上 下
2 / 6

02 タリアンとテレーズ

しおりを挟む
 国民公会コンヴァンスィヨン・ナシオナーレ議員、ジャン・ランベール・タリアンはテレーズ・カバリュスを愛していた。
 溺愛していると言っていい。
 当時タリアンは革命家として知られ、テュイルリー宮殿襲撃に参加し、パリ・コミューンの書記を務め、国民公会の議員となった。
 そしてロベスピエールに見込まれ、派遣議員として反革命運動の粛清のためボルドーに赴いた。
 タリアンはそこでテレーズと知り合い、会った瞬間に

「彼女は自由の女神マリアンヌだ」

 当時のテレーズは、革命に傾倒し、そのため、夫のド・フォントネ侯爵と別れた。その後、ボルドーにて、自由の女神(フランスの自由を擬人化した女神、マリアンヌ)に扮して、革命、そして愛国への姿勢を示した。

「これだけでは、足りないわ」

 テレーズは革命を愛していたが、自身がより注目され、より魅力的に映ることを愛していた。それに何より、贅沢をすることが好きだった。
 そのための自由の女神マリアンヌであり、さらに彼女は自らの装いに意を用いた。
 すなわち、これまでの、コルセットで押さえる宮廷衣装ではなく、古代ギリシアやローマを思わせる、ゆるやかな衣装である。
 それだけでなく。

「これこそ、古典主義。そして、開放主義」

 身にまとう布は薄く、乳首が透けていた。
 その衣装に鍔広帽子、肩かけのショールを羽織って、テレーズは伊達女メルヴェイユーズを気取る。

自由の女神マリアンヌだ。彼女は、素晴らしい」

 これを見たタリアンは
 テレーズの言われるがままに金銭かねを出し、彼女が「許して」と言った反革命分子を次々と釈放した。
 これがロベスピエールの目に留まった。

「タリアンを召還せよ」

 任地からパリに戻されたタリアンは、ロベスピエールの処断を恐れる日々を過ごしていたが、そんなタリアンがもっと恐れを抱く事態が出来しゅったいした。

「わたしよ。追って来たわ」

 ボルドーに置いてきたテレーズが、パリにまでやって来たのだ。
 タリアン不在のボルドーでは、テレーズは身の保証ができないという事情もあった。
 そしてこれを知ったロベスピエールは、即座にテレーズの逮捕を命じた。

「何が自由の女神マリアンヌだ。気取るのも大概にしろ」

 当時のロベスピエールは、派遣議員による地方のがうまくいかないことに頭を痛めていた。
 たとえばリヨンでは、フーシェが反革命分子を何と大砲で処刑したたため、「リヨンの霰弾さんだん乱殺者」という異名を得ていた。
 さらにトゥーロンでは、バラスがナブリオーネ・ディ・ブオナパルテという無名の軍人を起用して叛乱を鎮圧したものの、何百人もの捕虜を処刑してその財産を奪ったという。

「タリアンだけはそのようなことはと思っていた。が、これでは逆方向で駄目だ。あの女のせいだ」

 しかし当時のロベスピエールは多忙で、テレーズを監獄に入れるたあと、その後の処断はできずにいた。
 テレーズとしては、たまったものではなく、彼女は何度もタリアンに手紙を書いた。
 このままではいつ死罪に問われるかわからない。
 革命政府は気まぐれといってもいいくらい、人をギロチンに送るではないか。
 ロベスピエールは峻厳だから、絶対に許されないだろう、と。

「おお、わが自由の女神マリアンヌよ、愛しき人よ」

 タリアンは思い悩んだ。
 このままでは、テレーズの命は失われるやもしれない。
 他ならぬタリアン自身も、ロベスピエールに冷たい目を向けられている。

「このタリアンが刑場の露と消えたとしても、それこそテレーズは世をはかなんで、自らを処するであろう」

 タリアンは、進退極まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

背徳を浴びる鳥のうた

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 フランス革命、ナポレオン、王政復古、百日天下……そしてフランスは再びブルボン朝の「王国」に戻った。されど、革命の爪痕は残る。その最たるもののひとつが、ルイ17世(ルイ・シャルル)の死である。父・ルイ16世、母・マリーアントワネットの刑死後に、「犯罪」ともたとえられる扱いを受け、死んでしまった少年王・ルイ17世。 一方、ルイ17世の姉、マリー・テレーズは百日天下後まで生き抜いていた。今、テュイルリー宮にあって、彼女は廷臣・シャトーブリアンに命じる。 弟・ルイ17世の死の真相を調べよ、と。 シャトーブリアンはその意を酌み、革命当時から生き延びた警察卿、ジョゼフ・フーシェとの接触を持とうとするが……。 【表紙画像】 ヴェルサイユ宮殿, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

幕末短編集 ~生にあがく人たち~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 (第一章 真新しい靴がステップ ~竜馬、寺田屋にて遭難す~) 慶応2年1月23日(1866年3月9日)深夜2時、坂本竜馬とその護衛の三吉慎蔵は、寺田屋に投宿していたが、そこを伏見奉行の捕り方に襲撃される。 辛くも寺田屋の外へと逃れる竜馬と慎蔵だったが、竜馬が負傷により動けなくなり、慎蔵は決死の覚悟で伏見薩摩藩邸へと走る。 慎蔵は薩摩藩邸の手前まで来たところで、捕り方に追いつかれてしまう。 その時、藩邸から、ひとりの男が歩み出て来た。 中村半次郎という男が。 (第二章 王政復古の大号令、その陰に――) 慶応3年11月15日。中岡慎太郎は近江屋にいた坂本竜馬を訪ね、そこで刺客に襲われた。世にいう近江屋事件である。竜馬は死んでしまったが、慎太郎は2日間、生き延びることができた。それは刺客の過ち(ミステイク)だったかもしれない。なぜなら、慎太郎はその死の前に言葉を遺すことができたから――岩倉具視という、不世出の謀略家に。 (第三章 見上げれば降るかもしれない) 幕末、そして戊辰戦争──東北・北越の諸藩は、維新という荒波に抗うべく、奥羽越列藩同盟を結成。 その同盟の中に、八戸藩という小藩があった。藩主の名は南部信順(なんぶのぶゆき)。薩摩藩主・島津重豪(しまづしげひで)の息子である。 八戸藩南部家は後継ぎに恵まれず、そのため、信順は婿養子として南部家に入った。それゆえに──八戸藩は同盟から敵視されていた。 四方八方が八戸藩を敵視して来るこの難局。信順はどう乗り切るのか。 【表紙画像】 「きまぐれアフター」様より

年明けこそ鬼笑う ―東寺合戦始末記― ~足利尊氏、その最後の戦い~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 南北朝時代、南朝の宰相、そして軍師ともいうべき、准后(じゅごう)・北畠親房、死す。 その兇報と共に、親房の臨終の言葉として、まことしやかに「その一言」が伝わってきた。 「年明けこそ鬼笑う」――と。 親房の最期の言葉は何を意味するのか―― 楠木正成、新田義貞、高師直、足利直義といった英傑たちが死し、時代は次世代へと向かう最中、ひとり生き残った足利尊氏は、北畠親房の最期の機略に、どう対するのか。 【登場人物】 北畠親房:南朝の宰相にして軍師。故人。 足利尊氏:北朝の征夷大将軍、足利幕府初代将軍。 足利義詮:尊氏の三男、北朝・足利幕府二代将軍。長兄夭折、次兄が庶子のため、嫡子となる。 足利基氏:尊氏の四男、北朝・初代関東公方。通称・鎌倉公方だが、防衛のため入間川に陣を構える。 足利直冬:尊氏の次男。庶子のため、尊氏の弟・直義の養子となる。南朝に与し、京へ攻め入る。 楠木正儀:楠木正成の三男、南朝の軍事指導者。直冬に連動して、京へ攻め入る。 【表紙画像】 「きまぐれアフター」様より

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【R18】鬼御前

仙 岳美
歴史・時代
時は鎌倉時代、鶴岡八幡宮、その陰湿な宴の席で起きた怪異。 伝記を元にし描いた創作物語。

クソザコ乳首アクメの一日

BL
チクニー好きでむっつりなヤンキー系ツン男子くんが、家電を買いに訪れた駅ビルでマッサージ店員や子供や家電相手にとことんクソザコ乳首をクソザコアクメさせられる話。最後のページのみ挿入・ちんぽハメあり。無様エロ枠ですが周りの皆さんは至って和やかで特に尊厳破壊などはありません。フィクションとしてお楽しみください。 pixiv/ムーンライトノベルズにも同作品を投稿しています。 なにかありましたら(web拍手)  http://bit.ly/38kXFb0 Twitter垢・拍手返信はこちらから https://twitter.com/show1write

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

後悔 「あるゲイの回想」短編集

ryuuza
BL
僕はゲイです。今までの男たちとの数々の出会いの中、あの時こうしていれば、ああしていればと後悔した経験が沢山あります。そんな1シーンを集めてみました。殆どノンフィクションです。ゲイ男性向けですが、ゲイに興味のある女性も大歓迎です。基本1話完結で短編として読めますが、1話から順に読んでいただくと、より話の内容が分かるかもしれません。

処理中です...