STRIKE BACK ! ~ 中国大返し、あるいは、この国を動かした十日間を、ねね(北政所)と共に~

四谷軒

文字の大きさ
上 下
19 / 39
破の章 覇者の胸中を知る者は誰(た)ぞ ──中国大返し──

19 京を目指して

しおりを挟む
「京へ?」

 豪胆というかのんびりした男、藤堂高虎は、ねねと福島正則を連れて、己の生家――藤堂村に戻っていた。
 藤堂村は近江の犬上郡にあり、現在でいうと彦根市の近くである。
 長浜城を攻め、今では城主になりおおせた阿閉貞征あつじさだゆきが詮索に来る可能性があるが(実際は、北の柴田勝家への備えに忙しいためそんな余裕はなかったが)、ここにいれば高虎の父の虎高が領主として健在なので、村の人々に手を回し、ねねたちの存在を守ってくれる。
 そういう安全があるから、ここまで逃げて来たというのに。

「京へ行くつもりです」

「……いやいや、ちょっと待って下され」

 ちなみにこの時、正則は、「世話になっている礼に」と村人たちのおけを直して回っていたので、いない(正則は少年時代、桶作りの職人の息子として過ごしていた)。
 だから高虎はひとりでねねを止めなければならないと思ったが、正則がいたところで、彼はねねの味方をするに相違ない。
 高虎は歎息した。

「……わけを聞かせてくださらんか」

 高虎はすでにねねから、本能寺から今に至るまでの経緯を聞いている。
 聞いているからこそ、明智光秀が盤踞ばんきょする京に行くことが危険だと思っている。
 そもそも、ねねを保護することこそが羽柴秀長からの主命であり、ねねの冒険に随行することが主命ではない。
 だからこの藤堂村におとなしく隠れて、やがて来る、羽柴軍の「返し」を待てばいい。
 さりとて無下にすることもできず、暗に自分を説得できなければ行かせないという意思を込めて、「わけを」と聞いたのだ。

「まず第一は、明智の動向を探ること」

 ねねはと言う。
 好感の持てる言い方で、高虎としては、つい言うことを聞きたくなる。
 それでもぐっと抑えて、探りは忍びでもできよう、何ならこの高虎が行ってもいいと言った。

「それでは、駄目です。わたしが行かないと」

 高虎はそこまで気位の高い男ではないが、密かに能のある男だと自負している。
 その自負が、おのれでは不足かと言わせたが。

「今、わたしが考えていることは、おそらくこの天下でか、あるいはどのぐらいしか考えておりません」

「ではそれをお聞かせ下され。不肖藤堂高虎、それなりの才はありまする」

「いえ」

 ねねが言うには、それを探ることは、光秀の急所を探ることで、露見したら終わりだという。
 
「ことは細心の注意を要します。それに、時間がありません。こうしている間にも、光秀がを成し遂げるやもしれぬ。これは、一番わかっているわたしが行く方が早い」

「そう言われましても……」

 ねねをかくまえという命令を受けている高虎としては、困ったことになった。
 ねねの保護は、羽柴秀長によるものだ(直接的には)。
 ところがそれを、ねねは踏み越えようとしている。
 京。それは敵地。今となっては明智光秀の本拠地。
 そんなところにねねを向かわせるということは、秀長の命令に背くということ。

「ううむ……」

 悩む高虎に、ねねは微笑む。
 この良将は、きちんと羽柴家のやり方に従おうとしている。
 それでいて、ねねの言うことの価値も認めている。
 それならば。

「では、こうしましょう。高虎どの」

「はい」

「そなたは秀長どのの命を、たしかに果たしました。それを果たしたことはわたしが認めましょう」

「は、はい」

 そこでねねがずいと高虎の前に迫った。
 凄い目だ。
 深淵のようであり、夜空のようである。
 そんなことを思っている高虎の耳に、とんでもない言葉が飛び込んだ。

「果たしたがゆえに……では、次なる主命を与えます。藤堂高虎、貴殿は今この時より、わたしを守ること、けることを命じます」

「そ、そんなことを言われましても」

 何を言っているんだ、この女は。
 もういい、この生家に閉じ込めておくか、それとも、強制的に備中高松に送還してしまうか。
 そこまで思った時だった。 

「あ」

「気づきましたか」

 高虎は思い至った。
 そんなこと閉じ込めや送還をしたら大変だ。
 なぜなら、ねねは羽柴家において、秀長より上だ。
 しかも、
 だからこそ、長浜の留守を任されていた。

「う……」

「秀長さまには、書状を書いておきました」

 ねねが取り出した書状には、宛名が秀長と秀吉になっているが、そんなことは今となってはどうでも良いことである。
 だって、同じことなのだから。

「高虎、そなたはこの藤堂村に残ることも良しとします。書状には、わたしの命に従った、とのみ書いておりますゆえ」

「……そんなことは致しません」

 ここまでお膳立てしてくれて、しかも断るという選択肢まで用意してくれた。
 しかし断るということはない。
 そんなことをしてみろ、秀長は怒る。秀吉は泡を食う。
 いや何よりも。

「この藤堂高虎、おのれの意思で、今、ねねどのの供をしとうござる」

 この女丈夫の目指すところ、何か面白いものがある。
 いったい、本能寺から今までの体験で、何を見抜いたのか。
 そして、何を求めているのか。
 その先には、きっと面白いものがある。
 あの羽柴秀長が姉として仰ぐこの女には、それを見せる力があると思う。

「では行きましょう。市松が戻ったら、すぐに」

「戻るのは待てません、呼んできましょう」

 ねね、福島正則、藤堂高虎。
 この三人の密かな上洛により、事態はまたちがう局面を迎える。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

前夜 ~敵は本能寺にあり~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 織田信忠は、本能寺の変の前夜、父・信長を訪れていた。そして信長から、織田家の――信忠の今後と、明智光秀の今後についての考えを聞く。それを知った光秀は……。 【表紙画像・挿絵画像】 「きまぐれアフター」様より

待庵(たいあん)

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 千宗易(後の利休)は、山崎の戦いに臨む羽柴秀吉から、二畳の茶室を作るよう命じられる。この時代、茶室は三畳半ぐらいが常識だった。それよりも狭い茶室を作れと言われ、宗易はいろいろと考える。そして、秀吉の弟・羽柴秀長や、秀吉の正室・ねねに会い、語り、宗易はやがて茶室について「作ったる」と明言する。言葉どおり完成した茶室で、宗易は茶を点て、客を待つ。やって来た客は……。 【表紙画像】 「ぐったりにゃんこのホームページ」様より

実はこれ実話なんですよ

tomoharu
恋愛
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!1年後には大ヒット間違いなし!! 作品情報【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎ智伝説&夢物語】【トモレオ突破椿】など ・【やりすぎ智久伝説&夢物語】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。 小さい頃から今まで主人公である【智久】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね! ・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。 頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください! 特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!

織田家の人々 ~太陽と月~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 (第一章 太陽の音を忘れない ~神戸信孝一代記~) 神戸信孝は織田信長の三男として知られる。彼は、庶子でありながら、嫡出である信忠・信雄についだ格付けを得るまでにのし上がっていた。 その最たるものが四国征伐であり、信孝はその将として、今、まさに四国への渡海を目前としており、その成功は約束されていた――本能寺の変が、起こるまでは。 (第二章 月を飛ぶ蝶のように ~有楽~) 織田有楽、あるいは織田有楽斎として知られる人物は、織田信長の弟として生まれた。信行という兄の死を知り、信忠という甥と死に別れ、そして淀君という姪の最期を……晩年に京にしつらえた茶室、如庵にて有楽は何を想い、感じるのか。それはさながら月を飛ぶ蝶のような、己の生涯か。 【表紙画像】 歌川国芳, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

加藤虎之助(後の清正、15歳)、姉さん女房をもらいました!

野松 彦秋
歴史・時代
加藤虎之助15歳、山崎シノ17歳 一族の出世頭、又従弟秀吉に翻弄(祝福?)されながら、 二人は夫婦としてやっていけるのか、身分が違う二人が真の夫婦になるまでの物語。 若い虎之助とシノの新婚生活を温かく包む羽柴家の人々。しかし身分違いの二人の祝言が、織田信長の耳に入り、まさかの展開に。少年加藤虎之助が加藤清正になるまでのモノカタリである。

少年忍者たちと美しき姫の物語

北条丈太郎
歴史・時代
姫を誘拐することに失敗した少年忍者たちの冒険

日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!― 栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。 それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。 月の後半のみ、毎日10時頃更新しています。

処理中です...