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12 ジョンの誕生日①~サプライズ・パーティはいかが?~
しおりを挟むジョンに誕生日パーティをしてあげたい。
リジーはずっとそう思っていた。
サムとアイリーンにも趣旨を伝えて、協力してもらう約束を取り付け、ジョンにはひた隠しにしていた。
たまに、いつもと違う様子を感じ取ったかのように、探る眼差しをするジョンに捕まり、その熱い視線と唇によろめくことはあったが、決して口を滑らせることはなかった。
今日はジョンの誕生日。ついにその日がやって来た。
リジーは朝からジョンに気付かれないように、一歩も外へ出ずに食事の下ごしらえをしたり、プレゼントのクッキーを焼いたり、部屋の飾りつけを進めたりしていた。
アイリーンからは、ありがたいことに早めに来られるという連絡があって、色々と手伝ってもらえそうだった。
リジーは今夜、ジョンとの距離を縮め、大人の階段を上がるつもりでいた。
「ハイ、リジー! 来たわよ」
玄関ドアのノックの音と共に、アイリーンの声が聞こえた。
「アイリーン! ありがとう~。忙しいのにごめんね」
リジーはアイリーンを部屋へ招き入れる。
「いいのよ。楽しいバースデーパーティにしましょう!」
「丁度、ジョンは接客中で、こちらに背を向けていたから私の姿は見られなかったと思うわ」
「気を遣ってくれてありがとう。タイミングが良かったね」
「よりサプライズ感がアップするわよね。あとはサムが上手く連れて来てくれれば完璧ね」
「うん!」
アイリーンとは、既にすっかり気心を知れた仲になっていた。
アイリーンはリジーが部屋の飾りつけをしている間に、手際良くテーブルセッティングも終了させてしまっていた。
最後にテーブルの中心にアイリーンお手製のフラワーアレンジの花瓶が飾られると、リジーの狭い部屋も一気に華やかなパーティ会場の雰囲気になった。
「わあ、綺麗。素敵なアレンジ!」
「やっぱり、メインは薔薇じゃないとね」
オレンジ色と黄色の薔薇とそれをあしらったアレンジは、たとえようもないほど美しかった。
(ジョン、バースデーパーティ喜んでくれるよね。どんな反応してくれるか楽しみだな)
「ありがとう、アイリーン」
「どういたしまして」
「あの、それじゃ、えっと、私、服を着替えるから仕上げに背中のリボンを結んでくれる?」
「OKよ」
リジーは衝立の奥で、ハロウィーンの時以来となるドロシーの衣装を着た。
着替えが終わり、リジーが衝立から出ていくと、アイリーンが目を丸くした。
「その服って、初めてあなたと出会ったハロウィーンパーティの時に着ていたドロシーの衣装よね」
「うん。そうだよ」
「誕生日のパーティなのに?」
「うん、ジョンがこの衣装好きみたいなんだ」
「そ、そう……」
アイリーンは笑顔だったが、眉を微妙に寄せていた。
(だよね~)
リジーが意を決して背中を向けると、アイリーンが息を呑んだのがわかった。
「この服、ちょっと恥ずかしいんだけどね。あの、背中のリボンを交互にかけてくれる?」
「OK……。これ、かなり、大胆な衣装だったのね」
「うん……」
「あ、あの、この服を脱ぐときも手伝った方がいい? ……のよね」
アイリーンから遠慮がちに聞かれ、リジーは目を彷徨わせる。
「大丈夫……。ジョンに解いてもらうから」
「そ、そうなのね」
ふたりで顔を一旦見合わせたが、どちらともなく視線をずらした。
「がんばって。……かしら? ね」
「えっと、がんばるね」
としか、言いようがない。
リジーの胸は、既に高鳴っていた。
♢♢♢♢♢♢
その少し前の事。
<スカラムーシュ>にいつものようにサムはやって来た。
ジョンには、自分の相談があるから時間をあけておいて欲しいと伝えてあった。
(さあ、ジョン。年貢の納め時だ。リジーの本気に慌てるあいつの顔が見てみたかったが、さすがにそうはいかないしなあ)
ひとりでウシシと笑っていると、目の前に眉間に皺を寄せたジョンがいて固まる。
「サム、完全に悪だくみをしている顔だったぞ」
(す、鋭い)
「ま、まさか~。俺じゃ……。い、いやいや、楽しいことだよ。おまえにとって」
「? オレに相談て、嫌な予感しかしないんだが。飲みに行くのか?」
「まあ、ついて来いよ」
「?」
閉店の準備は完了していたようだ。
サムはジョンを従えてアパートメントの内階段を上がる。
リジーの部屋の前まで来て振り返ると、ジョンがさらに疑惑の目を向けてきた。
「クロウ、言っとくが、俺は何も謀ってないぞ」
「それなら、そのニヤけた顔は何なんだ?」
「自分で確かめろ」
サムはジョンをリジーの部屋のドアの前に立たせると、ノックと共にドアを押し開けた。
♢♢♢
「「「ハッピーバースデー! ジョン!!」」」
パン! パン! とクラッカーの音が鳴り響く。
そこには、頬を染め、溢れんばかりの笑顔の花を咲かせたリジーと美しくしっとりとした笑みを見せるアイリーンがいた。
「……」
リジーの部屋は、金色のモールやカラフルな色紙で華やかに飾り付けられ、いつもの可愛らしいテーブルの中心には小ぶりの暖色系の薔薇のアレンジが飾られ、所狭しと料理が並んでいた。
ジョンはあまりの眩い光景に、ただ見惚れていた。
(朝から姿を見せないし、どうしたかと思っていたら……こういうことだったのか)
「なにぼけっとしてるんだ?」
サムに背中を叩かれ、ジョンは我に返る。
「ありがとう……。リジー、アイリーン、そしてサム」
「誕生日、おめでとう!」
「ありがとう……。これほど華やかな誕生日初めてだよ。……この年になって、まさかこんなに盛大にお祝いされるなんて……」
目の前にはハロウィーンの時の衣装を来たリジー。
自分のからかい半分、冗談めかして言ったことを、覚えてくれていたとは。
「……きみは、本当に素直だな。僕の冗談を……」
「冗談でもいいの。だって、せっかくスーザンに作ってもらったのに、たった1回しか着ないのはもったないでしょ?」
リジーは恥ずかしそうに顔を上気させ、必死で言い訳をしている。
ジョンは、リジーのその可憐な姿に、あらゆる感情が込み上げ、この場ですぐにでも抱き締めてキスしたかったが、サムたちの手前辛うじてその気持ちを封じ込めた。
「ジョン?」
「素敵だよ。またきみの<ドロシー>が見られて嬉しいよ」
「せ、背中のほうは。なるべく見ないでね。恥ずかしいから」
「わかった。見ないよ」
サムが、手をアイリーンの耳元に当て話す内容が、ジョンにも聞こえてきた。
「ねえねえ、ハロウィーンのときも気になってたんだけど、リジーの開いてる背中にブラが見えないけどさ、やっぱりモデルみたいにノー……」
アイリーンの笑顔がこわばり、ジョンも瞬時に拳を握り締めた。
「サ~ム~!! あなたって人は、何を考えているかと思ったら~そんないやらしいこと!!」
真面目な顔をしたサムの低俗な質問に、アイリーンの手が先に出た。
「だ、だって、なんか気になるからさ~」
「バカバカ、サムのバカ。もう、どうしてあなたってそう一言余計なのよ!?」
アイリーンはサムに詰め寄り、握った拳をサムの胸に打ち付ける。
サムは避けずに、それを正面から受け止める。
「だってさ、変に想像するより聞いた方が良くない?」
「聞く必要ないの!! こういう服は、ちゃんと工夫して作ってあるんだからっ!」
「……」
リジーにも聞こえたようで、真っ赤になり視線を床に落としている。
「口にするのも恥ずかしいことよ。よく言えたものだわ」
「ええ? 心外だな。クロウだって気になっただろう?」
「リジー、ケープは?」
「えっと、仲間内だし、部屋の中はあったかいからいいかなって思って……」
「サム、リジーの背中を絶対見るなよ。見たら息の根を止める」
「わ、わかったよ。ふたりともマジで目が怖いって」
ひと悶着のあとは、4人で仲良く乾杯し、リジーの用意したミートローフやサラダ、サム持参のタコス、デリバリーされたピザなどを食べた。
「ミートローフどうだった? お母さんから教わって作ってみたんだ」
「とっても美味しかったわ。私にも作り方教えて」
「よかった。作り方はとっても簡単なんだよ。もう、混ぜて焼くだけ!」
リジーとアイリーンは、料理の話題に花を咲かせていた。
「どうだ? クロウ。自分のバースデーパーティを開いてもらった感想は?」
「嬉しいよ。でも、なんだか、とても照れくさいものだな」
男ふたりも落ち着いて和やかに言葉を交わしていた。
「さて、デザートはアイリーンお手製のカップケーキだよ! 今持ってくるね。可愛いデコレーションがされてて、お菓子屋さんのケーキみたいなんだよ!!」
「リジー、手伝うわ」
「大丈夫大丈夫、アイリーンは座ってて!」
リジーがキッチンへ行き、冷蔵庫から出したそれを、トレーに載せてにこやかに持ってくる。
途中、カップケーキを転がしそうになった時は、みなヒヤリとしたがそれは無事テーブルに運ばれた。
掌サイズのカップケーキにはチョコレートがコーディングしてあり、カラフルなスプレーがかけられていた。
「ちょっとした余興を楽しみましょう! 実は、このカップケーキのどれかひとつに、アーモンドが入っているのがあるの。それを食べた人は、何か自分についての話を披露するのはどう? 自分の好きな物や苦手な物、自分の失敗談、夢の話でもいいし。どうかしら?」
「おもしろそう!」 リジーが声をあげる。
「よし」
サムもジョンもアイリーンのその提案に頷いた。
4人で真剣に用心深くケーキを口にする。
少しして、コリッとどこかで音がして、4人で顔を見合わす。
「誰だ? 俺じゃないぜ」
サムが他3人の顔を見回した。
「リジーか?」
「違うよ」
「クロウ?」
「いや……」
3人の顔がアイリーンに向いた。
「わ、私だったわ」
アイリーンが肩をすくめ、戸惑った様子を見せた。
「お~、では、ミス・アイリーンどうぞ」
サムがすましながら恭しく、アイリーンへを手を差し伸べた。
「まさか私が当たりを引くなんて。困ったわ。迷うわね。私……実は」
「実は?」
リジーとサムは興味津々だ。
「甘い炭酸飲料が嫌いなの」
アイリーンがすまし顔でそう言うと、サムは眉を上げて首を傾けた。
「ちょっと肩すかしを食らったけど、まあいいか。つまりビールは良くて、コーラや7UPはダメってこと?」
「そうね、あの舌にくる甘い後味が苦手」
「へえ、きみの舌はベイビーみたいに甘……」
「サム! それ以上言ったらぶつわよ!」
「ごめんごめん」
「もう、サムったら、言葉に気を付けてちょうだい」
「きみはビターがお好きだったか」
「そうね。コーヒーも薄いのよりは多少濃いめの苦みがある方が好きよ」
「私も~、コーヒーは苦いの好き!」
リジーも楽しそうに便乗した。
「ふたりしてビター好き? 大人ぶって自慢げに胸を張っちゃって、可愛いなあ、もう。俺は極甘が好きだけどね」
と笑ったサムが、リジーとアイリーンに睨まれている。
「そう? じゃあ、これからはコーラにも砂糖を入れてあげましょうか?」
アイリーンが鋭い一言を投げる。
「なんで~」
サムがジョンに泣きついてみせたが、それほどしょげていないことはお見通しなので、すぐにその場には笑いが広がった。
「せっかくだから、続けて誰か何か秘密を打ち明けたりしない? 例えば、リジーはさあ、うっかりな武勇伝たくさんありそうだよね。クロウも聞きたいんじゃない?」
「え~!?」
リジーが小さな口を尖らせながら自分を見たので、ジョンは少し慌てて首を横に振る。
「そんなに私、ありそうに見える?」
「見える見える!」
サムが大袈裟に同調してみせると、リジーがさらに不機嫌な顔をした。
「やだ、言わない」
「ふーん、じゃあ、クロウ。おまえの過去最大の失敗話を聞きたい。それかあの時の話」
「……!?」
リジーの頬を膨らませた顔も愛らしいとジョンが心を飛ばしていると、突然サムに縄を投げられ、足を引っ張られる。
「あの時?」
リジーとアイリーンが視線を合わせると、同時にジョンへと顔を向けた。
「さっき息の根を止めておけば良かった」
「ひゃはは~」
サムは崩したような笑顔で、ズルそうな目をした。
「ジョンに何かあったの?」
リジーが椅子から身を乗り出している姿を、ジョンは複雑な想いで目に映す。
「シンドバッドさんに連れられて3人でバーに行った時さ、こいつ……」
「サム!」
「酔いつぶれて……バーで寝たんだ。クロウは酒には弱いんだぜ。リジー、クロウを籠絡するなら酒を飲ませろ」
(リジー、何を真剣に頷いてる……)
何故かサムが含み笑いをしているのが、ジョンは気にいらない。
「てなわけで、クロウにバースデープレゼントだ。俺とアイリーンから」
サムは持ってきた紙袋の中から琥珀色の液体の入った瓶を取り出し、ジョンへ手渡す。
「ありがとう、って、これ、ウィスキーじゃないか」
ジョンは、瓶のラベルを見ながら深いため息を吐いた。
「サム、ジョンがお酒に弱いって知っててこれを選んだの? 聞いてないわよ!」
「まあまあ、アイリーン。リジーは期待に目を輝かせてるぜ」
「え?」
楽しげに目をクリクリと動かしているリジーを見たアイリーンは、肩を竦めた。
ジョンは、得も言われぬ気持ちになる。
(それほど僕を籠絡したいのか? あとでじっくり教えてあげるよ。きみなら素面の僕だって容易く操れることを)
「クロウがリジーを見て激甘な顔してるから、そろそろ帰るとするか」
ジョンはサムにそう指摘され、思わず頬を引き締める。
リジーにじっと見つめ返されたジョンは、その羞恥を浮かべた表情に心臓がドクリとなった。
「アイリーン、このあと、俺たちもイチャイチャしたいなあ」
サムはアイリーンの肩に腕を回そうとしたようだが、アイリーンにすり抜けられていた。
「しないから!」
「え~だめ? 残念。じゃあ、クロウ、リジー、甘い夜を。あ、そうだ。クロウ、ちょっと……」
(何かリジーたちに聞かれたくない話があるのか?)
ジョンは、サムに玄関ドアの外に連れ出されたのだった。
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