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第二章 あるいは幸運なミステイク 〜王政復古秘話〜
04 明治十六年五月二十五日、京都御所保存計画
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岩倉具視は裏で高野山挙兵を画策しつつも、表で──小御所会議で王政復古へと駒を進め、高野山挙兵の偽勅を真勅へと書き換えた。
いや、裏も表もなかったのかもしれない。
すべてを一体として扱い、岩倉はこの国を維新へと押し進め、ついにそれを成し遂げたのであった。
*
明治十六年五月二十五日。
京都。
鳥羽・伏見の戦い、江戸城開城、戊辰戦争、版籍奉還、廃藩置県、岩倉使節団、西南戦争……いろいろな出来事を経て、岩倉は今、ここ京都にいる。
京都御所の保存計画のため、現地へと赴いた次第である。
その仕事の合間に――
「中岡くん、坂本くん……」
岩倉は、京都霊山護国神社を訪れていた。
ここには、中岡慎太郎と坂本竜馬の墓があった。
その墓碑銘は、木戸孝允の揮毫である。
「ごほっ、ごほっ」
この時、岩倉は死病に取りつかれていた。
それでもあえて京都にやって来た理由は、やはり旧友の墓参である。
「だいぶ、近江屋事件より、時が経ってもうたなぁ……」
岩倉は持参した安酒を墓前にささげた。
「安酒、岩倉村に幽棲していた麿を訪ねて来た時、吞んだ酒やで……」
朝廷を追放されてふてくされた岩倉と。
土佐藩を脱藩し、浪々の身の中岡。
それぞれが「気が合わない」だろうと思っていた。
それでも、「一度くらいは会うか」と思って。
「今思うと……あの頃が一番楽しかったのう……」
この国をどうするかと語らっている時が、実は楽しかった。
そうやって宴を共にするうちに、やがて運命は二人を連れて行く。
激動する時代の渦中へと。
そして……。
「近江屋で、坂本くんが死に、中岡くんが死にそうになっとると聞いて、麿は肝ォ冷やしたわ」
刺客はわからない。
黒幕もわからない。
それでも、慎太郎は竜馬に守られた。
おかげで、刺客は過ちを犯した。
慎太郎を殺し切ることができず、二日、生を与えるという過ちを。
もしかしたら、真相はちがうかもしれない。
けれども、慎太郎と岩倉にとっては、それが真実である。
あれは――あるいは幸運なミステイクだった、ということが。
「あの二日間があったおかげで、麿は中岡くんに会うことができた。話すことができた」
そのおかげで、慎太郎は岩倉に、おのれの企図を託すことができた。
天満屋事件、そして高野山挙兵という企図を。
それだけではない。
「王政復古はひとえに卿の御力にかかっている」
それが中岡慎太郎の、岩倉具視に向けた、最後の言葉だったと伝えられている。
つまり、慎太郎は岩倉に後事を託したのだ。
紀州牽制という企図だけでなく、王政復古という――大いなる後事を。
「麿はこれを聞いて、こう……胸の内が、熱うなったわい」
中岡慎太郎という傑物が、その死にあたって、誰よりもその志を渡したいとした相手が、岩倉具視であったということ。
それが――その後の岩倉具視の人生を決定づけたと言っていい。
だからこそ、岩倉は王政復古を成し遂げた。
その後の明治維新も、ここまで邁進してのけた。
「しゃあけど、麿もそろそろ、お呼びがかかっとるらしい」
岩倉は咳き込む。
それでも、岩倉はこらえた。
まだ自分にはやるべきことがある。
その思いが、岩倉をこらえ、立たせつづけた。
「でも、麿はまだまだやるでぇ。何せ……」
致命傷を負っても、最期まで戦いつづけた男がいる。
岩倉はそれを知っていた。
だから、岩倉は立ちつづける。
「何せ、この国に、憲法をもたらすんや。やから、まだまだや」
この頃、岩倉は伊藤博文を欧羅巴へ派遣し、各国の憲法を調べさせている。
岩倉は伊藤の帰国を心待ちにしており、帰国の暁には、憲法を作らせることになっている。
「まだまだや。この国のために……まだまだや」
岩倉は墓前にて一礼し、そして去って行った。
去る岩倉の背に、風が吹く。
岩倉を後押しするかのように。
慎太郎の墓から、風が。
【了】
いや、裏も表もなかったのかもしれない。
すべてを一体として扱い、岩倉はこの国を維新へと押し進め、ついにそれを成し遂げたのであった。
*
明治十六年五月二十五日。
京都。
鳥羽・伏見の戦い、江戸城開城、戊辰戦争、版籍奉還、廃藩置県、岩倉使節団、西南戦争……いろいろな出来事を経て、岩倉は今、ここ京都にいる。
京都御所の保存計画のため、現地へと赴いた次第である。
その仕事の合間に――
「中岡くん、坂本くん……」
岩倉は、京都霊山護国神社を訪れていた。
ここには、中岡慎太郎と坂本竜馬の墓があった。
その墓碑銘は、木戸孝允の揮毫である。
「ごほっ、ごほっ」
この時、岩倉は死病に取りつかれていた。
それでもあえて京都にやって来た理由は、やはり旧友の墓参である。
「だいぶ、近江屋事件より、時が経ってもうたなぁ……」
岩倉は持参した安酒を墓前にささげた。
「安酒、岩倉村に幽棲していた麿を訪ねて来た時、吞んだ酒やで……」
朝廷を追放されてふてくされた岩倉と。
土佐藩を脱藩し、浪々の身の中岡。
それぞれが「気が合わない」だろうと思っていた。
それでも、「一度くらいは会うか」と思って。
「今思うと……あの頃が一番楽しかったのう……」
この国をどうするかと語らっている時が、実は楽しかった。
そうやって宴を共にするうちに、やがて運命は二人を連れて行く。
激動する時代の渦中へと。
そして……。
「近江屋で、坂本くんが死に、中岡くんが死にそうになっとると聞いて、麿は肝ォ冷やしたわ」
刺客はわからない。
黒幕もわからない。
それでも、慎太郎は竜馬に守られた。
おかげで、刺客は過ちを犯した。
慎太郎を殺し切ることができず、二日、生を与えるという過ちを。
もしかしたら、真相はちがうかもしれない。
けれども、慎太郎と岩倉にとっては、それが真実である。
あれは――あるいは幸運なミステイクだった、ということが。
「あの二日間があったおかげで、麿は中岡くんに会うことができた。話すことができた」
そのおかげで、慎太郎は岩倉に、おのれの企図を託すことができた。
天満屋事件、そして高野山挙兵という企図を。
それだけではない。
「王政復古はひとえに卿の御力にかかっている」
それが中岡慎太郎の、岩倉具視に向けた、最後の言葉だったと伝えられている。
つまり、慎太郎は岩倉に後事を託したのだ。
紀州牽制という企図だけでなく、王政復古という――大いなる後事を。
「麿はこれを聞いて、こう……胸の内が、熱うなったわい」
中岡慎太郎という傑物が、その死にあたって、誰よりもその志を渡したいとした相手が、岩倉具視であったということ。
それが――その後の岩倉具視の人生を決定づけたと言っていい。
だからこそ、岩倉は王政復古を成し遂げた。
その後の明治維新も、ここまで邁進してのけた。
「しゃあけど、麿もそろそろ、お呼びがかかっとるらしい」
岩倉は咳き込む。
それでも、岩倉はこらえた。
まだ自分にはやるべきことがある。
その思いが、岩倉をこらえ、立たせつづけた。
「でも、麿はまだまだやるでぇ。何せ……」
致命傷を負っても、最期まで戦いつづけた男がいる。
岩倉はそれを知っていた。
だから、岩倉は立ちつづける。
「何せ、この国に、憲法をもたらすんや。やから、まだまだや」
この頃、岩倉は伊藤博文を欧羅巴へ派遣し、各国の憲法を調べさせている。
岩倉は伊藤の帰国を心待ちにしており、帰国の暁には、憲法を作らせることになっている。
「まだまだや。この国のために……まだまだや」
岩倉は墓前にて一礼し、そして去って行った。
去る岩倉の背に、風が吹く。
岩倉を後押しするかのように。
慎太郎の墓から、風が。
【了】
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