連戦 ~新田義貞の鎌倉攻め~

四谷軒

文字の大きさ
上 下
4 / 12
序 小手指原の戦い

04 いざ鎌倉

しおりを挟む
いくさを、矢合わせ無しにだと?」
 驚いたのは桜田貞国である。彼は北条一門としていくさの作法に忠実たらんとした。
 それが仇となった。
 幕府軍、新田軍双方ともに布陣をしないまま、互いにとして衝突した。
「こんなのは……いくさではない!」
 貞国は悲鳴を上げた。
 渡河中の新田軍を襲えば、大軍である幕府軍の勝利は確実。
 それを、作法を重んじて矢合わせをするという慈悲を――時間を与えた結果が、これだ。
「これでは……楠木なる悪党と同じではないか! これではいくさにならん!」
 一方の新田義貞からすれば、を合わせては、敗北は必定であり、今こうしてやり合っている今でさえ、ちょっとでも気を抜けば負けるという緊迫感を感じていた。
 が――悪くはなかった。
「者共! 死ねや!」
 義貞はおめく。
 どうせ上野こうずけに居たところで、幕府に莫大な金銭を納めて枯死する運命だった。それならばと、かねてからの足利家の策に乗った。乗ったが、このままでは、足利家の膝下しっかに枯死することになるだろう。
 それならば。
「死ねや! 死んで、幕府を倒せ! 富貴ふうきはわれら新田に!」
 おお、と新田軍の将兵は叫ぶ。
 ここで幕府軍を撃破せねば、幕府を倒さねば、新田は滅ぶ。
 滅ぶくらいなら、ここで死ぬ。
 死ぬ思いで勝てば、富貴はわが手に。
 それはいわば狂った論理であるが、それでも新田軍の将兵はそれを共有した。
「かかれ!」
 義貞が自ら刀を振るって、敵将・桜田貞国の本陣を目指す。
「くっ、迎え撃て!」
 貞国からすると、もはや新田軍は狂った獣である。
 作法も何も無いを、まともに相手できるか。
 しかし幕府執権・北条家の一門として、ここを守らねばという思いで、貞国は必死に防戦の指揮に努めた。
「守り切れ! 数は此方こちらが上ぞ!」
 貞国の督戦の声は、だが虚しく響く。
 幕府軍の将兵からすると、を相手にして、怪我だの敗死だのさせられてはかなわない。
 ここは一旦、南の久米川にでも退いて、体勢を立て直すべきではないか。
「最悪――鎌倉に返してこもることも」
 そういう退嬰的な思いが、幕府軍の将兵を支配し始めていた。

 ……そして三十有余にわたる突撃を繰り返した義貞は、最後の最後に奥の手を使った。
「足利が来るぞ!」
 むろん、足利軍は来ない。大軍を編成するのに躍起になっており、そんな暇はない。虚言である。
 だが、幕府軍を動揺させるには充分だった。
 義貞がえる。
「今ぞ!」
 新田軍が、これが最後とばかりに吶喊とっかんする。
 その勢いに、幕府軍は、誰からともなく後ずさる。
「これは」
 さすがに貞国も、これ以上の消耗を重ねるのはまずいと感じ、撤退を命じた。
退け、退くのじゃ! 久米川へ!」



 戦死者、新田軍三百、幕府軍五百。
 新田軍もこれ以上の攻勢は無理と、矛を収めた。
 脇屋義助わきやよしすけは兵らに慰労の声をかけつつ、兄の義貞が一人立つ川原に向かった。
 義貞は南を見すえていた。
「……兄者」
「義助か」
「何だ、南の方を見て。明日も戦うやる気か?」
「……ああ」
 兄の何気ない返答に、義助は呆れた。
「今日の惨状ざまを見たのか? 勝てたからいいものの……」
「義助」
 義貞は視線を南に向けながら、言った。
「この勢いに乗らねば、幕府に勝てんぞ。今しかない」
 そこで義貞は初めて義助の方を振り向いた。
「それにだ。この勢いなら、鎌倉をおとせるぞ」
 難攻不落といわれる、鎌倉。
 その鎌倉を、この兄はおとすというのか。
 義貞は笑った。
おとせるぞ、義助」
 そう――言いながら。

 ――後世、「新田義貞の鎌倉攻め」と伝えられる快進撃が、今、ここに始まる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

短編集「戦国の稲妻」

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 (朝(あした)の信濃に、雷(いかづち)、走る。 ~弘治三年、三度目の川中島にて~) 弘治三年(1557年)、信濃(長野県)と越後(新潟県)の国境――信越国境にて、甲斐の武田晴信(信玄)と、越後の長尾景虎(上杉謙信)の間で、第三次川中島の戦いが勃発した。 先年、北条家と今川家の間で甲相駿三国同盟を結んだ晴信は、北信濃に侵攻し、越後の長尾景虎の味方である高梨政頼の居城・飯山城を攻撃した。また事前に、周辺の豪族である高井郡計見城主・市河藤若を調略し、味方につけていた。 これに対して、景虎は反撃に出て、北信濃どころか、さらに晴信の領土内へと南下する。 そして――景虎は一転して、飯山城の高梨政頼を助けるため、計見城への攻撃を開始した。 事態を重く見た晴信は、真田幸綱(幸隆)を計見城へ急派し、景虎からの防衛を命じた。 計見城で対峙する二人の名将――長尾景虎と真田幸綱。 そして今、計見城に、三人目の名将が現れる。 (その坂の名) 戦国の武蔵野に覇を唱える北条家。 しかし、足利幕府の名門・扇谷上杉家は大規模な反攻に出て、武蔵野を席巻し、今まさに多摩川を南下しようとしていた。 この危機に、北条家の当主・氏綱は、嫡男・氏康に出陣を命じた。 時に、北条氏康十五歳。彼の初陣であった。 (お化け灯籠) 上野公園には、まるでお化けのように大きい灯籠(とうろう)がある。高さ6.06m、笠石の周囲3.36m。この灯籠を寄進した者を佐久間勝之という。勝之はかつては蒲生氏郷の配下で、伊達政宗とは浅からぬ因縁があった。

軟弱絵師と堅物同心〜大江戸怪奇譚~

水葉
歴史・時代
 江戸の町外れの長屋に暮らす生真面目すぎる同心・十兵衛はひょんな事に出会った謎の自称天才絵師である青年・与平を住まわせる事になった。そんな与平は人には見えないものが見えるがそれを絵にして売るのを生業にしており、何か秘密を持っているようで……町の人と交流をしながら少し不思議な日常を送る二人。懐かれてしまった不思議な黒猫の黒太郎と共に様々な事件?に向き合っていく  三十路を過ぎた堅物な同心と謎で軟弱な絵師の青年による日常と事件と珍道中 「ほんま相変わらず真面目やなぁ」 「そういう与平、お前は怠けすぎだ」 (やれやれ、また始まったよ……)  また二人と一匹の日常が始まる

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

梅すだれ

木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。 登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。 時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。

淡き河、流るるままに

糸冬
歴史・時代
天正八年(一五八〇年)、播磨国三木城において、二年近くに及んだ羽柴秀吉率いる織田勢の厳重な包囲の末、別所家は当主・別所長治の自刃により滅んだ。 その家臣と家族の多くが居場所を失い、他国へと流浪した。 時は流れて慶長五年(一六〇〇年)。 徳川家康が会津の上杉征伐に乗り出す不穏な情勢の中、淡河次郎は、讃岐国坂出にて、小さな寺の食客として逼塞していた。 彼の父は、淡河定範。かつて別所の重臣として、淡河城にて織田の軍勢を雌馬をけしかける奇策で退けて一矢報いた武勇の士である。 肩身の狭い暮らしを余儀なくされている次郎のもとに、「別所長治の遺児」を称する僧形の若者・別所源兵衛が姿を見せる。 福島正則の元に馳せ参じるという源兵衛に説かれ、次郎は武士として世に出る覚悟を固める。 別所家、そして淡河家の再興を賭けた、世に知られざる男たちの物語が動き出す。

【完結】斎宮異聞

黄永るり
歴史・時代
平安時代・三条天皇の時代に斎宮に選定された当子内親王の初恋物語。 第8回歴史・時代小説大賞「奨励賞」受賞作品。

豊家軽業夜話

黒坂 わかな
歴史・時代
猿楽小屋や市で賑わう京の寺院にて、軽業師の竹早は日の本一の技を見せる。そこに、参詣に訪れていた豊臣秀吉の側室・松の丸殿が通りがかり、竹早は伏見城へ行くことに。やがて竹早は秀頼と出会い…。

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

処理中です...