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第三部 河越夜戦
30 霧隠の城 上
しおりを挟む霧:微小な浮遊水滴により視程が1km未満の状態。
出典:気象庁ホームページ(https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/kori.html)
扇谷上杉家の武将、太田全鑑は、名将・太田道灌の曽孫であり、扇谷上杉家の中では名門に位置する。
その彼が、太田道灌築城の河越城を囲む側として参加するというのは、かなり複雑な気分だったかもしれない。
だが今、自陣の前に、一騎、直垂姿のままであらわれた北条孫九郎綱成を前にして、彼の感じたものは……。
「…………」
綱成はただ黙って、弓矢を構えた。その向けられた方向にいる足軽は、われ先にとその場から逃げ出す。
「なんという醜態だ」
太田家の家臣は苦言を呈したが、その彼にしてからが、綱成の弓が向けられると、ひっと頭を下げてわが身をかばった。
全鑑は綱成と会話を試みようと、前へ出ようとしたとき、綱成の弓が鳴った。
弓弦の弾ける音は、なぜか誰の耳にも響き、そして慄然とさせた。
呆気にとられる。
そんな状態に太田家の将兵は陥った。
そしてその隙に、綱成は馬首をかえし、河越城へと闊歩していった。時折、何かを確認するかのように、振り返りながら。
「……何をしている? 弓を構えよ」
自失からわれに返った家臣が、兵に命じたが、全鑑はそれを止めさせた。
「殿、なぜに……」
「あれを見よ」
全鑑が指さす先、河越城の、その城門に、わずかに開いた隙間が見えた。
「あれが何か……あ」
隙間の向こうに、北条五色備えのうち、最強と謳われる、黄備えがひしめいている姿が見えた。
「……もし、地黄八幡の北条綱成に手を出さば、攻むるというわけですな」
「ちがう」
全鑑は恐怖していた。
この河越城を囲んでから、ずっと何かの感情を感じていたが、その正体が分からずにいたが、ようやく分かった。
「……おれは恐ろしい」
「殿?」
「見ろ、あの黄備えを。あいつらは、自らの将が直垂姿で敵陣の前にいるというのに、出て来ない。地黄八幡がそう命じていないからだ」
「いや、それは当たり前ではないですか。命なくば……」
「ちがう。ちがうぞ」
全鑑は恐怖を感じながらも、綱成が河越城へゆっくりと入っていく姿から目が離せなかった。
「黄備えは、たとい地黄八幡が討たれたとしても、命なくば出まい。地黄八幡がそういう風に鍛え上げたからだ。おれはそれが恐ろしい。将が死の危険にあったとしても、命がないとして、出て来ない黄備えが……恐ろしいのだ」
霧隠の城
弁千代は、河越の城内に入った途端、気を失って落馬した。
落馬したが、地にぶつかる寸前で、真田幸綱が河越に残した草の者、隠が受け止めた。
「隠どの、すまない」
綱成の寄騎、山中主膳が隠に丁重に礼を言って、弁千代を受け取った。
弁千代は即座に城主の間に運ばれ、城将・大道寺盛昌みずからが手当てをしたが、傷は重く、物資が不足している河越では、回復が見込まれないものと思われた。
「兄上、みなさま、申し訳ない……」
弁千代はできることなら河越に残って共に戦いたかったが、こうなってはかえって足手まといであり、己を恥じた。
「そんなことはない」
黄備えに解散を命じ、ようやく城主の間に戻った綱成は、弁千代を労った。
「よう……来た」
兄のそのひと言に、弁千代は来てよかったと涙した。
綱成は懐中から手巾を取り出す。
「弁千代、お前を城外へ逃がす手立ては考えるとして」
語りながらも、綱成は手巾で弁千代の涙を、そして全身から噴き出す汗を拭く。
「……新九郎は、いや、殿は……何と?」
それが河越城内すべての者が感じていた疑問だった。
北条新九郎氏康は、一体何を伝えたくて、弁千代に危険を冒してまで、寄越したのか。
「……はい、それでは、新九郎さまのお言葉を申し上げます」
弁千代を抱えている綱成以外は、皆、改めて着座して、傾聴の姿勢を取った。
河東(駿河東部)をめぐる争いは、その河東を今川に譲るということで決着をつけたこと。
その今川との和睦に、武田が仲介の労を取り、今川・武田・北条の三家は、盟約する方向にあること。
房総の里見家が、海路、鎌倉へ攻めてきたが、氏康が撃退したこと。
おなじく房総の里見家の臣、槍大膳こと正木時茂が、北条方となる佐倉の下総千葉家を攻めてきたこと。
江戸から佐倉の途上にある、関東管領についた石浜城の武蔵千葉家を、真田幸綱が調略したこと。
同時に原虎胤が単騎佐倉に駆け付け、槍大膳を一騎打ちにて退け、下総千葉家を守ったこと。
……そして、諏訪左馬助が、古河公方との和睦の話にだまされ、かえって扇谷上杉朝定に、北条本隊を夜襲されるという悲劇が起こったこと。
「そうか……左馬助が逝ったか……」
主膳は悼むようにひとりごちた。盛昌も綱成も黙祷するように目を閉じる。
「その左馬助の最期の献策です」
弁千代は一同に向かって、自らも辛い心境だったが、話をつづけた。
「……以上により、寄せ手の足利、両上杉勢はゆるみ切っており、これを逆に夜襲を仕掛ける、というのが新九郎氏康さまの作戦です」
「その折に、黄備え及び城兵も呼応せよ、と」
「はい」
おお、と一同から感歎の声がもれた。
北条新九郎氏康は、自分たちを見捨てていなかった。
和睦においても、城中の将兵の助命を絶対条件として交渉している。
憎むべきは、その交渉の使者である左馬助を討ち、北条を夜襲するという裏切りをした、足利・上杉・関東諸侯同盟軍である。
城内の者たちの熱気は、沸点に到達しようとしていたが、綱成が、冷静に、言った。
「……して、期日やいかに」
一同が一斉に沈黙する。事実上の北条軍河越勢の大将である綱成の発言であることもあるが、肝心の決行の日に、誰もが関心を寄せざるを得ないからだ。
弁千代が、氏康のそれを伝えた時をなぞるように、言った。
「四月二十日。期日はそれ。刻限は……」
そこまで言って、弁千代は傷の痛みに顔をしかめた。
が、綱成がつづけた。
「子の刻、だな」
「……よく分かりましたね、兄上」
「わからいでか」
綱成にしては珍しく、子供のように笑う。
「新九郎は『夢』を果たす気なんだろう、あの……じい様の、双つの杉を齧り倒して虎となる、鼠の夢を」
北条の家に来た時からよく聞かされた、耳にたこだな、と綱成は付け加えて、また、笑った。
「ついに……あの夢を」
「まさか、自分たちの代で」
その夢は、盛昌と主膳も、自分たちの父親から聞かされていた。
伊勢宗瑞(北条早雲)が、やがては山内上杉と扇谷上杉を倒し、関東の覇者となるという霊夢だ、と。
そして盛昌と主膳も笑い出し、そして河越城中の他の者全員も笑い出し、実に、半年ぶりに、河越城は笑い声に包まれ、明るい雰囲気になった。
*
一方。
同じ頃。
河越城外。
太田全鑑の陣。
太田全鑑は、家臣を集め、ひそかに撤退するよう、準備を命じた。
「殿。なにゆえに」
「さきのあの騒ぎ。地黄八幡、北条綱成があらわれたことの詳細を聞いたろう。それが答えだ」
全鑑のその説明に、家臣一同は、納得いかないという表情でこたえた。
「……そうか、まだ言ってなかったな。実は先ほどの軍議で、総攻めが決まった」
「なんと」
「扇谷上杉朝定、ならびに馬廻り曽我神四郎の夜襲により、北条の本隊は退けられた、今こそ、河越城を屠り、根切りにすべし、という話になってな……」
全鑑はむろん、反対の意見を述べた。ここまで包囲をつづけた以上、あと少しで城中の兵糧も尽きよう。その機を見て、開城降伏をうながす使者を出せばよい、と。
だが、いつもは全鑑と同意見の扇谷上杉の家宰・難波田善銀は、悲願である扇谷上杉再興がちらつかされて、総攻めに同意を示した。
また、包囲継続を訴えてきた太原雪斎は、今は全くやる気をなくしたのか、発言をしなかった。しかし、そのとなりに座った山内上杉家の家宰・長野業正は、同じ山内の家中である本間近江守や本庄実忠を押さえつけ、なんと、総攻めに賛成した。これには主戦派の倉賀野三河守も驚いたらしく、思わず業正に問いただしたぐらいである。
「このまま、扇谷上杉の下風に立つのはよろしからず。山内上杉としても、手柄が欲しいところ。そろそろ、頃合いじゃろう……」
業正は、かたわらに控えた嫡男・吉業の方を向いて、意味深に笑った。吉業は、この戦が初陣である。初陣の嫡男に、手柄を立てさせたいというねらいが、透けて見えた。
当の吉業は、当年取って十六才の若武者である。吉業は舌なめずりせんばかりに、腰の佩刀を少し抜いてはちらと見て悦に入っており、全鑑からすると、武士というより人殺しのように見えた。
そうこうするうちに、誰が先陣を切るかという話題となった。山内上杉家の当主・憲政はここで手を上げようとしたが、家宰の業正に睨まれてやめてしまう。さすがに被害甚大となるであろう先陣は避けたいらしい。山内上杉家の馬廻り・倉賀野三河守も、せっかく業正が主戦派になってくれたのに、ここで機嫌を損ねてはと、沈黙を守った。
「そこでうちの、扇谷上杉家のわれらが当主・朝定どのが手を上げたというわけだ」
全鑑は頭を抱えた。形式上の主将である古河公方・足利晴氏も、上機嫌でそれで良いと認めた。
「そして、扇谷上杉家の中で、誰がその先陣の一番槍になるか、ということになった……」
扇谷上杉家の馬廻り・曽我神四郎は、ここで狡猾にも、自分は馬廻りであるゆえに、朝定の近くにあるべきと主張した。神四郎も手柄を楽に立てたいという気持ちがあるらしく、手負いの地黄八幡とはやり合いたくなかったらしい。
ことここに至っては、扇谷上杉家の中の問題ということになり、山内上杉家をはじめ、他の関東諸侯は軍議は終わったとばかりに三々五々と退出し、そのまま軍議は解散となった。
「そこで、わが太田家の陣で、あの騒ぎよ。これを知られたら、いや、もう知られているだろうが、先陣の中の一番槍、押し付けられるに決まっておるわ」
全鑑は地を蹴った。
なぜ、包囲継続派であり、不戦派である自分がこのような目に遭わなければならないのか。
あのような雑兵、雇わなければよかった。
いくら、そろそろ農繁期が迫っているとはいえ、数合わせにも下限というものがあった。
臍を噛む全鑑だったが、判断は早かった。彼はこの夜半にも、ひそかに撤退することに決めた。
理由は何でもよい。病気でも、身内の不幸でも。とにかく、このままこの場に居るのはまずい。
「あの黄備えと戦となれば、今度こそ、あの騒ぎの恨みを晴らさんと、突撃してくるぞ。北条軍最強の、あの黄備えの突撃が」
「……しかし殿、いくら何でも早すぎでは」
家臣は言う。撤退するのは良いが、今少し、病気のふりをして、撤退への下地を作ってから、周囲に仕方ないと思わせて、さりげなく撤退しては、と。
「それは駄目だ。総攻めの日取りは決まったのだ。あのくだらない軍議で、それだけは決まった……四月二十日だ」
「なんと。もう、すぐではないですか」
「だから言ったろう。猶予はないのだ。撤退してしまえば、あとはどうにでもなる。とにかく、逃げるぞ」
(つづく)
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