ちになった。

「僕にとっては、きみがいれば何でも楽しいことになる。たとえ虫退治でもね」
「え……そう?」
「リボン、ほどき終わったよ」
「早いね」
「2度目だからコツをつかんだよ」
「へえ~」

(コツなんて、つかまなくてもいいのに)

「背中の方、刺されてないか少し見てもいい?」
「あ、うん……」

(あれ……やだ……。なんか、恥ずかしくなってきた)

 リボンが外され、少し緩んだワンピースの胸元をリジーは無意識に押さえた。
 背後をちらりと見たが、自分の背中を凝視するジョンの表情は真剣そのもので、まるで患者を診る医者のようだとリジーはがっかりした。

「まだ刺されてはいなかったみたいだね。本当にどこか痒いところは無い?」
「うん」
「よし、じゃあ、リジー、着ているものに蚤がいないか見て、全部洗濯するんだよ。僕も念のため部屋で着替えてくるから。それから、ベッドに蚤がいないか確認して、カーペットにも掃除機をかけよう。手伝うよ。蚤が複数いると大変だからね。ついでにパーティの後片付けもしてしまおう」

 ジョンの言動からは、まったくと言って良いほど、甘さも艶っぽさのかけらも感じられない。
 肩を落とし、床に目線を下げたリジーは、更なる厳しい現実に直面する。

 あろうことか、黒々とした羽を持つ乙女の天敵が、カサカサと床に這い出てきたのだ。
 リジーは色気より恐怖でジョンにしがみつく。

「いやあ~ん、ジョン!! もうダメえ~うわ~ん、Gもいる!?」
「リ、リジー……わかったから、夜だし静かに、僕がいるから大丈夫だ!」

 リジーはその夜、大人の階段を上るのを完全に諦めた。
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