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01 野狐禅(やこぜん)の怪僧

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 銘道にいはく、心の師とはなれ、心を師とせされ、と古人もいわれしなり。

(作者意訳)
 この道についていえば、「自分で自分の心を導いていくように。逆に、(執着にとらわれるような)自分の心を、その自分が引きずられることがないように」と、古人(恵心僧都えしんそうず)も「往生要集おうじょうようしゅう」において述べている。

 珠光しゅこう古市播磨法師宛一紙ふるいちはりまほうしあていっし」(「心の師の文」)より





 野狐禅をしている。

 最初は、そう思った。
 ここは奈良の町外れ。
 時代は、将軍・足利義教の御世。
 杢市検校もくいちけんぎょうの子、茂吉は釣りから帰るところを、野原で座禅を組む魁偉な僧を見かけた。
 僧は瞑目していた。
 僧というよりは、怪僧といった方がいい。

「…………」

 茂吉の手にげた魚が、ぴくんと動いた。
 怪僧の目が開く。

「魚か」

 じろりと。
 そのまなこの動きは、画に描かれた達磨大師のよう。

「酒のには持って来いじゃ」

 僧としてはあるまじき破戒である。
 怪僧は立ち上がった。

「…………」

 茂吉は、後退あとずさって、そして言葉を失った。
 立ち上がった怪僧の墨染の衣のたもとから。

「ど、髑髏どくろ

 髑髏が転がり落ちたからである。
 それが、茂吉――のちの珠光と、怪僧――一休宗純の出会いだった。



「これは、あやまった」

 一休は、杢市検校ので茂吉に詫びた。
 茂吉は腰を抜かしてしまったが、一休が背負ってくれて、問われるがままに家の場所を教え、そのままこのに帰ったというわけである。

「まさか、茂吉と共に来るとは。一休禅師」

 この怪僧は父の客人だったのか、と茂吉はようやくにして起ち上がりながら思った。

「ほんにほんに。これも仏縁じゃて」

 何が仏縁だ。茂吉はむっとしたが、それでも父の客人であるので、饗応の準備をした。
 検校とは、目の見えない者がなる官位である。
 つまり茂吉の父、杢市は目が見えない。
 その分、目の見える自分が働かなくては。
 茂吉はそう心がけており、まず魚を串で刺し、炙る。
 ほう、と一休が早くも顔に喜色を浮かべる。
 その一休に、茂吉はさっと酒を差し出す。

「どうぞ」

「すまんの」

 一休は勢いよく酒を飲んだ。

「旨い」

 一休は手の甲で口をぬぐう。
 それはどこか上品さを感じさせ、思わず酒をいでしまう。

「おお。だが、次は杢市どのに注いでやれ」

 生え放題の蓬髪ほうはつひげ
 そして髑髏を袂に転がす一休は、気がつくとこちらの懐に入って来ていて、それでいて嫌な感じはしない。

「杢市どの」

「何か」

「おぬしの平曲、聞かせてはくれんか」

「かしこまりました」

 杢市は愛用の琵琶を茂吉から受け取り、かき鳴らす。

祇園精舎ぎおんしょうじゃの鐘のこえ諸行無常しょぎょうむじょうひびきあり……」

 一休は髑髏を撫でながら、目に涙をにじませていた。

「……ええのう」

 もしかしたら、その髑髏は一休にとって大切な人だったのかもしれない。
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