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第三部 傅役(もりやく)の死
16 正徳寺
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尾張。
正徳寺。
天文二十二年四月、平手政秀の死よりわずか三か月後に、織田信長と帰蝶は、美濃の斎藤道三と会見の場を持つことに成功した。
この時点で三河において今川義元の攻勢が本格化を始めており、今となっては貴重な同盟相手である斎藤道三と直接の面会がかなうということは、信長と帰蝶にとって、これから始まる今川への逆襲の第一歩となる。
「……お初にお目にかかる」
「こちらこそ」
道三は目を細めた。
信長の姿をじっと見つめた。
「……何だか思っていたのとちがうな。何だ……その……うつけって奴は」
「父上」
たしなめるように言う帰蝶を、信長は目で制した。
「いいんじゃ、濃。それより、道三どの。われは、父と、傅役の平手が驚くのが面白うて、うつけをしていた。だが、今、その二人ともこの世にいない。だから……」
「由ないことを口にした、許せ、許せ」
道三は素直に詫びた。
やきもきしていた帰蝶は内心、ほっと胸をなでおろした。
「……で」
帰蝶は仕切り直すように、道三と信長の双方を見る。
「父上」
「応」
「例の……援軍の件、いかがあいなりましょうや」
「……ああ、あれな」
父――道三らしくなく、歯切れの悪い態度であった。
「あれな、わしは賛成じゃ。尾張がきちんとしていなくば、次、攻められるは美濃よ。いわゆる唇亡びて歯寒し、という奴じゃ。それゆえ、帰蝶の言うとおり、信長どののいくさに援軍を出すの、わしは賛成じゃ」
帰蝶はそれだけで判った。
道三は「わしは」と言ったのだ。
今、美濃の国主である道三がそのような言い方をするとは。
「義龍の、兄上ですか」
「うむ……」
斎藤義龍。
道三の長男。道三の側室、深芳野の子であるため、斎藤家において、嫡男となることが危ぶまれていたが、道三は彼を嫡男とした。
身長六尺五寸(一九五センチ)の巨体を誇り、どちらかというと小兵の道三よりは「国主」としての迫力があった。
そして、その六尺五寸は、道三と仲が良くなかった。
「わしももう年齢じゃ。それに義龍にも、国主になりたいという欲がある。それゆえ……」
ある程度、国政を任されるようになった義龍は、それを背景に、道三に文句を言うようになる。
「お前が嫁に行った尾張――織田など気にするな、今川との同盟を考えるべきだ、とな」
「…………」
具体的には、弱体化した織田家への肩入れなどせず、むしろ今川家と結んで、その織田家を分け合うべきだ、といっているらしい。
元々、美濃斎藤家と尾張織田家は仲が良くなかった。宿敵といっていい。斎藤家の古い家臣たちはその時代を覚えている。
「……さような中で、織田家のために兵を出せ、織田家のために戦えなどと言ってみろ。織田家のために傷つけるか、死ねるかという反論が来る」
気がついたら、道三に味方する者はほんのわずかとなっていた。
道三がいくら正論を唱えようとも、有力な家臣は言を左右にして誤魔化すばかり。
「特に安藤守就など、一兵も損なうこともなければ出ても良いなどと申してな」
安藤守就。
稲葉良通や氏家直元らと共に、西美濃三人衆と呼ばれ、有力家臣のひとりである。のちに道三と義龍の戦いにおいて、義龍に味方しており、この時点においては、潜在的な道三の敵といえた。
「その上、十日以内でないと困る。領地を治めるのにそれ以上空けられないと抜かしおって」
道三は憤懣やるかたないとった風に、茶筅を回す。
そう、今この場は茶の湯の場であった。
道三はいくさの最中にも、その合い間に茶を楽しむほどの茶の湯好きである。
信長と帰蝶はそれを知っており、敢えて道三を「主」として茶の湯の場を設定し、自分たち二人は「客」として来たことにした。
「……義父上」
信長が受け取った茶を飲みもせず、目つきを鋭くした。
「何だ」
もうここまで来ると、茶の湯の場ということもあってか、道三は信長に対しても遠慮しなくなる。
「その……安藤とやらは、一兵も損なわず、十日以内、と抜かしたんじゃな」
「そうだ」
「なら」
信長は帰蝶に目配せした。
帰蝶はうなずく。
「父上。それでは安藤どのを寄越してくだされ」
「何と」
道三は手に持った茶碗を落としそうになった。
安藤守就は、兵を出したくないがゆえに、前述の発言をしたのである。
それを。
まさか。
「……仔細は言えませぬが、今、今川の手の者が、尾張に砦を築いております」
「…………」
実は道三は知っている。
尾張、知多半島にて、東条松平家の松平義春が、村木という砂丘に、砦を作らせていることを。
「何か、手があるのか」
道三が聞くと、帰蝶は黙ってうなずいた。
信長は周囲に目配せする。
道三は目を剥いた。
「壁に耳あり、か。判った」
今、この正徳寺にも、息子・義龍の手の者がいないとも限らない。
そしてその義龍が、自身で言っているとおり、今川との同盟を模索しているのなら。今川への「情報提供」に怠りは無い。
「よかろう。安藤めには、わしから言っておく。で、いつ頃じゃ」
信長は指一本を立てた。
帰蝶も同様である。
「うむ」
道三も指一本を立てた。
一年、という意味である。
*
平手政秀の死により、そしてその死の悲歎にくれる信長により、尾張国内は静かだった。
ただし、信長に対して行動を起こす者がいなかったわけではなく、たとえば守護代の織田大和守家、織田信友と又代の坂井大膳は敵対の意志を明確にしていた。
先年の萱津合戦で信長に退けられたこともあり、鳴りを潜めているが、それでも「信長めが城を出たらその隙に城を奪ってやる」とうそぶいていた。
「信友どの」
その影には、最近、信友と接近したという今川義元の姿がちらついていた。
「村木の砦なり、大給なり、信長めが出たら、食ろうてやれば良いのじゃ……那古野をの、信友どの」
那古野というところを強調する義元の胸中を察するのは、今や謀臣・太原雪斎をおいて他にはいない――それだけ過去のことになっていた。
だが過去の経緯がいかなることであれ、その義元の策動を察知した信長は、なおさら動きを慎み、内政に、外交に、そして策謀に力を入れた。
「守護代を抑えるには、守護職じゃ。われはこれから、守護の斯波義統どのに会わせていただくよう、動く」
「美濃の義父上とは、もっと密に。義龍の動きも気になる。何かあれば、こちらからも援軍をと、濃」
「三河の動きだけでなく、駿府の、三国同盟の動きを探れ、政綱。きついと思うが、今、お前の調べが頼りだ」
そう言って命を下して動く中、服部小平太や前田犬千代といった武辺者たちに、兵の調練をさせておく。
自分を含め、いろいろと駆けまわる連中の間の連絡や調整を木綿藤吉に任せる。
……平手政秀亡き今、信長は完全に自分で考え、自分で動く――そういう「やり方」を身につけつつあった。
正徳寺。
天文二十二年四月、平手政秀の死よりわずか三か月後に、織田信長と帰蝶は、美濃の斎藤道三と会見の場を持つことに成功した。
この時点で三河において今川義元の攻勢が本格化を始めており、今となっては貴重な同盟相手である斎藤道三と直接の面会がかなうということは、信長と帰蝶にとって、これから始まる今川への逆襲の第一歩となる。
「……お初にお目にかかる」
「こちらこそ」
道三は目を細めた。
信長の姿をじっと見つめた。
「……何だか思っていたのとちがうな。何だ……その……うつけって奴は」
「父上」
たしなめるように言う帰蝶を、信長は目で制した。
「いいんじゃ、濃。それより、道三どの。われは、父と、傅役の平手が驚くのが面白うて、うつけをしていた。だが、今、その二人ともこの世にいない。だから……」
「由ないことを口にした、許せ、許せ」
道三は素直に詫びた。
やきもきしていた帰蝶は内心、ほっと胸をなでおろした。
「……で」
帰蝶は仕切り直すように、道三と信長の双方を見る。
「父上」
「応」
「例の……援軍の件、いかがあいなりましょうや」
「……ああ、あれな」
父――道三らしくなく、歯切れの悪い態度であった。
「あれな、わしは賛成じゃ。尾張がきちんとしていなくば、次、攻められるは美濃よ。いわゆる唇亡びて歯寒し、という奴じゃ。それゆえ、帰蝶の言うとおり、信長どののいくさに援軍を出すの、わしは賛成じゃ」
帰蝶はそれだけで判った。
道三は「わしは」と言ったのだ。
今、美濃の国主である道三がそのような言い方をするとは。
「義龍の、兄上ですか」
「うむ……」
斎藤義龍。
道三の長男。道三の側室、深芳野の子であるため、斎藤家において、嫡男となることが危ぶまれていたが、道三は彼を嫡男とした。
身長六尺五寸(一九五センチ)の巨体を誇り、どちらかというと小兵の道三よりは「国主」としての迫力があった。
そして、その六尺五寸は、道三と仲が良くなかった。
「わしももう年齢じゃ。それに義龍にも、国主になりたいという欲がある。それゆえ……」
ある程度、国政を任されるようになった義龍は、それを背景に、道三に文句を言うようになる。
「お前が嫁に行った尾張――織田など気にするな、今川との同盟を考えるべきだ、とな」
「…………」
具体的には、弱体化した織田家への肩入れなどせず、むしろ今川家と結んで、その織田家を分け合うべきだ、といっているらしい。
元々、美濃斎藤家と尾張織田家は仲が良くなかった。宿敵といっていい。斎藤家の古い家臣たちはその時代を覚えている。
「……さような中で、織田家のために兵を出せ、織田家のために戦えなどと言ってみろ。織田家のために傷つけるか、死ねるかという反論が来る」
気がついたら、道三に味方する者はほんのわずかとなっていた。
道三がいくら正論を唱えようとも、有力な家臣は言を左右にして誤魔化すばかり。
「特に安藤守就など、一兵も損なうこともなければ出ても良いなどと申してな」
安藤守就。
稲葉良通や氏家直元らと共に、西美濃三人衆と呼ばれ、有力家臣のひとりである。のちに道三と義龍の戦いにおいて、義龍に味方しており、この時点においては、潜在的な道三の敵といえた。
「その上、十日以内でないと困る。領地を治めるのにそれ以上空けられないと抜かしおって」
道三は憤懣やるかたないとった風に、茶筅を回す。
そう、今この場は茶の湯の場であった。
道三はいくさの最中にも、その合い間に茶を楽しむほどの茶の湯好きである。
信長と帰蝶はそれを知っており、敢えて道三を「主」として茶の湯の場を設定し、自分たち二人は「客」として来たことにした。
「……義父上」
信長が受け取った茶を飲みもせず、目つきを鋭くした。
「何だ」
もうここまで来ると、茶の湯の場ということもあってか、道三は信長に対しても遠慮しなくなる。
「その……安藤とやらは、一兵も損なわず、十日以内、と抜かしたんじゃな」
「そうだ」
「なら」
信長は帰蝶に目配せした。
帰蝶はうなずく。
「父上。それでは安藤どのを寄越してくだされ」
「何と」
道三は手に持った茶碗を落としそうになった。
安藤守就は、兵を出したくないがゆえに、前述の発言をしたのである。
それを。
まさか。
「……仔細は言えませぬが、今、今川の手の者が、尾張に砦を築いております」
「…………」
実は道三は知っている。
尾張、知多半島にて、東条松平家の松平義春が、村木という砂丘に、砦を作らせていることを。
「何か、手があるのか」
道三が聞くと、帰蝶は黙ってうなずいた。
信長は周囲に目配せする。
道三は目を剥いた。
「壁に耳あり、か。判った」
今、この正徳寺にも、息子・義龍の手の者がいないとも限らない。
そしてその義龍が、自身で言っているとおり、今川との同盟を模索しているのなら。今川への「情報提供」に怠りは無い。
「よかろう。安藤めには、わしから言っておく。で、いつ頃じゃ」
信長は指一本を立てた。
帰蝶も同様である。
「うむ」
道三も指一本を立てた。
一年、という意味である。
*
平手政秀の死により、そしてその死の悲歎にくれる信長により、尾張国内は静かだった。
ただし、信長に対して行動を起こす者がいなかったわけではなく、たとえば守護代の織田大和守家、織田信友と又代の坂井大膳は敵対の意志を明確にしていた。
先年の萱津合戦で信長に退けられたこともあり、鳴りを潜めているが、それでも「信長めが城を出たらその隙に城を奪ってやる」とうそぶいていた。
「信友どの」
その影には、最近、信友と接近したという今川義元の姿がちらついていた。
「村木の砦なり、大給なり、信長めが出たら、食ろうてやれば良いのじゃ……那古野をの、信友どの」
那古野というところを強調する義元の胸中を察するのは、今や謀臣・太原雪斎をおいて他にはいない――それだけ過去のことになっていた。
だが過去の経緯がいかなることであれ、その義元の策動を察知した信長は、なおさら動きを慎み、内政に、外交に、そして策謀に力を入れた。
「守護代を抑えるには、守護職じゃ。われはこれから、守護の斯波義統どのに会わせていただくよう、動く」
「美濃の義父上とは、もっと密に。義龍の動きも気になる。何かあれば、こちらからも援軍をと、濃」
「三河の動きだけでなく、駿府の、三国同盟の動きを探れ、政綱。きついと思うが、今、お前の調べが頼りだ」
そう言って命を下して動く中、服部小平太や前田犬千代といった武辺者たちに、兵の調練をさせておく。
自分を含め、いろいろと駆けまわる連中の間の連絡や調整を木綿藤吉に任せる。
……平手政秀亡き今、信長は完全に自分で考え、自分で動く――そういう「やり方」を身につけつつあった。
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