10 / 20
10 リジーの不意打ち
しおりを挟む リジー、ジョン、サム、3人の、ニューイヤーから少し経った後のお話しです。
―――――――――――――――――――――
リジーはひとりで、<スカラムーシュ>の店番をしていた。
最近、仕事が休みの日で暇なときは、<スカラムーシュ>に押しかけては、こまごまと手伝っていることが多い。
古い雑貨や家具の手入れやからぶき、掃除をさせてもらっていた。
お客が来ると、店の奥に引っ込んで大人しくしている。
ジョンからは何も言われないので、特に迷惑がられてはいないはずだと思っていた。
ジョンとは恋人同士になり、堂々とそばにいられることがリジーには嬉しくてたまらなかった。
ふたり揃っての休みの日は、恋人同士らしく一緒に外出し、食事や買い物やドライブ、散歩も楽しんでいた。
ジョンは常に穏やかで優しくて、ふたりで幸せな時間を過ごせていて、そのことには満足していた。
1月末にはジョンの誕生日が来る。
サムとアイリーンも招いて、一緒にジョンの誕生パーティをしたいとリジーは考えていた。
今の悩みといえば、ジョンの誕生日プレゼントの件だった。
本当にジョンが喜ぶものをあげたい。サムに助言をもらうつもりで、連絡もしていた。
ジョンは、たまにコリンズ医師の往診の護衛を頼まれる。
今日はそのために、ジョンは出掛けていた。
コリンズに頼まれるのは、おそらくG地区への往診なのだと想像がついていた。
ジョンに何かあったらと思うと気が気ではない。
コリンズから頼まれると、ジョンは大丈夫だから、とふたつ返事で行ってしまう。
彼だってスーパーマンではない。
銃やナイフが相手では負けてしまうに違いない。
リジーがため息をひとつ吐いたところで、サムが現れた。
「よう! あれ? リジーひとり?」
サムは仕事の休憩中に、毎日のように<スカラムーシュ>に顔を出していて、会えば大概お互いジョンの恋人、親友として、ジョンの話題を口にする。
ジョンは、サムに邪険な態度を取る割には、絶対に無視しない。
そして、常に遠慮のない口調だった。
そんなふたりの関係がリジーには羨ましく感じる時がある。
「サム、こんにちは。ジョンはまたコリンズ先生の往診に付き添ってるの」
「先生もクロウも、色々と放っておけない損なタイプだからな」
そこで心配していたことを思い出して、暗い顔になってしまう。
「まあ、あまり、心配するなって。そんなに危険な場所なら先生自体が行かないだろう。それより、ほら、クロウの誕生日プレゼント、俺に相談したいって言ってただろう?」
「あ、そうなの。ジョンは何だったら喜ぶかな。男の人は何が欲しい?」
「そんなの、はっきり本人に直接聞いたらいいじゃないか」
「前に聞いたときは、いつものクッキーって。それと、その、ハロウィーンの時のドロシーの衣装をまた着てみせてって、たぶんからかわれた……。それと私の写真、とかなんとか言ってたと思うけど」
「ドロシーの衣装? へえ……あいつが。意外と自分の欲望に忠実だな。……てか、欲なんてあったんだ!?」
「え?」
「おめでとう!」
「は? おめでとうって何が?」
「いや~、子リスだとばかり思っていたのに……いつの間にか欲望の対象になったか。まあ、カラス限定だろうがな」
「何?」
「可哀想だから、同盟は解除してやるかな」
「同盟?」
「こっちの話。そろそろ覚悟しておいた方が良いかもね。……捕食対象を着飾って、眺めて、その後剥いて、食べるとか……」
サムがやたらとニヤニヤしながら独り言のように、ブツブツと口を動かしている。
「覚悟って? それから、後半は何言ってるんだか聞き取れなかったんだけど?」
「いや~、なんでもない。聞き取れなくていいのいいの。羨ましいなあ」
「はあ? 変なの」
「俺に相談したとか言うなよ。後が面倒」
「言わないよ。だから、ちゃんとアドバイスお願い」
「自分で考えなよ。リジーからのプレゼントなら、あいつはなんだって泣いて喜ぶだろう。たとえ的外れでもね」
「的外れって、失礼な!」
「あいつの欲……じゃなくて希望通り、写真とクッキーを渡して、ドロシーの服を着てやればいいじゃないか。悩む必要ない」
「だって、何かもっと記念になるものをあげたいの。写真はなんだか照れるし、クッキーだって、私が服着たって何も残らない」
「思い出は残るだろう? あいつは物欲はまるで無いからな」
「あの服、着るの恥ずかしいのに……」
と口にして、リジーははたと思い出した。自分をからかうのが楽しいとも、ジョンが言っていたような気がする。
(そうか、恥ずかしがる私の反応が見たいとか? そういうこと? まさしくサムの影響だよね)
サムをジトっと見て、またため息を吐く。
「ふう、わかったよ」
「え? 何がわかったの? 絶対わかってない顔だよなあ」
♢♢♢
考え込むリジーを見て、サムは自分がかなりにやけ顔をしているに違いないと思った。
リジーの言動でジョンが慌てる姿を想像すると、愉快でたまらない。
脳内は相変わらずのサムだった。
「それにしても、クロウと子リスは、部屋も向かいだし店でもいつでもイチャイチャできていいよなあ」
「な、店ではしてないし!」
「じゃあ、部屋で? イチャイチャし放題……」
「してないから~!!」
「してないの? 愛し合ってるのに?」
「う、別にイチャイチャだけが愛じゃないし」
リジーの表情は、スッキリしない。
「あれ? 急にどうした」
「ジョンが……」
「何か、気になることでもあるのか?」
「なんだか、前と距離感が変わらないっていうか。むしろ遠慮がちっていうか。あの、サムはアイリーンとどういうお付き合いをしてるの?」
「え!?」
リジーから面と向かって問われ、サムは答えに詰まる。
一呼吸おいて、胸をはる。
「う……。そりゃ、俺たちはもう、会ったら熱烈なハグにキスだろ。べったりしてる」
「あとは?」
「あとは……。清い付き合いだ」
そう言って、肩を落とす。
(毎回我慢大会だよ)
「そうなの? 良かった。サムたちもそうならいいの」
「何が良かったって、何がいいんだ? 俺は我慢を……強いられて……? もしかして、あいつ。リジー、距離感て、具体的に言ってみろ」
「具体的って言われると、はっきり言えないけど。恥ずかしがりなのかな。それとも私ってやっぱり子どもっぽい? 女としての魅力、乏しいのかな? サムは、私に欲情する?」
「はあ!?」
さすがのサムもリジーから上目遣いで生々しいセリフを聞かされ、ギョッとなる。
身体は小柄でスレンダーだが、意外と小さくもないリジーの胸元をつい見てしまって焦る。
「ば、馬鹿か、そんな大きな声で……。ジョンに聞かれたら、マジで俺殺される!!」
悪魔は背中に冷気を感じて振り返ったが、魔王はいなかった。
「助かったァ」
「正直に言って」
リジーの至って真剣な表情に、サムは困り果てた。
(どう答えても後で死ぬな……)
よって、サムはその場から退散することにした。
「あっと、俺、休憩時間終わりだから、店に戻る! じゃあな~」
急いで店を飛び出る。
「待ってよ! もう、サムってばぁ!!」
「勘弁してくれ~!!」
サムは背後から掛かるリジーの声を振り切った。
「はははは……」
やけに乾いた笑いが出た。
「あいつ、俺を男だと全く認識してないな。俺に聞くなよ。そうでなくても禁欲生活してる俺に……。子リスに惑わされてどうすんだ!? 俺っ!」
♢♢♢
「ただいま、リジー」
(あれ? ジョン、疲れてる? 声が少し沈んでる)
<スカラムーシュ>の戸口に出かけた時のままの姿で立っているジョンを見て、リジーはひとまず安心した。
「ジョン、おかえりなさい! 大丈夫だった? 怪我はない? 良かった、無事で」
リジーは帰ってきたジョンに、一目散に駆け寄った。
「ただの運転手だし、カバン持ちだから、何も危ないことはないって言っただろう?」
「だって」
「大丈夫だから……」
(ジョン、どうして浮かない顔を?)
ジョンに急に強く引かれて抱き締められ、リジーは驚いて見上げる。
「ジョ……!?」
次の瞬間、唇が素早く塞がれた。
リジーはいつもと違う執拗なジョンの唇に戸惑っていた。
店の営業時間中は、ふたりだけでいても、このように熱を感じるキスはされたことがなかった。
(ジョン、どうしたんだろう。長いし……おかしくなりそう)
リジーの身体はぐらついたが、しっかり支えられている腕があるので倒れることはない。
「ごめん、いきなり」
「う……ん」
リジーは、ボーっとなりトロンとしていたが、ジョンの悩ましげな表情が気になった。
身体はしっかりジョンに抱かれている。
「サムが、来ていたんだね」
「あ、うん。休憩中だって」
「走って帰って行く後ろ姿が見えた。何かあった? 何を話したの?」
「何も、ないよ。私たちが話すのは、いつもだいたいジョンの話題だから」
「僕のいない所で悪口?」
「違うよ。たとえ、サムが悪口っぽいことを言っても、そこには悪意は無くて友愛がある。わかってるでしょ? サムと私はジョンが大好きなの。ジョンの下に集う同志のような関係だから」
リジーはジョンに、曇りの無い気持ちで微笑みかける。
緊張が解けたように、ジョンからこわばっていた目の力が抜けた。
「……敵わないな。きみには……。サムの後ろ姿が見えて、僕は、サムに嫉妬した。きみと何を楽しく話したんだろうかって。僕は、サムみたいに一緒にいて楽しい男じゃない。それは自分でよくわかってる。だから……」
「ストーップ! ジョン、何を言ってるの? サムも私も、そのままのジョンが大好きなの。サムみたいにペラペラ喋るジョンは、ジョンじゃないし。ジョンは、そのままで私たちの間にいて! サムに嫉妬するなんて変だよ。私はこんなにジョンが好きなのに。そりゃ、妬いてくれて、ちょっと嬉しかったけど」
(そうか、今の激しいキスは、そういうことだったんだ。ジョンたら)
「リジー、ごめん」
リジーはジョンにさらに抱え込まれ、頭にキスされたのがわかった。
(話題を変えよう。サムが言ってたみたいに直接もう一度プレゼントのこと聞こう)
「あのね、ジョンに聞きたいことがあるの。誕生日のプレゼントは何が欲しい? 前に聞いた時は、私の写真? とか、いつものクッキーとかドロシーの衣装を着た私って言ってたけど」
「えっ!!?」
ジョンが何やら驚いて固まったようだ。
肩に置かれていた手に微かに力が入ったので、そう感じた。
「あ、あれ? 何か変だった?」
(ジョンが微妙に赤くなってる?)
「あ~、ニュアンスがちょっとね。いや、まあ、合っていると言えば合ってるけど……」
「それでいいの? 何も記念になるものは残らないんだよ」
「僕はきみとの思い出が一番欲しいものなんだ。だから、それでいいんだよ」
(サムの言った通りだった。それにしても、なんでそんな弱り切った顔してるの? 変なジョン)
「本当にきみには敵わないな」
リジーの額に、苦笑するジョンの唇が触れた。
(わ~、今度はおでこにキス~。今日はたくさんキスしてくれた!!)
リジーは嬉しさのあまり、ジョンの首に抱きついた。
魔王を撃沈させたことなど、まるで気が付いていなかった。
―――――――――――――――――――――
リジーの無意識に放ったセリフに、タジタジのジョンとサムでした。
―――――――――――――――――――――
リジーはひとりで、<スカラムーシュ>の店番をしていた。
最近、仕事が休みの日で暇なときは、<スカラムーシュ>に押しかけては、こまごまと手伝っていることが多い。
古い雑貨や家具の手入れやからぶき、掃除をさせてもらっていた。
お客が来ると、店の奥に引っ込んで大人しくしている。
ジョンからは何も言われないので、特に迷惑がられてはいないはずだと思っていた。
ジョンとは恋人同士になり、堂々とそばにいられることがリジーには嬉しくてたまらなかった。
ふたり揃っての休みの日は、恋人同士らしく一緒に外出し、食事や買い物やドライブ、散歩も楽しんでいた。
ジョンは常に穏やかで優しくて、ふたりで幸せな時間を過ごせていて、そのことには満足していた。
1月末にはジョンの誕生日が来る。
サムとアイリーンも招いて、一緒にジョンの誕生パーティをしたいとリジーは考えていた。
今の悩みといえば、ジョンの誕生日プレゼントの件だった。
本当にジョンが喜ぶものをあげたい。サムに助言をもらうつもりで、連絡もしていた。
ジョンは、たまにコリンズ医師の往診の護衛を頼まれる。
今日はそのために、ジョンは出掛けていた。
コリンズに頼まれるのは、おそらくG地区への往診なのだと想像がついていた。
ジョンに何かあったらと思うと気が気ではない。
コリンズから頼まれると、ジョンは大丈夫だから、とふたつ返事で行ってしまう。
彼だってスーパーマンではない。
銃やナイフが相手では負けてしまうに違いない。
リジーがため息をひとつ吐いたところで、サムが現れた。
「よう! あれ? リジーひとり?」
サムは仕事の休憩中に、毎日のように<スカラムーシュ>に顔を出していて、会えば大概お互いジョンの恋人、親友として、ジョンの話題を口にする。
ジョンは、サムに邪険な態度を取る割には、絶対に無視しない。
そして、常に遠慮のない口調だった。
そんなふたりの関係がリジーには羨ましく感じる時がある。
「サム、こんにちは。ジョンはまたコリンズ先生の往診に付き添ってるの」
「先生もクロウも、色々と放っておけない損なタイプだからな」
そこで心配していたことを思い出して、暗い顔になってしまう。
「まあ、あまり、心配するなって。そんなに危険な場所なら先生自体が行かないだろう。それより、ほら、クロウの誕生日プレゼント、俺に相談したいって言ってただろう?」
「あ、そうなの。ジョンは何だったら喜ぶかな。男の人は何が欲しい?」
「そんなの、はっきり本人に直接聞いたらいいじゃないか」
「前に聞いたときは、いつものクッキーって。それと、その、ハロウィーンの時のドロシーの衣装をまた着てみせてって、たぶんからかわれた……。それと私の写真、とかなんとか言ってたと思うけど」
「ドロシーの衣装? へえ……あいつが。意外と自分の欲望に忠実だな。……てか、欲なんてあったんだ!?」
「え?」
「おめでとう!」
「は? おめでとうって何が?」
「いや~、子リスだとばかり思っていたのに……いつの間にか欲望の対象になったか。まあ、カラス限定だろうがな」
「何?」
「可哀想だから、同盟は解除してやるかな」
「同盟?」
「こっちの話。そろそろ覚悟しておいた方が良いかもね。……捕食対象を着飾って、眺めて、その後剥いて、食べるとか……」
サムがやたらとニヤニヤしながら独り言のように、ブツブツと口を動かしている。
「覚悟って? それから、後半は何言ってるんだか聞き取れなかったんだけど?」
「いや~、なんでもない。聞き取れなくていいのいいの。羨ましいなあ」
「はあ? 変なの」
「俺に相談したとか言うなよ。後が面倒」
「言わないよ。だから、ちゃんとアドバイスお願い」
「自分で考えなよ。リジーからのプレゼントなら、あいつはなんだって泣いて喜ぶだろう。たとえ的外れでもね」
「的外れって、失礼な!」
「あいつの欲……じゃなくて希望通り、写真とクッキーを渡して、ドロシーの服を着てやればいいじゃないか。悩む必要ない」
「だって、何かもっと記念になるものをあげたいの。写真はなんだか照れるし、クッキーだって、私が服着たって何も残らない」
「思い出は残るだろう? あいつは物欲はまるで無いからな」
「あの服、着るの恥ずかしいのに……」
と口にして、リジーははたと思い出した。自分をからかうのが楽しいとも、ジョンが言っていたような気がする。
(そうか、恥ずかしがる私の反応が見たいとか? そういうこと? まさしくサムの影響だよね)
サムをジトっと見て、またため息を吐く。
「ふう、わかったよ」
「え? 何がわかったの? 絶対わかってない顔だよなあ」
♢♢♢
考え込むリジーを見て、サムは自分がかなりにやけ顔をしているに違いないと思った。
リジーの言動でジョンが慌てる姿を想像すると、愉快でたまらない。
脳内は相変わらずのサムだった。
「それにしても、クロウと子リスは、部屋も向かいだし店でもいつでもイチャイチャできていいよなあ」
「な、店ではしてないし!」
「じゃあ、部屋で? イチャイチャし放題……」
「してないから~!!」
「してないの? 愛し合ってるのに?」
「う、別にイチャイチャだけが愛じゃないし」
リジーの表情は、スッキリしない。
「あれ? 急にどうした」
「ジョンが……」
「何か、気になることでもあるのか?」
「なんだか、前と距離感が変わらないっていうか。むしろ遠慮がちっていうか。あの、サムはアイリーンとどういうお付き合いをしてるの?」
「え!?」
リジーから面と向かって問われ、サムは答えに詰まる。
一呼吸おいて、胸をはる。
「う……。そりゃ、俺たちはもう、会ったら熱烈なハグにキスだろ。べったりしてる」
「あとは?」
「あとは……。清い付き合いだ」
そう言って、肩を落とす。
(毎回我慢大会だよ)
「そうなの? 良かった。サムたちもそうならいいの」
「何が良かったって、何がいいんだ? 俺は我慢を……強いられて……? もしかして、あいつ。リジー、距離感て、具体的に言ってみろ」
「具体的って言われると、はっきり言えないけど。恥ずかしがりなのかな。それとも私ってやっぱり子どもっぽい? 女としての魅力、乏しいのかな? サムは、私に欲情する?」
「はあ!?」
さすがのサムもリジーから上目遣いで生々しいセリフを聞かされ、ギョッとなる。
身体は小柄でスレンダーだが、意外と小さくもないリジーの胸元をつい見てしまって焦る。
「ば、馬鹿か、そんな大きな声で……。ジョンに聞かれたら、マジで俺殺される!!」
悪魔は背中に冷気を感じて振り返ったが、魔王はいなかった。
「助かったァ」
「正直に言って」
リジーの至って真剣な表情に、サムは困り果てた。
(どう答えても後で死ぬな……)
よって、サムはその場から退散することにした。
「あっと、俺、休憩時間終わりだから、店に戻る! じゃあな~」
急いで店を飛び出る。
「待ってよ! もう、サムってばぁ!!」
「勘弁してくれ~!!」
サムは背後から掛かるリジーの声を振り切った。
「はははは……」
やけに乾いた笑いが出た。
「あいつ、俺を男だと全く認識してないな。俺に聞くなよ。そうでなくても禁欲生活してる俺に……。子リスに惑わされてどうすんだ!? 俺っ!」
♢♢♢
「ただいま、リジー」
(あれ? ジョン、疲れてる? 声が少し沈んでる)
<スカラムーシュ>の戸口に出かけた時のままの姿で立っているジョンを見て、リジーはひとまず安心した。
「ジョン、おかえりなさい! 大丈夫だった? 怪我はない? 良かった、無事で」
リジーは帰ってきたジョンに、一目散に駆け寄った。
「ただの運転手だし、カバン持ちだから、何も危ないことはないって言っただろう?」
「だって」
「大丈夫だから……」
(ジョン、どうして浮かない顔を?)
ジョンに急に強く引かれて抱き締められ、リジーは驚いて見上げる。
「ジョ……!?」
次の瞬間、唇が素早く塞がれた。
リジーはいつもと違う執拗なジョンの唇に戸惑っていた。
店の営業時間中は、ふたりだけでいても、このように熱を感じるキスはされたことがなかった。
(ジョン、どうしたんだろう。長いし……おかしくなりそう)
リジーの身体はぐらついたが、しっかり支えられている腕があるので倒れることはない。
「ごめん、いきなり」
「う……ん」
リジーは、ボーっとなりトロンとしていたが、ジョンの悩ましげな表情が気になった。
身体はしっかりジョンに抱かれている。
「サムが、来ていたんだね」
「あ、うん。休憩中だって」
「走って帰って行く後ろ姿が見えた。何かあった? 何を話したの?」
「何も、ないよ。私たちが話すのは、いつもだいたいジョンの話題だから」
「僕のいない所で悪口?」
「違うよ。たとえ、サムが悪口っぽいことを言っても、そこには悪意は無くて友愛がある。わかってるでしょ? サムと私はジョンが大好きなの。ジョンの下に集う同志のような関係だから」
リジーはジョンに、曇りの無い気持ちで微笑みかける。
緊張が解けたように、ジョンからこわばっていた目の力が抜けた。
「……敵わないな。きみには……。サムの後ろ姿が見えて、僕は、サムに嫉妬した。きみと何を楽しく話したんだろうかって。僕は、サムみたいに一緒にいて楽しい男じゃない。それは自分でよくわかってる。だから……」
「ストーップ! ジョン、何を言ってるの? サムも私も、そのままのジョンが大好きなの。サムみたいにペラペラ喋るジョンは、ジョンじゃないし。ジョンは、そのままで私たちの間にいて! サムに嫉妬するなんて変だよ。私はこんなにジョンが好きなのに。そりゃ、妬いてくれて、ちょっと嬉しかったけど」
(そうか、今の激しいキスは、そういうことだったんだ。ジョンたら)
「リジー、ごめん」
リジーはジョンにさらに抱え込まれ、頭にキスされたのがわかった。
(話題を変えよう。サムが言ってたみたいに直接もう一度プレゼントのこと聞こう)
「あのね、ジョンに聞きたいことがあるの。誕生日のプレゼントは何が欲しい? 前に聞いた時は、私の写真? とか、いつものクッキーとかドロシーの衣装を着た私って言ってたけど」
「えっ!!?」
ジョンが何やら驚いて固まったようだ。
肩に置かれていた手に微かに力が入ったので、そう感じた。
「あ、あれ? 何か変だった?」
(ジョンが微妙に赤くなってる?)
「あ~、ニュアンスがちょっとね。いや、まあ、合っていると言えば合ってるけど……」
「それでいいの? 何も記念になるものは残らないんだよ」
「僕はきみとの思い出が一番欲しいものなんだ。だから、それでいいんだよ」
(サムの言った通りだった。それにしても、なんでそんな弱り切った顔してるの? 変なジョン)
「本当にきみには敵わないな」
リジーの額に、苦笑するジョンの唇が触れた。
(わ~、今度はおでこにキス~。今日はたくさんキスしてくれた!!)
リジーは嬉しさのあまり、ジョンの首に抱きついた。
魔王を撃沈させたことなど、まるで気が付いていなかった。
―――――――――――――――――――――
リジーの無意識に放ったセリフに、タジタジのジョンとサムでした。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
小さな恋のトライアングル
葉月 まい
恋愛
OL × 課長 × 保育園児
わちゃわちゃ・ラブラブ・バチバチの三角関係
人づき合いが苦手な真美は ある日近所の保育園から 男の子と手を繋いで現れた課長を見かけ 親子だと勘違いする 小さな男の子、岳を中心に 三人のちょっと不思議で ほんわか温かい 恋の三角関係が始まった
*✻:::✻*✻:::✻* 登場人物 *✻:::✻*✻:::✻*
望月 真美(25歳)… ITソリューション課 OL
五十嵐 潤(29歳)… ITソリューション課 課長
五十嵐 岳(4歳)… 潤の甥
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる