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06 ピクルスとスイカマシュマロ~おまけ~

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 あるふたりの男たちの電話での会話。
 男たち、のはずなのだが、ひとりは薄桃色のひらひらのレースの服を纏っている。

――やあ、ステファン、俺の息子はどんな様子かな?
「もうステファニーよ、チャールズ」

――いつまでたっても慣れんものは慣れん。
「そう? ……あなたの所のレディック坊やは、頑張ったわよ」

――え!? じゃあ、もう誰か嫁候補を見つけたのか?
「ええ。奇跡的に良い女を落としたと思うわ。私が欲しいくらい」

――おい!?
「嘘よ~冗談よ~」

――少し脅してでも送り出して良かったな。俺は病気で時間がないから、今のままなら嫌でもビリーのとこの娘と結婚させると言ったら、青い顔してすっ飛んでったからなあ。あのわんころは。
「そりぁ、ビリーの娘って聞いたら奇跡でも起こしたくもなるわよね。熊を猟銃で仕留めたとか、あの男勝りの噂を聞けばね」

――ステファ……ニー、色々ありがとう。助かったよ。
「まあ、昔のよしみですもの。それにしても、男30にしてあの子は何なの? ピーターパン? 2ヶ月でピーターパンを大人の男にしてくれって、無謀なお願いをしてくるんだもの。最初はどうしようかと思ったわ」

――あれは、森の中で頭のネジを1本か2本落としてしまったんだろう。どうしてあんな育ち方をしたのか、まったくもって謎だ。まあ、俺にとってはおまえも謎だがな。……フック船長よ。鋭い鉤を隠して美形の手下を従え、ふんぞり返っているだろうが。ピーターパンにはフック船長がおあつらえ向きかと思ってな。
「せめてティンカーベルって言ってよ。この見た目なんだから」

――オッサンがティンカーベルって、ありえねェだろうよ。
「ま、ひどいわね。オッサンの人生は止めたんだから。……さあ、ピーターパンのほうは才女のウェンディを手に入れた。でも、冒険は終わらないわよ。これからが本番。現実よ」

――そうだな。少しは見届けられるかな。
「なに言ってんの!? 酷いなら早く治療しなさいよ。大痔主!! ちょっと尻から出血したくらいで大騒ぎしやがって、おまえのほうがレディックよりよっぽど気弱なわんころだ!! 痔くらいで死ぬか、アホ!」

――アホって、おまえ、男に戻ってるぞ~。痔はなあ、すさまじいほど痛いんだぞ~動けなくなるんだぞ!! 毎日トイレに行くたびに地獄の苦しみを味わうんだぞ!!!……



◇◇◇◇◇◇


 そのころ、マリサとレディックは……。
 レディックがマリサの部屋に泊まることになり、寝室に移動した所だった。
 ベッドに腰をおろしたふたり。

「今さらだけど、あなた大事なこと私に言い忘れてない?」
「へ?」
「わからない?」
「なんだろう?」
「とぼけてるんじゃ、ないわよね」
「ん?」
「もう! 本当はキスする前に言って欲しかったけど!?」
「え!? あれ? ぼく、あなたに愛してるって言ってなかった?」

(やっと察して、思い出してくれたわね、レディック)

「ええ」
「ごめん、もう心の中で何度も叫んでたから、言ったと思ってた」
「う……」

(この、30男~)

 マリサは悶えた。

「愛してる、マリサ。ぼくと結婚してください!」
「え!?」

(今度は指輪も無しで突然流れでプロポーズ?)

「あれ? 何か変だった?」

 レディックは面食らったマリサの表情を見て、キョトンとしている。

(だめだ、この人。何か……おかしい)

 クスクスとマリサは笑い出した。

「マリサ? 何がおかしいの!? ここは笑うところじゃないよね~」

 レディックは、身体を揺らすマリサの両肩を掴んだ。

「そうね、レディック。あなたと結婚してあげる」
「やった~、ありがとうマリサ!」

 レディックに抱きつかれたマリサは、バランスを崩しベッドにふたりで倒れこむ。

「じゃあ、マリサはどう? ぼくのこと好き? 愛してる?」
「愛してるわ。レディック」

 ベッドに倒れこんだというのに、大型犬は女主人の言いつけを清く守り、彼女を抱き枕のように抱えながら、ひとり柔らかな夢の世界へ旅立った。

「は~、なんておりこうなわんころなのよ。あなたは……」

 現実世界にひとり残されたマリサは、明るい茶色の毛並みを愛しそうに優しく撫で、長いため息を吐いた。
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